第38話 戦鎚聖騎士、山を超える

 一旦神殿に戻った俺達は一夜を明かし、俺達は麓の町に戻ることにした。生き残った神官達も同行することになったのは、神殿内の備蓄がやられたのが大きい。それに祀る火の精霊が全部邪精霊の餌食になった今、残っていてもあまり意味はあるまい。


 皆が滑り落ちないよう慎重に下山していき、麓の町まで戻れた頃には日が傾きかけていた。生存者が戻ってきたことに町の皆が喜び、そして少なくない犠牲がでてしまったことに悲しんだ。


 俺達はそれぞれ教会と冒険者ギルドへの報告を済ませ、翌日には次の聖地を目指して出発した。特に魔物の襲撃などにもあわずに山道を超えると、見渡す限りの大森林が広がっていた。壮大な光景に思わず圧倒されてしまう。


「一体どれぐらいの規模なんだ……?」

「端から端まで歩いて数十日ぐらいってところかなー」

「それエルフ基準の話だろ。人間が迷い込んだらどれだけかかることやら」

「エルフの案内抜きに達成した人間はいないって認識だぞ」


 山道は大森林の端を貫く林道へとつながっていて、更に進めば人間の住む町があるそうな。エルフと交流する商人、旅人はそこの町を起点にするらしい。エルフの里を観光したいだけなら町に一番近い部族の里を訪れるといいそうだ。


 俺達の目指す聖地は大森林の奥深くに位置している。それはかつての魔王軍がそこまで攻め込んだ何よりの証であり、エルフにとっては大森林を死守した誇りであり、侵食を許した屈辱の歴史でもある。


「で、ここからどうやって聖地に行くんだ? 一旦町に寄るか?」

「そうですね。ここから直接向かってもいいのですが、表玄関から整備された道を進みましょう」

「ま、聖女一行がこそこそ勝手口から入るのも格好悪いしな」

「そうそう、胸張って堂々とお邪魔すればいいんですよ!」


 そんなわけで日が暮れ始めた頃に人の町に到着。さすがに大森林に一番近い町だけあって行き交う人類のうちエルフが占める比率が格段に高い。交易、出稼ぎ、親睦、様々な理由で人の町に足を運んでいるようだ。


 ミカエラと俺は教会に足を運んでこの地に来訪したことを報告、ティーナもまたこの町の冒険者ギルドに顔を出してエルフの森に入ることを告げた。イレーネは町を探索、独特の雰囲気を満喫したそうな。


「聖女様! ようこそこの町へいらっしゃいました! これもまた神のお導きか!」


 で、教会でミカエラを出迎えた神父は両手を上げて歓迎の意を示してきた。

 神父に従う修道士や修道女も救い主が来たとばかりに顔を輝かせてくる。

 何だか嫌な予感がしてきたなオイ。


「その歓迎は山の向こうの町でも受けましたけれど、何かあったんですか?」

「あぁ、向こうでは精霊が邪精霊めの手に落ちているそうですな。報告は受けています。この地まで魔の手は伸びてはおりませんが……エルフ達は森の奥が騒がしくなってきたと言うのです」

「森の奥……確かエルフは森の奥の方が大切なんでしたっけ」

「はい。この町に近いすぐ横の里は例外にしろ、奥に行けば行くほど自然が豊かになり精霊が好みます。エルフもまた位の高い者は森の奥に住む傾向がありますな」


 そんな森の奥がざわめいている。森の気配を見定めているのか、文字通りの意味で風の噂を感じ取っているのか。とにかく人間には知覚出来ないエルフならではの感覚で様子がおかしいと判断しているのだそうだ。


 大体の場合エルフの直感は当たる。森林火災、暴風雨、魔物の大量発生など、森の悲鳴の後には何かしらの災害級の異変が発生してきた。今回は邪精霊の一件もあり、魔王軍が密かに森を侵食しているのでは、とも危惧されている。


「聖女様が聖地巡礼の旅をなさっているのはお聞きしています。ですので、どうか大森林の異変を調査していただきたいのです」

「分かりました、と言いたいですが、さすがに広すぎますって。ここと聖地を結ぶ道中で何かがあれば対応しますけれど、道をそれてまで綿密に取り組むつもりはないです。それこそ大森林はエルフの庭、彼らに任せておけばいいんじゃないですか?」

「仰るとおりなのですが、エルフ達はどうも誇り高い気質もあってこちらに情報を下げてきませんので、気付いた頃にはもはや取り返しのつかない惨事に見舞われることも考えられます」

「あー成程。分かりました。じゃあ分かる範囲で調べてみますね」

「おおっ! 感謝いたします! 聖女様に神のご加護があらんことを!」


 と、いった具合でまたしても異変に巻き込まれることが決定した。何も起きないわけがないよなぁ。先の苦労を想像するだけで気が滅入ってくるが、ミカエラが「頑張りましょうね!」と意気込むのを見てこっちもやる気を奮い立たせた。


