第49話 焦熱魔王、闇の邪精霊と対峙する

 アデリーナ。ティーナと同世代の最古参エルフ。焦熱魔王率いる魔王軍が大森林に攻めてきた時には既にエルフを束ねる立場にいたんだとか何とか。エルフが存亡の危機に立たされても禁忌の火に手を伸ばそうとしなかった。そのため、ティーナ達ブラッドエルフとはもはや相容れなくなっている。


 俺が見たアデリーナはティーナと違ってとても老いてしまっていた。ハイエルフには至らなかったためだろうか。上体を起こすだけでも一苦労していて立ち上がれなかったほど弱った彼女には逃れられない死が忍び寄っていたっけ。


 何故そんな彼女が若い姿で、それも狂気に彩られて俺達の前にいるんだ?


「アイスブラスト」

「ファイヤーボール!」


 ティーナとアデリーナのちょうど中間辺りだろうか。互いが放っただろう矢が空中で衝突、冷気と熱気の爆発が起こる。熱くて冷たい突風とか普通だったら味わえないだろうな。火球をティーナが発動させたなら、冷気はアデリーナが?


 ティーナは大木の枝を蹴ると空中で回転しながら俺達のそばで着地、改めてアデリーナに狙いを定めて弓を引き絞った。エルフの射手にとってティーナの行動は隙だらけだっただろうが攻撃はしかけなかった。俺達がいたからか?


「アデリーナ! これは一体どういう事なんだ!? それにその姿は……!」

「ティーナ。君も薄々は分かってるよね。現実は直視すべきじゃないかな」

「イレーネ……。でも、彼女が魅入られるなんて……!」

「気持ちは分かるけれどそれが現実だよ。なら原因を考えた方が建設的だよね」


 冷静にイレーネから諭されて混乱が幾分収まったのか、ティーナは改めて彼女がアデリーナと呼んだ襲撃者を観察する。そして絶望と悲観で歯を噛み締め、拳が弓を握る力が更に強くなる。


 そんな狼狽えるティーナが愉快だとばかりにアデリーナは笑い声を上げた。高笑いとか馬鹿笑いなんてもんじゃない。あえて擬音にするならゲラゲラといったように腹を抱えながら痛快さを示してきた。


「私はなぁ、この時をずぅぅぅっと待ち望んでいた。ティーナ、貴女の存在、業績、理念、全部全部ぜぇぇぇんぶ! 何もかも否定してやる日をなぁぁ」

「それはうちが禁忌の力に手を染めたことか!?」

「当然だ! 森を守るためには仕方がない、だぁってぇぇ? 笑わせるなよぉ! 貴女は森を傷つけることを厭わずに手っ取り早い方法を選んだだけだ!」

「そんなの昔に散々言い争っただろ! 不満があるなら別の策はあるのか、って!」


 直前まで笑っていたアデリーナは突然無表情になり、ティーナを凍てつく眼差しで見やった。思わず戦慄したのは奴の憎悪に、狂気に気圧されたからか。それとも奴の豹変ぶりに動揺したからか。


「確かにかつてはそうやって言い負かされたんだったなぁぁ。私は貴女達を否定するためにはこの森から消えてもらう他無かった」

「……そんなのとっくに気付いてたさー。それを承知でうち等は魔王軍と戦い、そして散っていった。後悔はしてないし、アデリーナの選択だって理解してる」

「その立派な志がどれほど残された私を苦しめたか貴女には分かるまい! 偉そうに理想だけ語るばかりの私が、どれだけ惨めにその後を過ごしたかなんて……!」

「アデリーナ……」


 確かにアデリーナが語っていたのはただの理想だ。理想だけにエルフの存亡は委ねられない、だからティーナ達は立ち上がった。アデリーナは単に頭が固いだけじゃなかった。ブラッドエルフを理解してもなおエルフのあるべき姿を保ったのだ。


