第45話 焦熱魔王、エルフの最長老と問答する

 程なく、案内されたエルフの里は厳戒態勢を敷いており、エルフの弓兵達が物々しい雰囲気で警戒に当たっていた。そして頻繁に異常がないか、つまり邪精霊に取り憑かれた兆候が無いか相互確認を行う徹底ぶりだった。どうやら詰所や前線基地のような場所なのか、一般のエルフは見なかった。


 そこを通り過ぎて歩き続け、夕暮れ時になってようやく俺達は目的地へと連れてこられた。全てのエルフが故郷と呼ぶ、エルフの中心都市へと。


 樹の上に広がる町の賑わいはこれまでの里の比ではなく、アレを町と表現するならこちらは都市ぐらいの規模はあるだろう。奥様方が噂話で盛り上がり、子供達が元気よく駆けずり回る様子は平穏な人里と何も変わりやしなかった。


 連行される俺達はというと、そんな町中を突っ切るわけではなく、地表で移動し続ける。大方人間の俺達を招いて不安がらせる必要はない、とでも判断したんだろう。それでも何人かがふと見下ろして俺達の存在に気付いて騒いだようだがな。


「着いたぞ」

「はへー。こりゃ凄いな……」


 空が薄暗くなってきた辺りでようやく到着したところには大樹があった。いったいどれほどの年月を重ねればこれほど太く高くなるのだろうか? 他の樹も俺が両手を回して手が届かないぐらい太かったけれど、そんなものじゃないな。


 エルフの弓兵が上に合図を送ると、上から籠が降りてきた。俺達はそれに乗って上まで運ばれる。エルフの町は樹の上に平坦に作られるわけじゃなく家屋により高低差が結構あるんだが、その屋敷は都市が一望出来るほどの高所に築かれていた。


 このまま夜景を眺めるのも一興なのだが、ティーナとイレーネが何の感慨も沸かずに屋敷へと入っていくものだがら、俺達もついていかざるを得なかった。そう不満そうな顔をするなよミカエラ。出る時にもう一度楽しもう。


「来たか……咎人め」

「今更どの面下げて戻ってきたというのか……」

「もしや邪精霊共もあやつが引き入れたのではないか……?」


 中で待ち構えていたエルフ達は一様にティーナへと厳しい視線を向けてきた。そのうちの何人かが小言で何かほざいてくるが、ティーナは涼しい顔のまま奥へと歩みを止めない。それが癪なようで、どいつもこいつも苦い顔を浮かべる。


 そして広間の突き当りの上座では骨と皮だけになったヨボヨボの婆……もとい、老人が寝床で横になり、上体を起こしてティーナを睨みつけてくる。ティーナは素知らぬ顔で耳をいじって、爪で擦り落とした垢を息を吹いて飛ばす。


「随分と老けたなぁ、アデリーナ。魔王を討ち果たした英雄様も年には勝てないみたいだなー」

「ティーナ……! まさか生きていたとは……」

「焦熱魔王を倒したうちに後ろから矢の雨あられ浴びせて、燃え盛る森の中に放置したからかー? 死体を確認しなかった甘ちゃんが何言ってるんだか」

「何だと……!? そもそも独断専行で禁忌に手を染めたのは貴女達だろう!」


 どうやらティーナとこのご老人、アデリーナは知り合いらしい。対面するなり俺達やエルフの重鎮らしき連中を置き去りにして言い争いを始めたぞ。アデリーナはティーナに憎しみと怒りをぶつけ、ティーナはアデリーナを憐れむ。実に奇妙な構図だ。


「ティーナ。悪いがそろそろ俺達にも分かるように説明してくれ。このままだと話についていけなくなる」

「んー? ニッコロにとっては今日限りの出会いなんだから別に知らなくてもいいと思うけれどなぁ。まあいいか」


 ティーナは腕を広げながらその場で一回転して一同を見渡す。皆それなりに年月を重ねた者達ばかりで、長年に渡りエルフの社会を支えてきたのだろう。だから敬意も何も払わないティーナに憤りを見せるのだが……、


「まず言っとくとこの場にいる小僧、小娘共はみんなうちより年下だ。見知った顔もいるかと身構えてたんだが、まさかそこの英雄様だけとはなぁ」


 ブラッドエルフになったとはいえハイエルフにまで至ったティーナにとっては誰もが至らない未熟者ってことか。ティーナの時代は長い寿命を持つエルフでさえ世代が異なっているしな。蔑称のように英雄様と呼ぶアデリーナが生きていることが奇跡だろう。


「で、そこの英雄様はうち等が焦熱魔王率いる魔王軍と死闘を繰り広げてた時の若き族長、うちの妹分だった女だ。邪精霊共に対抗するには禁忌を犯す他無いって主張するうち等を最後まで異端者だとか罵ってきてな。昔から頭が硬い奴だったぞ」

「どの口で言っている……。貴女達ブラッドエルフと魔王軍の戦場跡は必ず焦土と化した! 森が治るまで何百年かかったと思っている!?」

「じゃああのまま汚染され尽くして良かったのか!?」

「……っ!」


「ああもう、こうやってまた決着のつかない言い争いになるから再会するのは嫌だったんだ……!」

「それはこちらの台詞だ……。ティーナ達とは永遠に分かりあえない、それはあの時下した結論のままだ」


 ティーナは頭を乱暴にかき、アデリーナを見下ろす。アデリーナも負けじと立ち上がろうとするも踏ん張れず、力尽きてその場に座り込んだ。肉が削げ落ちた顔からは読み取りづらいが、明らかに苦悩と悲観が伺い知れた。


