第37話 聖女魔王、火の邪精霊を焼き尽くす

 聖地は山の向こう側にある。俺達はまた山道を進まなきゃいけない。


 今度の山は活火山らしい。本来なら何百年かに一度噴火を起こして周囲一体を壊滅させる被害をもたらすのだとか。噴火の力を蓄える山に惹かれて火の精霊が集まるのはごく自然の成り行きであり、噴火しないよう神殿を築いて崇め奉るのもまた道理だったわけだ。


 そんな山の頂上に築かれた火の神殿だが、ここ最近音信不通らしい。何か異常があったのではないか、と判断されて麓の町から冒険者が調査に行ったが帰還せず。そんな時に水の神殿で起こった異変の情報がもたらされ、火の神殿もまた邪精霊の手に落ちたのでは、と危惧されているわけだ。


「聖女様! どうか火の神殿の様子を確認していただき、邪精霊共を退治していただきたいのです!」


 麓の町の教会に足を運んだところ、案の定そんなふうな依頼をされたわけで。勿論断る理由がなかったミカエラは二つ返事で引き受けたのだった。危なくなったら俺が守ってくれるから、と当たり前のように公言するのはどうよと思わなくもないが。


 ティーナも冒険者ギルドに顔を出したところ、同じような依頼を受けたらしい。魔王軍に与しているかもしれない魔物に個々で立ち向かえる実力のある冒険者は数少ない。ティーナが立ち寄ったのは神の導きだ、と大歓迎状態だったそうな。


「それじゃあ出発ー!」


 こうしてまた過酷な山登りが始まった。しかも今度は山の反対側に抜ける山道じゃなくて登山道を登るせいで、いつも以上に疲れが激しかった。やっぱ全身鎧なんて山登りには全然向いてないよなぁ。


 こういう山間部での異変が起こった場合、ドラゴンライダーやヒッポグリフライダーなど、飛行集団のある兵士や冒険者が行くべきなのだ。重戦士が完全装備かつ登山道具を背負って向かうなんて馬鹿の所業としか思えない。


「ぜえっ、ぜえっ。く、空気が薄いぞ~……」


 そんな中、俺以上に息を切らしながら汗だらだらなのはティーナだった。どうやらエルフにとって森の無い高山地域は相性が悪いらしい。しきりに風の魔法を唱えて酸素を吸いながらかろうじて俺達の後を付いてきている。


「ニッコロさんもティーナも軟弱ですねー」

「もっと僕達みたいに身体を鍛えるべきだね」

「む、むしろ何でミカエラ達はへっちゃらなんだよ……」


 一方のミカエラとイレーネ、一向に速度が衰えない。爽やかに汗を流していい運動だとかのたまう始末。息も絶え絶えな俺達をずっと向こうで待ちながら絶景を楽しむ余裕すらあるようだった。


 そう言えばミカエラは野外授業でも体力面は聖騎士候補者顔負けだったっけな。あれか、魔王は人間と体の作りが違うのか? それとも聖女の奇跡やら魔法やらで自然回復を早めているとかか?


 イレーネの方は勇者と呼ばれた大聖女の肉体を持つぐらいだ。ただの山登りぐらいで音を上げるほど軟弱ではないか。俺もそれなりに持久力には自信はあるが、戦闘と登山じゃあ話が違うだろ。


「ほら、山の頂上が見えてきましたよ。あと少しですから頑張りましょう!」


 日が昇り始める早朝から登山を開始し、既に太陽は真上まで登りつつある。神殿で一泊明かすことを前提で登山計画を立てたから、神殿内の魔物の一掃が前提だ。その前にへばっちまいそうだがな。


 死ぬ思いでやっと頂上に到着したころにはお昼すぎになっていた。頂上は尖っておらず中央の火口が凹んでいる。上から覗くと赤く光りどろどろした溶岩がうごめいており、今なおこの山が生きているんだと実感する。


「火の神殿は一番高い岳に立てられてるみたいですね。お昼ご飯を食べたら行きましょうか」

「助かった……。そのまま突入するとか言い出すと思った」

「むー。余はお腹が空いたんです。腹が減っては戦はできぬ、とは東方の言葉でしたっけね」

「何にせよ休憩だ休憩。今のままじゃあ立って歩くのが精一杯なんでね」


 というわけで昼休みに入る。今日の昼食は干し肉と野菜と水。携帯食としては充分だろう。さもしいんだがこの一件が終われば麓の町で思う存分飲み食い出来る、と想像して我慢する。あ、こらミカエラ! 俺の果物を横取りするんじゃない!


