第43話 焦熱魔王、感涙する

 既に日が沈んで夜になった。エルフの里でもまだ寝静まる時間帯ではないらしく、多くの家屋から明かりが漏れている。俺達の客間も例外ではなく火が付いている。なお、他のエルフと違ってティーナが火属性魔法で灯したのは黙っておく。


 目の前にはこんな夜更けなのに教えを求めてきた女子エルフや少年少女エルフが頭を下げていた。ティーナが明日にしたらと促したんだが、せめて導入部分だけでも今から聞いておきたいのだと言って聞かない。


「どういうことだ? エルフには普通火は扱えないのか?」

「エルフは精霊に近い種族ですから、火属性とはとてつもなく相性が悪いんです。人間が誰しも魔法使いになれるわけじゃないのと同じで、才能に左右されてしまうんですよ」

「じゃあどうやってエルフはブラッドエルフになったんだ?」

「無理やり火を使えるようにしてしまう儀式がある、とは聞いたことありますけど、詳細までは……」


 ふむ、知識豊富なミカエラすら知らないとは意外だ。それほど秘匿されていたのか歴史上から抹消されていたのか、事情は当事者たるエルフ……いや、もはや過去を知るティーナしか真実は把握してないのかもしれないな。


 ティーナは緊張する三人の若いエルフに座って楽にするよう促した。三人とも素直に言うことを聞くも、まだ強張った様子だったので、座り方や姿勢も崩すように助言。彼らは大人しく従った。


「エルフはどうあがいても火属性魔法は覚えられないぞ。火を燃やすって感覚が理解出来ないからだな」

「その前提を覆す方法があるんですね」

「一つは火の精霊と契約すること。火の精霊の神官になれば自ずと使えるようになる。そうやってブラッドエルフになった同胞もいたぞ。一番それが安全かつ無難だけど、風や土の精霊に愛されなくなるのが最大の欠点だな」


 成程、それは理に適っている。しかし風や土の精霊に愛された種族がエルフ。これまでの自分と完全に決別しないといけなくなる。まだこの先長くを生きるだろう若者にこの選択を取らせるのは酷だろう。


「二つ目は自分の体に魔法刻印を刻むこと。火属性魔法の発動は刻印が補助してくれるぞ。これが一番確実なんだが結構痛いし一生取れないからな。風や森の気配を肌で感じにくくなるのも難点か」


 ああ、人間も魔法を極めたいからって刻印を刻む者が後を絶たないらしいな。あと神官達が契約した精霊に誓いを立てるために施す場合もあるらしい。後付けとしてはお手軽だけど、入れ墨と同じで体を傷つける行為には違いない。


「最後の一つは……火を燃やす感覚を覚え込ませることだ。火に手をかざす程度じゃあ話にならないぞ。全身を焼き尽くされるぐらいの思いをしなきゃあ無理だな」

「それでは死んでしまいます!」

「火をものにすれば自分を焼く火は操れる。現にうちは火の邪精霊を相手した時に焼かれて習得したぞ。そうでもしなきゃ覚え込ませられないってことだな」

「そんな……」


 思った以上に難易度が高いな。安全性と確実性を選べば捨てるものが多く、死にものぐるいで学ぼうとしたら志半ばで生命を落とすかもしれない。種族全体の不得手を克服しようとしたらそれなりの代償が必要ってことか。


 突きつけられた選択肢に狼狽える女子達。小声で相談をするも戸惑いは拭いきれず、どれを選ぶか決断しきれないようだった。ティーナもこうなるとは分かっていたようで、静かに行く末を見守る。


「今どれか選ばなきゃいけないわけじゃない。少し考えればいいさ。何ならどれも選ばずに魔道具に頼るって手もあるしなー」

「火属性の魔道具はエルフには作れません。人間から買えと言うんですか?」

「自分達で出来ないなら他所から助けてもらうのも立派な手段だろ。意地を張って状況が改善出来るのか?」

「……いえ、これはエルフの問題です。わたし達がどうにかしなきゃ駄目なんです」


 ふうむ。この後の自分を左右するんだから即決するよりは悩んだ方が良いだろう。何も今決めなければエルフが滅亡するほど追い詰められてもいない。じっくりと考え、三人で相談し、未来を見据えて決断すれば良い。


「いえ。第四の選択肢がありますよ」


 そんな中、割り込んできたのはなんとミカエラだった。


 彼女は用意された食事を全部胃に運び終わってお腹を擦りながらエルフ達を見やった。まさか聖女に会話に割り込まれるとは思ってなかったようで、若きエルフ達は一様に驚きを顕にし、次には彼女を警戒した。


