第46話 聖女魔王、第二の聖地に到着する
一夜を野宿で明かした俺達はいよいよ聖地に向けて進んでいく。
聖地はエルフの中心地から日帰りできる距離に位置しており、かつて魔王軍はそこまで森の奥深くまで攻め込んでいた証でもある。しかし中心地から聖地への道は伸びていなかったせいで、俺がまた草刈りしながら道を切り開く体たらくだった。
「おいおい、エルフは故人を敬うとか死者を弔うとかしないのか?」
「墓参りの風習なんてエルフには無いぞ。肉体も魂も全てが森に帰って新しい生命の礎となる。そうゆう循環の考えが普通だから、わざわざ亡骸のある場所まで慰霊のために足を運ぶなんてしないね」
「じゃあもう聖地なんてもう森に還ってるんじゃないか?」
「うちも初めてなんだ。知るもんか」
さすがにエルフの中心地からそう遠くない距離だけあってまだこの一帯は邪精霊による侵食はなかった。しかし森の中は動物や魔物の気配が無く、静寂なまま。危険がこの場所まで伸びつつあることは確かだった。
やがて、若い木ばかりが生え茂る光景が広がってきた。ティーナ曰く、ブラッドエルフ達が焼き払った戦場跡はエルフが精霊に祈りを捧げて回復を促進したんだとか。それでも境界がはっきりと分かるぐらい違いが見られるから、どれだけ戦いが苛烈だったかが伺える。
「なぁミカエラ。もうここは聖地じゃないのかー?」
「教国が認定している聖地は当時の勇者一行が焦熱魔王を討ち果たした場所ですね。当時の魔王軍との戦場跡全部じゃあないですよ」
「あー、あそこだったらもう少し奥だな。この辺から少しずつうち等が盛り返していったから」
「で、実際にはティーナが焦熱魔王を撃破したんですよね。その後ティーナが焦熱魔王扱いされて勇者一行に殺されかけた、が真相ですか」
ティーナはミカエラの推測に答えなかった。いや、沈黙が答えともいえるか。
そして俺達は開かれた場所に抜けた。そこにあったのはそれなりに大きな池で、辺りに明らかにエルフ製ではない石碑が立てられていた。刻まれた文字を読むに、それがこの場所を聖地だとして後世への記録を残した遺物なのは明らかだった。
既に辺りは森が再生し、池の畔も草が生い茂っている。自然の回復力は凄いんだな、と改めて思い知らされる。池は底が見えるほど透き通っていて、夏場に飛び込んだら冷たくさっぱりしてとても気持ちいいだろうな。
池の周りはとても静かなもので、風が樹林の葉っぱを撫でる音や小川のせせらぎが耳に入るぐらいか。美しく幻想的な光景ではあるが、抜けてきた森と同じく生命の息吹が感じられない。この辺りの生き物も危険を察知して逃げた後なのだろう。
「池が聖地? 戦場跡が池の中に沈んだのか?」
「いや、そうじゃない。あの魔王がうちを倒すために最後に自爆してきたんだ。お陰で円形に窪んだ地形が出来ちゃってさ。そこに水が溜まったんじゃないかー?」
地形を変えるほどの破壊力を伴った攻撃か。凄いな。俺には無理だ。
旅の言い出しっぺのミカエラは石碑の記録を読み、池へと視線を移した。そしてゆっくりと辺りを見渡し、満足そうに頷く。探究心が満たされたのか、とても晴れ晴れした表情を見せる。
「おーいミカエラー。満足したかー?」
「ええ、とっても! いやあ、やっぱりこの目で確かめると全然違いますね。文章で読むより百倍は心震えました。来て良かった、と凄く思います」
「じゃあ人里に戻るかー。来た道を戻るぐらいしかうちは知らないんだけど、いっそこの池から流れ出る小川沿いに下ってくか?」
「行きと帰りで違う道、素敵ですね! 是非そうしましょう!」
最後は観光地巡りっぽくなったけれど、こんなまったりとした旅があってもいいだろう。やれ魔王だのやれ邪精霊だのやれエルフだの、死闘ばっかじゃあ疲れちまう。あとはのんびりしながら帰路につくだけだな、うん。
……さて、心癒されるのはこの辺りにしておこう。
池の水はとても透き通っている。そう、土壌や水の出入りを考えたらありえないほど濁っていない。普通なら水草とか水生生物の糞とか舞い上がった土とかが水中で舞っている筈なのに。
それに、どうしてこの池には魚一匹もいないんだろうなぁ?