 腹ごしらえが終わったところで俺達は火の神殿に足を踏み入れた。火の精霊を祀っていた神官達の姿は見られず、ところどころに灰や炭が散らばり、床や壁に黒ずみが多々見られた。


「消し炭になるぐらいの火力でやられたのか……」

「そろそろお喋りの時間は終わりみたいだね」


 廊下の奥、照明の消えた向こうからのそりと姿を現したのは大型の蜥蜴……いや、背中が文字通り燃え盛っている姿は火の精霊サラマンダーを彷彿とさせる。しかし、目の前の魔物はサラマンダーと違い、以前討伐したパイロレクスのように知性を感じさせない野性味あふれる獰猛な……とどのつまり魔物でしかない雰囲気だった。


 サラマンダー(?)は俺達を視界に修めた途端瞳孔を細めて口を開き、口から火を吹いてきた。しかしただの火炎放射なら大したことはない。ティーナが行使してきた地獄の火炎に比べれば火遊びのようなものだ。


「レジストファイヤー!」


 火属性の攻撃に耐性を持つ闘気術を発動、盾を正面に掲げて突っ込む。放射される火炎を盾で防ぎながら敵に接近、一気に戦鎚を振り下ろす。まさかの正面突破に敵は反応出来なかったのか、回避することなく命中。頭部を粉砕する。


「さすがですニッコロさん、瞬殺でしたね!」

「お褒めに預かり恐縮、と言いたいところだが、開戦の合図でしかないっぽいぞ」 


 しかしそれを合図として建物の物陰から続々と炎の蜥蜴が姿を見せる。個体差はあるもののどれもこれもサラマンダーを凶暴化させたっぽい外見をしている。もしかしたら邪精霊共が火の精霊サラマンダーを乗っ取ったのがコレなのかもな。


「とりあえず一掃する、でいいよな?」

「ええ。まずは神殿内の邪精霊達を排除しましょう」


 そんなわけで俺達四人がかりで神殿内をくまなく探索して魔物を討伐していく。正直特に苦戦するような相手でも無かったので、単純な駆除作業になっちまったな。粗方回った辺りでミカエラが魔物浄化の奇跡、セラフィックブレスを発動。隠れ潜む個体も消滅させた。


 途中、緊急避難用の密室に逃れていた生存者を発見した。まだ若い女神官ばかりだったため、狭い部屋に避難する人数を絞ったと推察出来る。その証拠に密室の入口があった部屋に残った黒焦跡の数は少なくない。彼女達を懸命に守ったのだろう。


「あとは火口まで降りて残存する邪精霊を討伐すれば――」

「出てこいやごらあぁっ!!」


 一息入れていると、神殿の中まで轟くほど大きな声で呼び出された。内心うんざりしながらも入口まで戻ると、俺よりも身長が高い蜥蜴人が鼻息を粗くして待ち構えていた。腕や頭、背中で炎が燃え盛っていることから、こいつも火の邪精霊か。


 蜥蜴人は「よくもやってくれたなコノ野郎!」だとか「クソ弱え人間の分際でナマイキなことしてくれやがって!」みたいに口汚く俺達を罵ってくる。風の邪精霊もそうだったけどミカエラ達を人間と見なすのは目ん玉ガラス玉だろ。


「これ以上臭い息を吐くのは止めてさっさとかかってこいよ」

「んだと!?」


 正直コイツ相手に会話を交わすのも面倒だったので、適当なところで相手の発言を遮って挑発。瞬時に頭の中が沸騰したようで、炎を伴った鼻息を粗くする。で、技術も戦術も無い本能に身を任せた突撃をしかけてきた。