「じゃあ私はどうすれば良かったんだ? 炎で焼き払う以上に邪精霊共の侵食を食い止める術はあったのか? 長い間模索し続けて、私はついにお前達ブラッドエルフを完全論破する解決策にたどり着いたのさぁぁ!」

「執念による賜物か。それが今さっき見せたコレってことか」

「そうさぁ! 邪精霊共は炎で焼き尽くさずに凍気で壊死させればいい。堕ちた同胞達は一旦氷結させ、精霊が回復した後に浄化すればいい。それを可能とするのが水と風を合成した氷属性魔法ってわけだ!」


 なるほど、アデリーナは氷属性魔法を付与した射撃を仕掛けてきたのか。だとしたら遠くの破砕音は見回りの土の邪精霊を一瞬で凍らせて砕いたもの。俺が蹴った丸太も然り。ティーナのファイヤーボールを相殺したのもそれか。


 しかし、エルフが氷属性魔法を会得したなんて噂で聞いたことも文献で見たこともない。さもあらん、森にとっては冬なんて耐え凌ぐもの。森に生息するエルフが氷属性に目覚めるわけもない。むしろ火よりも望みが薄いかもしれない。


「けれどそんなのは夢物語。絵空事。不可能を可能にするために魂を売ったのか?」

「黙れぇ! 私は貴女が憎かった! 弓の腕前、人望、人柄、その全てが! 当時どれほどの影響力があったか自覚しているのか、同胞の何割もブラッドエルフへと引きずり落としたティーナよ!」

「……っ! そ、それは……!」

「貴女を二度と道しるべにしてなるものか! エルフを導くのは破戒エルフの貴女じゃない、この私なのさぁ! ひゃっはははは!」


 アデリーナの周囲に何やら黒い霧……いや、粒子が立ち込める。それはまるで彼女が闇の衣を纏っているように見えた。それが何を意味するか、イマイチ状況が掴めてない俺でも何となく分かった。


「解決策は導けた。けれどそれを実現出来る時間はもう私には残されていなかった。先日貴女が去ったあと死の淵に立たされて絶望する私に『我』は囁いたのだ。無念を晴らし、復讐を遂げろと!」


 彼女は闇の邪精霊に取り込まれたのだ。


 アデリーナと闇の邪精霊は完全に一体化して自我が混ざりきっている。だからどちらのことも一人称で語る。理性が決壊してアデリーナの負の感情が剥き出しになっているのもその影響か。


 そんな変わりきったかつての妹分にティーナは物悲しげな眼差しを送る。手が震えていることから激情を抑えているのは明らか。それも分からず表面だけを見て取ったアデリーナが不愉快とばかりに地団駄を踏んだ。


「アデリーナ。最後に一つだけ問うぞ。貴女がこれまで導いてきた中心地のエルフ達はどうした?」

「あぁ、彼らだったら私と同じく貴女にお礼参りをしたいそうだぞ。ブラッドエルフなんぞに救われた歴史など認めてなるものか、となぁぁ」


 アデリーナの後方から闇の蠢き現れた者達、それは俺達がこれまでも相対してきたコラプテッドエルフ共だったが、エルフとしての原型を残したままで肉質や顔が変貌しており、エルフよりはゴブリンの方が近い醜悪な有り様だった。


 そんな堕ちた森の住人達がアデリーナの後ろに集結してきた。その数はもはや軍と表現する他ない。中には武装してない無防備の者もおり、里で生活する者達を丸ごと従軍させたとしか考えられないな。


 昨日までいた筈のエルフの都が破滅した光景が目に浮かぶようだった。


「……そうか。残念だ。せめてもの慈悲だ、この森で眠れ!」

「さあティーナ、殺してやるぞ! お前の全てを踏みにじってやるわっ!」


 ティーナとアデリーナはほぼ同時に横に跳んだ。そして互いに矢の応酬が始まる。炎と氷が飛び交う攻防はやがて邪魔者に介入されないためか、示し合わせたように森の奥へと消えていく。


