第35話 聖女魔王、お泊り会ではしゃぐ
俺達四人は雨をしのぐために一晩過ごすことにした。
お泊り会だとか言ってミカエラがはしゃいでたが、「ミカエラだったら雨を弾く魔法とか覚えてるだろ」と口にしたらキツく睨まれた。解せぬ。
汚れても朽ちてもいないまともな寝具は何とか二つだけ見つけられた。薪が全部駄目になってたから暖炉に火がくべられなかったんだが、ティーナが魔法で持続する炎を灯したので解決した。
「これで寝床は確保したな。んじゃあ三人で話し合って分け合ってくれ」
「え? ニッコロさんもここで寝るんですよ?」
「何言ってるんだみたいな言い方は止めてくれな? 俺は男でミカエラ達は女。問題ありまくりだろ」
「え、肉欲を持て余してるんですか? でしたら寝る前に余が解消してあげますよ」
「そういう問題じゃない! 分かってて言ってるだろ……!」
イレーネとかティーナからの視線が……思ったより痛くない? そう言えば見た目はうら若き乙女な二人だが、実年齢は俺より遥か上だ。人間の若い雄ってそんなものだよね、とかいう生温さすら視線から感じられるんだが?
「イレーネもティーナも、とんでもないこと言ってるミカエラを説得してくれ」
「ニッコロだけ床で寝てくれ、なんて僕は言えないよ。まだ付き合いは短いけれど、ニッコロは誠実だとは分かってる。一晩ぐらいならいいんじゃないかな」
「うちも別に構わないぞー。別に見られて恥じらう年でもないしな。助平心丸出しだったらさすがに蹴り出すぞ」
「いいのかよ……。まあ、信頼されてると好意的に受け止めるか」
ここで固辞したところで魔王三人に俺が勝てるわけがないので、大人しくする。ここでめくるめく男子が羨ましがる出来事が起こる、なんて期待はしない、と言えるほど煩悩を捨て去ってはいないが、三人の信用を裏切りたくはない。
とりあえず俺は全身鎧を脱いで部屋の片隅に置き並べた。ようやく身体から力が抜けたのを実感する。旅の着替えは全部馬車に置いてきたから、今日はこのまま寝るしかないな。下着ぐらい変えたかったんだが。
ふと視線を向けたらイレーネも首輪を除いて鎧兜を全部脱いでいた。聖都でもそうだったけど、乗っ取った肉体も普通に生命活動させないと万全の力を発揮出来ない。イレーネとして睡眠は必要なのは分かるが、部屋の片隅で佇む全身鎧の方が本体なんだよなぁ。頭が混乱しそうだ。
ティーナは胸当てを外して靴を脱ぎ、各所の帯を緩めるだけに留めていた。野外活動が多い冒険者だったら野営も日常的だろうし、ここまで楽になれば充分に休まる方なんだろう。
「フォトンアームド!」
で、ミカエラなんだが、祭服を光に変えて寝間着に着替えた。ちなみに長袖長ズボンという機能性重視のもので、色気づいたものではない。しかもちゃっかり自分用の枕まで装備する念の入れようだ。
「おま、自分だけ寝間着に着替えるなんて卑怯だぞ!」
「んー? 何ー? 聞こえませんねー? ずるいと思うならニッコロさんも就寝道具を準備しておけば良かったじゃないですか。どうしてもってお願いするのならニッコロさんにやってあげてもいいですよ!」
「ぐっ! たった一晩ぐらい我慢してやらぁ!」
「えー。そんなぁ。見栄をはらなくたっていいですのに」
夕食は各々が持参する食料を切り崩して取る。俺は外の雨で水を確保して鍋に野菜と塩を入れて汁物を作った。何かティーナが肉提供するから分けてと言ってきた。ミカエラも尻尾があったら振ってくる勢いでねだってきたので、結局四人で分けることにした。うん、保存が効く固いパンでもスープに付けたら美味い。
「そう言えば、イレーネは封印されてる間も生きてたんだろ。食ったり出したりとかどうしてたんだ?」
「生命活動に伴う欲求に耐えるための奇跡があるからね。『僕』は僕を封じ続けるために発動し続けてたし、今だってやろうと思えば僕にも出来る。むしろ生理現象なんて非効率的で煩わしいからやった方がいいまであるよ」
「じゃあ何で食って寝るんだ?」
「それだけ僕は好敵手の肉体を大切にしたい、と解釈してくれれば嬉しいよ」
「そんな小さい身体でよく食べるよなぁ。人類とはやっぱ新陳代謝が違うのかー?」
