第44話 焦熱魔王、トレントと堕ちたエルフを焼き払う

 三つ目のエルフの里を出発した俺達は大森林の中を更に奥へと進んでいく。この頃になると木々も幹が太い大樹が多くなってきていて、空を覆う生い茂る木の葉の層も厚みを増していく。晴れているのに大地まで届く日光は淡く細く、辺りはやや薄暗かった。


 もはや雑草刈りは必要なくなり、道なき道をかき分けるように歩んでいく。ティーナがいなかったらすぐに迷子になって脱出出来なくなっていただろう。土地勘を覚えてるのかと思いきや、風の肌触りと土の臭いで当たりをつけているらしい。


「それにしても臭うな。鼻が曲がっちゃいそうだぞ」

「俺はあまり鼻が良くないから気にならないが、臭いのか?」

「ああ。風も土も瘴気が混じった腐った感触で気持ちが悪いぞ」

「森の奥の方が邪精霊の侵食が激しいってことか」


 先導していたティーナが突然止まり、俺達を手で制した。そして俺達にしゃがむよう仕草をし、自分はうつ伏せに身を隠しながらじっくりと弓を引き、矢を放った。甲高い音を立てて風を切っていく矢は、遠くの木に命中する。


 すると、なんとその木がざわめき出し、激しく揺れるではないか。直後に矢を起点として木が炎に包まれる。乾いた音を立てて幹が裂け、口のように開いた穴から野太い音が轟く。それは断末魔、焼き尽くされる木の魔物が発した悲鳴なのだろう。


「トレント……初めて見たな」


 トレント。樹木の姿をした樹人とも言うべき種族。エルフの大森林の奥深くに生息すると言い伝えられている樹の牧人だ。その始まりは長い年月を経て知性を得たとか、土の精霊の加護を受けた、とか様々に語られている。


 大森林で共に生きるエルフとは友好関係を築いている。当たり前だけれど突然不意打ちで矢を射かけ、あまつさえ燃やし尽くすなんて言語道断である。となれば、奇襲攻撃で仕留めた理由は案の定……。


「邪精霊の影響を受けて堕ちた、所謂コラプテッドトレント、って言ったところか」

「トレントは普段は土に根を張って動かない。森の見回りとかエルフとの交流、若木の育成とか限られた時に立ち上がって、それ以外は日光浴してばっかだな。土から栄養を吸収するから、エルフ以上に土の邪精霊の瘴気を食らっちゃうんだ」

「見間違いかもしれないけれどさ、何か葉っぱがやけに派手で毒々しかったか?」

「ああ。緑じゃなくて紫や青、赤に染まってるぞ。あと顔つきも狂気に染まって歪んでるし。見た目で一発で分かるよな」


 顔つき……あの幹に空いた穴みたいなのか。あれは顔って言うのかなぁ?


 ティーナは次々と矢を放っては堕ちた木人を燃やし尽くしていく。不思議なことに、とてつもなく低く乾いた絶叫を発して炭と化していっても他のトレントは目覚めようとしない。例え直ぐ側でティーナの炎の餌食になっていようと、だ。


 ティーナ曰く、光合成のために日向ぼっこしてる間は寝たように鈍くなる傾向にあり、コラプテッド化するとその兆候が悪化するらしい。代わりに覚醒している間に攻撃を仕掛けると気性の激しさ故に猛反撃にあうんだとか。


「だから遠距離からこうしてちまちま射掛けるのが一番有効的なんだー」

「正直俺にはただの樹とトレントの区別がつかないんだが。エルフには違って見えてるのか?」

「人の顔だって一人ひとり全然違うだろ。うちから見れば一発だな。ま、トレントが本気になって擬態したら自信ないけれどな」

「そりゃ考えたくないな。樹のそばを通り過ぎたと思ったら実はトレントで、不意をつかれるんだろ」


 ティーナの視界に収まる範囲の脅威は一掃したため、俺達は先に進む。道すがらティーナは何度も矢を射てトレントを焼き払っていく。おかげでティーナは忙しなく辺りを伺いながら歩くのだが、速度は落ちなかった。彼女曰く、通行の邪魔になる個体だけを排除してるから、らしい。


 コラプテッドトレント共の群生地までやってくると、明らかに辺りの雰囲気が変わった。昼間なのに一面薄暗く、大地は濃く染まり、木はねじ曲がり、葉っぱは毒々しい色に変貌していた。何なら水たまりまで苔が生えたように緑に濁っている。


「邪精霊に侵食された森はこんな風になる。果物の山の中に腐った果物一個を入れたらみんな腐るみたいに、すぐに森全体が腐り果てちゃうんだぞ」

「じゃあティーナはこんな風になった森を火にかけたってわけか」

「ああ。再生をもたらすには一旦焼失させるしかない。それがうちらが下した結論だったさ」

「人間の俺にも分かるわ。こんなおどろおどろしいのを野放しには出来ないわな」


 こんな環境にいたんじゃあ森の牧人たるトレントも魔物化するわけだな。そして森の住人たるエルフも汚染されて異形へと変貌を遂げるのか。思った以上に飛散で深刻な状況なようだ。


 □□□


 程なく四番目のエルフの里が見えてきたわけだが、どうも様子がおかしい。近づいてるのに見回りが警戒してこない。それにどういうわけか、木の上に築いた村じゃなくて地表に家屋を作って生活していないか?