 □□□


 教会を後にしたところでイレーネと合流した。店を巡るついでに情報収集をしたところ、町に来ているエルフは多かれ少なかれ森に生じる異変を感じ取っているらしく、一様に不安をあらわにしていたとのこと。


「あと、生活の拠点をこっちに移してるエルフも出始めてるらしいよ」

「ん? それの何が不思議なんだ? 人間社会で暮らすエルフってそこまで珍しくもないだろ」

「森の住人のエルフがこっちに移住してくるってすっごく重大なことなんだ。二度と生まれ育った森に戻らない覚悟が必要だって言われるぐらいにね。それだけの苦渋の決断をして森から非難してきてるってことさ」

「そりゃあとんでもないな。そんだけ今の大森林がヤバい感じなわけか」


 で、ティーナとも合流したんだが、かなり気乗りしていない様子だった。あれだけ邪精霊死すべし慈悲はないって殺意丸出しだったついこの前とは雲泥の差だ。大森林に降りかかる異変とやらの原因が邪精霊かもしれないのに、どうしてだ?


 ティーナは頭をかきながらミカエラの方へ視線を向けた。ミカエラは「どうかしましたか?」と聞いたものの、その表情から察するに、ティーナが何を問おうとしているのかは察しているようだな。


「なぁ。邪精霊共が精霊達を乗っ取ってるのはミカエラが立てた作戦なんだろ?」

「ちょっと、言いがかりですって。戦略を練ったのは確かに余ですけど、独断専行してるのは邪精霊達ですからね」

「この大森林の異変はミカエラの計画にもとづいた邪精霊共の侵略か?」

「邪精霊の仕業だとしたら、きっとそうでしょうね」


 しれっと言い放つミカエラの態度にティーナは僅かに目尻を痙攣させた。


「どうしてエルフの大森林をまた邪精霊共に攻略させようと企んだんだ?」

「そんなのティーナの方が分かってるでしょうよ。もうティーナ達みたいな森を守り抜こうと決心するエルフは現れないとふんだからです」


 ティーナ達のようなエルフ。

 即ち炎をもって邪精霊共を焼き払うブラッドエルフのこと。

 ミカエラは確信しているのだ。今度禁忌を犯す勇気ある者は現れない、と。


「そうかー。ミカエラはそう判断したのかー……」

「ティーナは焦熱の魔王として現世に伝わっているのが何よりの証拠。ブラッドエルフ達の名誉も回復してないようですし。邪精霊達にとっては格好の餌食でしょう」


 もしミカエラが魔王として本腰を入れていたなら、きっと邪精霊軍は総動員でエルフの森を侵略していたことだろう。ディアマンテ達魔王派の連中やミカエラの策と叡智が加われば、もう手の出しようがない。


 正統派の邪精霊は精霊の力を乗っ取ることでの強化を目的としている。精霊に近いとされるエルフにとって邪精霊は天敵、影響を受けて魔に堕ちる危険性が高い。現にティーナの時代はそうやって滅亡の危機に扮したし、敵はその再現を狙っているんだろうな。


「とにかく、現状は明日エルフの森に踏み込めば分かります。今日のところは宿で休みましょう」

「ああ、そうだな――」


 いい終わる前にティーナは反射的にエルフの森の方角へ顔を向けた。そして忌々しそうに舌打ちすると、何度も跳躍して付近で一番高い建物の屋根上へ昇っていく。そしてゆっくりと弓を引いてそちらへと狙いを定める。


 まだ日が沈んだばかりの時刻、人の往来もまだ多い。ティーナの行動は人間エルフ問わずに注目を集めた。エルフの何人かは白金級冒険者ティーナのことを知っていたらしく、その名を口にして騒いでいた。


「チェーンライトニング!」


 夜の町に稲光が走った。雷は瞬く間に大森林の奥へ抜けていく。あいにく地表にいる俺からは町の建物が邪魔でどんな様子かは伺いしれないが、遠い向こうで何度も光が発せられたことでその攻撃が効果を発揮しているんだろう、と悟った。


 確か……チェーンライトニングは風属性の派生である雷属性の魔法だったか。雷撃魔法ライトニングとの違いは、敵に命中すると雷が付近にいる別の敵にも伝達され、命中するとまた別の敵へ、と連鎖的に敵の群れを仕留める効果なことだ。


「追い払っといたから数日は大丈夫だろ」


 ティーナは憮然とした表情で俺達の近くに降り立つ。


「大森林に魔物でも潜んでたのか? それとも邪精霊共が様子をうかがってたか?」

「いや、もっとたちの悪い奴がいた」

「たちの悪い奴……?」

「おいおい、水の神殿で説明しただろー?」


 ティーナの言葉を受けて思い出す。

 邪精霊の影響を受けて堕ちた森の住人、コラプテッドエルフ。

 しかしそれは昔の存在であって焦熱魔王討伐後には掃討された筈。


 それが今になって現れた、ということは……。


「既に大森林は邪精霊に侵食され始めてるってわけか」


 なんてこったい、と思わず天を仰いだ。

 また厄介事に飛び込む破目になるとはな。

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