第53話【閑話】清廉聖騎士、天啓聖女に裏切られる

 俺ことニコロないしニッコロがミカエラと聖地巡礼の旅に出ていられるのは、出発時は魔王軍の脅威が顕在してなかったのもあるけれど、ミカエラが現役聖女の末席だったのも大きい。おまけで俺も新人聖騎士としてあまり戦力に数えられてなかったのもあるだろう。


 逆を言えば教国学院を首席で卒業したラファエラはお供のヴィットーリオと共に将来有望。彼女達が魔王軍に対抗する希望となる勇者一行に加わったのも何もおかしくなかった。


 道中の噂で耳にする限り、ラファエラ達は怒涛の快進撃を見せているらしい。既にいくつもの魔王軍の進軍を撃退し、更につい先日には軍を率いる長をも仕留めた、と大騒ぎになっていた。


 彼女たちの英雄譚はやがて歴史の一頁に記され、永遠に語り継がれることになるだろう。それこそ勇者イレーネなどのように。偉人になるなんて俺には不相応なのでごめんだが、彼女たちにはそうした表舞台での華々しい扱いが相応しかろう。


 そのように、俺は安易に考えていた。

 まさか彼女たちがあのような形で転がり落ち、破滅するとは思わなかった。

 以下は後ほど俺が聞いた話を整理してまとめたものだ。


 ■■■


 勇者パーティーの構成者は勇者ドナテッロ、聖女ラファエラ、剣聖グローリア、弓聖手オリンピア、賢聖コルネリア、そして聖騎士ヴィットーリオで六名。うち勇者と賢聖以外の四人は幼馴染である。


 剣聖とかの称号は何だよ、って話だが、俺が確か連中と会った時は普通に剣士や射手といった銀級冒険者だったはずだ。どうやらその腕前と功績を称えられて勇者一行に相応しい称号が与えられたんだとか何とか。


 実際のところ、グローリア達三人には各国の強豪達も腕試しをして敵わなかったらしい。俺と同年代の若さで人類最高峰という凄まじいことをやってるんだが、輪をかけてとんでもなかったのは勇者と聖女だった。


 勇者は剣を一振りするだけで百匹の魔物を切り裂く。

 聖女は権杖を掲げるだけで周囲の者全てを癒やす。

 歴代の勇者や聖女と比較しても屈指に優れている、ともっぱらの評判だった。


 そんな勇者一行が派遣されたのは教国連合にも属していない遠く離れた辺境の国。ここでは魔王軍のうち邪神軍の襲撃を受けており、軍部は壊滅。もはやそこに住む者達の命は風前の灯だと見なされるほど危機的状況にあった。


 そこに颯爽と現れた勇者一行は、直ちに邪神討伐に乗り出した。


 邪神軍は他の軍団と比べてはるかに人員が少ないのだが、その分一体一体が超が付くほど強力。刀を振るえば木の葉を払うように人の体が簡単に舞い散る、そんな圧倒的暴力を息を吐くようにに繰り出してくるのだ。


「みんな、ボクが来たからにはもう安心さ! さ、後ろに下がりたまえ!」


 勇者一行は六人が連携して立ち向かう戦い方だ。勇者と剣聖が前に出て戦い、聖騎士が盾役兼闘気術での補助、弓聖が中距離での狙撃、賢聖が魔法攻撃をしつつ戦局の全体を見極め、一番うしろで聖女が補助と回復を施しつつ奇跡で攻撃する。そんな風に役割分担がきちんと決まっている。


 幼馴染三人衆はそれぞれ列聖されてから更に実力を付け、規格外な強さを見せる勇者に決して引けを取らなかった。自分より何倍も大きい魔物を細切れにし、一度に何十本もの矢を放って同時に敵を仕留め、大魔法を容易く使いこなす。頼もしいったらありゃしなかった。


 ところが、勇者一行には一つ問題があった。

 始めは気のせいだと誰もが言い、次第に弱点が顕になりだし、終いにはそれがきっかけで壊滅寸前まで追い込まれたこともあった。

 そう、他でもなく、ヴィットーリオが勇者達についていけなくなったのだ。


 俺からすれば全く信じられない話なんだよな。だってヴィットーリオって生真面目で浮ついてもなく、それでいて実力も確か。優等生を絵に書いたような人物だったのに、その彼が勇者達の足を引っ張ってるだって?