 いやー単純でいいわー。楽ができてとっても助かる。


 俺は踏みしめていた足の裏から地面に闘気を流し込んだ。それは瞬く間に前方へと浸透し、たちまちに効果を示す。そう、地面に闘気の薄い膜を張ることで石だらけで荒れていただった地面の隙間を埋め、氷の上のように滑りやすくしたのだ。


 結果、勇ましく突撃してきた蜥蜴野郎は足を滑らせて盛大にすっ転んだ。


「スクラップフィストぉ!」

「げぼぁっ!?」


 勿論その好機を見逃す俺ではない。


 俺は敵が起き上がる前にその顔面に渾身の一撃を叩き込んでやった。鋭かった歯が粉々に砕け、鼻も顎もひしゃげ、目玉が飛び出て、脳みそが頭蓋骨ごと爆散する。頭部を失った肉体は痙攣を起こしたものの、やがては力尽きて倒れ伏した。


「うわぁ、ずっるー。ニッコロってそんな戦術も取るんだなー」

「正々堂々と戦えばいいのに。ニッコロだったらアレぐらいの相手でも充分戦えたじゃないか」

「俺はお前達と違って普通の人間なの! 安全策を取るのは当たり前だろ……」

「そうですよ! あらやる手を駆使して勝利をもぎ取るのがニッコロさんなんですから、非難しないであげてください!」


 言いたい放題な三人の魔王を尻目に俺は蜥蜴野郎が完全に無力化されたかを確認しようとして、咄嗟に退いて身構える。なんとその身体が纏っていた炎が突如吹き上がって人型を作り出したのだ。


 揺らめく炎の人型は目も鼻も口も無いのだが、どういうわけかこちらを睨みつけているのが分かるし、そして口元が不機嫌さを顕にしてひどく歪んでいるのも見て取れた。激しい炎の勢いがそのまま感情を現しているようだな。


 どうやら乗っ取っていた仮初の肉体が使い物にならなくなった火の邪精霊が正体を現した、といったところか。


「おのれぇぇ! 人間の分際で良くも我が肉体を潰してくれたな……!」

「我が肉体って、どうせコレは火の精霊サラマンダーだろ。奪い取った肉体を差して自分のものってぬかすのはふてぶてしいと思うんだが?」

「黙れ! こうなれば貴様ら全員を消し炭にしてやらんと気が済まんぞぉ!」

「へえ、誰を消し炭にするって?」


 憤慨する火の邪精霊に対して目が座ったティーナが静かに殺気を発しつつ弓を引く。既に炎の現象と化した火の邪精霊に戦鎚や矢を当てたところで物理的効果は与えられないかもしれないが、魔法効果を付与すれば話は別だろう。


 ティーナの執念がこもった矢が放たれる……前にミカエラが彼女の前に立ちはだかった。ただし、ティーナに背を向ける、つまり火の邪精霊と対峙するように。そのうえで権杖を相手の方へと向け、この場においては全く相応しくない元気いっぱいな笑顔を浮かべた。


「塵一つ残さず消滅させてあげます!」


 次の瞬間、まばゆい光が放たれた。いや、光と思ったのは俺の錯覚で、それほどの光量を持つ炎がティーナの権杖から放たれ、目の前でうるさかった火の邪精霊を飲み込み、勢いそのままに火口へと降り注いでいく。


 燃える。火の邪精霊共が炎に燃やされていく。

 それは単純に凄まじい熱量を持つ業火ではなく、魔を滅する浄化の炎。

 火の化身が火に殺される。これ以上の屈辱があるだろうか?


 メギドフレイム。それが聖女の発した奇跡の正体だ。


「……!? ……!!?」


 悲鳴すら発する暇すら与えられずに火の邪精霊は消し飛んだ。火口付近や溶岩の中に潜んでいた火の邪精霊共も焼き尽くしていく。そして役目を終えた浄化の炎は突如として消失し、辺りは静けさを取り戻していた。


「分かりましたか? 余が貴方達の頂点の魔王にして、聖女なのです!」


 ミカエラ、ドヤ顔で勝利宣言。かわいい。

 俺もティーナも美味しい所をかっさらわれてドン引きである。

 絶対めったに使う機会のない奇跡を使いたかっただけだろ……。

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