「で、うちを連れてきて何の用だ? うちは聖女を聖地に連れていこうとしてるだけだとはどうせ伝わってるんだろー?」

「あの時のように邪精霊共が再び大森林を脅かしている」

「うちは関係無いな。そっちで対処してくれ。冒険者として雇いたいなら人里の冒険者ギルドに依頼を出して、どうぞ。白金級だからかなり高いぞ」

「お前が招き入れたのではないか、との声も上がっている」

「だからぁ、うちはもうここには恨みも憧れも無いんだって! 今更手出しなんてするものか。それは大森林と精霊に誓うぞ」


 広間が静まり返る。声を荒げたティーナは一旦落ち着くためか、水筒を取り出して水を口に入れた。口元を腕で拭ってから再びアデリーナを見据える。それでも苛立ちが抑えられないのか、足裏で床を叩く貧乏ゆすりをしだした。


「もう一度だけ言う。何の用だ? 拘束するつもりなら全力で逃げるからな」

「今さっきも里を焼き払ったらしいな……。もう罪を重ねるのは止めろ」

「いいぞ」

「だろうな。しかしこの私が貴女を諌めないことには先人達に申し訳が……え?」


 あっさりとした承諾はさすがに想定外だったのか、アデリーナは間抜けな声を発した。そんな無様な有り様にティーナは蔑みとともに舌打ちを返した。態度が悪いが相手が煮えきらないのでしょうがない。


「昔も言ったよなぁ。どんなに非効率的でも他に有効な手立てがあるならそっちにする、ってさ。でも結局そっちが打開策を提示出来なかったからうち等は踏み切ったんだ。そこの経緯を忘れちゃいないよなぁ?」

「……ああ。そこまで耄碌してはいない」

「じゃあ英雄様はこの数百年でさぞ素晴らしい解決案が思い浮かんだんだろ? 是非聞かせてくれ。どうやって邪精霊共からこの大森林とエルフを守るんだ?」

「邪精霊共を駆逐し、堕ちた同胞達は隔離したうえで精霊による浄化を行う。手間はかかるがそれで全て救われるんだ。何故それが分からない?」

「それは前も言っただろ! ただでさえ邪精霊共に取り込まれて弱った精霊に縋るなんて、そっちこそ何考えてるんだ! あーあー良く分かったよ。お前は希望的観測を捨てられないんだな」

「待て! どこに行く!?」


 ティーナは踵を返して出口へと大股で進んでいく。アデリーナの呼び止めと同時に広間の隅で警護にあたっていたエルフの弓兵達が一斉に俺達へと狙いを定めてくる。それでもティーナの歩みが止まることは……いや、一旦アデリーナへと振り返った。


 ティーナは親指で首を掻っ切って下へと向ける動作をした。それが何を意味するかはエルフ達にも分かったようで、一斉にどよめいた。中には憤怒で顔を歪ませて立ち上がろうとする者もいたが、直前でティーナに睨まれて怯んだ。だせぇ。


「もううちは知らない。勝手にやってろ。でも、もう二度とブラッドエルフが出ると思うなよ」

「私が貴女を見過ごすとでも思っているのか?」

「言っただろ? 拘束するつもりなら全力で逃げる、ってな!」

「ティーナ!」


 アデリーナの嘆きを振り払うようにティーナは出口から飛び出した。そのまま通路を飛び越え、下へ下へと落ちていく。途中で風の魔法を使って落下速度を抑えて軽やかに着地、時間を置かずに疾走しだした。


 ……さて、じゃあ俺達も逃げるか。


「さよなーらー!」


 ミカエラも軽快に手を振って通路の手すりを飛び越えて落下していった。イレーネもそれに続く。俺は……さすがにこの高さから飛び降りたら余裕で死ねるな。あいにく空は跳べても飛べないのだ。空を舞うなんて高度な闘気術は使えないんでね。


 なので俺は脚に闘気を集中させ、大樹に足裏がくっつくようにした。片方の足裏が大樹に接している限り幹を地面のようにして歩くことが可能。体勢を崩さない感覚が重要。慎重に、素早く、けれど速度が出過ぎないぐらいには踏ん張りつつ俺は大樹を下っていく。


「遅いですよニッコロさん!」

「無茶言うな……! 壁歩きだってミカエラの無茶振りで覚えた芸当なの忘れてないよなぁ?」

「二人共、夫婦漫才はそれまでにして、早く逃げよう」


 イレーネのツッコミどころ満載な指摘に賛同して俺達は走り出す。既にエルフの弓兵は俺達を止めるべく攻撃しており、うち何本か矢が俺やイレーネに当たってきた。聖騎士の全身鎧を着てなかったら蜂の巣になっていたことだろう。


 こうして俺達は闇夜の中に姿をくらました。

 エルフとの決別という結果を残して。

 ……いや、正確には分からず屋共を見限って立ち去った、だな。

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