第3話 のどかなひととき

 夕食はカレーライスだった。

 

 昼間はどこかに行っていたおじいちゃんも帰ってきて、五人で夕食をとった。

 

 おばあちゃんの作るカレーライスはまろやかでとっても美味しい。

 

 スプーンが止まらなくて、三杯も食べてしまった。

 唯一の子どもであるわたしが一番食べたので、みんな驚いていた。


 その後、縁側で足を伸ばして食休みをしていると、おばあちゃんがやってきた。

 

 手にはお盆が握られており、その上には二つのバニラアイスが盛られたお皿がのっていた。


「アイスだ!」

 

 わたしは飛びつくようにお皿を取った。


 スプーンですくって食べると、甘くて冷たい感触が口全体に広がっていく。

 

「おいひいー」

「そうかい」


 おばあちゃんもわたしの隣に座り、アイスを食べ進める。


 眼前に広がる庭は完全に闇に包まれている。

 自分の家の周囲だと、ここまで真っ暗な場所は建物と建物の間くらいだ。

 

 かすかな風とともに、頭上では小さくチリンと風鈴が揺れる。

 

 夜闇からはリリリリと虫の声が聞こえてくる。


 喧騒がなくて静かだけれど、けっして無音ではない。

 

 それが心地よくて、どこか穏やかな気持ちになった。


 ――――――――――


 寝る時間になった。


 布団を三枚敷いて横になる。

 わたしは、お父さんとお母さんに挟まれる形だ。

 

 扇風機が回る音と、外の虫の声だけが聞こえてくる。

 

 わたしはなんだか眠気がこなくて、ぼんやり光っているオレンジ電球を見ていた。


「どうしたの? 眠れない?」

 

 お母さんが小声で尋ねてくる。


「うん。普段と違う場所で寝る時ってなかなか眠れないなーって。修学旅行のときもそうだったし」


 ここには毎年来ているが、夏の間しか泊まらないことと、久々に来たことも相まって、ちょっとそわそわしてしまう。


「お母さんもその気持ちわかるなあ。なんだか心が落ち着かないんだよね」


 うんうんと頷きながら、お母さんは共感してくれる。


「こういうときはね、目をつぶって楽しいことを考えるといいよ。現実でできないことだって構わないから」


「現実でできないこと……」


 空を飛ぶ……とか?

 飛べたら楽しそうだなぁ。自由だし。


「考えることが決まったらあとはその世界に入り込むこと。気付けば夢の中にいるわよ」


 そう言ってお母さんは会話を終わりにした。

 

 数分経つと寝息が聞こえてきた。

 お母さんは寝てしまったようだ。


 わたしは目をつぶって空想の世界に浸る。


 空を飛ぶならホウキが欲しいな。

 ホウキに乗って空を飛んだらまるで魔法使いみたいだ。

 

 空を飛ぶだけじゃなくて、いろんな魔法が使えたら面白いかも。

 

 たとえば、そうだなぁ……。


 


 どれくらい経ったころだろうか。

 

 思考がうまくまとまらなくなってきて、わたしは眠りに落ちた。

 

 ─────────


 次の日の昼過ぎ。

 

 お父さんとお母さんが帰る時間となったので、わたしは見送りをしていた。


「お父さん、お母さん、またねー」

「ちゃんと夏休みの課題頑張るんだぞ!」

「真奈、いい子にするんだよー」


 次会えるのはお盆だから、三週間くらい先だ。

 寂しいけれど、二人にはお仕事があるからしょうがない。わたしは気持ちが顔に出ないように笑って見送った。


 家に戻ると、さっきよりも静まり返ってぽっかりと空白が生まれたみたい感じた。人が減ると穴が空いたみたいに空虚な空間に見えてくる。


 わたしは空白を紛らわせるように宿題に手を付けることにした。

 いつも後回しにしがちだけれど、後々苦労したくないから今年こそは早めに終わらせたい。


 鉛筆をかりかり動かし、問題を解く。

 そして答え合わせをする。


 今日はワークを三ページ終わらせた。

 この調子で毎日コツコツ出来れば余裕で終わるはずだ。


 勉強のせいか小腹が空いたので台所へ行くと、おばあちゃんがスイカを切っていた。

 

「食べるかい?」

「うん!」


 スイカを一切れ手にとって、ぱくりと一口。

 みずみずしい甘さを感じる。


「おいしいね! このスイカ」

「うちで採れたものだよ」

「そうなんだ!」


 種は飲み込まずにしっかり吐き出した。

 昔はスイカの種を食べると胃の中でスイカが成長すると言われて恐ろしかったのを覚えている。


 間違ってスイカの種を飲み込んじゃわないか不安になって、一時期は食べることすら怖くなった。

 

 あれが嘘で本当に良かったなあ。


 


 スイカを食べ終わったあとは読書をしていた。

 この家には本がいーっぱい置かれている。だから読み放題なのだ。

 けれど、どの本も難しくてわたしが読める本はほんの一握りしかなかった。


 ぱらりと捲ると古い紙特有の匂いを鼻に感じる。

 この匂いがわたしは好きだ。

 懐かしくて少し切なくなるような、そんな気分になる。

 

 本の内容は物語だった。

 

 夏の冒険譚で、主人公はわたしと同じ小学生。

 不思議な出会いを通じて、絆を結ぶストーリーだった。イラストも添えられていて想像しやすかった。

 

 わたしもこんな冒険ができたらなと思わずにはいられない。現実では友達すらまともに作れていないのに。


 読み終えて、ぱたんと閉じる。外に出れば何かが変わるだろうか。

 

 明日は少し冒険してみようとぼんやり思った。

 

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