第36話 勇者魔王、風の邪精霊を両断する
水の精霊が住む湖、そしてそのほとりにある水の神殿で起こった異変。これらの報告を教会と冒険者ギルド双方に行った俺達は目的地とする聖地に向けて出発した。後始末や復興には多大な時間を要するだろうが、それは俺の管轄外なんでね。
土の邪精霊にお引き取り願ったからと言って全部解決したわけではない。ディアマンテは正統派に与する反逆者達の粛清を目的に先走ったと表明していた。となると、今後邪精霊共が起こす騒動に直面した場合、次は戦わないといけないわけだ。
更に、今俺達がいる国は精霊達の住処が豊富で、わりと多くの神殿や祭壇が作られている。思いっきり精霊を乗っ取ってその力を取り込む邪精霊の侵略対象なわけで、水の神殿のように堕ちた精霊の住処に出くわす可能性は決して低くないわけだ。
「それは好都合だぞ。うちが一網打尽にしてやるか-」
俺が改めて説明したところ、ティーナは犬歯を見せながら笑ったわけだが。
そんな俺達は草原を突っ切る一本道を進んでいた。この辺りは割りと起伏があるのと川から少し離れているせいで村や農地から遠い。代わりに瘴気で魔に堕ちてない野生動物達が暮らしていて、とてものどかな雰囲気となっていた。
風が肌を撫でてとても心地よい……と言いたかったが、何だか進むにつれて段々と臭うようになってきた。腐っている、錆びている、など色々と考えつくんだがどれもしっくりこない。とにかく不快で気持ち悪くなっていった。
「直前に立ち寄った町で得た情報によれば、この草原のどこかに風の精霊を祀る祭壇があるらしいな」
「はい。季節によって様々な風が吹くので、風の精霊に愛された土地なんだって言い伝えられてるみたいですね」
「で、どうしてその風の精霊に愛された草原の風がこんな鼻を摘みたくなるんだ?」
「そりゃあ、邪精霊に汚染されたからじゃないですか?」
ですよねー。
馬車の御者席から前方と左右を見渡す俺とミカエラ。かごの上に立って周囲を観察するティーナ。馬を走らせて先行して様子を窺うイレーネ。四人とも特に異変らしい異変を見ることはなかった。……最初のうちは。
進むにつれて雑草がしなびてきた。やがて草は生気を失い、茶色に枯れたものばかりが目につくようになった。草原に生息していた動物や鳥の姿は消え、不快な風が吹くばかりの死地が広がるようなった。
この現象、汚泥に侵食された水の精霊が住む湖を彷彿とさせた。
となれば、何が起こったか推理するのは容易い。
既に風の精霊の祭壇は邪精霊の手に落ちたと見なしていいだろう。
「で、邪精霊共が姿を現した場合、討伐していいんだよな?」
「ディアマンテが撤退した段階で邪精霊軍には下がるよう命令を出してます。従わない部隊は違反してるわけですから、正統派と見なして処罰してもいいでしょう」
「そうかい。今回は構図が単純で良かった。単に目の前の敵をぶちのめせばいいだけだしな」
「期待していますよ、我が騎士」
と豪語したのはいいんだが、一番最初に動いたのはやっぱりティーナだった。彼女が空に向けて矢を射ると、遥か遠くで何かに当たるのが見えた。ティーナは続けざまに矢を放ち、次々と何かを仕留めていく。
「いつ見ても風の邪精霊は醜いなー。邪精霊共は不細工にならなきゃいけない決まりでもあるのか?」
そうボヤかれても爪の先程度の大きさにしかないぐらい遠い相手の姿なんて全く見えないんだが。森の狩人であるエルフは軒並み目がいいと聞いた覚えはあるが、ティーナは群を抜くな。
接近するに従ってようやく周囲を飛び回る風の邪精霊共の姿を確認出来た。トンボのような薄い二対の翅を持って空を飛ぶとされる人の幼女に近い姿をしているのが風の精霊シルフだが、それと昆虫を悪魔合体した外見をしていて、確かに醜悪だ。
風の精霊はその性質上大気や風と同化していて目には見えないのだが、ティーナが遠距離から次々と駆除したせいか、荒ぶる風の邪精霊は怒りをあらわにしてその姿を現していた。
「で、どうする? 一匹ずつ潰していくか?」
「うるさく飛び回る害虫を叩くのも一苦労ですし、手っ取り早く駆除した方が効率的でしょう。ティーナ、お願い出来ますか?」
「ん? いいのかー? この辺りを焼け野原にしちゃってもさ」
「邪精霊がいなくなれば草原の回復は早いですよ。やっちゃってください」
「んー、だったら……ファイヤーストーム!」
ティーナは一旦弓矢を背負うと、うちわを仰ぐように手を思いっきり振った。するとたちまちにティーナの前方に巨大な炎の渦が生まれ、それはやがて竜巻のように突き進んでいく。炎の竜巻に巻き込まれた風の邪精霊達は次々と焼き尽くされていく。
