第52話 戦鎚聖騎士達、帰路につく

「ふ、あぁぁ……」

「おそよう。もう日はとっくに昇ってるぞ」

「げっ! もしかしてうち、かなり寝坊した?」

「安心しろ、俺もミカエラもだ。ま、たまにはそんな日があってもいいだろ」


 死闘から一夜が明けた。


 アデリーナが漆黒の闇に食い尽くされた後、大森林に散開していた邪精霊共は旗頭を失った影響か、次々とディアマンテに投降したそうな。しかし平伏する裏切り者共を許す慈悲など無く、連中は魔王派邪精霊共のご馳走になりましたとさ。


 聖地の池まで戻ってきた俺達は今度こそ眠りについた。警戒する必要も無くなったのでぐっすりと熟睡したさ。おかげで朝日が出てからも目が覚めなくて、ミカエラに顔をいたずらされて覚醒したぐらいだ。いつも寝坊助なミカエラを俺が起こすのにさ。


「ニッコロさんの寝顔はとっても可愛かったですよ!」

「そりゃどうも。逆にいつもはミカエラの方が気持ちよさそうに寝てる顔を見せてくれてるって気付いた?」

「へあっ!? そんなぁ! ニッコロさんが夢の世界を堪能していて無防備な余を弄んでるですって!? 誠にけしからんですね!」

「どうしてそうなる!? せいぜいほっぺたつついたり引っ張ったりするだけだ!」


 イレーネは既に起きていて朝稽古の素振りをしている。聞けば日課だそうだ。時には手が棒になるぐらい激しく、時には一つ一つの動作を噛みしめるように確かめながら丁寧に。彼女曰く、雑念を捨て心を無にすることで肉体と武具が一体となっていくのだとか何とか。


 最後に起きたのはティーナ。俺が朝食を準備し終えた辺りで丁度天幕から這い出てきた。こら、薄着一枚で出てくるんじゃない。女だけじゃなく野郎がここにいるんだぞ。え、どうせ襲わない? 確かにその通りなんだが、目の保養にはするぞ。


 ディアマンテの奴は沼地と化した池の中を漂っているらしい。本来精霊とは自然現象そのものであり、個性を発揮すると疲れるんだとか何とか。なので休眠する時はこうして自然と一体化する、とミカエラが説明してくれた。


「で、俺達はどうする? もう聖地には用無しか?」

「ええ。充分に堪能しました。次の聖地に向けて出発しましょう。イレーネとティーナもご一緒しますか?」

「是非そうさせてほしい。僕ももうしばらくは今の世の中を見て回りたい」

「うちも当分大森林に戻らなくてもいいかなー。留まってるとここの住人達にまた白い目で見られそうだし」


 方針が決まったところで俺達は野営道具を片付けていざ出発……となる前に、池のほとりでディアマンテ達邪精霊一同がミカエラへ頭を垂れた。そうか、正統派共を一掃したので作戦は完了したってことか。


「魔王ざま、これにでおで達は帰還ざぜていただぎまず」

「ええ。良く頑張ってくれました。おかげで物事を円滑に進められましたよ」

「じがじ、本当に宜しがったのですか? エルフ共を駆逐ずる絶好の機会でずけど」

「いいんです。それは後のお楽しみですから」


 なんかミカエラが口にした物騒な発言は聞かなかったことにするか。


 ミカエラが天高く権杖を掲げると、池の真上に魔法陣が描かれていく。空中の幾何学模様はやがて黒く輝くと、汚泥がそれへと吸い込まれていく。ミカエラに傅いていた邪精霊達も帰還の魔法陣へと飛び込んでいった。


「魔王ざま。ごのディアマンテ、悲願を達成される日を心よりお待ちしておりまず」

「……ありがとう」


 最後にディアマンテが空中へと飛び上がって魔法陣の向こうへと消えていったのを最後に、汚泥達は一滴残らず綺麗サッパリとこの場から姿を消した。水が抜けた池には小川から新たな水が注ぎ込まれていき、彼女達がいた痕跡を沈めていく。


 こうして俺達は聖地を後にし、大森林を抜ける帰路についた。


 揉め事を避けるために川沿いに下ったせいでエルフの里、トレントの集落とは巡り合わなかった。なのでエルフともコラプテッドエルフとも遭遇せず、数日の間は平穏な旅が続いた。