 原因はどうもヴィットーリオの成長が鈍化しているためなんだそうだ。個々が強大な邪神を相手に急成長する勇者や聖女達に追いつけない。補助役ならラファエラとコルネリアで充分だし、盾役もむしろグローリアやオリンピアから敵を仕留めるのに邪魔だと言われ始めた、とまことしやかに騒がれた。


 勿論ヴィットーリオの怠慢なんかじゃない。彼はラファエラ達の力になるために必死に努力した。寝る間も惜しんで剣を振り、戦闘面で力になれないならと雑務や荷物持ち、情報収集、日常のケアなどを率先して行い、一行の役に立とうとした。


 まあ、正直、そんな情けないヴィットーリオなんて見たくなかった。

 俺ですらそう感じたんだ。子供の頃から彼を知っていたラファエラ達の失望や幻滅は計り知れなかったことだろう。


 で、旅の仲間として時間を共有していれば自然と絆は生まれてくるものだ。


 勇者ドナテッロは気配りが出来て優しくて、少し至らない所が庇護欲を掻き立てる、のだそうだ。ドナテッロは少しでも早く仲良くなろうとラファエラ達に積極的に声をかけ、励まし、一緒に遊んだりした。ラファエラ達がドナテッロと親密になるのもそう多くの日数は要らなかった。


「あたし、どうも彼を好きになっちゃったみたい」


 人類の未来を背負う日々の中、最初にドナテッロと関係を持ったのはオリンピアだったそうな。そしてオリンピアはそれを一切隠そうとせず、旅の仲間に堂々と報告をしたんだとか何とか。彼への惚気を付け加えながら。


「彼は私の鞘になってくれた。だから私も彼の剣として戦ってみせるわ」

「毎日不安だった。けれど彼のそばにいると安心する。彼はわたしに温もりをくれた」


 そうなると後はなし崩し的だった。グローリアとコルネルアがドナテッロを求めるようになるまでそう時間は要らなかった。幼馴染のヴィットーリオにする報告はどこか後ろめたそうだったが、自分の気持ちに嘘はつけないとはっきりと言った。


 ドナテッロを囲う三人の仲間はとても幸せそうだった。勇者に寄り添い、彼の力になりたいと張り切り、褒められるととても喜ぶ。恋をするとはこういうことなんだろうな、と見せつけられた、とはヴィットーリオ談だ。


「悪かったねヴィットーリオ。でも僕も熱烈な彼女達を突き放しきれなくてさ。彼女達の選択を祝福してやってくれよ」

「ああ、勿論さ。おめでとう、誰かを好きになれるってとても素敵だよな」


 その時、彼女達を祝福したヴィットーリオの顔がどうだったかはもはや誰にも分かるまい。何せ、当の本人はちゃんと笑えていたと断言するし、見ていた連中にはもう誰からも話を聞けないからな。


 ■■■


 さて、勇者一行は邪神軍の幹部達を確実に仕留めていき、残すは本隊のみとなった。邪神軍長に副官二名を集結させており、次の日が存亡をかけた決戦になるだろうと誰もが悟っていた。


「ヴィットーリオ。悪いけれど、私はドナテッロに全部捧げたいと思ってる」


 決戦前夜、ヴィットーリオはラファエラの告白を受けた。

 それはとても無慈悲で残酷なほどに彼に現実を突きつけるようだった。

 タチが悪いのは、それでヴィットーリオがどう思おうが構わないと思われていることだったろうな。


「何故?」

「聖女って思った以上にキツイの。希望の象徴、救済の証、慈愛の体現者、なんて言われてるけれど、私だって普通の女の子なの。自分でも気づかない間に精神的にも肉体的にも追い詰められてたんだわ。ドナテッロはそれに気づかせてくれたの」

