第48話 戦鎚聖騎士、聖女魔王とお楽しみする
エルフの大森林内にはびこる邪精霊共を駆逐するため、ついに魔王軍が動き出した。俺達は成り行きを見守るために魔王軍の前線基地となった聖地で待機することになり、野営の準備を済ませた。
「じゃあちょっと食器と調理器具洗いに行ってくるぞ」
「ちょっと待ってください」
一通り昼食を取り終えたので、食器と鍋を洗いにまた小川まで行こうとしたら、いきなりミカエラに呼び止めれた。まさかミカエラが自分がやる気になったのか? もしそうなら明日は大雨だな。
「ディアマンテが食器洗いの達人なので任せましょう!」
「げぎゃ!?」
と思ったら部下に無茶振りしましたよこの魔王! 結局いつも通りかと呆れ果てたと同時に平常運転で安心した自分もいる。ディアマンテは寝耳に水だったのか、狼狽えようが半端なかった。
「洗剤生成は土魔法のちょっとした応用でいけますし、水洗いは水魔法でいけます。余も出来るんですから水の大精霊を取り込んだディアマンテなら出来ますって!」
「ぞんな、生活魔法なんでおで使ったごどなんで……」
「はい! ディアマンテのちょっといいトコ見たーいー!」
「ぎぎぎ……!」
何だアレ、かまど作りと同じようにミカエラがディアマンテに手取り足取りやり方を教え始めたぞ。というかそんな便利な魔法があるなら俺に雑用押し付けんなし。いや、聖女の世話をするのも聖騎士の務めだと言われたらそれまでだけどさぁ!
ディアマンテは呪いを伴ってそうな呻きを発しながら汚泥に浸かった池のほとりで食器を洗い始めた。清潔な水は魔法で生成してるようだ。汚れは手で磨き落としている。向こうを向いてるから表情は分からないが、背中から哀愁が漂っていた。
「て、天気もいいし、洗濯でもするか」
仕事を奪われた俺は待機中あまりにも暇なので、溜まった雑務でも消化しよう。
俺が言い出した直後、ミカエラが飛び跳ねながら手を振ってくる。
「はいはーい、でしたら余のも洗ってください! 祭服も汗と埃で汚れちゃって」
「へいへい。で、イレーネはどうする? ついでに洗ってやるぞ」
「じゃあお願いするかな。僕は武具の手入れをしとくよ。ついでにニッコロのもやっておくから、脱いでいってね」
「おう、頼むわ。で、ティーナは?」
「いや……うちは男に下着を洗われる趣味は無いぞ。後で自分でやるさー」
「俺は女の下着で興奮する変態じゃないんだがなぁ。まあ、そこまで言うなら無理強いはしねえよ」
俺は装備一式を外して三人分の汚れ物を詰めた三つの袋を担いで小川へと向かう。何故かミカエラが後ろからついてくるんだが、あえて何も言わないでおいた。それで汚れ物を広げ、まず一着目から小川に漬けて洗い始める。
本当なら川で石鹸を使った洗濯はやりたくないんだが、流れ着く先は汚泥溜まりと化した池だ。遠慮なく汚水は流させてもらうとしよう。汚れの落ち具合が雲泥の差なんでね。あーやっぱ気分がいいわー自分の心まで洗い流される気分だ。
「あ、ニッコロさん。ついでにこれも洗っておいてください!」
「ん、畏まり。……って、何で全部脱いでるんだよ!」
「え? 水浴びしたいからですけど? 服を脱ぐのが普通でしょう」
「おーおーそうだなー。突然水浴びし出すのが常識の範疇ならなー」
ミカエラが突然祭服と下着を脱ぎだし、生まれたての姿になった。そして当たり前のように俺へと脱ぎたての汚れ物を差し出してくる。皮肉を込めて非難してもどこ吹く風、ミカエラは少し上流に遡って小川に入っていった。
ええい、くそ。惑わされるものか。しかし堂々とどこも隠さなかったミカエラの裸体が目に焼き付いて離れない。こちとら健全な大人だぞ。こうなったら衣服ごと煩悩を洗い落としてくれる……!
