第3話 木のうろ
今日は林に行ってみようかな。
実はおばあちゃん家の裏には林があるのだ。
ここも所有地らしい。
他にもいくつかの畑やら田んぼやらを持っている。
こんなにたくさんの土地を持っていることは田舎では普通なのだろうか?
頭に浮かんだ疑問は置いておいて、目の前の光景に意識を向ける。
わたしが今いるのはその林の中。
葉っぱが日差しをさえぎっているからか、涼しく感じる。
林の中はいろんな生物がいた。
クワガタ、セミ、ダンゴムシ、あとはなんだろう? 名前を知らない虫もたくさん。
それだけじゃない。木には実がなっていて、食べるとあまずっぱかった。
林の中は風でさわさわと葉擦れが聞こえる程度で静かだ。
ここでしか得られない空気感があった。
わたしは大きく息を吸って吐く。
緑はわたしを癒してくれる。
学校で悩んだり、勉強でつまずいたり。
そういった不安からいまだけ解放される。
張りつめていた気持ちが霧散していく。
林の中を奥へ進んで行く。歩くにつれ生物の音が遠ざかり、代わりにサクッサクっと小気味よい音が足元から鳴り響く。
深くまで進むと大きな木が生えていた。
その木は首を後ろに大きく倒さないと果てが見えないほどだった。
その木に近づくと、うろがあるのが見えた。
真っ暗な空洞で、まるで秘密基地みたいに見える。
高さは少しかがめば入れる程度。
なかが広いのか、葉っぱに光が遮られているからなのかわからないが、外からでは先が見通せない。
わたしは誘われるようにそのうろへと身をかがめて入っていった。
ひんやりとした空気が全身を包み込む。
空洞の中なので、息遣いが反響して聞こえる。
薄闇のうろの中をただひたすらに前に進んで行く。
ゆっくり、慎重に。
けれど、どれだけ進んでも行き止まりにならない。
おかしい。
もう木の大きさ的に、行き止まりなはずなのに。
うろのなかはぐにゃっとしていて、入り口の光はここまで届かない。
暗くて視界が不明瞭だから、もしかしたら方向感覚を失ってぐるぐる円のように回っているのかもしれない。
引き返そうかと一瞬考えたが、好奇心が足を前へと進ませる。
いつの間にか足元はぬかるんでいて、ずるりと滑りそうだった。
さっきよりも歩く速度を落として、一歩一歩を確かめるように歩いていく。
入ってからどれだけ経った頃だったか。
遠くに光が見えた。
空気は夏とは思えないほど冷たくなっていて、わたしは両腕をさすりながら光を目指す。
「さむい……」
驚くほどの寒さに、思わず声に出してしまう。
光に照らされて、吐いた息が白くなっているのが見えた。
それと、壁の色が白っぽい。
さっきとは違った意味で歩きづらくて、足を大きく上げるようにして一歩ずつ進む。
本当に夏なのか疑わしいほど寒い。
これではまるで冬ではないか。
一体ここはどこなのか。
その答えを探るためにも足を動かし続ける。
そして、光に辿り着いた。
暗闇に慣れた目には光が眩しすぎた。
わたしは腕で目元を覆う。
そしてゆっくりとずらしていく。
一面、銀世界だった。
白く輝く地面。
白に灰色が混じった空。
周辺に建物はなく、森が広がっている。
遠くには山のような形が見えた。
さっきよりも寒くてカタカタと小刻みに身体が震え出す。
半袖でこの寒さは耐えられそうにない。
気が付けば、わたしの足は白い地面に埋もれていた。
この地面の白いものはもしかして……と確かめるように手で触れる。
「つめたっ!」
間違いない。
雪だ。
わたしは背後を振り返った。
今来た道が一体どうなっていたのか気になったのだ。
雪で作られたかまくらがあった。
穴は人ひとりが屈めば通れそうなほどの大きさで、奥は暗くて見えない。
けれど、かまくらの規模はそんなに大きくない。
わたしが歩いてきた距離よりもずっと小さかった。
ここは一体どこなのだろうか。
おばあちゃん家の裏にはこんなところがあったのだろうか?
しかしそのようなこと、聞いたことがない。
そのときだった。
「――――――!?」
どこからか、声がした。
悲鳴のような甲高い声。
空から聞こえた気がする。
しかし、普通空から声などするものだろうか。
その直後。
ぼすうぅぅん、と音がした。
何かが雪上に落下したようだった。
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