La Recital a Bordo 〜船上のリサイタル〜

平中なごん

Ⅰ 船上の暇つぶし

 聖暦1580年代中頃、夏。


 島影一つ辺りには見えず、どこまでも続く水平線にギラギラと陽光の照りつける大海原を、銀色の装甲で覆われた一隻の帆船が波間を切り裂いて悠々と進んでゆく……。


 大海洋国家エルドラニアの精鋭部隊〝白金の羊角騎士団〟は、この新型フリゲート艦〝アルゴナウタイ号〟に乗り込み、西の大海アトランティーナを〝新天地〟へ向けて航行していた。


 〝新天地〟とは、遥か海の向こうにエルドラニアが発見し、植民地化を進めている新たなる大陸である。


 その未開の天地を手に入れたことで、エルドラニアは世界最大の版図を誇る大帝国となり、その広大な領土から生み出される銀やサトウキビなどの産物が、現状、戦費のかさむエルドラニアの経済を支える根幹となっている。


 だが、そんなエルドラニアの生命線を揺るがしかねない厄介な存在が新天地の海に出現する……海賊である。


 もとはエルドラニアの支配体制から弾き出された他国の渡航者などが、食い詰めてやむなく商船を襲うようになったものであるが、次第に海賊達は組織化すると強大な戦力を手に入れ、今では〝トリニティーガー〟というアジトの小島を要塞化して、エルドラニアの艦隊ですらおいそれと手の出せないまでになっている。


 その上、エルドラニアと敵対するアングラント王国やフランクル王国などは、その海賊に私掠免状(※海賊行為してもいいよ! という国公認の許可証)を与えて尖兵とし、率先的にエルドラニア船を襲わせることで経済的大打撃を与えようとしている始末だ。


 そこで、若きエルドラニア国王(※神聖イスカンドリア皇帝も兼ねる)カルロマグノ一世の目につけたのが、歴史と伝統ある〝白金の羊角騎士団〟だった。


 羊角騎士団は本来、プロフェシア教を異教や異端から護るために結成された護教の宗教騎士団であったが、この時代には有名無実化し、王侯貴族の子弟が箔を付けるためだけの権威団体と化していた。


 だが、それを逆手にとったカルロマグノは魔法剣を使う帝国随一の騎士ドン・ハーソン・デ・テッサリオを騎士団長に大抜擢すると、騎士団の改革と称して自ら直属の精鋭部隊へと変貌させた。


 そして、王がその精鋭部隊に求めたのは護教のための聖戦ではなく、新天地における海賊討伐であった。


 その任務遂行のため、団長ハーソンに率いられた新生・白金の羊角騎士団は、対海賊の艦船アルゴナウタイ号も手に入れると、本国から新天地へと赴任する船旅の最中なのである。


 だが、西の大海アトランティーナは広い……しかも、途中で立ち寄るような島もない……新天地まで一月以上もかかる長い船旅に、団員達は暇を持て余し、退屈とフラストレーションの限りを極めていた。


「──というわけで、皆、慣れない船旅で退屈しきっている。このままでは団員達の士気に関わる。航海にも支障をきたすかもしれない……というわけでオルペ、なんとかしてくれ」


 そこで、金髪碧眼のイケメン団長ハーソンが白羽の矢を立てたのは、もと吟遊詩人バルドーのオルペ・デ・トラシアであった。


 かつて、羊角騎士団入団前には吟遊詩人バルドーをしてはいたものの、じつは神聖イスカンドリア帝国領内にある領邦の王族出身であり、ブロンドの巻毛に甘いマスクの美形な優男やさおとこだ。


「いや、なんとかしてくれと言われても……」


「なに、難しいことを頼んでいるわけではない。いつもの宴の時のように歌ってくれればよいのだ。ただし、今回はもっと大々的にな」


 そんなことを突然言われても…と困惑するオルフェに、今度は口髭を生やしたダンディなラテン系副団長、ドン・アウグスト・デ・イオルコがハーソンに代わって具体的な補足を加える。


「つまり、リサイタルを皆の前でやってほしいのだ。いうなれば吟遊詩人バルドー・オルフェ・デ・トラシア船上リサイタル公演だな」


「力不足ながら、わたしとプロスペロモさん、イシドローモさんも昔とった杵柄で、開式の聖歌の音頭を執らせてただきますので、どうぞよろしくお願いいたします」


 アウグストの説明に続き、今度はもと魔女で修道女でもあるという、けっこう情報が渋滞している来歴の魔術担当官メデイアが、そう言ってアウグストに頭を下げる。


 プレスペレスとイシドローモも修道士の出身であり、三人は聖務の一環として一応、聖歌にも俗人よりは長じている。


「なんだ、そういうことですか。それでしたらお安い御用です。私も変化のない船上生活に飽き飽きしてたとこですし、ここはパーっと祭りフェスタといきますか!」


 詳しい説明を聞くと、もと吟遊詩人バルドーとして団内でも楽士のような役割を果たしており、もとよりお祭り好きなオルフェとしては断る理由もない。彼は快く引き受けると、退屈しのぎのための船上リサイタルが開かれる運びとなった──。

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