第51話 焦熱魔王、闇の精霊を闇に消し去る

「随分と派手にやってるなぁ」


 互いに射線上に入らないためか細かく動き回っているようで、閃光が見える位置や爆音の発生元も安定しない。今から俺達が加勢に向かおうとしたところで大森林内で彼女達には追いつけやしまい。


 土の邪精霊の親玉は始末して闇の邪精霊は戦闘中。そのため、コラプテッドエルフの残存勢力は攻め手を失い、ディアマンテの配下達に討ち取られていく。勝敗は付いた、もう俺達が戦う必要は無いだろう。


「……とりあえず濡れた服を着替えるか」

「そうだね。濡れた服と下着が肌に貼り付いて気持ち悪いよ」


 幸いにも昼間に洗って乾かした着替えは天幕の中に入れていたおかげで雨の犠牲にならずに済んだ。俺達三人は手早く全部脱いで着替えてしまう。脱いだ武具は錆びないように簡単にでも手入れしておくか。


 ずぶ濡れになったかまどにはもう火を付けられない。こりゃあ毛布に包まって暖を取るしかないか、と諦めていたんだが、ミカエラが魔法で火球を作り出してくれた。「褒めなさい!」と胸を張ってきたので頭を撫でてやり、ありがたく温まる。


「で、このままティーナが戻ってくるのを待つか?」

「ティーナが勝ったらこっちに戻ってくるでしょうし、ティーナが負けたらアデリーナとやらがこっちに来るだけです。余達は待てばいいだけですね」

「んー、無性に気になる。何か様子を窺う方法は無いのか?」

「でしたら余に任せなさい! 遠見の奇跡で戦局を覗きましょう!」


 ミカエラは池の畔で控えていたディアマンテに向けて顎をしゃくると、ディアマンテは手の平から水を溢れ出させ、盆を形作った。それを恭しく頭を垂れながらミカエラに献上、ミカエラは水の盆に触れ、力ある言葉を発した。


 すると、透き通って向こう側が見えるだけだった水の盆がゆらめき、次第に別の光景を映し出していった。それはまさしくティーナとアデリーナが死闘を繰り広げる現場で、なんとその場所の音までこちらに聞こえてきた。


「音は空気が振動して伝わるものですから、同じような波で水を震わせれば音源になるんです。凄いでしょう!」

「便利だなぁ。使い魔と視界を共有する魔法はあるらしいけれど、それ以上だな」

「まだお互いに探り合いをしてるみたいですね。どちらが先に勝負に出た時に決着するでしょう」

「にしても、これがエルフの達人同士の戦いか。個人の武力とは思えないな」


 ティーナは矢継ぎ早にアデリーナに攻撃をしかけていた。時には火球魔法を施して、時には相手を追跡する効果を付与して、時には相手の進行方向を阻むように。一呼吸する間に何十もの矢が放たれていく情景は圧巻の一言だった。


 対するアデリーナも負けていない。射られた矢が命中した途端に大樹だろうと岩だろうと瞬間冷凍し、間髪入れずに放たれた第二の矢が突き刺さった途端に対象を粉微塵にする。中には命中すると周囲に冷気を撒き散らす氷魔法が付与されてもいた。


「全く喋らずに黙々と戦ってますね」

「お喋りの時間はとっくに終わってるってことだろ。それにしても……」

「ええ、それにしても……」

「「射撃しかしないんだな/ですね」」


 二人共弓矢を媒体にしなくたって魔法を発動出来るだろう。弓の腕が互角ならそちらに活路を見出してもいいのだが。エルフとしての誇り、矜持がそうさせるのだろうか。それとも己の技量が相手を上回っているとの自信があるからか。


 やがて戦いの場は景色を変えた。どうやらこの二人、エルフの里まで来てしまったらしい。しかし映像に現れるのはコラプテッドエルフばかり。陥落済みの堕ちた集落は、二人にとっては単なる障害物の集合でしかないようだった。


「巻き添え食ってエルフが丸焼きになったり氷像になってるぞ」

「本当にティーナのことしか見えてないんですね。ためらう素振りすら無いですよ」

「あ、ティーナの放った矢が大木を燃やし始めたぞ。ついでにそこを焼き払うつもりなのか?」

「いえ、そんな余裕は無いかと。単に流れ弾が二次被害をもたらしただけでしょう」


 よく目を凝らして彼女達の周辺を観察すると、どうもここはつい昨日に脱出したエルフの中心地ではないか。アデリーナが堕ちたエルフ達を従えていたことからも明白だったが、実際に見たことある場所が滅んだ様子を見せられるのは心に来るな。


 樹が燃え、樹が凍る。人は消え、家は崩れる。栄華を築いたエルフの都市はたった二人の、それも最古参のエルフの手で壊されていく。ティーナは、そして乗っ取られたアデリーナはこの終焉を目に映して何を思うだろうか。


