第2話 夏休みの始まり
小学六年生の夏休み。
わたし、夏木真奈は、毎年のように行っているおばあちゃん家に今年も行くことになった。
お父さんとお母さんは一緒に来ているが、明日には帰ってしまう。仕事があるからだ。
新幹線に乗って、次に電車に乗って。
遠くにあるおばあちゃん家に長い時間をかけて向かう。
新幹線はおばあちゃん家に向かう時くらいしか乗らないので特別感がある。
高速で異国の地に飛んでいくみたいな、そんな気分になってちょっと心が躍る。
ゆらりゆらりと揺られて、家から一番近い駅にやってきた。
電車から降りて階段を上ると改札がぽつんと一つだけ立っていて、なんだか寂しさを感じた。
ピッとカードをタッチして近場のバス停まで歩く。
おばあちゃん家は田舎だ。
歩きながら周囲を見渡すと畑や田んぼが広がっていて、遠くには山が連なっている。
空は青く、入道雲がもくもくと天へ向かって伸びていた。
セミの声があちらこちらから聞こえてきて、ちょっと騒がしい。
炎天下の中、歩いていくとバス停に着いた。
バスの時刻表は擦り切れていて、ところどころ字が消えていた。
それとバスの本数がすごく少ない。
「えーっと、あと三十分後くらいかな」
数時間に一本しか来ないようなので、三十分待つだけで来るのはラッキーに思えた。
「おばあちゃん家に行ったら何をするんだ?」
お父さんがわたしにそう尋ねる。
「んーとね。……スイカ食べて、ゲームして、テレビ見て、あとアイスも食べて……あっ花火もやりたい!」
指折り数えながらやりたいことを口にする。
「花火かぁ……手持ち花火もいいが、夏祭りでおっきな花火が見れるな」
「今年も楽しみね! また一緒に見ましょ!」
お父さんの発言に、お母さんがのってくる。
おばあちゃん家の近くには毎年八月の下旬に開催されている祭りがある。そこでは最後に夜空に花火があがるのだ。
わたしたち家族は毎年それを見るのが恒例となっていた。
夜空に咲く花火はとっても綺麗だ。思い返すだけできらきらとした花火が目の裏に広がる。
けれど、花火が終わると夏がもうすぐ終わるんだという気分になってどこか切なくなる。
バスを待つ間、お父さんとお母さんと色んな話をした。
学校の話題を出された時だけは少し気まずかった。
クラスに馴染めていないから。
そのことを隠しているから。
わたしが五年生に上がる時期に、お父さんの仕事の都合でわたしたちは引っ越すことになった。
引っ越し先は都会で、人と建物で溢れかえったような場所だった。
前まで住んでいたところは都会と田舎の間くらいのところだったので、最初は窮屈な街に息苦しくなりかけた。
でも住めば都と言うようにいつの間にか気にならなくなった。家から一分もかからないところにコンビニがあるように利便性も良い。
そんな都会の学校で、転校してきたばかりの頃はみんな珍しがって話しかけてくれた。どこから来たのとか、前の学校では何が流行ってたのとか。
けれど、一か月もすればわたしの存在はただのクラスメイトと成り果てた。
学校はすでに仲がいい人同士でグループが形成されていた。わたしがそこに入り込む余地なんてなかった。
いや、頑張れば入ることができたのだろう。けれどもわたしは遠慮してしまった。
無理を言って入れてもらっても気まずくなるだけ。みんなに迷惑をかけるだけ。
そう自分に言い聞かせて、わたしは孤独な学校生活を送っていた。
それを悟られないようにお父さんとお母さんには学校が楽しいと嘘をついていた。
だから学校の話題が出た途端、わたしはぎこちなくなってしまった。どこかうわの空で返事を繰り返す。
心の苦しみに耐え抜いていると、バスがやってきた。
乗車するとわたしたち以外には一人しか乗客がいなかった。このバス赤字じゃないのかな、とよからぬことを考えてしまう。
せっかくたくさん空いていたので一番後ろの席に座った。
途中の席は全て通路のために真ん中が空いているが、一番後ろの席は全面座れるようになっているので贅沢感があった。
ぼんやりと窓辺から風景を眺める。家はぽつぽつとある程度で、大半が自然の風景。見ているだけで心が洗われるような思いがした。
バスに揺られて十分ほどで、おばあちゃん家の最寄りに着く。
料金を払って降車すると、あとは目と鼻の先だった。
わたしを先頭におばあちゃん家に向かって歩いていく。
家の敷地内に入る。庭がとても広い。テニスの試合ができそうだ。
庭には草木が生い茂っている。家の前の地面には芝生が広がっていた。
おばあちゃんとおじいちゃんしか暮らしていないのになぜか車が三台ある。謎だ。
車は車庫に入れられている。車庫には二階があってそこは物置になっている。
低学年の頃に、好奇心から二階の物置を見せてもらったことがあるが、なんの変哲もない普通の物置だった。
家も二階建てで、広くて大きい。
こんな大きい家、わたしの住んでいる街ではあまり見ない。
ガラガラとドアを開けて中に入ると、ひやりとした空気が肌を撫でる。
冷房が効いているわけではないが、日陰になっているのと風通しがいいので涼しく感じるようだ。
「あらいらっしゃい」
「久しぶり、おばあちゃん」
「まあまあ、真奈はおおきくなったねえ……」
おばあちゃんが眉を下げてわたしを見る。
去年から身長はあまり伸びていないのだが、まあ触れないでおこう。
お父さんもお母さんも軽く挨拶をしていた。それから、わたしたちは靴を脱いであがった。
玄関の先は長い廊下が続いていて、突き当たりには台所がある。
廊下の途中には二階への階段があった。
階段手前にある左の部屋は客間になっており、わたしたちはそちらへ足を踏み入れた。
畳の部屋で横に長い茶色の机が真ん中に置かれていた。机を囲むように敷かれた座布団に腰を下ろす。
部屋の隅では扇風機がくるくると回っていた。
少しの間席を外していたおばあちゃんが、お菓子と冷えた麦茶を手にやってくる。
コップに入った麦茶を口に含むと、冷たさで喉が刺激される。
お菓子の方は煎餅や揚げ餅などがある。どれも普段は食べないので物珍しさに手を伸ばす。
「そとは、あつかったでしょう」
「ええ、まあ」
「三十度超えだもんな」
お母さんとお父さんがぽつりぽつりと返す。
わたしは煎餅を食べながら、こくりこくりと頷いた。
「ゆっくりすずんでいき」
おばあちゃんは目を細めてそう言った。
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