第二章 魔法屋

第6話

【一週間前】

 あの箱と紙を手に入れた日、どうしてあの店に入ったのか、今でもよくわからない。真夏の熱に浮かされていたのか、それとも、あの女が言うような「魔法」に掛けられていたのか。

「なんだか期待外れでしたね」

「そうだな。正直まずかった」

 僕と先輩は、商店街の近くにある中華料理屋で昼食を摂った。

 フリーペーパーのガイドブックに、「大人気!」と書かれていたから期待して行ったのに、麻婆豆腐は辛みが足りないし、餃子もニンニクが足りない。チャーハンに至っては「炊いたんじゃないか?」って思うくらい米がべちゃっとしていて、付属の中華スープはぬるかった。

 腹八分目で終わらせた僕たちは、肩を落としながら店を出た。

 物足りなさを感じながら背伸びをする。

「どうします? 先輩。どこか行きますか? まだ金に余裕あるんで、コーヒーでも飲みます? サンドイッチくらいは付けられますけど」

「ああ…、悪いな。でも、今から仕事なんだよ」

 先輩は気まずそうに言うと、胸の前で手を合わせた。

「だから、また今度な」

「いやまあ、お金使わなくて済むんで良いんですけど…」

 僕はさっきのレシートを財布に仕舞うと、ポケットにねじ込んだ。

「ってか、先輩ってバイトしてたんですね」

「ああ、いや、パチンコだ」

「…………」

 感心して損した。

「なんなら、水無瀬も来るか? バイク後ろ、乗せてやるけど。一緒に風を感じよう」

「いや、いいです。今日は気分じゃないので」

 散財して、拗ねて僕を蹴ってくる先輩を想像した僕は、首を横に振った。

 先輩は「ちぇ」と言うと、足元の小石を蹴り飛ばした。

「じゃあ、私一人で行ってくるよ。当たっても知らんぞ」

「当たったなら金返せこら」

 そう言い合って、僕たちは別れた。先輩はパチンコ屋の方に。僕は商店街の方に。

 今日の夕飯はカレーにしようと思い、その食材を買うべく、八百屋に向かった。

だが、普段商店街で買い物をしないせいか、僕は道を間違え、いつの間にか、人気の無い路地を歩いていた。

「あれ…? ここどこだ?」

 頭上の太陽が、雲に隠れる。

 心なしか湿度が増したような気がして、頬に汗が滲んだ。

どうやって商店街の方に戻ろうか…? と辺りを見渡していると、僕の目が、ある看板を捉えた。

『魔法屋』…。

 看板には、そう書いてあった。

 奇妙な看板を掲げるその店は、蒸し暑い路地の陰に隠れるようにして、ひっそりと佇んでいた。

 魔法屋…などという、日常生活を送っていればまず目にしないような、メルヘンチックな名前に、僕は一瞬思考を鈍らせる。

 魔法屋…? 魔法の、店? 何を売っている店なんだ?

 もしかして…ちょっとエッチな店か?

 そう、淡い期待を覚えた僕だったが、その予想は、今に重力に押しつぶされそうな撓んだ屋根瓦を見て否定された。

 風俗…ではない。としたら、なんなんだ?

「………」

 少しだけ余裕の残った胃袋に、好奇心が流れ込む。

 我慢ならなくなった僕は、一歩踏み出し、ぼろぼろの引き戸のノブを掴んだ。

 ガラガラ…と、建付けの悪い音と共に、戸が開く。

 中に入ると、そこには六畳ほどの空間があった。それは、低い天井、駄菓子屋のように所狭しと並んだ商品棚と相まって、閉所恐怖症でなくとも嫌悪を抱いてしまうような場所だった。

 とはいえ、床には埃一つなく、店全体に、フローラルのような香りが漂い、どこか妖艶な雰囲気がある。

 くらっとする感覚に襲われながら店を見渡していると、奥にあるレジの方から声が聴こえた。

『いらっしゃい』

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