 残された俺達の前にはコラプテッドエルフの軍勢。一応俺はミカエラを伺ってみたが、彼女は表情を変えずに顔を横に振る。やはり彼女には手の施しようがないか。なら、魔物として彼らを倒す他無いのだろう。


「気乗りはしないが、運が悪かったと思って諦めてくれよ!」


 俺とイレーネが飛び出したのはほぼ同時。それでもイレーネの方が早くに堕ちたエルフへと斬りかかった。俺もすぐ後に狂気に彩られた元エルフの脳天に戦鎚を振り下ろす。頭部を砕かれた死骸は力失いその場に倒れ……る前に蹴りを入れて飛びかかろうとしてきた別の敵にぶつけた。その間に得物を横薙ぎし、敵の腹を大きくひしゃげさせた。


 どうやらコイツ等は堕ちてそう時間が経っていないようで、本能に身を任せて襲ってくるだけのようだ。技術も経験も伴ってない攻めなんて何も怖くない。一体一体冷静に確実に処理していけばいい。


「エンジェリックフェザー!」

「ストーンバレット!」


 俺達が取り囲まれないようにミカエラとディアマンテが飛び道具で援護する。どうもディアマンテは手から石を高速で射出しているらしい。狙いは大雑把だけどこの入れ食い状態だとある程度適当でも効果有りか。


 懸念していた遠距離から俺達を狙う射手はいなかった。風を読み、相手の息吹を感じ取り、土の匂いを嗅ぎ取り、一点集中で放つエルフの射撃は狂気に染まったばかりのコイツ等には無理な芸当、とはティーナ談だったか。


「ニッコロさん! 後方からトレント達が!」

「分かってるって!」


 エルフ達が一方的に蹂躙される不利にしびれを切らしたのか、紫色したトレント達がおっかない顔をして俺達に向かってくる。幹から映えた根っこを触手みたいに動かして高速移動するのは見ていてとても不気味で気持ちが悪い。


 そんな猪突猛進で来られても馬鹿正直に真正面から受け止めますかっての! 俺は一旦飛び退いてエルフ共から距離を置く。そして戦鎚を両手持ちに切り替え、大きく振りかぶり、思いっきり地面に叩きつけた。


「グランドクラック!」


 闘気を伝達させた地面が揺れ、蠢き、亀裂が入り、やがて地割れを引き起こす。大地は前方に向けて裂け続け、やがてはエルフ達、そしてトレント共も飲み込んでいった。そして裂け目は役目を終えたように再び閉じていく。


 あれ、これはあくまで地面をひび割れ隆起させ、相手がそれに蹴躓いて大規模に転倒する効果が見込める闘気術だった筈。こんな大きな裂け目に目標を落とすほどの効果は無い筈なんだが……。


「ミカエラ、何かやったか?」

「え、違います! ディアマンテが勝手に!」

「げぎゃ!? ぞれはあまりに酷ずぎまず!」


 俺がジト目で振り返ると、ミカエラがわざとらしく慌てふためきながらディアマンテを突き出してきた。絶対面白がってるだろ。


「ミカエラが直々にやったにしろディアマンテに命じたにしろ、やるなら「援護する」の一言ぐらい言えって! 驚くだろ……!」

「ニッコロさんなら言わなくても分かってくると信じてました!」


 しかしエルフ達を生き埋めには出来たがトレントの巨体を丸呑みとはいかなかったようだ。地割れ後に下半身(と一応表現しておく)が挟まれて身動きが取れず、何とか抜け出ようともがいていた。


 無論、そんな無防備な敵を見逃すイレーネではない。彼女が疾風のごとく通り抜けるとトレント共の身体がブロック状にバラバラに斬られていった。更には土の中に沈んだ下半身を剣で突いて浄化の炎を流し込む徹底ぶりだ。


 とまあ奮戦してるんだが、コラプテッドエルフとトレントはまだまだうじゃうじゃ沸いてくる。しばらくは戦いが続きそうだ。俺は気を引き締め直して敵に向かって突撃した。

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