第42話 焦熱魔王、現役世代から思わぬお願いをされる

「ティーナ様、どうか我らをお導き下さい!」

「ええー?」


 次のエルフの里に到着した途端、見た目だけならミカエラや俺よりちょい下ぐらいの女子がティーナに深く頭を下げてきた。彼女だけじゃなく、彼女より幼い少年や少女までもがティーナに必死のお願いをする。


 どういうことか、状況を整理しよう。


 まず俺達は二つ目の里から脱出した後、里から結構離れた位置で野営をして寝直した。夜の行進なんて視界の悪い大森林では自殺行為だし、エルフの自分でもやらないとティーナが断言したのも大きかった。


 太陽が昇ってきた時間に出発。道中はイレーネがたまに斬撃を放って遠くの魔物を両断してたが、やはりティーナの無双状態だった。俺は雑草刈りばっかだったからうんざりだったんだがな。


 そんなこんなでたどり着いた第三の里だが、見張りと思われるエルフが静止するよう警告。第二の里のように状況を説明すると、木からこの三人組が降りてきた。そして本物のティーナだと分かった途端にこんな風になったわけだ。


「いや、ごめん。導けって、どうすればいいのさ?」

「ティーナ様のことは我らの里の長老よりはるかに長くを生きるハイエルフ、とは聞いています。が、実際は違っているとわたしは考えています」

「違うも何もちょっと長生きしてるだけのしがないエルフには変わりないぞ」

「いえ。貴女様の冒険譚をお聞きしました。正確無比な射撃、風や土の魔法にも長けた一級の冒険者とのことですが……真実は火を行使する異端者、ブラッドエルフなのではないでしょうか?」


 ティーナの表情が険しくなる。


 彼女のことだ、他のエルフの評判を考えて滅多なことでは火の魔法は使っていなかったはず。邪精霊を始めとするここぞという相手にのみ、しかも誰にも見られないように苦心してきただろう。


 なのに目の前の女子に見抜かれている。それがティーナの警戒心を招くと承知のうえでそれを告白し、彼女に教えを請うている。即ち彼女達が求めるのは弓の教示でも風や土の魔法でもなく……。


「うちに何を求める?」

「エルフという種族とこの森を守るため、火の魔法を覚えたいのです」


 自分達もブラッドエルフになりたい、と言っているのだ。


 暫くの間沈黙が漂った。ティーナは頭を下ろしたままの女子達を静かに見下ろして観察し続ける。少女達も決して冗談交じりで言ったわけではなく、決心の末にその道を選択した、とは言動から察せられた。


「大人達や里長、長老達には相談したのか?」

「してません。すれば禁忌に手を染めようとする異端者として罰せられるだけなのは目に見えてますから」

「だったら馬鹿なこと言ってないで弓の腕を磨いた方がいいぞ。それに雷なら風属性の魔法だから咎められない。火を求めなくたっていいんだ」

「それでは足りない! あの堕ちた者達を退けられないんです! どうか……!」


 ティーナはうなりながら考え込み、思わず俺達の方へと視線を向けてきた。しかしこれはエルフの問題であり俺達は余所者。口を出すべきではないだろう。ましてやエルフの女子達がティーナにすがったのだから、決断は彼女がすべきだ。


 やがてティーナは意を決したようで、力強く頷いた。


「里を捨てる覚悟があるか?」

「はい」

「エルフの同等達に疎まれる覚悟は?」

「エルフと森の未来を守れるなら、わたし達は帰れなくても構いません」

「分かった。教えようじゃないか」

「……! ありがとうございます!」


 エルフの女子達は表情を輝かせて再び深く頭を下げた。

 ティーナは目元に手を当てながら天を仰ぐ。彼女の胸中は如何に?


 女子達の案内で里へと招かれた俺達は客人として扱われた。第二の里と待遇が違うのは、こちらの方が事態がより深刻になっているからだ。既にコラプテッドエルフ共と何度か交戦しており、古の戦の再来だと見なしたようだ。


 俺達は里長と長老がおわす家屋へと連れてこられ、彼らに挨拶したうえで女子達の提案で数日間お世話になることになったと告げた。さすがに長老ともなれば人間の老人のような風貌をしていたが、ティーナ曰く全員彼女より年下なんだとか。


「ところでティーナ様。内密に相談したいことが」


 双方の状況を把握し終えたところで長老の一人が重苦しい口調で切り出す。


「うちは聖女に同行する形でこっちに足を運んできた。彼女らも一緒にならいいぞ」

「ですが……」

「あー、ならいい。聞かなかったことにするだけだから」

「……決して口外しないと約束していただけるなら、その条件を飲みます」


 ミカエラ、俺、イレーネは神に誓って口外しないと約束した。魔王のミカエラとイレーネが神に誓ってどれだけ意味あるんだ、と思わなくもなかったが、ミカエラは聖女としての自分の誇りにかけて、イレーネは好敵手だった勇者イレーネの名にかけたんだとか。


 長老達が女子達に下がるよう命じ、更には警護兵にも退室するよう促した。部屋の中は俺達四人と里長、そして長老達だけになる。長老の一人は咳払いし、真剣な面持ちでティーナを見据えた。


