第41話 戦鎚聖騎士、捕まって脱出する

「で、実際のところ聖女でも堕ちた森の住人達を元には戻せないのか? さっきはうち、当時の聖女の言ったことそのまま隊長さんに伝えちゃったけどさ」

「現実的じゃないですね。さっきのティーナの例えのとおり、蝶をイモムシに戻せって言ってるようなものですから。ああ、魔法で変態させてそれっぽく似せることは難しくないですけれどね」

「なんちゃってじゃあ意味がないな。精霊に見抜かれちゃうぞ」

「精霊ったら我儘ですねぇ。邪精霊も結構好き嫌い激しいですけれど、精霊ほどグルメじゃないですよ」

「僕からしたら底辺同士の争いにしか聞こえないんだけれど?」


 最初の里を出発した俺達は俺を先頭にティーナ、ミカエラ、イレーネの順番で隊列を組んで進んでいた。本来なら土地勘のあるティーナが前に出るべきなんだが、俺が雑草を刈りながら進む破目になったからだ。


 ティーナ曰く、人の往来が多い道なら雑草が生え茂ることはないらしい。なのに雑草が脇からびょんびょん伸びてくるものだから、短剣を振るって道を切り開いているわけだ。これが意味すること即ち、里と里との間の交流が途絶えているわけだ。


「エルフ達は里に閉じこもってるってことか。次の里に行っても入れてもらえるのかね?」

「一応さっきの里の隊長さんと里長さんに紹介状書いてもらったから、見てもらえれば大丈夫だろ」

「遠くから威嚇射撃されたらどうするんだ? 押し通るつもりか?」

「それなら冒険者らしく野宿するまでさー。交代で見張ってれば大丈夫だろ」


 道中、ティーナは何度か矢を射た。遥か遠くで何か倒れる音が聞こえてきたから、どうやら俺達が気づかないほど遠距離の魔物またはコラプテッドエルフを仕留めているらしい。おかげでこっちは何にも遭遇せずに済んだ。


 それにしても、小動物もさることながら鳥にも遭遇しなかった。森がざわめいている。確かに様子がおかしいと俺にも分かる。エルフにとってはこの変容ぶりは違和感の塊を通り越して気持ち悪いのだろう。


「あ、ニッコロ。防御よろしくな」

「は? 何を突然……」


 突然ティーナが注意してきたと思ったら、前方から矢が飛来してきた。全身鎧で身を固めた俺とイレーネ、エルフのティーナでなく、よりによってミカエラを狙ってきやがった。すかさず盾をかざして矢を受け止める。幸いにも何の魔法も付与してなかったようで、矢は盾を貫通せずにその場に落ちる。


「そこの人間共! その場で止まれ!」


 遠距離からの狙撃と気付いた時には警告を受けていた。透き通る、しかし鋭く吠えるような声だな。発信源が分からなかったが、ティーナが言うには風の魔法を使って遠くから空気を震わせて伝達してきているらしい。


 俺はティーナを伺った。ティーナは手を下へ振る仕草をしてちょっと待つよう促してくる。なので俺もイレーネも武器を構えず、ティーナが前に出て彼らと交渉するのを見守ることにした。


「うち等は聖パラティヌス教国の聖女ミカエラとそのパーティーだ! 聖地巡礼の旅の途中でここの聖地に立ち寄った! 怪しい者じゃない!」

「帰れ! 我々はお前達を歓迎しない!」

「主語が随分とでかいなー! ほら、隣の里の紹介状は持ってる! 怪しかったら検査でもすればいいさ!」

「……少し待て! 妙な動きをしたら容赦はしない!」


 随分と警戒されてるなぁ、と呆れていると、程なく若いエルフの兵士達がこちらまでやってきた。ただティーナが言うには狙撃手はまだ遠くで俺達を狙っているそう。そしてまだ大森林の外れに位置する里でここまで排他的になるのは珍しいらしい。


 エルフの兵士達は武器をその場に置くよう促してきたので従った。それから身分証、紹介状の提示を求められたので見せてやった。エルフはいかにも険しい顔つきをしながらも渋々俺達のことを認めたようで、付いてくるよう指示してくる。


「ここまでされる謂れはないんだがな。大人しく野宿したほうがマシだったかも」

「我慢だ我慢。その代わりここの連中には状況をしっかり説明してもらおうじゃないか」

「別に聖地巡礼の邪魔にならないなら邪精霊共と関わらなくたっていいんだが?」

「そうもいかないだろ……。ニッコロ達にその気がなくても邪精霊共は絶対ちょっかい出してくるぞ。聖地は邪精霊共にとっても因縁ある場所だからなー」


 不満を飲み込んで案内されたエルフの里は、観光地化された最初の里と異なって完全に木の上の村だった。堀や城壁はおろか、地上に建造物すら無い。はしごや縄梯子が無かったら完全に地上から分断されていたことだろう。


 はしごを登った先の光景は先ほどの里とほぼ同じ。ただし観光施設は一切なく全てが生活に必要な家や店、そして公共施設のみだった。招かれざる客たる俺達に住人が向ける眼差しはとても冷たいか警戒心に溢れていた。


