第三章 ハチワレ

第9話

【そして現在】

「変化魔法か…」

 一週間前のことを鮮明に思い出した僕は、会館の壁にもたれ、魔女と思われる女にもらった紙を眺めていた。

 三枚重なった紙。魔女…と思わしき店主にもらった説明書には、この紙の使い方が書かれている。

 まず、紙に変化させたい人の名前を書く。次に、頭にその人の姿を思い浮かべる。そして、その人が変化した姿を思い浮かべる。これで完了。

 注意すべき点は、魔法の及ぶ範囲が半径五十メートルであるということ。つまり、対象に近づかないと、魔法は不発に終わってしまうのだ。

 成功すれば、相手をどんな姿にも変えることが出来る物騒な魔法ではあるが、当然、解除方法は存在する。主に二つだ。

 一つ、名前を書いたこの紙を破壊すること。破るなり燃やすなり、何でもいい。

 二つ、半年が経過して、自動的に魔法が解けること。

「…ふむ」

 使い方はわかった。さて、この魔法を、どう活用するか…。

 例えば、金を持っていそうな家の人間を、ネズミとか小鳥とか、無力な動物に変えてしまえば、その隙に強盗に入って金を奪える。他には、嫌いな相手を犬に変えて捕まえて、拷問するもよし、保健所に送るのもよし…ということか。

 そこまで考えて、背筋に冷たいものが走った。

「あー、無理無理」

 そんな人道から外れた行為、できるわけがなかった。

 あの店主は、僕が魔法を信じるきっかけになってくれればいい…として、この魔法をくれたみたいだけど、まず使用するまでのハードルが高すぎる。確かに紙を破壊すれば、魔法は直ぐに解除されるらしいが、たとえ一瞬でも、誰かに迷惑をかけるのは心が痛むのだ。

「いやいやいや」

 独り言をぶつぶつと呟き、額をコツン…と叩く。

 そもそも、あんな信用ならない店の、信用ならない女の、信用ならない商品に対して、こんな真剣に考える必要なんてなかった。

「あほらし」

 魔法なんてあるわけがない。僕はからかわれているんだ。

 そう思い込むようにした僕は、魔法の紙と説明書を箱に入れると、可燃物収集スペースに向かって投げた。

 手裏剣のように回転しながら飛んで行ったそれは、奥の壁にコツンッ! と辺り、溜まりに溜まった白い袋の上に落ちた。

 それを見届けた僕は、踵を返して歩き出す。

 ゴミ収集場から出て、生ぬるい風が吹き抜けた瞬間、立ち止まる。

 やはり、惜しいことをしただろうか? と不安に思い振り返ったが、すぐにまた、尻に鞭を打ったように歩き出した。

 それに、試供品ってのは、商品を買ってもらうために配るんだ。店側の商業戦略だ。そんなものに乗りたくはない。

 もう、あの店に行くことは無いだろうな…。

 そう思った僕は、サイダーの瓶を傾けたような空を仰ぎ、乾いた笑みを洩らすのだった。

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