「ティーナ殿は先の大戦で禁忌に手を染めたブラッドエルフだとお見受けし、お頼み申す。我らに火の力を授けていただきたい」

「!?」


 何を言い出すかと思ったらとんでもなかった。

 これにはティーナも目を見開いてたまげていた。

 ミカエラは「面白くなってきましたよ!」と大はしゃぎしそうだったが。


「邪精霊によって堕ちた同胞達を救う手はありますまい。せめて灰にしてでもこの地に埋めてやりたいのです」

「他の手は模索しなかったのか?」

「もっと良い手が無かったからこそ貴女様や先人達は過去にブラッドエルフとなったのでしょう。過去から学ぶなら、もはやその選択肢しか残されておりません」

「それはこの里の総意か? それとも貴方達の独断か?」

「無論、我らだけの独断です。禁忌を犯す愚か者は老い先短い我らだけで充分。危機を乗り切れば後は若い者達に託すばかりです」


 んー、何と言うか。俺の勝手な意見だが、大切な人と故郷を守るために自己犠牲の決断をするのは構わないけれど、もう少し周りと相談が必要だと思うんだけどな。老人と子供が同じ決断を下そうとしてるなんて、こっちはどう受け止めりゃいいんだ。


 ティーナもこめかみを手で揉みながらあれこれ考え込み、やがて顔を上げて里長、長老達の顔をよく見つめた。長老達もまた自分達より長くを生きた古参のエルフがどのような決断を下すか、固唾をのんで見守る。


「条件がある。秘密裏には絶対に教えない。教えを請いたかったら里全体にその旨を表明しろ。そして希望者を募るんだ」

「そんな! 若い者達を巻き込むわけには……!」

「その若造達はさっき貴方達と同じように願ってきたぞ」

「「「!?」」」


 長老達にとっては予想もしてなかったのか、驚愕に染まって言葉を失ったようだ。


「明日の朝まで待つ。それまでに決断してくれ。話は以上かな?」

「わ、分かりました。ではどうぞごゆっくり身体を休めてくださいませ」

「助かる。ありがとう」


 話し合いはこれで終わり、俺達は案内された部屋で装備一式を脱いでくつろぐ。第二の里と違って警戒心を少し解いたのはこの里の者達が信頼できると判断したからだ。それはティーナやイレーネも同じだったようで、彼女達も装備を外す。


 素泊まりを覚悟してたんだが、なんと朝晩共に食事を用意してくれる恩恵に預かることになった。エルフでは食事は森の恵とされ、野菜や果実、そして動物の肉などは全て森から取れるものだ。郷土料理か、楽しみだな。


「あまり期待するなよー。エルフの食事は素朴、って言ったら聞こえが良いけれど、雑でしかない。人間社会の料理の美味さには敵わないぞ」

「そうは言っても保存食を齧るよりマシだろ」

「甘い! どれだけ甘いかって言うと、聖都の有名店簿で買える数量限定ケーキより甘い! 腹さえ膨れりゃいい、とだけ念じながら口に運べよー」

「失礼な。ティーナ様の認識は一体何百年前で止まってるんですか?」


 食膳を運んできたのは先程教示を求めた女子達だった。なお、女子と表現しているもののエルフの寿命は人の三、四倍。彼女達は俺が思うより遥かに年を重ねていることだろう。年数に見合って精神的に成熟しているかはさておき、な。


 運ばれてきた料理は人間社会で食するものと遜色無かった。ミカエラが遠慮なく食べ始めて喜ぶものだから俺も手を付けてみたが、たしかに悪くない。むしろ安宿よりはるかに美味い。舌鼓も打てるほど味わい深かった。


「な、なにーっ!? そんな、馬鹿な! エルフはメシマズが常識だっただろ! うちが間違ってたのか……!?」


 特にティーナにとってはよほど衝撃だったようで、大げさなぐらいの反応を示した。傍から見る分には実に面白い。


「そうやって人間にもドワーフにも馬鹿にされたのが悔しくて、食にもこだわるようになったんですよ。今では一般家庭でもそれなりに料理してますって」

「う、うちは猛烈に感動してるぞ……! エルフの未来はやっぱ明るかったんだ!」

「そんな打ち震えるほど喜んでもらえるのはわたしも嬉しいです」


 ティーナは号泣しながら食事を平らげた。女子エルフはおかわりもよそうのでティーナはそれも完食する。最後の方は腰のベルトを緩めてまで食事に没頭する。ミカエラが大飯食らいなのはいつも通りとして、イレーネはじっくり味わってるな。


 飲み物は家畜の乳らしい。まろやかで濃くて味わい深いが、口にずっと残るしつこさはないあっさりさ。くせになりそうだ。酒を飲む文化は無いとのこと。俺は町中ならともかく旅の道中で口にするつもりはないけれどな。


「それで師匠」

「師匠って……いや、まあいいか」


 落ち着いた辺りで女子エルフが切り出してきた。真剣な眼差しにティーナも頭を切り替えて彼女へ視線を向ける。


「早速ですが教えて下さい。火を扱うにはどうすればいいですか?」


 こうしてティーナの夜の授業が始まった。

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