ふう、無心で作業し続けたら段々と冷静になってきた。勝った。やはり一瞬の気の迷いだったようだ。俺の強靭な精神力の前では聖女だろうと魔王だろうと惑わすことなど出来ないことが証明されたな。
「あ~気持ちいいですね~」
「流れてくんなって! 洗濯の邪魔すんなよ!」
とか自分を言い聞かせてたら、ミカエラが清流に身を任せて下流の俺の方に流れてきやがった。もはや据え膳どころか甘い声出して擦り寄ってきて「あ~ん」してきてる状態なんじゃねえのか?
「あのなぁミカエラ。俺は日が暮れるまでに洗濯物を乾かしたいの! そのためには手早く洗濯しなきゃ駄目なの!」
「しないんですか?」
「話聞いてた?」
「そうじゃなくて、ニッコロさんが着てる服だってもう数日間使い回しじゃないですか。この際ですから洗いましょうよ」
俺の服? 言われてみれば確かにその通りなんだが、帰りは今洗ってる替えの服に着替えれば済むしなぁ。とはいえ、確かに今着てる服も洗えば帰り道で一回着替えられるんだよなぁ。
……うん、清潔な方がいいに決まっている。
ついでに水浴びもして身体の汗と垢も擦り落としてしまおう。
その間に何があったかはこの際語るに及ばずって奴だ。そうに違いない。
「はぁ。男の誘い方は部下のグリセルダ辺りにでも教わってるのか?」
「いいえ。余のやりたいようにやってるだけですよ。それがニッコロさんに効果抜群ってことは、余とニッコロさんは相性抜群なんですよ!」
「ま、そういうことにしとくか。怪しまれないよう手早く済ませるぞ」
「それはこっちの台詞ですよ。節度は大事ですから夢中にならないでくださいよ」
「ぬかせ」
と、言うことで俺とミカエラは身も心も欲も綺麗さっぱりになったのだった。
なお、戻った時に俺に向けたイレーネの眼差しは汚物を見るようだった。
不浄は当分近づかないでくれ、は酷すぎると思うんだ。
□□□
洗濯物はティーナが作った即席の物干し竿に吊るし、ティーナが風魔法をかけ続けたおかげで夕暮れ時には乾いた。ミカエラが丁寧に畳んでいる間に俺が夕食の準備をする。イレーネはティーナが狩ってきた動物の肉で保存食を作り、ティーナは周囲の警戒に当たった。
「大森林の至る所で戦闘があるみたいだなー」
「分かるのか?」
「聞こえてくるんだよ。あと風と森の気配を感じ取れば把握は簡単だぞ」
「早速正統派共と魔王軍が衝突してるのか……」
ティーナが言うには太陽が沈んでも森の中では激しい戦いが繰り広げられているらしい。邪精霊は夜の方が本領を発揮するらしく、魔王軍がコラプテッドエルフの里やコラプテッドトレントの集落を次々と襲撃してるんだとか何とか。
そんなわけで夕食の最中、夜間の見張りを誰がやるかって話になったんだが、ディアマンテが配下を周囲を巡回させていて、何かあればすぐに分かると断言してきた。しかしイマイチ信用出来なかった俺達三人は結局交代で見張りに付くことにした。
「じゃあ最初はニッコロの番だな。よろしくなー」
「おやすみなさい。何かあったら僕達もすぐに起きるから」
天幕の中で横になったイレーネ。樹の上で幹に背を預けて仮眠を取るティーナ。かまどの火を枝を放り込んで維持しながらも、俺は夜空を眺めて時間を潰す。何故かミカエラが寝ないで俺の腕に寄りかかってくるのはもはや何も言うまい。
「そう言えば、人は夜空に輝く星に何かしらを連想して、その配置から星座を見たんだが、ミカエラ達はどうなんだ?」
「星空に物語を見出すなんてとても浪漫的ですよね! 恋人同士が引き裂かれて一年に一回しか会えない、とか」
「それ知らないな。もしかしたら星座も種族で違うのかもな」
「実はこの夜に輝く星は太陽と同じなんじゃないか、って説もあるらしいですよ。だとしたらこの世界が星の数だけ存在してるのかもしれませんね!」
「そりゃ壮大な話だなぁ。少なくとも俺が生きてる間は絶対関わりない領域だ」
「余の魔法を持ってしても太陽は作り出せません。随分とちっぽけですよね」
ミカエラは天に手を伸ばし、拳を握った。もし太陽が昇っていたならそれを自分の手で包み込んで手中とする、そんな動作に思えてしまった。お日様が降り注ぐ世界の全てを掌握したならあの眩く輝く星も我が物にした扱いになるのだろうか?
