第40話 焦熱魔王、現役世代に警告する

「な、何だ、奴らは……!?」

「嘘だろ……!」

「ば、化け物……!」


 この里のエルフ達は堕ちたエルフを見るのは初めてだったらしく、各々反応を示すものの、誰もが一様に驚愕や絶望に彩られていた。なまじエルフの面影が残っているだけに、その成れの果てだと思えてしまうのが悲劇だろうか。


 迫るコラプテッドエルフの連中は特に何の武装もしていない。それどころか里からちょっと抜け出したようにしか思えないほど普段着ばかりだった。普段通り生活していたら突然邪精霊の手に落ちたことが伺える。


「う、撃て! 奴らを里に近づけさせるな!」


 隊長らしきエルフが狼狽える部下達に号令をかけた。それにより正気を取り戻した守備兵達は一斉に侵入者達へ矢を浴びせかけた。コラプテッドエルフ達は回避行動や防御も取らずに前進するばかりで、その身に次々と矢を受けて倒れていく。


 結局堕ちたエルフ達は堀の辺にも到達出来ずに全滅。事態が収集したと見なした隊長エルフの指示により跳ね橋が降り、何名かのエルフの兵士が敵の亡骸を確認しに向かった。俺達もそれに便乗する形で最初のエルフの里から出発しようとして……。


「もし! そこの貴方! もしや白金級冒険者のティーナ殿ではありませんか!?」


 と隊長に呼び止められた。

 ティーナは隊長に背を向けた状態で露骨に嫌そうに顔をしかめ、駆け寄ってくる隊長へと振り向いた時にはいつもの様子に戻っていた。営業笑顔すごいですね。


「おー、うちがティーナで間違いないぞ」

「貴殿の評判は遠くこの大森林にまで届いておりますぞ。幾世紀にも渡る外界での魔の者の討伐、同じエルフとして大変誇りに思っておりますぞ!」

「どういたしまして、だな」

「では昨晩に森に走った稲光も貴殿によるものですか」

「まあな。不審な動きがあったからなー」


 隊長はどうやら人間が定めた冒険者の等級にも敬意を払っている。さすがに人里に最も近いエルフの里を守っているだけあって、人間社会での地位も重んじているようだ。こころなしか聖女や聖騎士の俺達も気にしているようだな。


 隊長はコラプテッドエルフ共の死体を確認するエルフ達の様子を伺う。彼らは吐き気で戻す者、嫌悪感から目を逸らす者、と明らかに作業が進んでいない様子だった。隊長は深くため息を漏らす。


「未知なる脅威に戸惑うのは分かるが、あれではいかんな。ティーナ殿、申し訳ないが、しばらく我々に付き合っていただけないか?」

「いいぞ。急ぐ旅じゃあないからな」

「かたじけない。何、そう時間は取らせませんぞ」

「だといいけどなー」


 隊長エルフに付いていく形で里から出た俺達。道端で倒れるコラプテッドエルフの死体を観察する。イレーネは趣味悪いとか呟いて興味なさげだったけれど、敵を知らんことには戦術が立てられんからな。イレーネみたいな勇者魔王とは違うんだよ。


「遠目からでも分かるぐらいやせ細ってるんだが、虚弱じゃないか?」

「邪精霊が馴染めば筋肉ムキムキになるぞ。体毛とか鱗が生えだすけどなー」

「歯が鋭くなったのは野生動物みたく獲物に食らいつくようになったからか?」

「それはあるかもな。連中は料理なんて文明的なことはしない」

「瞳孔は横長……馬とか羊がこうだったか。完全に別の生き物って感じだな」

「それは火の邪精霊の影響を色濃く受けた場合だなー。水とか風の邪精霊の影響を受けた場合は普通に丸っこいぞ」


 で、何故か俺が検死する破目になったので、頭のてっぺんから爪先までくまなく調べていく。エルフは特に人間と身体的特徴で変わった点は無い筈だから、コラプテッドエルフの変容ぶりが分かるってものだ。


「正直、この程度なら大した脅威じゃないんだが、過去では本当にこの連中に大森林が攻め落とされそうになってたのか?」

「こいつ等を見たんじゃあそう判断してもおかしくないなー。奴らの脅威はもっと事態が深刻にならなきゃ分からない」

「是非そうなってほしくないものだな」

「それは無理じゃないかー? 大森林の端っこに位置してるこの里で初期現象が起こってるんだ。内側はもっと進んでるはずだぞ」


 なんてこったい。聖地は大森林の奥深くにあるのに。俺達は危険の真っ只中に飛び込まなきゃいけないのか。かと言ってまたの機会ってことで出直す、なんて選択肢はミカエラにあるわきゃないし。覚悟決めるしかないか。


「ティーナ殿、こんな奴らは大森林で見たことがありません。やはり新たな魔王が現れて、魔物が大森林に忍び込んでいるのでしょうか?」

「おいおい、現実から目をそらすな。こいつ等は元々エルフだった者達だ。邪精霊の影響を受けて堕ちたエルフ、コラプテッドエルフ。聞いたことあるだろー?」

「まさか……。あの忌むべき存在が今の時代に再び現れたというのですか?」

「新たな魔王が過去を参考に再び同じ戦略を使ってきたってことだろ」


 おいミカエラ、不機嫌になるんじゃない。魔王軍が内部分裂してて反魔王軍派が暴走してる、なんてエルフに説明したところで納得してくれるわけないだろ。後で何か甘いもの作ってやるからこらえろって。え、二種類作れ? しょうがないなぁ。


