第50話 聖女魔王、勇者魔王の必殺技を再現する

 コラプテッドエルフの軍勢と戦いだしてからもうかなり経った。しかし敵側の勢いが衰える気配が無い。俺達がいくら斬り伏せて叩き潰しても暗闇の向こうから増援が次から次へと姿を見せるのだ。


 中心地に住むエルフ全部を動員しているなら何ら不思議でもないんだが、物量で押し切るにしても大した実力のない雑兵共をけしかけてたところで、そこまで消耗はしないんだがなぁ。


「ニッコロ。下」

「下ぁ?」


 いつの間にか俺の隣にまで下がったイレーネに指摘されて地面に視線を向ける。足元には気を配っていたつもりだったが、意識を向けることで俺はようやくその異常に気付けた。本来なら俺がぶちのめしたエルフの死体が転がってるはずだが……、


「土人形?」


 なんと肉、骨、内蔵、血液で構成される人体が全部汚泥と化して崩れているではないか。慌てて辺りを窺うと最初の方に倒した連中以外は半分以上の躯が同じような泥人形となり原型を留めていなかった。


「最初からマッドゴーレムを紛れ込ませて頭数を増やしていたんだね、きっと。このままだと三日三晩どころじゃなく延々と戦わせられるんじゃないかな。僕達が力尽きるまでね」

「持久戦戦法かよ。せこいなぁ」

「けれど凄く有効だ。僕もニッコロも肉体を持ってる以上は限界がある。ティーナに味方する僕らが森林ごと薙ぎ払うような大規模攻撃は出来ないって計算した上かな」

「成程な。そう言われると結構痛いトコを突いてきてるな」


 このまま目の前の敵にかかりきりだとまずいのは分かった。ではどうする?


 この現象、十中八九は土の邪精霊の仕業だろう。ディアマンテに与せず正統派に鞍替えした個体がいてもおかしくない。問題なのはマッドゴーレムを生成する土の邪精霊がどこに何体いるのかってことか。


「土の邪精霊を取りまとめる敵側の師団長がこの森のどこかにいる筈だから、探し出して仕留めよう」

「その心は?」

「こっちには軍長のディアマンテがいる。敵側の頭をやっつければその他の連中は彼女の命令に従って投降してくれるかもしれない」

「希望的観測だなぁ。とは言え他に挽回策も無いか。とりあえず俺達はここを離脱すればいいんだよな?」

「いえ、その必要はありません!」


 俺はミカエラへ視線だけを向けると彼女は意図を察してくれたようで、力強く頷いてくれた。そのうえでディアマンテの肩に手を置き、夏に咲く大華のごとき満面の笑顔を向ける。ディアマンテの狂気で歪んだ顔が引きつって見えたのは気のせいか。


「ディアマンテ。吸収した水の大精霊の術を使う時です。余に続きなさい」

「御意に」


 ミカエラが天に権杖をかざすと、あれだけ美しく輝いていた星空に暗雲が立ち込めていく。段々と空気が湿っていき、やがてぽつりぽつりと水滴が降り掛かってきた。森に恵みをもたらす雨がやってきた。いや、正確にはミカエラが招き寄せた。


「ブレスドレイン!」


 降雨の奇跡により雨が落ちる。俺達やコラプテッドエルフの連中が濡れていく。この前に水の神殿に非難した時のように結構な勢いで降り注ぐが、俺達の戦いが中断されたりはしない。あくまでこの雨量なら、だが。


 ディアマンテが両手を天にかざす。すると汚泥で構成された彼女の身体が指先から段々と濾過されたみたいに透明度を増していく。やがては腕全体、上半身の一部、更には頭部までが浄化され、彼女が乗っ取っただろう美しい水の大精霊の容姿があらわになった。


「ブレスドレイン」


 ディアマンテの力ある言葉と共に雨の勢いが激しくなった。同じ名称でもミカエラの行使した奇跡と原理が違い、今のは水の大精霊が可能とする自然操作なのだろう。しかし結果は同じ。二重掛けされた雨は豪雨になり、俺達や敵を容赦なく襲う。


 先に異変が生じたのは敵の方だった。コラプテッドエルフ連中が多くの割合で身体を崩し始めたのだ。泥人形が雨で洗い流されて形を保てなくなっているのだろう。やがては自重にすら耐えられず、その場で潰れてしまう。


「成程、これで森をさほど傷つけずに泥人形を一網打尽に出来るってことか」

「ディアマンテ達は水の精霊を取り込んでますからへっちゃらですけど、正統派の者達はそうもいきません。この雨は結構広範囲に降らせてますからね。しかも魔法じゃなく聖女と精霊の奇跡ですから、効果は抜群ですよ」

「たまらなくなった土の邪精霊がこっちに飛び出てくるかもしれないわけか」

「頭を出してきたら容赦なく叩けばいいんです。こう、ね」


 ミカエラは権杖を俺の戦鎚に見立てて振り回す。大雨でびしょ濡れになって祭服がミカエラの身体に貼り付いてる。厚手だから身体の線が出ることはないし、むしろせっかく昼間洗ったばかりなのに、と泣き言を言いたいぐらいだ。


 大雨ですぐ先も見づらくなった状況でもイレーネの攻勢は止まらない。むしろ足元が泥濘んで動きづらくなる中でも機敏に動き回り、次々と敵を両断していく。やがて大幅に数を減らしたコラプテッドエルフは、恐怖で怯え始めた。堕ちても生存本能は働くのか。