「そうか。弱さを見せる相手が俺では力不足だったか?」

「はぁ。アンタね、その台詞はまともに活躍してから言いなさいよ。ドナテッロは優しいからアンタがこのパーティーの要だとか言ってるけれど、代わりに私がハッキリ言ってやるわ。アンタは足手まといよ」


 ヴィットーリオとラファエラの関係は完全に破綻していた。ラファエラは自分の聖騎士を頼りないと断じ、むしろ自分の恥だとけなす始末。しかし文句は言えまい。現にヴィットーリオは他の面々より遅れを取っているのだから。


 その夜、見張りを買って出たヴィットーリオの後ろ、天幕の中でドナテッロとラファエラが何をしたか、ヴィットーリオは多くを語らない。絆を深めあっただけだろう、と他人事のように一言で片付けるだけだった。


「さあ邪神共! 今日がお前達の命日さ! このボク、勇者ドナテッロの剣の錆になるがいい!」


 次の日、邪神軍長と副官二名の相手は勇者一行が手分けした。邪神軍長には勇者と聖女、副官その1には剣聖と弓聖、副官その2には聖騎士と賢聖が対処する。他の邪神軍を構成する従属神共は人類軍が食い止めることに。


 ヴィットーリオ、ここで捨て身の闘気術を発動。身体能力が爆発的に増大する代わりに生命力を著しく燃やすというもので、彼は人類のためにこの一戦に全てをかけることにしたのだ。


「み、見事だ……。そなたこそ真の戦士……」


 先に倒れ伏したのは邪神の方だった。


 死闘だった。もう一回やれと言われても今度は自分が倒されるかも知れない。それほど紙一重の戦いだった。無論、ヴィットーリオもただでは済まず、もはや剣を杖代わりに身体を支えるのが精一杯な有り様だ。


 邪神の死亡を確認したコルネリアがヴィットーリオへと歩み寄り、背伸びをしても届かないので彼を杖で叩いて膝をつかせた。そして彼の耳を引っ張りながら彼女は耳元に口を近づけ……、


「今すぐ逃げて」


 すぐには頭に入らない願いを耳にした。


「この勇者一行はどこかおかしい。わたしを含めてもう全員正気じゃない。まだ一番まともなヴィットーリオが助けを呼んできて欲しい」

「助けを? 一体何が起こってるんだ?」

「それは――」


 コルネリアが何かを言い切る前だった。ヴィットーリオは背中が急に熱くなった。灼熱の熱さの原因が背中を大きく引き裂かれたせいだと分かった時にはもう遅く、大量の鮮血とともに体力、生命力まで身体から抜けてるようだった。


 残る力を振り絞って背後を見ると、ドナテッロが邪神軍長と戦っていた。ラファエラもまた光の刃を放ってドナテッロを援護している。ラファエラが放ったセイクリッドエッジが流れ弾となってヴィットーリオを襲ったのだろう。


 そう、ヴィットーリオは思いたかった。

 しかし現実はもっと残酷で容赦なかった。


 味方に誤爆したにもかかわらずラファエラは謝る素振りすら見せない。むしろ邪神軍長と間近で剣を交えるドナテッロの方が動揺しているぐらいだった。ドナテッロがラファエラを批難してるようだったが、耳が急速に遠くなっていくヴィットーリオには何も聞こえなかった。


 しかし、彼の目には今も鮮明に焼き付いている。

 光の刃を構成してヴィットーリオを狙う、ラファエラのほくそ笑んだ顔が。


「じゃあね。アンタはもう私の人生には要らないわ」


 無慈悲に放たれた光の刃がヴィットーリオの首を両断する。


(そうか。これが俺の最後か。何がいけなかったんだろうな……?)


 そこでヴィットーリオの意識は暗転した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る