第39話 戦鎚聖騎士、エルフの里を観光する
大森林の端にあたるエルフの里は一大観光名所になっている。直ぐ側に位置する人の町からは日帰りで旅行出来る距離だし、道路も整備されている。エルフにとっては人との交流の起点となる玄関に該当するのだ。
朝食を取って身支度を整えた俺達は早速エルフの里に向けて出発した。大森林が不穏な空気に包まれる状況下でも人やエルフの往来は激しく、観光目当ての家族連れや貴族の馬車も見かけられた。
「エルフは元々は排他的だったんだけど、魔王軍の脅威に晒されて他の人類と手を結ばざるを得なくなったんだぞ。窓口はここと大森林の反対側の二箇所だな。ああ、別にそこを通らないと森に入れないってわけじゃないからなー」
道中、ティーナが観光案内を引き受けてくれた。というより彼女の方から申し出があった辺り、大森林に潜むコラプテッドエルフの影を振り払うように明るく振る舞っているのだろうか。
「森林を切り開いて街道を作ったのは人の方だぞ。エルフは道を作るのに木を切ったりはしないし舗装もしない。よく通る道はけもの道みたいになるんだ」
「それだと大量の物を運ぶ時不憫じゃないか? 荷車が使えないだろ」
「木と木の間に縄を張り巡らせて籠を運ぶんだ。索道って言うんだったかー?」
「そりゃ凄いな。一度見てみたいもんだ」
彼女の案内は他の観光客にとってもありがたいらしく、いつの間にか少し距離を置いて聞き耳を立てる者も出始める。ティーナはそんな彼らを鬱陶しがらず、かと言って特段意識もせずに喋り続ける。
「あと、エルフは金属を好まないんだ。金属は森林と相性が良くない。特に朽ちたら森林には害だしなー。建物も武具も木、生き物の骨とか皮、鉱物でどうにかしちゃうんだぞ」
「ん? じゃあティーナが普段使ってる矢の矢じりは何なんだ?」
「うちの矢じりは主に黒曜石だなー。貫通力は術と技でどうにでもなるんだぞ」
「それであの超遠距離の狙撃を可能としてるんだから、凄いな」
確かにティーナは一切貴金属を身にまとっていない。靴も胸当ても手袋も革製だし、肘当てや膝当ては骨か? しかし人間が作った金属製の道具を平然と使っているあたり、それほど嫌悪感は無いようだ。
やがて俺達は広場にやってきた。幾つかお食事処や宿、土産屋の建物が並んでいるのと、馬車が整列している光景が珍しい。広場から先は開けておらず、森の中を突っ切る木道を歩くことになるんだとか。
「木道はエルフが人間のために作ったんだ。人間は森の歩き方がなっちゃいないからなー。ま、交流を深めるためにはある程度の妥協はしょうがないよな」
「恩着せがましいと思うのは俺だけか?」
「最初に行くエルフの里はみんな人間に有効的だから安心しろよなー。奥深くなるにつれて排他的になってくから、覚悟を決めておいてくれよ」
「そんな猛烈に行きたくなくなることは言わないでくれ」
日差しが温かく眩しかったこれまでの道と違い、森林の中の道は木の葉で日光がある程度遮られていた。しかし決して暗くなく、晴れていれば日中歩くのに最適な明るさと言えよう。雨の日とかも今とは別の趣があるかもな。
大森林って言うぐらいだから所狭しと木が生えてるのかと思ってたんだが、それなりに奥が見えるぐらいには開けている。ティーナによれば大切な森だからと自然に任せっきりにはせず、保護のために間引きなどある程度手入れしているらしい。
「余はエルフの里って見たことないんですよね。木の上に家を立てて住んでるって本当ですか?」
「ああ、本当だぞ。さすがに支柱は立てるけどなー。地表は森に住む生き物の生息域って考えから、エルフは地面に家を建てないんだ。あ、夜間の肉食動物対策って理由もあるんだけどな」
「じゃあ家と家との行き来は橋を渡して?」
「そうだぞ。木の上に村を作るんだ。それをエルフの里って呼んでるんだ」
ティーナの案内を聞いてると俄然興味が沸いてきた。どんな感じなんだろうかとわくわくしながら歩みを進めていたら、やがて俺達の目には意外な光景が飛び込んできた。他の観光客も驚きをあらわにするぐらいだからよっぽどだろう。
最初のエルフの里、とされた場所の周りは堀で囲まれていた。かなり幅があって飛び越えるには魔法や術の類に頼るしかないだろう。堀には水が流れていることから、おそらくは川から水を流し込んで作ったのだろう。
そして、堀の内側には城壁が築かれていた。わりと立派な石造りで、側防塔がやたらと多いのは弓の名手たるエルフが多いためか。至るところに補修の跡が残っているので、長きに渡り活躍したことが伺える。
「これは人間とドワーフの技術を借りて作ったんだったか。大森林の端にある里は魔王軍みたいな外敵を食い止める役目があるからなー」
「跳ね橋もあって明らかに城塞都市って感じだな」
「圧迫感はあるけれど、中は普通にエルフの里だから安心してくれよな」
俺達は堀を超えた後、門で身分証を提示して最初のエルフの里へと踏み込んだ。中は観光客で賑わっているものの人の町よりは静かで落ち着いていた。ティーナの言った通り木の上には家と通路が作られていて、本当に生活空間は高くにあるんだな。
観光客用の階段を登っていよいよ見学となった。所々でエルフが来訪者に案内と説明をしている。ここは生活空間なので外部の者は基本的に夕暮れ前には帰ってもらうのだが、それなりの金を払えば宿泊施設を使えるのだとか何とか。