 一方的な戦いになってしばしの後、何やら地響きがこちらへと迫ってくるようだ。この激しい雨の中でも感じるほどとは相当巨大な何かが接近している証だろう。地響きの主はやがて木々をなぎ倒し、俺達の前に姿を現した。


「ディアマンテぇぇ! 貴様、よぐもやっでぐれだなぁぁ!」


 それは巨木のトレントだった。

 ただしただのコラプテッドトレントではなく、全身が固い泥で覆われていて葉が一つも付いておらず、目と口らしき穴から大量の泥を常時垂らし続けていた。


 どうやらこいつが標的とする土の邪精霊の師団長で、強力な個体のトレントを乗っ取ったのか。汚泥を撒き散らす有り様は汚らわしさよりおぞましさの方が先行した。元の森の牧人の見る影もなく醜悪で、見苦しい。


「叩いで潰しで丸ごど食らっでやるぞぉぉ!」

「げぎゃぎゃぎゃ! 口だげは勇まじいなぁ!」


 ディアマンテは両手を敵、マッドトレントとでも呼ぶか、へとかざして指で輪っかを形作ってから力ある言葉を唱えた。


「マッドハイドロポンプ!」


 彼女の手から発射されたのは水の奔流。それはまるで流れ落ちる滝が垂直から水平方向になったみたいにマッドトレントへと浴びせかけた。水流を受けてトレントを覆っていた固い泥がもろく剥ぎ取られていく。


 後にミカエラに原理を聞いたところ、水と土の合成魔法らしい。通常の水属性魔法ハイドロポンプに砂や砂利を混ぜて破壊力を増しているのだとか。これも水の大精霊から奪い取った技能の賜物らしい。


「な、なんだぁごれはぁぁ! 何故貴様が水の精霊の奇跡をぉぉ!」

「げぎゃぎゃぎゃ! 全では偉大なる魔王ざまのお導きだぁ!」


 剥ぎ取られた汚泥は雨で洗い流されていく。マッドトレントは阻止すべく飛びかかろうとするも、その度に水砲を真正面から受けてしまい、全く手も足も出なかった。もがいている間も汚泥どころか樹皮、枝までが千切られていく状況はもはや一方的だった。


 とは言え、ディアマンテの方も無事ではない。水の大精霊の力を行使するごとに本体の汚泥が浄化されてしまうようなのだ。限界を超えた場合、自我より手中にした水の大精霊の性質が強く出てしまうかもしれない。


「止めろぉぉその小賢しい真似をぉぉっ!」


 マッドトレントは一か八かの捨て身に出てきた。水の噴射を耐え凌ぎながら前進を強行する。あの巨体で腕を一振りすればディアマンテの身体は粉々に砕け散ることだろう。その一撃にかけようとする根性は褒めたものだが、視野が狭すぎないか?


「足元がお留守だぜ!」


 俺はコラプテッドエルフの残党を一旦放置してマッドトレントへと肉薄、その足元へと戦鎚を旋回させた。ディアマンテに意識が集中していて奇襲攻撃を仕掛ける俺に全く気づかなかったようで、敵が足にしていた根っこの大半がちぎれ飛ぶ。


「こっちも隙だらけだよ!」


 ほぼ同時にイレーネもまた魔王剣で片方の腕を、聖王剣でもう片方の腕を切り飛ばした。手足がもがれたマッドトレントが地面に倒れ伏すのは当然のことで、どんなにもがこうが上体を起こせもしなかった。


 かろうじて幹……じゃなく身を転がして見やった先では、権杖に光を集結させるミカエラが微笑んでいた。慈悲、慈愛、そんなものは一切無い。しかし嘲笑、冷笑でもない。言うなら自分の欲を満足させられる喜びに満ちていた。


「グランドクロス」


 放たれた極光はまるで晴れた夜明けの太陽、暁のごとし。光は瞬く間にマッドトレントを飲み込み、塵一つ残さず消滅させた。光は降りしきる大雨の粒も全て吹き飛ばし、余波で発生した衝撃波で俺達もふっ飛ばされそうになった。


 この現象、確か前回の聖地でイレーネが放った必殺剣、十文字斬りに似ていた。違う点はイレーネの奥義は光と闇の斬撃、ミカエラの奇跡が光の斬撃ってところか。おそらくはイレーネの方が闇を混ぜた改良版で、ミカエラのが本来の奇跡だろう。


 でもさあ、絶対こんな大規模な奇跡は要らなかったよなぁ。もはやイモムシにも劣る成すすべがなかった相手ならもっと簡単に料理出来たはずだ。絶対ミカエラがやりたかっただけだろ。


「どうですイレーネ! 余なら貴女の必殺技とて造作もないですよ!」

「上等、喧嘩売ってるなら喜んで買うよ」

「ミカエラはすぐそうやってドヤ顔で調子乗るんじゃない! イレーネもいい大人なんだから笑って見過ごしてくれよぉ」


 何か急にイレーネに絡んだミカエラ。イレーネも聖魔両方の剣を構えてミカエラへと距離を詰めていく。互いに冗談だとは分かってるんだろうが、魔王同士の死闘に興じられたら巻き込まれる俺がたまったもんじゃない。


 土の邪精霊の親玉をやっつけたからか、役目を終えた大雨は次第に勢いを失っていき、やがて雨雲は綺麗サッパリ消えていった。雨の中の戦いが嘘のように星空が輝き、森も静けさを取り戻し……ていなかった。


 森の奥の方から閃光が見え、遅れて僅かに爆音が聞こえてくる。

 どうやらティーナとアデリーナの死闘はまだ終わっていないようだ。

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