風の邪精霊達は離れた位置から突風やかまいたちを起こして反撃してくるが、俺とイレーネで全部対処出来た。そして攻撃動作に移る隙を突くようにティーナに仕留められていくわけで。
「ティーナにばっかいい格好はさせられないな。ここは俺も秘密兵器で参戦させてもらうとするか」
「おっ、とうとうアレの出番ですか!」
しかし手をこまねいてばかりだと面白くないので、俺は荷物から秘密兵器を取り出して、思いっきり上空へと投げ放った。それは放射線軌道を描きながら邪精霊の何体かに命中、勢い衰えること無くこちらへと戻って来る。上手く手で掴んで、と。
「ブーメランを使う聖騎士なんて余はニッコロさん以外知りませんよ」
「ヘルコンドルとかハーピィ―とか、上空を飛び回る魔物相手に結構有効なんだがなぁ。弓矢とか投石器の方が使い勝手がいいんだろうな」
「見た目より威力あるように見えますけど、闘気術も使ってますか?」
「まあな。ある程度なら自由に操縦も出来るんだけど、面倒だから威力向上ぐらいにしか使ってないけれど」
戻ってきた秘密兵器ことブーメランを再び投擲。また何体か風の邪精霊を仕留める。首を跳ね飛ばし、胴をえぐり、翅をもぎ取る。これで見た目可愛らしいシルフならともかく、邪精霊相手だと蝿とか蛾を潰す感覚に近いな。
イレーネも飛び道具で風の邪精霊達に攻撃する、と思いきや、なんと彼女は跳躍して邪精霊達に突撃し、剣で一刀両断しだした。飛び回る邪精霊共に向かって空中で更に跳躍、間合いに収めて斬りかかる。
「あれ、飛行してるってより空中で足場を作って跳んでるのか?」
「そのようですね。風の魔法……いえ、アレも聖女の奇跡でしょうか?」
「珍しいな。ミカエラにも分からないのか」
「余なら飛翔した方が手っ取り早いですから、わざわざあんな方法で空中戦をやろうなんて思いもしませんってば」
やがて距離を離していては一方的にやられるばかりだと気付いたのか、邪精霊共は群れを成してこちらへと襲いかかってきた。その様子は大量発生した虫の大群を思わせて思わずゾッとしてしまった。
数が多くて俺とティーナが攻撃しても突撃する勢いが衰えない。仕方がないので俺は迎え撃つべく武器を戦鎚に持ち替えて待ち構えた。ティーナもまた腰に差した小刀へと意識を向けながらも高速で矢を射続ける。
「ホーリーサンクチュアリ」
そして風の邪精霊共が間合いに入ろうとしたその時だった。後方のミカエラが力ある言葉を発し、俺達の周囲を淡い光の膜が包みこむ。風の邪精霊共はそのまま光の膜へと突っ込んでいき、聖なる光に焼かれ、ぼとぼとと大地へと落ちていく。
飛んで火に入る夏の虫、とははるか東の地域の諺だったか。次々と聖なる境界に飛び込んでいく有り様はまさにその言い回しのとおりだった。ミカエラが展開した奇跡を突破出来そうな強力な個体はティーナが脳天に矢をお見舞いするし、俺が戦鎚を振るうことはなかった。
「おっのぉれぇぇ! 取るに足らない人間風情がああっ!」
と怒りを爆発させて烈風と共に現れた風の邪精霊は他の雑魚共と比べて一際風の精霊シルフに近い幼女の姿をしていた。しかし目は昆虫っぽい複眼で張り出し、口元からは牙っぽいのが生えていたりと、より人に近いせいでグロテスクさが際立つ。
「あの個体、きっと風の大精霊を乗っ取った個体ですね。おそらく反旗を翻した邪精霊軍の副長ぐらいの立場でしょう」
「じゃあアイツをぶちのめせばおしまいか」
「お前達のような地面を這いつくばるゴミ共など、この――」
「五月蝿い」
荒ぶる風の邪精霊は、しかし俺達に襲いかかる前にイレーネが上空で飛ばした斬撃により両断され、名乗る間もなく地面へと墜落していった。地面ではなく露出した岩にぶつかったらしく、その死骸は叩き潰された蝿みたいな感じになってた。
何かあっけなかったな、と思うべきか、魔王が三人もいりゃ当然の結果だろ、と事実を淡々と受け入れるべきか、迷うな。とにかく何も苦戦することなく風の邪精霊共は駆除出来たわけで、風は再び気持ちの良い爽やかさを取り戻した。
「邪精霊共に乗っ取られた精霊達はまた戻ってくるのか?」
「精霊は自然の一部です。生命体としての死とは無縁で、環境が合えばまた自然発生しますよ。心配は要りませんね」
「そうか。じゃあ別に気に病む必要もないか」
俺達は邪精霊共から解放された草原を後にした。
風の精霊が再び見えるようになった、と風の噂で聞けるようになればいいな。
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