 人里まで距離にして半分を切った辺り、突然ティーナが大森林の方へ顔を向ける。弓に矢をつがえて森の奥深くの様子を探るが、やがて矢を矢筒に戻した。往路で見せなかった行動だったので軽く驚く。


「どうした? 気のせいだったか?」

「いや。もううちが出しゃばらなくても良くなったな、と判断しただけさー」

「出しゃばらなくても?」

「ほら、すぐに聞こえてくるぞ」


 ティーナが歩みを再開した途端だった。森の奥から爆発音が轟いた。そして時間を置いてこちらに生暖かい風が吹いてくる。目を凝らして確認すると……炎が所々で舞っている? 火はこの大森林ではあってはならない現象の筈だが……。


 ティーナは顔をほころばせていた。嬉しそうに、感無量とばかりに。それで俺にもようやく事態が分かった。目に映る現象をそのままに解釈すればいいのだ。誰かが火を使って戦っているのだ、と。


「堕ちた同胞達を救う為にブラッドエルフになって立ち上がったんだ。うちが彼らの決断に水を差すわけにはいかないし、老兵は役目を終えて去るのみさー」

「邪精霊共は相当大森林を蝕んだだろ。ティーナがいなくて大丈夫か?」

「汚染の原因だった邪精霊共は大森林から消えただろ。精霊が力を取り戻せば自然治癒もしてくさー。昨日の戦いで結構な数を倒したのも大きいし、もう任せたって大丈夫なぐらいまで落ち着いたって判断してもいいだろ」

「そうか。ならいいんだ」


 邪精霊の侵食は大森林とその住人に深い傷跡を残した。容易には回復しないだろうし、今後も当分は苦しめてくるだろう。しかし、いずれは立ち直ることをティーナは確信しているようだ。なら俺もまた森の番人たるエルフ達を信じるのみだ。


 そちらへと視線を向けたのは本当に偶然だった。逃げ惑うコラプテッドエルフを仕留めたエルフがティーナへと手を振っていたのだ。彼女はティーナが真っ先に禁忌の力を授けた女子エルフ。彼女はティーナが気付いたのを受けて人差し指から小さな火を発生させ、息を吹きかけて消してみせた。


「アイツ……」


 彼女はティーナへ何か言っているようだったが、あいにく俺には聞き取れなかった。後からティーナに聞くと、女子エルフは「お元気で! 我々一同はティーナ様の帰還を心よりお待ちしてます!」と言っていたそうな。


 ティーナの目から涙がとめどなくこぼれ落ちる。エルフを今後背負っていく若い世代から頼もしく言われてしまったら感動してもしょうがない。ましてやティーナはブラッドエルフという異端者。その決意が報われた思いだろう。


「ああ、ここに帰ってくるよ。必ずね!」


 ティーナは少女エルフ、そして同じくティーナを見送る少年達へと手を振った。


 こうして邪精霊共との戦いに幕を下ろし、俺達はエルフの大森林を後にした。


 □□□


 大森林最寄りの町に戻った俺達の耳に入ってきたのは、魔王軍による新たな侵略についての情報だった。妖魔が復活した勇者に成敗されたのも、邪精霊が大森林やこの周辺地域を襲ったのも、魔王軍による作戦行動の一部と見なされたようだった。


 魔物のスタンピードは過去に何度もあった。邪精霊共の侵食がそう見なされなかったのは、ほぼ同時に複数の箇所で全く異なる種族の魔物が人類圏に攻め入ったからだ。魔物が示し合わせることなど無く、総じて魔王軍と見なされたのが経緯だ。


「だ、そうだが、ミカエラが号令をかけたのか?」

「まさか。余を支持してくれた者達は動いてませんよ。正確には人類圏侵攻のために密かに準備中って段階です」

「夜の店を開いてるグリセルダみたいに、か。じゃあ人類圏を脅かしてるのをミカエラは関知してないのか?」

「はい。妖魔、邪精霊、魔獣、邪神、魔影、悪魔。噂される侵略者達はどれもこれも余を認めない正統派に与する連中ですよ」


 なんと俺達が解決した二つを含めて六系統もの軍団が決起しているというのだ。妖魔は未然に防ぎ、邪精霊は局所的な異変を俺達が鎮めて回った。しかし既に全面戦争に突入している地域もあるらしい。


