Ⅳ 吟遊詩人の力

「──ああなるほど。何か違和感があると思ったらそういうことだったのね」


 他方、その不可解な現象の原因をすでに特定できている者がいた……メデイアである。


 儀式用の部屋を出て、再び船尾楼へ登ってガレオンを見つめる彼女の眼は、宵闇の中で妖しげに青く輝いている。


 また、彼女の背後には半透明に透きとおる、槍と旗を手に黒い馬に跨った甲冑姿の騎士が幻影のように控えている。


 じつはメデイア、その騎士──呼び出した悪魔・騎士公爵エリゴスに依頼し、〝秘事を露見させる力〟をその眼に宿しているのである。


「となれば、あれ・・を使うしかしないわね。誰か……」


「僕のリサイタルを邪魔するとはいい度胸だ。なんだか知らないけどこいつを食らわしてやる……」


 相手の正体に気づき、対応策を思いついて人手を探すメデイアの視界に、下の甲板に〝臼砲〟という小型で砲身の短い榴弾砲を引っ張り出してきたオルペの姿が映る。


「あ! オルペさーん! あの船に通常の砲弾は効きませーん! これからいうものをアスキュール先生からもらって来てください!」


「……え? メデイア姉さん? アスキュール先生って、いったいどういうことですか?」


 不意に頭上からかけられた声に、オルペは手を止めると怪訝な様子でメデイアの方を見上げた──。



「──とにかくもう一回、さらに至近距離で一斉掃射だ! 再装填急げ! 他の者は白兵戦に備えよ!」


 返って右舷側では、すでに目と鼻の先にまで迫った謎のガレオン船に、こちらへ乗り移られての白兵戦もハーソンは覚悟していた。


「フン。望むところだぜ。こいつもそろそろ血を吸いたい頃だしな」


 その檄にパウロスは短槍を構えると、悪役ばりの人相で舌舐めずりをしている。


「どーんとぶつかってくだせえ! いつ衝突されても大丈夫でさあ!」


 また、白兵戦力に向かったアンケイロスに替わり、操舵輪を握ったティヴィアスも準備万端だ。


「みんなーっ! 白兵戦も、無駄弾撃つのも、こいつを試してみてからだぁーっ!」


 ところが、そんなオルペの声とともに、ドーン…! と砲列甲板以外から轟音が聞こえる……と直後、ヒュウゥゥゥゥ…と風切り音がしたかと思うと、放物線を描いた榴弾が迫り来るガレオンの船影に直撃した。


 瞬間、砲弾は四散してキラキラと輝く白い粉のようなものが辺りに撒き散らされる……と、どういうわけか黒い船影は、煙の如く薄らいで夜の海の上に消え失せてしまった。


「なっ!? ……どういうことだ? いったい何が起こった?」


 まさかの展開に、ハーソン以下、羊角騎士団の団員達は皆、唖然と目を見開いて立ち尽くしている。


「あれは実体のない幽霊船だったんです。そこで、アスキュール先生からもらった塩を袋に詰めて、オルペさんに撃ち込んでもらいました。幽霊は塩が苦手ですから」


 すると、皆の疑問に答えるかのようにして、船尾楼の上からメデイアがそう説明する。


「わし、大活躍じゃな」


 その言葉に、アスキュールの方を覗えば親指を立ててウィンクをしている。


「幽霊船? ……なるほど。そう言われれば、砲弾やフラガラッハのすり抜けたのも得心いくが……まさか、そんなものが本当にいるとはな……」


「俺も船乗って長えですが、幽霊船なんて初めてみやしたぜ」


 メデイアにその正体を聞くと、ハーソンは半信半疑ながらも状況を顧みて納得し、船乗りとしては大ベテランのティヴィアスも正直驚いている。


「しかし、なんでまた突然、そんな幽霊船なんかに襲われたのだ? ここはそういう海域なのか? いたって平穏な海にしか見えんが……」


 また、アウグストは幽霊船だと信じたものの、周囲の穏やかでなんとも美しい、月明かりに輝く海を見渡しながらさらなる疑問を呈する。


「ああ、それに関しては僕のせいかもしれません。さっき唄ったレベカの〝ルナ〟って曲、唄うと幽霊が現れるって伝説があるんですよ。まあ、あくまでウワサですが……」


 アウグストのその疑問には、メデイアの後を継いで今度はオルペが答える。


「なに!? オルペ、おまえのせいだったのか!? なんてもん呼び寄せてくれてんだ!」


「まあ、それだけオルペの歌がスゴイってことだろ? なんせ、本物の幽霊船まで惹き寄せちまうんだからな」


 正直な彼のその告白に、文句をつける者もいれば、むしろ逆に彼の歌声をますます褒め讃えてくれる者達もいる。


「まあまあ、しがない未熟者の吟遊詩人バルドーのしでかしたこと。ここはどうか大目に見てやってくださいな。お詫びと言っちゃなんですが、問題も解決したことですし、今から改めてリサイタルの続きをさせていただきたいと思います。いいですよね、団長?」


 そんな聴衆達に、オルペは苦笑いを浮かべながら謝罪をすると、リサイタル再開の許可をハーソンに問う。


「ああ。もちろんかまわんが、ただし、もう幽霊船だけは呼び寄せないようにな?」


「ええ。それじゃ、幽霊も踊り出すような陽気なやつを……やっぱり海といったらトダス・ラ・エステレラル・デル・ソウルの〝勝手にシンバド〟! ラララ〜ラララ、ラララ〜…♪」


 その問いかけに、冗談めかしてハーソンが答えると、オルペも同じく冗談で返して、ポロポロ…と竪琴リュラーを弾きながら再び船尾楼のステージへと登ってゆく。


 それを見て、それまで戦闘状態だった船上はまた一転。ワーワー、ヒューヒュー、団員達の大歓声に再び包まれる。


 そうして、遥か新天地を目指して進むエルドラニアの海賊討伐精鋭部隊、白金の羊角騎士団のいつにない祭りフェスタの夜は過ぎていった……。


(La Recital a Bordo 〜船上のリサイタル〜 了)

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La Recital a Bordo 〜船上のリサイタル〜 平中なごん @HiranakaNagon

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