「見える、私にも見えるぞぉぉティーナぁ! お前の弓の腕前には誰も敵うまいと思っていたが、今の私ならお前に決して引けをとらん!」

「闇の邪精霊の力を借りてうちと互角な程度で威張るんじゃない!」

「私は我で我は私! 全ては私の実力だよぉ! さあどうしたどうした!」

「ああもう、しつこいなぁ! このままどっちかが集中力を切らすまで付き合ってやるのも一興だけど、周りへの被害が激しくなっちゃうな!」


 これまでずっと走り回っていたティーナが動きを止めた。遠く離れた位置でアデリーナもまた足を止める。そしてお互いに弓を引き絞り、つがえた矢に膨大な力を加えていく。


「インファーナルフレイム!」

「コキュートスブリザード!」


 ティーナが地獄の火炎を、アデリーナが地獄の吹雪を解き放つ。熱気と凍気が二人の中間位置で衝突した。直後、水蒸気爆発のような現象が発生、爆音と共に周囲に衝撃波が走ったようだ。遠見の奇跡越しで眺めていた筈の俺達の場所にまでそれらが届いたほどだから、相当な規模だったのだろう。


「ちぃっ、互角か!」

「拮抗! おのれぇぇ、生意気な!」


 二人共追撃は行わずにその場に留まったまま相手を睨みつける。

 相対することしばしの間、先に緊張を解いたのはアデリーナの方だった。

 彼女は腹の底から笑い声を発し、見開いた目を怨敵へと向けた。


「もう私にこだわるのは止めだ止めだぁ。お前への復讐を遂げられるんだったら過程や方法なんぞもはやどうでも良いわ!」

「……そんなこと、元のアデリーナだったら絶対に言ってなかったぞ」


 アデリーナはこれまで使っていた弓を、なんと自分の手でへし折ったではないか。そしてゴミのようにそこらに放り捨てる。残った矢も矢筒ごと放棄。もはや弓でティーナと競うことを止めたらしく、身軽になったとせいせいするアデリーナと対象的にティーナは自分の心が傷つけられたみたいに悲痛な表情を浮かべる。


 もはやコイツはエルフにあらず。完全に身も心も記憶すら完全に闇の邪精霊に取り込まれたようだ。


「ダークウェーブ」


 アデリーナが前方へ手をかざすと、放たれたのは漆黒の闇。真夜中の環境でありながらも明確に分かるほど光を通さぬ暗黒そのものが波となってティーナに襲いかかったではないか。


 ティーナは大きく飛び退いて回避に成功。しかしアデリーナもまともに効くとは全く思っていなかったようで、これはほんの挨拶代わりだと豪語する。その間もアデリーナが纏う闇が彼女の手足のように自在に蠢く。


「闇の邪精霊として戦うのか?」

「ひゃぁっはははぁ! 今更怖気づいたかぁ? 地面に頭をこすりつけて今までが間違っていたと認めるなら許してやらなくもないぞぉぉ」

「そうか。ならうちももうエルフの射手としては戦わない」

「……何?」


 ティーナはこれまで使っていた弓を背負い、彼女は代わりにこれまでずっと背負いっぱなしだった弓袋を手にする。そして封印の効果があるだろう札を剥がして、剥がして、全部剥がして、漆黒の布を取り払った。


 中から現れたのは、闇そのものだった。

 正確には闇を結晶化したとしか思えないほどの漆黒の弓だ。

 そして、次に取り出した矢筒と矢もまた黒く染まりきっていた。


 弓なんてとんと興味無い俺でさえも取り憑かれてしまいそうなほど魔性の魅力を放ったそれは、俺の隣で真剣に観戦するイレーネを連想させた。そう、彼女そのものである魔王鎧と、魔王剣を。


「ば、かな……それは、それは一体何なんだぁぁ!」


 それを目にした途端、アデリーナが恐怖に怯え始めた。大量に汗を流し、歯を震わせ、しかし現実を認めようとせずに怒りを奮い立たせる。そうでもしないと自分を保ってられないとばかりに。


「何って? 焦熱魔王を始めとした四属性の邪精霊をけしかけたお前達闇の邪精霊に復讐した時に魔王城からかっぱらったものだぞ」


 今、ティーナはとんでもない発言をしたのだが、今は重要じゃないので捨て置く。


「それは我らではないか! 数多の我らを凝縮・結晶化させた、冒涜的な代物だ!」

「へー、どう作られたかなんて知らないよ。けれど、確かにまるで意思があるみたいに声が聞こえるんだよなぁ。ま、そんなことより……」


 ティーナは黒き矢をつがえ、黒き弓を引いた。発せられる気質はいつぞやでイレーネが行使した闇と同質のもの。全てを包み込んで無へと帰する究極の秩序。それが魔王に至った二人の持つ純粋なる闇の正体か。


 アデリーナは軽く悲鳴を発して後ずさる。そして踵を返して逃走しようと試みたが、直前にティーナが脚を振り抜いて靴から飛ばされたダガーが太腿に突き刺さり、派手に転ぶだけに終わる。


「魔王弓の力の前に……消え去るがいい」

「やめろ、やめろぉぉっ!」

「ダークネス・ブレイズキャノン」


 ティーナから放たれた矢は一直線にアデリーナへと向かい、彼女の眉間に突き刺さ……らなかった。何の抵抗もなく貫通し、それどころか命中した箇所を中心に闇が発生してアデリーナを飲み込んだ。アデリーナが悲鳴を上げる暇すら無かった。


 闇は次第に収縮していき消滅した。闇が飲み込んだ対象は何も残っていなかった。抉られた地面の土も、アデリーナが捨てた弓矢も、そしてアデリーナ本人や彼女を乗っ取った闇の邪精霊も。


 これまでの死闘と打って変わって実にあっけない最後だった。

 俺にとってはそれが何よりも衝撃的だった。

 あんなにも明るく陽の気に満ちた彼女がこれほどの闇を抱えていたことに。

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