「ミカエラさ、どんだけ支持されてないんだよ。むしろ正統派の方が主流なんじゃないか?」

「だから魔王に就任しても軍事行動を起こせてないんですって。おかげで余は余の好きなように動けているんですけどね。それにニッコロさんにも会ってもらったじゃないですか、余に忠誠を誓った軍団長に!」

「あー。直轄軍長とスライム長だったか。グリセルダ率いる妖魔を含めても正統派の半分ほどだな」

「いいですよーだ。どーせ余は皆から望まれなかった存在ですしー」


 ミカエラはふてくされながら目の前の食事を頬張った。せっかく町に戻ってきたのだからと奮発してちょっとお高めの料理店に足を運んだのだが、ミカエラの食うペースはいつもと変わらない。せっかくなんだからもっと料理の味を楽しんでくれや。


 店の中は魔王軍についての話題でもちきりだった。不安がる女性もいればこの地域まで波及してないのもあって楽観視する冒険者もいた。中にはいずれ大聖女や勇者が再び現れて魔王軍とその親玉たる魔王を討ち果たすだろうと断言する老人もいた。


「それに、今表舞台に姿を見せた六軍が全部ルシエラを推す正統派ってわけでもないみたいなんですよね」

「ん? でもミカエラの命令で動いてる魔王派の連中でもないんだろ」

「余は便宜上謎の勢力を中立派って呼んでますけど、余達と正統派の争いを静観する風見鶏でもなさそうなんですよね。何か目的があって動いているのは分かります」

「第三勢力、ねぇ。傍から聞いてると今上魔王が不甲斐ないとしか思えんぞ」


 まあどのみち今のところ俺には関係のない……とも言えないんだよなぁ。既に正統派の連中とは二度も激戦を繰り広げてるし。この先の聖地で何が待ち受けてるのか知らんが、ミカエラに付き従う以上は巻き込まれる可能性が高いだろう。


 新たな魔王軍の襲来で人類圏は再び恐怖と絶望に彩られた、とはなっていなかった。店内の客はそのほとんどが悲観的には先を見ておらず、未来へと繋がる希望を失っていないようだった。


 不思議に思っていると、店内の複数の箇所からこちらへ視線を向けられていることにようやく気付いた。あれ、これはもしかしたらもしかすると、彼らを支えているのは他でもなく……、


「しかし怯えることはない! 既に聖女様方が救済の旅に出て各地の魔王軍を退けている! そう、こちらにいらっしゃる聖女様のように!」


 やっぱりー! 俺達がそうなのかよ……。


 まあ、確かに現役聖女が自分の聖騎士に加えて古の勇者と白金級冒険者を従えて異変を解決して回っているのは、救済の旅だと受け止められてもしょうがない。実際は俺以外の三人は魔王なんだがなぁ。言ったところで冗談に聞こえるだろうがね。


 どうやら大森林入り口付近にあったエルフの里の者達が大森林内の騒がしさが落ち着いたとこの数日主張しているらしい。そこで聖地を巡礼してきたミカエラ達が帰ってきたんだ。聖女が邪精霊共を祓ったと解釈されたようだ。


「聖女様! どうか俺達をお守りください!」

「魔王軍を退け、平穏な世界を取り戻してください!」


 一人が言い出すと店中に聖女への希望が広がっていく。ミカエラも豪胆なもので、決して謙遜はせずしかし驕りもせず、更には救済が聖女の使命だとすましたりもしない。あくまでミカエラは自信たっぷりに胸を張り、その胸を叩く。


「任せなさい! 余と我が騎士が皆さんの不安を晴らしてみせます!」

「「「おおおっ!」」」


 これを言い表す新しい単語はマッチポンプと言う、と学院生活で覚えたなぁ。

 とにかく、救済の旅だと誤解された聖地巡礼の旅はまだまだ続く。

 はたして魔王軍の行く末は。ミカエラの悲願は果たせるのか。

 俺にはまだ先を見通せないが、楽しい旅なのは間違いないだろう。


 ミカエラと共に歩む限り。

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