「火の感覚を覚えるだけなら実際に焼かれなくてもいいですって」

「そうは言うけどなぁ。催眠にかけたら冷めた鉄棒でも火傷するらしいけれど、その類かー?」

「もっと確実性はありますよ。ティーナは援護お願いしますね」

「は? いや、ちょっと待て――!」

「ヘルナイトメア」


 ミカエラが力ある言葉と共に女子エルフ達に権杖を掲げたと思ったら、エルフ達は次々とその場に倒れたではないか。


 ティーナが怒りに身を任せてミカエラに掴みかかろうとするので、俺はその腕を掴んで阻む。犬歯をむき出しにするティーナとは対象的にミカエラは平然としていた。


「何をした!?」

「悪夢を見せる精神魔法ヘルナイトメアを使いました。今頃三人は夢の中で地獄の業火に焼かれてますよ。現実と同じような痛みと苦しみを存分に味わってる筈です」

「どうしてそんなことを……! 安全な方法もあるってうちも言っただろ!」

「人生には博打を打たなきゃいけない場面は必ずありますよね。彼女達にとっては今がその時じゃあないんですか?」


 鼻息を粗くしたティーナだったが、努めて深呼吸をして落ち着きを取り戻す。理に適っているとは彼女も分かっているようで、しかし自分達で選択させたかったティーナにとっては不本意ではあろう。


「悪夢から目覚めるには火を克服するしかないのか?」

「いえ。精神的に限界が来たら解けるようにしましたし、持続性も明日朝ぐらいまでしか続きませんね」

「ならいい。彼女達には辛い試練になるけれど、これが最善策かー」

「彼女達に咄嗟にサイレンスをかけたのはさすがですね!」


 確かに悪夢に苛まれて三人は声にならない悲鳴を上げていた。もし沈黙魔法がかけられてなかったら絶叫していただろう。それほどの骨を、肉を、魂すら焼かれる苦しみを堪能してるってことか。


 俺達は配膳を自分達で片付けてから水を浴びて汗を流し、就寝の準備に入った。また寝具は二つだよ。俺は毛布に包まって部屋の脇で寝ようとしたら、ミカエラに誘い込まれたので大人しく従った。で、そのまま眠気に導かれて瞼を閉じる。おやすみ。


 次の日の朝。目を覚ますとどうやら聖女パーティーでは俺が一番早起きだったらしく、他の面々は静かで可愛らしい寝息を立てている。何事も起こらず良く寝れたようで良かった。


「おはようございます」

「あ、ああ。おはよう」


 入り口の外では女子エルフが日の出直後の日光を浴びて佇んでいた。俺が起きたことに気付くと朝の挨拶を送ってきたので返事する。彼女は天気に負けないぐらい晴れ晴れとした表情をしており、昨日より大人びて感じた。


「それで、目当ての魔法は学べたのか?」

「ええ。おかげさまで」


 彼女は人差し指を立てると、その指先から小さな火が発生した。蝋燭の火のように燃え続け、やがて彼女は息を吹きかけて消してみせる。

 どうやら無事に火属性魔法を物に出来たようで何よりだ。


 他の二人は……部屋の片隅で手の平をかざしつつ集中している。どうやら火の感覚は掴めてもそれを現象として発動するにはまた別の練習が必要らしい。まあ、他の魔法と同じ要領で魔力を操作すればいいから、すぐに使えるようになるだろう。


「おめでとう、と言っていいのかな? これでブラッドエルフの仲間入りだな」

「……いくらティーナ様のお仲間とはいえ、人間に言われると複雑ですね」

「そりゃ失礼。で、この後もティーナから何か学ぶのか?」

「いえ。感覚さえ掴めれば後は実践あるのみです。ティーナ様のお時間をこれ以上取らせるわけにはいきませんからね」


 女子エルフは少年少女エルフ達に声をかけた。よく見たら部屋の壁際には旅支度がまとめられている。彼女らはそれを背負い、こちらに……というより就寝中のティーナにお辞儀をする。


「ティーナ様には感謝をお伝え下さい。わたし達は出発します」

「まあ待てって。自分の口から言えよ」

「ブラッドエルフになったのでこれ以上ここにはいられませんから」

「それはどうかな? 後ろ見てみろよ」

「え?」


 女子エルフは後ろに顔を向ける。遠くから彼女らを見つめていたのは昨日会ったこの里の長老。女子エルフの反応から察するに先程まではいなかったんだろうな。エルフは目がいいし、火を付けるところもばっちり見たことだろう。


「あ……あぁ、そんな……」

「あー。言っとくが、ブラッドエルフになる決断を下したのはアンタ達だけじゃねえからな」

「え……?」

「一度腹を割って話し合ってみるといい。わりとすっきりするもんだぜ」


 言いたいことは言ったので、他の三人が起きるまで二度寝することにした。……おい、どうしてミカエラは起きてる? しかも目をバッチリ開いて俺の方見てにやにやしやがって。まさか最初から全部聞かれてたか? うわぁ。顔から火が出そうだ。


 その後、里長と長老は全体集会を開き、ブラッドエルフになることを宣言。しかし里の皆には強要せずに選択制とした。結果、エルフや大森林全体を守るために皆が決意を固め、ブラッドエルフの試練に望んだ。


 こうしてエルフの歴史に新たな一頁が刻まれた。歴史上初となるブラッドエルフの里が誕生した瞬間だった。この先で様々な困難が待ち受けているだろうが、それでも彼らは強い覚悟と共に乗り越えていくことだろう。


「みんな……。子らがとうとうやってくれたよ……」


 ティーナが密かに感涙していたのが印象深かった。

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