その後も星座にまつわる神話などで色々と盛り上がった。この辺りの雑学は学院時代にミカエラと付き合って覚えまくっている。ミカエラったら知識が豊富だから話についていくのに苦労するんだよなぁ。
「何だかもう、聖都にいた頃が懐かしいな」
「まだ聖地巡礼は二箇所目。まだ半分残ってますよ。帰りたくなってもニッコロさんと余は一蓮托生、絶対帰してあげませんから」
「馬鹿言うな。ミカエラは経験を積んで奇跡を掴みたいんだろ? 嫌と言っても付いていくに決まってる」
「えへへ。それでこそ我が騎士です! 頼りにしていますよ」
ミカエラが妹を蘇らせるために会得したい死者蘇生の奇跡リザレクション。果たして神は魔王である彼女にも微笑んでくれるのだろうか? いや、俺が神を掴まえて強引に振り向かせるぐらいの勢いじゃないとな。
夜風は昼間と違って肌寒い。自然と俺はミカエラを抱き寄せていて、ミカエラも俺に身体を預けてくる。目と鼻の先にあるミカエラの顔がとても可愛くて、服越しに伝わってくる彼女の温もりや吐息が俺を悩殺してくるのだが、この二人きりで過ごす静かな時がとても愛おしく、そのままでいた。
夜は更けていく。誰にも平等に。しかしどう過ごすことになるかは不平等。
俺とミカエラはお互いを感じあったわけだが、彼女らには違ったらしい。
俺がソレに気付いたのは気配を感じたからでも物音が聞こえたからでもなく、ほとんど直感に近かった。すぐさまそばに置いていた戦鎚を握って立ち上がった時には、既に相手に一歩先を行かれていた。
森の奥で何か軽い破砕音が聞こえた。それも立て続けに、そして段々と音の発生源がこちらへと近づいてくるではないか。俺が咄嗟に転がっていた薪用の丸太を森の奥へと蹴り飛ばすと、空中で粉々に砕け散ったではないか。
「殺気……!?」
「いえ、これはもはや狂気に近いですね」
途端、向こうから発せられる威圧感に俺とミカエラは身構える。天幕から飛び出たイレーネは完全武装状態で魔王剣を抜剣、ティーナもまた身を起こして弓矢で襲撃者を捉えている。池から慌てて這い出てきたディアマンテの表情はとてもうかない。
程なく、暗い闇夜から姿を現したのは……エルフの射手?
外見年齢はティーナと同じぐらいか。これまでいくつか里を巡ってきたが見ていない顔だ。その物腰や佇まいからしても只者でないのは間違いなかったが、何より目を引いたのは奴の顔面だった。瞳が左右非対称にぎょろぎょろ動きまくり、口元は耳まで裂けてるんじゃないかと疑いたくなるぐらい酷く歪んでいる。
「アデリーナ……」
そして、ティーナが呟いた彼女の名が何よりの異質さを物語っていた。
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