「寝床は貸そう。だが日の出と共に出て行ってもらおう」

「随分な待遇だなぁ。事情ぐらい説明してくれよー」

「お前もエルフなら学んだことはあるだろう。……あの忌々しい存在、コラプテッドエルフがまた現れたのだ」

「そりゃ大事じゃないか。だから里を封鎖して籠城してるってわけか。で、今はそれで凌ぐとして、打開策は何かあるのか?」

「森を捨てて冒険者となったお前には関係無い」

「あ、そ」


 ティーナも素っ気ない態度で返し、会話は途切れた。


 □□□


 案内された部屋は一応来客用のものらしく、寝具が整えられていた。空間に限りがあるので基本的にエルフの家の中は居間兼寝室の部屋一つ。これが標準的な居住空間だとティーナは語った。


「私室が欲しい時は別の建物を作るんだ。そんな贅沢は里長とか裕福だったり由緒正しい家系じゃないと難しいけれどなー」

「やっぱり浴室は無いのな」

「外に貯めた雨水を利用した公共の水浴び場があるぞ。用足しも貯めた雨水を利用した水洗式だな」

「それなりに文明的な生活してるんだな。もっと野性味あふれる狩猟生活してるのかと思ってた」


 夕食はこんなこともあろうかと人里で調達した保存食で腹を膨らませた。スープをどう暖かくするかで悩んだが、ティーナが手の平を魔法で熱くして鍋を熱することで解決した。魔法様々だな。


 あしたも用心しながらの旅路になるので、さっさと寝ることにする。用心に越したことはないので鎧は脱ぐが寝具には着替えないでおく。ティーナなんて旅人の服のまま入り口付近で毛布に包まって寝息を立て始めたしな。


「おい、起きろ」

「……んぁ?」


 その日の夜。俺はティーナに起こされて目を覚ます。既にイレーネは完全武装状態で入口から外の様子を伺っており、ミカエラは目を擦りながら祭服に手を伸ばしていた。ティーナの面持ちから何かがあったのだと察した。


 物音を出さないよう全身鎧を着込み、盾と戦鎚を手にして俺も窓から外の様子を伺う。……深夜の時間帯なので光源は星明かりしかないわけで、何かがあっても俺にはさっぱり分からんだろうな。


「ニッコロは相手の無力化は得意か?」

「投げ技決めた後に絞め技で落とせばいいだけなら、それなりには」

「じゃあ出番だな。付いてきてほしいぞ。ミカエラとイレーネは先にここから脱出してくれ」

「えー、嫌です。ニッコロさんの活躍が見れないじゃないですか!」

「……そうだった。そうだよなー」


 わけの分からないままティーナの後ろをついていくと、ティーナはある一軒の家へと正面玄関から不法侵入した。何してんだと抗議したかったが、不満を飲み込んで抜き足差し足忍び足で進んでいく。


 意外。そこで目にした光景はなんと、女性のエルフが旦那に上から抱きつく情事じゃないか。何てものを見せるんだと思ったのも束の間、どうも様子がおかしいと気づけた。接吻にしては頭が動きすぎてないか? それはまるで何かを貪っているようで……。


「ニッコロ……!」

「ああ、分かった」


 状況を把握した俺は背後から女性エルフに手を回し、寝間着の襟首を掴んですかさず絞め技に入った。

 女性エルフが何やら叫んでいるようだが音にならない。ティーナが風属性の沈黙の魔法サイレンスでも使ったのだろうか。

 首や脚を振って抵抗してくるが力は俺が勝っているようだ。腕を掴んで爪を立ててくるが、小手の上からじゃあ効かないなぁ。


 やがて女性エルフは気を失い、身体から力が抜けていく。すかさずティーナが縄で胴、手、脚、口を縛り上げた。


 その段階で女性エルフを正面に向けてようやく正体が判明した。目、口、肌、それぞれの特徴がこの女が既に邪精霊の手に堕ちていることを物語っていた。口の周りは真っ赤に染まり、食べカスの肉片がこびり付いている。コイツが先ほどまで何をやっていたかはお察しください、だな。


「どうして里の中にコラプテッドエルフが紛れ込んでるんだ……?」

「邪精霊が忍び込んで寝てるエルフを堕落させたんだろ。よくある手口さー」

「……精霊って人の目に見えなくなる時があるよな。全部を警戒しろって無理臭くないか?」

「だから厄介なんじゃないか。過去にエルフの大森林が壊滅寸前まで追い詰められたぐらいになー」


 女性エルフは目を覚ましても身動きは取れまい。ティーナは紙に書き置きを残して部屋を後にした。そして木を伝って地上へと降りていく。イレーネと俺はそのまま飛び降り、ミカエラは浮遊の奇跡セラフィックウィングを行使してゆっくりと降りた。


「で、どうして逃げる必要があるんだ?」

「里の中でコラプテッドエルフが見つかったら大騒ぎになる。当分の間外に出れなくなるだろうし、よそ者のうち等は拘束されるかもしれないだろ」

「厄介事に巻き込まれる前におさらば、か。懸命だな」

「ま、あんだけ偉そうに言うぐらいなんだから、連中は自分達で何とかするだろ」


 ティーナは冷たく言い放ち、これ以上語ることはなかった。

 俺達は第二の里を後にする。異変を何も解決しないままに。

 それがいいかどうかはエルフ達が決めることだろう。彼らが望んだ通りに。

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