「まずいな……。あの里は完全に邪精霊に魅入られてるみたいだな」

「分かるのか?」

「うろついてる連中は全員変態してる。完全に魔物だな、アレだと」

「つまりは駆除するしかないってことか」


 ティーナが弓を引き絞る。しかし彼女が矢を放つ寸前、イレーネが前へ踏み出して突貫を敢行した。凄まじい速さで駆け抜けてすぐさま第一里人を一刀両断する。さすがのティーナも唖然とする他無かった。


「はぁ!? イレーネったら何を考えてるんだ!?」

「多分、大森林に入ってからティーナが遠距離狙撃ばっかするから、剣を振るいたくてウズウズしてたんだろ。しょうがない、俺も出て援護する」

「でもうちが遠くから射た方が確実で安全で効率的だろ……」

「理屈の問題じゃないんじゃないか? 彼女はリビングアーマー。武具ってのは使われてナンボだろ」


 呆れ果てるティーナを置いて俺も飛び出した。次々と斬り伏せるティーナにかかりきりでコラプテッドエルフ共は俺の接近に気づかない。おかげで最初の一人は何の苦労もなく脳天を戦鎚でかち割れた。


 コラプテッドエルフ共は最初の里で目撃した個体よりも確かに異形化が進んでいた。具体的には獣のように毛むくじゃらになって牙を剥く奴や、逆に体毛が抜け落ちて目をぎょろぎょろさせて歪んだ口からよだれ垂らす魔物同然の奴とか。


 恐ろしいことに今度の連中は幾分か知性を取り戻しているらしく、何かしらの言葉を発していた。すまんね、俺はエルフの共通語なんてあまり分からんのだ。後でティーナに聞いたら覚える必要もない低レベルの罵りだ、としか説明が無かった。


「ああもう、しょうがないなぁ!」


 ティーナも悪態をつきながら俺達に加勢、物陰から俺達を狙う射手を仕留めていく。もはや殺すしかない、それが彼らにとっても慈悲だ、とは分かっていても、それにしたって元同胞に対して容赦無いな。覚悟が決まってるってわけか。


 掃討は特段苦労することもなかった。俺は容赦なくぶちのめすだけだったし、危機はティーナの援護もあって皆無。手強い相手も死闘の末に問題なく処理出来たし。元は幼い子供だったらしきゴブリンっぽい小さな奴がいたのは衝撃だったけど。


 結果、俺達は汚染されたエルフの里に死体の山を築きあげたのだった。


「こんなものか。それで、後処理はどうするの?」


 血糊を丁寧に拭いてから剣を鞘に収めたイレーネはティーナに意見を伺う。ティーナは辺りを見回し、死体を見聞し、土と触って感触を確かめる。そして彼女は深刻は表情で立ち上がり、俺達に里から出るよう促した。


「この里はもう駄目だ。全部焼き払う」


 彼女が放った矢はもう生者の残っていない里の中心の樹に突き刺さり、すぐさま炎の渦を発生させた。炎と熱風が周りの樹、土、遺体を燃やしていく。住民なき家屋は炎にあぶられて形を崩していき、大地へと落下していく。


 ティーナは結果を見届けず、踵を返して里から離れ始めた。俺達もこれ以上ここに留まったところで何もないだろうし、ティーナの後を追う。普段の明るい彼女とはうって変わり、その面持ちは復讐者のように憎悪と憤怒に満ちていた。


「ティーナ。言っておきますけれど、余達の目的はあくまで聖地巡礼ですからね。邪精霊達の掃討をしたいならここでお別れですよ」

「……分かってるさー。うちだって目の前に起こってることが見過ごせないだけで、昔みたいに大森林を守るためにしらみつぶしに回るつもりは無いから」

「随分と辛辣だけどよ、魔王軍を統率出来てないミカエラだって充分に責任あるんじゃないのか?」

「うぐっ。それを言われると苦しいですけど!」


 まだ太陽は天高く昇ったまま。日暮れまではもう少し時間がある。このまま次の里まで向かってしまおう。そんな提案をティーナがしたその時だった。彼女は突如矢を放とうと身構えたが、すぐさま警戒を解いた。


 樹の影から姿を見せたのはエルフの弓兵。彼らは誰もが弓をひいて俺達を狙ったままで距離を詰めてくる。ティーナは弓を背負い直して腕を組むことで敵意がないことを示すものの、その表情は憮然としていた。


「森の守護兵が今更うち等に何の用だー?」

「お前達を連行する。大人しく付いてきてもらおう」

「何の権限があって? 従う義務も義理も無いぞ」

「黙れ! さもなければお前達をこの場で射る!」


 やってみろよ、と挑発したい気持ちを抑えて俺はミカエラを見やった。彼女は顔を横に振る。敵対は望まないという意思を受け取った俺もまた手にしていた戦鎚と盾を背負う。そして空になって手を前方でぶらぶらさせる。


「……来い。首長がお待ちだ」


 俺達はエルフの弓兵に挟まれながら森の奥深くへと進んでいった。

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