Ⅱ 騎士達のフェス

「──いやあ、まさかこんな催しものを船の上で楽しめるとはな」


「ハーソン団長、堅物かと思ってたけど、意外と粋なことしてくれるじゃないか」


 それから準備期間を置いての三日後の夜。空に昇った明るい月に大海原が蒼白く輝く中、船尾楼の上に作られた特設ステージの足下には白い陣羽織サーコートを着けた騎士達がひしめき合い、わいわいと楽しげに各々話に花を咲かせている。


「今夜は無礼講じゃ! さあさあどんどん飲んでどんどん食べてくれ! ただし身体のことを考えて節度は守っての」


 また、甲板上には屋台みたいなテントも建てられ、騎士団の軍医兼料理番でもある白鬚の老人アスキュール・ド・ペレスが料理と酒類を提供している。


「ガハハハ! いやあ、故郷の祭を思い出すな! ビールもう一杯だ!」


 その屋台の前ではアルゴナウタイ号の正操舵手、北海の古代海賊ヴィッキンガーの末裔であるティヴィアス・ヴィオディーンが、木のジョッキを片手に大柄な身体を揺らしてバカ笑いをしている。


 そんな操舵手が酒飲んでいて、船の舵は大丈夫なのかと心配になるところではあるが、彼は見た目まんまに酒に強いし、今夜は副操舵手のアンケイロス・サーモスと交替で楽しむことにしているので問題はない。


「ま、たまにゃあ、こんなバカ騒ぎも悪くねえな……」


 また、そのとなりでは人相の悪い短槍使いのパウロスが、愛槍を肩に担ぎながらニヒルな笑みを浮かべてワインを静かに楽しんでいる。


「さあてお待ちかね〜! いよいよオルフェ・デ・トラシア船上リサイタル、開幕だ!」


 そんな船上にできた俄かフェス会場に、船尾楼に立った司会役、副団長アウグストの大声が響き渡る。


「まずは団長ドン・ハーソンより、開会の挨拶を!」


 ワァー…という歓声と割れんばかりの拍手が船上を覆う中、続けてアウグストがそう告げると壇上にはハーソンが現れ、その姿に騒いでいたた団員達も一瞬してシン…と静寂を作り出す。


「諸君! 慣れない船旅ながらもここまでの航行、まことにご苦労である! しかし、遥かなる新天地は遠く、この果てなき海路はまだまだ続く! そして、我らの本当の任務はさらにその先にある! 今宵は大いに楽しみ、また明日からの各々の職務に備えてくれ!」


 団長の挨拶に、再び甲板上は歓声と拍手に包まれた。


「では、我らが楽士殿の美声を楽しむ前に航海の安全と海賊討伐の成功を祈り、皆で神に聖歌を捧げよう!」 


 拍手に見送られて奥へ下がるハーソンに代わり、再び現れたアウグストが指示を出すと、メデイア、プロスペロモ、イシドローモが前に出る。


 普段と違い鎧と白い陣羽織サーコートを脱ぎ去ると、メデイアは黒い修道女服、坊主のプロスペロモとオカッパ頭に頭頂部を剃ったトンスラ頭のイシドローモも、黒い神父の平服を纏っている。そんな恰好をしていると、まさに聖職者といった感じだ。


「コホン……それでは、1ウノ2ドス3トレスでいきますぞ? 1、2、3っはい! 神の〜子羊〜世の罪を〜除きたまう主よ〜…♪」


 プロスペロモの音頭でメデイア、イシドローモも唄い出し、それに合わせて甲板上の団員達も合唱を始める……重厚なメロディと重なり合わされる騎士団の声に、アルゴナウタイ号は一転して荘厳な雰囲気に包まれた。


 ちなみに選ばれた曲は騎士団の名にかけて「神の子羊」という讃歌だ。


 エルドラニアは敬虔なプロフェシア教国であり、また、白金の羊角騎士団はもともと護教騎士団であるため、こうして娯楽的な行事に宗教儀礼を取り入れることもままあることである。


「さて、神に聖歌も捧げたところでいよいよ本日の主役のご登場といきますか……我ら白金の騎士団が誇る騎士にして楽士〜っ! 吟遊詩人バルドー〜オルペ・デ・トラシア〜っ!」


「いや〜紳士セニョーレ淑女セニョーラの皆さーん! 今夜はお集まりいただきありがとうグラシアース! そんじゃ、張り切っていってみますか。最初は景気づけに、今、新天地で流行ってるという歌姫カンショーナの〝ヌエバ・エラ〟〜っ!」


 アウグストの呼び出しに、ワーワー、ヒューヒューとまたしても大歓声が上がる中、燈る無数のランプに照らし出されて船尾楼に現れたオルペは、挨拶もそこそこにポロン…と竪琴リュラーを鳴らし、早速に一曲目を唄い始める。


「新世界は〜この天地だ〜世界中すべて壊してしまえばぁ…♪」


 アップテンポなその曲に、船上を埋め尽くす団員達はますますもって盛り上がりを見せる。


「おい、これってもとは海賊の歌じゃなかったか?」


 しかし、多くの者達が浮かれ騒ぐ傍ら、海賊討伐部隊としての立場上、少数ながらもそんな苦言を呈するような真面目な者もいる。


「まあ、固いこと言うなって。今じゃカタギの間でも大人気だろ? 盛り上がりゃあなんでもいいのさ」


 だが、昂る興奮と快感に支配されたフェス会場で、そのような瑣末な問題は一蹴された。


「──どうもありがとおー! それじゃ、今度は海にちなんで、全世代に人気を誇るトダス・ラ・エステレラル・デル・ソウルの〝波乗りホニー〟!」


 満天の夜空の下、気持ち良さそうに竪琴リュラーをかき鳴らしながら、オルペは次々と名曲を弾き語りしてゆく。


「──では、続きまして。今度は航海にちなんで〝新天地航路〟! ……晴〜れた空〜そ〜よぐ風〜…♪」


 情緒ある竪琴リュラーの音とオルペの美声にいざなわれ、観客達の歓声と拍手はいつまでも止むことがない。


「さて、吟遊詩人バルドーといえば、やはりお客のリクエストを受けてその曲を奏でるのが世の常……皆さん、何か聞きたい曲はありますか?」


 そうして熱狂がピークに達したところで、オルペは趣向を変えて眼下の聴衆にリクエストを問う。


「なんか月にまつわる曲はないのか〜? 今夜は月が綺麗だから、なんか月にまつわる曲を頼む〜!」


 すると、蠢く白づくめの人の波の中からは、そんな声がすぐにあがってくる。確かに今宵は満月に近く、なんとも美しい月夜だ。


「うーん、月の歌かあ……月っていえば、あの曲が思い浮かんだけど、あれは唄うと幽霊呼ぶって話もあるしなあ……ま、そんなの迷信か……よし! それじゃ次はレベカの〝ルナ〟です! 聞いてください……」


 その客からのリクエストに、明るい月を見上げながらブツブツ呟いたオルペは、逡巡の後に曲をチョイスすると、またポロン、ポロン…と竪琴リュラーを奏で始める。


「……昔まだマンマが若くて〜小さな俺を抱いてた〜…♪」


 少し淋しげなその曲調に、一変して聴衆達はしんみりとオルペの歌に聞き入る……だが、その時だった。


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