第2話

「血だ……」


地面に広がる赤は目の前の男を中心に広がっていた。

鼻につくのは自分も怪我した時に嗅いだことのある鉄の匂い。

そしてなにより、男の体は今もなお見えない何かによって肉を抉り取られている。


「うっ……。ゔぇっ」


全てを理解したと同時にその場で嘔吐した。鼓動が早鐘の様に鳴る。

吐瀉物を見て、まだポテトしか食べてなくてよかった、などと冷静に考えている自分に少し笑ってしまう。


とにかく、逃げよう。


目の前の光景がなんであれ、あれは関わってはいけないものだ。本能がそう告げている


 急いで元来た道を行こうと足に力を入れた時。


「……て」


進めた足がまたピタリと止まる。

聞こえてしまった。さっきまで何を言っているのかわからなかったくせに、今になってその言葉を理解してしまった。


「…ああ!くっそ!」


瑛晴は踵を返して男の元に走り出す。

頭ではわかっている。目の前に広がる血の量。今もなお目の前で潰れ抉れていく男の身体。もう助からない。助かるわけがない。

それでも聞こえてしまった。理解してしまった。ずっとこのサラリーマンは痛みに耐え、力を振り絞りながら言っていたんだ。


「助けて」


そんな言葉を聞いて逃げ出せるほど、瑛晴の性根は腐っていない。


 男の上でその肉を抉る見えない何かに拳を振り上げる。

これが正解なのかはわからない。けれど何かせずにはいられなかった。


 拳が何かに当たった。と同時に身体ごと弾き飛ばされる。


「がっ…!」


思わず声が出る。飛ばされた身体は地面を滑り肌は擦り切れ熱を持ち始めた。


痛い。苦しい。何が起きた。


起きた出来事と身体の痛みを頭が理解しきれていない。

それでも先ほどとは打って変わった空気。刺さるほどの視線を感じた。


これはまずったかもな。


やはりどこか冷静に考える自分がいて笑ってしまう。

そのまま立ち上がることもできず、迫り来る見えない存在が近づいて来る気配を感じる。


ほらみろ担任。夢なんか持ったって人生終わる時は終わるんだよ。


最後に心の中で夢について熱く語っていた担任に悪態をつく。

気配が瑛晴の前で止まった。思わず目を瞑ったその時。


「はーい。そこまでー」

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