通路の脇には街灯が設置されていて、夜になると火を灯すらしい。てっきり火気厳禁かと思ったら、火の精霊の力を借りることで火の取り扱いを管理しているらしい。なので自分で火種を起こして松明やら暖炉を使えないみたいだ。
「なんかこう、森林浴したい気分だな」
「あー、それ分かります! 豊かな自然に囲まれながらゆったりと過ごす、贅沢な時間の使い方ですよね!」
「うちには日常過ぎて何が楽しいんだか分からないけどなー」
「ティーナ、それより今日はどこまで進むつもりなの?」
エルフの里にさして興味なさそうなイレーネの問いにティーナは僅かに唸った。
「そうだなー。まだ日没まで時間あるし、一つ奥の里まで進んで一泊するかー。森の中での野営は無し、夜間も進まない、で行こうか」
「ここからはティーナの言うけもの道を進むんでしょう? 魔物と遭遇するの?」
「するぞ。此処から先はもう観光気分じゃあいられないなー」
「じゃあ、昨晩ティーナが仕留めたような堕ちたエルフ達とも会うかもしれない?」
イレーネの発した言葉に周囲にいたエルフ達が過敏なほどに反応した。半分ほどが不安がり、何割かが森を汚されたことに憤りをあらわにし、残りは里を守ってみせるとの決意を秘めた固い面持ちになった。
里を奥に進むにつれて観光客を見かけなくなる。時には衛兵と思われしエルフの弓兵に声をかけられるが、ティーナが白金級冒険者の証を見せると畏まって道を譲る。明らかに平時の雰囲気ではなく、剣呑な空気が漂っていた。
里の反対側までやってきた。入口側と同じように城壁が張り巡らされていて、側防塔の上では見張りが目を光らせていた。本来外側からやってくるのにこの警戒、内側から迫る脅威に備えてだろう。
「……!?」
門で手続きをしようとしたその時だった。ティーナは突如として跳躍し、壁を何度か蹴りながら側防塔の上へと行ってしまった。イレーネも彼女を追いかけて空中を蹴りながら塔の屋上に向かう。
勝手にしてくれ。俺はここで待たせてもらうからな。
ため息をはきつつ地面に腰を下ろそうとしたら、何かミカエラが目を輝かせてこっちを見つめてくるんだけど。
「ねえねえニッコロさんニッコロさん。久しぶりにアレやってくださいよ!」
「え? 普通に嫌なんだけど? アレすっごく疲れるし」
「ニッコロさんのちょっと良いトコ見た~い~!」
「分かった! 分かったから拗ねるなって!」
くっそ、豚もおだてりゃ木に登る、とはどこの地域の諺だったか忘れたが、俺もミカエラにお願いされたら火の中水の中なんじゃねえのか? 冷静に考えたら情けない限りなんだが、これっぽっちも不満にならないのは不思議なもんだ。
俺はミカエラを抱きかかえ、ミカエラは俺を抱きしめた。ミカエラって毎食ばくばく食ってるわりにはあんま体重無いんだよなぁ、と感想を思い浮かべながら横抱きしたミカエラをしっかり掴まえ、脚に闘気術をかけ、一気に飛び上がる。
「セイリングジャンプ!」
急加速して高度が上がっていき、側防塔の上辺りで減速、上手く着地出来た。ひとっ飛びでやってきた俺にはさすがのイレーネとティーナも驚いたようで、ティーナなんか俺に拍手まで送ってきた。
「凄いなニッコロ! こんなことまで出来るんだなー!」
「僕もそこまで高く跳躍は出来ないよ。いや、奇跡や魔法を駆使すればあるいは?」
「さすがは我が騎士! 余も鼻が高いですよ!」
「褒めるな褒めるな。それよりティーナ、急にどうしたんだ?」
褒められて有頂天になるのもいいんだが、そんな場合じゃないのはティーナの真剣な表情を見れば分かる。彼女は城壁より外、大森林の奥側を睨みつけていた。俺も目を凝らしてみるものの、特に何も見えやしない。
「魔物か? それとも例のコラプテッドエルフか?」
「今度もうちが仕留めてもいいんだけど、この際だから一目見せるのもありかー。こっち側の出入口の跳ね橋も上がったままだから、多分大丈夫だろ」
脇では元々見張りに立っていたエルフが非難の声をあげてくるんだが、直後に軽快な音が森の奥から鳴り響いてきた。木の板に木片が何度も当たるような音色だが、確か田畑を荒らそうとする害獣の侵入を知らせる鳴子って罠がこんな感じか。
実際俺の想像通りだったらしく、見張りのエルフが侵入者だと声を上げた。途端に城壁や側防塔にエルフが集い、各々弓矢を手にして待ち構える。俺達のパーティーにはエルフのティーナがいたおかげか、邪魔者扱いはされなかった。
「……何だ、アレ?」
ようやく森の奥深くで蠢く何かが俺の目にも見えてきた。
奴らはエルフだった。しかし決してエルフではなかった。
目は見開かれてぎょろつき、開かれた口の中の歯は尖り、身体は肉が落ちて痩せこけ、肌の色は白かったり青紫色だったりと普通の生き物のようではなかった。こちらに向かってくる足取りもおぼつかなかった。
「アンデッド系モンスターのゾンビにでもされたか?」
「邪精霊の影響を受けて正気を失った第一段階だな。より堕ちると姿がエルフから離れるように変貌するぞ」
「つまり、あれがコラプテッドエルフか」
「ああ。彼らは犠牲者でもあり、もう森にいちゃいけない存在だ」
ティーナは唾棄するように言い放つ。
彼女の様子からエルフが連中をどう思っているか、ありありと分かった。
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