「ライトニングフューリー」
ミカエラの力ある言葉とともに晴れ渡った空に突如としてどす黒い雲が発生した。雲で唸りを轟かせた後、池目掛けて雷が降り注ぐ。自然発生した雷なら高いところに落ちるし、池に落ちても水面に散るばかりだが、奇跡には全く別の原理が働く。
突如としてゆらぎ一つ無かった池の水面が激しく揺れだし、無色透明だった水が鮮血のように赤く染まっていく。そして至るところから金切声のような悲鳴が発せられた。水面の揺れは波にすらなるほどだったが、やがて力尽きて静まっていく。
次の瞬間、何かが水面から飛び出て水面へと着地した。着水ではなく着地。人型をした真紅の不定形な存在は水面に立ったのだ。
「貴様ぁ、よくもやってくれたな……!」
人型をしながらもおぞましく歪んだ顔をした目の前の存在は、色さえ真っ赤でなければ水の精霊ウンディーネに見えなくもなかったことだろう。だとすれば、コイツが水の邪精霊なのだろうか。
土の精霊ノームに対する土の邪精霊マッドノーム。
火の精霊サラマンダーに対する火の邪精霊ボイドサラマンダー。
風の精霊シルフに対する風の邪精霊クレイジーシルフ。
水の精霊ウンディーネに対する水の邪精霊ブラッディーウンディーネ。
これらが魔王軍の一角、邪精霊軍を司ってるんだとか何とか。
「眠気覚ましにはちょうど良かったでしょう。部下の皆さんは昼寝中ですか?」
「ふざけた真似を……!」
で、ミカエラの奇襲攻撃を食らった水の邪精霊は相当お冠なようだ。裁きの雷を食らってまだ健在なのはなかなかやるが、それでも結構なダメージを負ったようだ。その怒り様は半端ではなく、ただでさえ歪んでいた顔を更に変形させている。
奴の他にも水の邪精霊共が次々と水面から出現し始めた。人型を保てずドロドロに拉げてる奴やもはやスライムみたいな不定形になってる個体もおり、敵が深刻な事態に陥ってるのは明らかだった。
「あなた達の野望はここまでです! 大人しく退治されてください!」
「我ら邪精霊をなめるなぁぁ!」
ミカエラの宣言と共に水の邪精霊共が一斉に襲いかかってきた。前列にいた個体が飛びかかり、後列にいた奴が水砲を飛ばしてくる。俺は水砲を防ごうと盾を掲げたんだが、突然ミカエラから遅い注意が飛んできた。
「あ、伝えるの忘れてました! ブラッディーウンディーネを構成する液体は強力な酸ですから、盾で防いじゃ駄目ですからね!」
「それを早く言えよぉぉ!」
慌てながらかろうじて回避行動に移れた。通り抜けた水の塊が地面へと落ち、雑草を音を立てて溶かしていく。もしこれを食らっていたら最後、盾ごと腕を溶かされていたかもしれない。
風の防御術ウィンドアーマーじゃ駄目だな。強酸に直に触れないためにもここは全身に闘気の膜を張る闘気術を使うしかない。アレ常に闘気を放出し続けるから疲れるんだよなぁ。
「フォースシールド!」
闘気を解放、再び飛んでくる水砲を盾で叩き落とした。そして迫る水の邪精霊へと戦鎚を振り下ろす。手応えと共に邪精霊を構築してた水分が爆発四散する。また水をかき集めて再構成するかと残心を取ったが、さすがに復活したりはしなかった。
一方のイレーネ、どうやら強酸だろうがお構いなしに聖王剣と魔王剣で斬り伏せている。いいよなー伝説の武具は腐食しない貴金属で出来ててさ。でも剣としての用途に耐えうる材質って金でも白金でもないよな。イレーネ本体のリビングアーマーも強酸で腐食する気配がないし、謎だ。
ティーナはさすがに分が悪いと悟ったのか俺とイレーネを盾にして、代わりに俺達二人の援護に回っている。主にファイヤーボールを付与した矢を放っている。スライムと違って核を射抜けばいいわけじゃないしな。純粋な弓の腕では相性が悪いか。
ミカエラは俺達三人の後ろから同じように光の刃を放って援護してくれている。棒立ちにはならずに俺達が守りやすい位置取りをしてくれるおかげで、俺は気兼ねなく戦えている。はるか東では阿吽の呼吸とか言うんだったっけか。
「おのれぇ! かくなる上は……!」
憎悪に歯ぎしりした(実際には口で捕食する必要もないんだから擬似的な口なんだろうが)頭だろう水の邪精霊は、討伐された同胞の残骸をかき集めて巨大化した。池全ての水をかき集めたのではないかと思えるぐらいにデカい。
こうなるともう手足や触手を振り回すだけでも一撃必殺。そんな圧倒的な暴力が俺達に降り掛かってくる。うお、踏み付けだけで地面がかなり凹んだぞ。踏み潰されたらぺしゃんこだな。
「しょうがないなぁ。一気に炎で焼き払って……」
「いや、片っ端から細切れにすれば済む話だね」
「いえいえ、ここは浄化の軌跡でですね……」
「もらったぁ!」
こんな物騒な巨人はとっとと片付けるに限る。
どうやって仕留めるか三人の魔王が呟いてる隙に俺は跳躍の闘気術セイリングジャンプで天高く跳んだ。そして急降下。落下速度と合わせて水の邪精霊の集合体めがけて戦鎚を振り下ろした。
「ヘヴンズフィストぉっ!!」
闘気術はただ単に打撃攻撃の威力を上げるだけじゃない。闘気は即ち生命力。その生命力を相手に流し込む効果もある。攻撃的な闘気は液体状だった敵の全身くまなく伝わっていき、蝕んでいく。
頭部を砕かれた邪悪な巨人は仰向けに倒れていき、そのまま爆発四散した。それはちょうどつい先程水の邪精霊を仕留めた時の現象と同じ。原型を保てなくなった邪精霊が水という器を放棄しざるを得なくなったのだ。
「うわーん! ニッコロに獲物を取られたぁー!」
「ちょっと、僕が格好良く仕留める筈だったのに!」
「さすがは我が騎士! 一撃でやっつけるなんて凄いですね!」
「はっはっは。早いもの勝ちさ。褒めるな褒めるな」
ミカエラ達が俺へと集まってくる。
その正体は何であれ、仲間っていうのはやっぱいいものだな。
こう、格好いいところ見せたくなるじゃん。
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