 どうやらエルフ達には過去大森林を襲った顛末がはっきりと伝えられているようだ。おそらく歴史が風化して同じような悲劇を繰り返さないための教訓としているのだろう。大森林の奥側にも城壁と堀が張り巡らされてるのもそのためか。


「だとしたら他の里が魔王軍の手に落ちている可能性もあるのですか!?」

「そうじゃなかったらこいつらは出てこない。この里にも姿を見せたってことは、比較的近くかもしれないなー」

「大森林が騒がしいから万が一にと厳戒態勢を敷いていましたが、まさか現実のものとなるなんて……」

「最悪を想定して動けるのは凄いことだと思うぞ。現実を認められないで思考停止する輩も少なくないしなー」


 ティーナの最後のつぶやきは一体誰に向けられたものだったか。想像はいくらでも出来るけれど、それを推察するのは俺には野暮だと思えた。隊長もまた同じように空気を読んだらしく、それ以上話を発展させることはなかった。


 俺が一体目の検視を済ませていると、他のエルフ達もようやく落ち着いて決心をしたから、恐る恐る死体を確認していく。自分達と何が同じで、何が変わってしまっているか、その目に焼き付けていく。


「ティーナ殿。これらの者達が同胞の成れの果てなら、せめて森に帰してやるべきだと思うのです。このまま埋葬しても?」

「駄目だ」


 即答だった。有無を言わさない迫力でティーナは真顔で隊長を見つめる。隊長もそれなりに経験を重ねた年齢と思われる風貌なのだが、ティーナに押され気味だった。


「邪精霊に魅入られた者を森に帰したら最後、その場所は邪精霊に好まれる土地になってしまうんだ。そうなったら森自体が邪精霊に侵食されて、精霊もエルフも森の動物達も住めなくなる。樹上葬も同じ理由で駄目。獣葬も食わせた森の動物を魔物にしたいのか? 諦めろ、こいつ等はもう元に戻らないんだ」

「だったらどうすれば……? それでは森に帰れないではないですか!」

「なら方法はただ一つ。邪精霊共から完全に解放してやるには火葬しかない」

「なっ……!」


 隊長は息を呑んだ。


 エルフにとっては火は必要最低限に留めたく、火の精霊に頼らない自力での活用は禁忌とされている。自然を崇拝するエルフにとって死とは森に帰ることであり、火で焼かれて骨も僅かにしか残らない仕打ちはありえないだろう。


 他のエルフ達もぎょっとしてティーナを見つめてきた。ティーナの発言はエルフの常識から完全に外れているようだ。理解出来ない、何を考えているんだ、といった感じに明らかな拒絶感が俺にも伝わってくる。


「炭化した骨だけならさすがの邪精霊共も諦めてるぞ」

「し、しかし……。そうだ! そちらにいるのは人間の聖女殿ではないか! 彼女なら彼らを浄化出来るんじゃないのか!?」

「そりゃ無理だなー。腐った死体を新鮮な状態に戻せって言ってるようなものだぞ。精霊の力を借りれば何とか改善出来るのは分かってるけど、邪精霊に付け入る隙を与えるだけだ。事態を悪化させたいのか?」

「だからと言って遺体を焼くだなんて……!」


 エルフの隊長はなおも犠牲となったエルフの尊厳を守ろうと反論してきた。それに対してティーナは深くため息を吐くことで返事する。それはまるで失望であり、諦めであり、目の前の懐古厨に興味を失ったようだった。


「じゃあ勝手にしろ。この後どうなってもうちは知らないからな」

「お、お待ち下さい! 共に話し合えば必ず打開策が見出せる筈……!」

「そんなくだらない議論はとっくの昔に通った道だな。あらゆる手を尽くした果てに当時のエルフ達は同胞を、敵を、森を焼き払うしかなかったんだ。これ以上無駄な時間を取らせるな」

「諦めるしかない、というわけですか……」


 がっくりとうなだれる隊長。葛藤は色々あるだろう。死者の尊厳と生者と森の安寧を天秤にかけて後者を選んだことで、今後罪悪感にも駆られることだろう。しかしこれは上に立つものとして避けられない選択だ。決して彼を責められまい。


 ティーナはうんざりした様子で腰の小物入れから紙切れを出し、筆記具で何かを記すと、肩を落とす隊長へと差し出した。書かれた文章に目を通した隊長は軽く驚きの声を上げて、ティーナを見やる。


「自分達で同胞を火葬したくないなら人里を頼れ。冒険者ギルドでうちの名前を出せば火葬場を紹介してくれるさー。骨だけでも森に埋めてやれば犠牲になった同胞達にとってせめてもの救いになるだろ」

「そう、ですね。ティーナ殿……感謝いたします。彼らにとってもせめてものたむけとなることでしょう」

「だといいけどなー。生きてるうちにどっちがいいか聞いておいた方がいいんじゃないか? 良かれと思ってやったら後で非難されるなんてまっぴらごめんだしな」

「ティーナ殿、貴女は……」


 コラプテッドエルフの遺体が布に包まれて運ばれていく。俺達はそれを見届けてから最初の里へは戻らず、次の里へと出発するのだった。

 ティーナからは陽気さが失われていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る