「いえ。食べると幸せだから食べてるだけです。あと頭を使うとお腹が減るので食べるようになったのもありますね」
「エルフには食事を楽しむ文化が無いからなぁ。冒険者やってると人間が羨ましくて仕方がないぞ。お腹が膨らんで活力が出れば充分なのさー」
「エルフは人生の半分は損してるんですね。勿体ない」
こんな団らんを経て和やかにささやかな晩餐会は行われた。
「じゃあちょっと雨浴びて身体擦ってくる」
「ニッコロって綺麗好きだよね。旅の途中でも寝る前は必ず身体拭いてるし」
「そうかぁ? 汚れたまま寝るのって何か気持ち悪くないか?」
「分からなくもない。僕だって汚れはすぐに拭き取りたいしね」
鍋を洗うついでに俺は神殿の外に出て雨を浴びることにした。当然ながら服は全部脱いで。石鹸の類は持ってきてないので、とにかく髪を掻いて身体を擦って汗と汚れを落とす。あー、気持ちいいわー。
って、おい。何でミカエラが素っ裸で隣にいるんですかねぇ? と言っても彼女も俺と同じように身体を擦ってるだけ。俺が彼女を見つめてると「何を慌ててるんですか?」とばかりに俺を純粋な目で見つめてくるものだから、余計にたちが悪い。
「てい」
「きゃあっ!」
むかついたので手で水砲を作ってミカエラの顔面に浴びせてやった。可愛らしい反応ありがとう。すっげえスカッとしたわ。
爆笑していたらミカエラが顔を赤くして俺を睨んできた。
「やりましたね! おかえしです!」
「うわっ!?」
そして俺とは違う手の組み方で水砲を作って水を浴びせてきやがった。目には入らなかったが口に少し入っちまった。
このまま白熱して水のかけあいをすること少しの間。疲れたので戻ることにした。ミカエラが「楽しかったですね!」と笑顔で言うものだから、俺も自然と顔をほころばせて「そうだな」と返事しておいた。
「やあ。随分とお楽しみだったようで……いや、本当に楽しんできただけか」
二人一緒に部屋に帰ったらイレーネに一瞬邪推された。もはや何も言うまい。
既にティーナは寝具の中に入って眠りについていた。とは言え彼女は一流の冒険者。なにか異変があったらすぐさま覚醒して身構えられるだろうが。
「じゃあ僕もそろそろ寝るよ」
「ティーナと一緒の寝具に入るのか」
「そっちの方でミカエラとニッコロは寝るんでしょう? それともミカエラがこっち、僕とニッコロがそっちで一緒に寝る?」
「そんな選択肢は始めから無いな。悪かったな、馬鹿な発言だった」
「それぐらいは僕にも察せられるって。おやすみ」
イレーネは寝具の中に入って目を瞑る。
俺達も早く寝てしまおう。今日も疲れた。ぐっすり眠れそうだ。
俺とミカエラは二人して一緒の寝具で寝そべった。
「ニッコロさん、おやすみなさい」
「ああ、ミカエラ。おやすみ」
そして二人して眠りにつき、心身ともに休まるのだった。
お楽しみ? あるわけがない。俺もミカエラも寝たい時は寝るのだ。
まあ、俺に抱きついてくるミカエラの柔らかくて温かい身体とか可愛らしい寝息のせいで中々夢の世界に旅立てなかったのは認めるがな。
□□□
次の日の朝、雨が止む頃には森林火災は収まっていた。
焼け野原と化した森林は悲惨なもので、木々は残らず炭と化して大地も黒焦げ。元通りの姿を取り戻すにはこれから一体何百年かけなければいけないだろうか。さすがの聖女でも大自然を癒やすことは難しい。
「で、自然破壊を盛大にやらかしたティーナから何か一言あるか?」
「邪精霊が去っていったなら近い内に水の精霊も戻って来るさー。そうしたら自然と他の精霊達も集まってくるから、回復も早いって」
「ティーナだって謝る気無いじゃん。まさか俺達が避けたのが悪いって?」
「いやいやいや、コレの責任は全部うちだぞ! それは間違いない。重く受け止めてるのは事実だ。でもうちは謝らない。ソレは大自然への冒涜に過ぎないからなー」
悪いって分かってるなら謝ればいいのに。エルフの考えは分からんな。
まあ別に俺もティーナの土下座を見たいわけでもない。反省してれば充分なので、これ以上は何も言うまい。
湖に戻ってきた水の量はまだ全てを満たすほどではない。それでも水位はかなり戻っており、このままならじきに元の姿を取り戻すことだろう。いつしか生き物が、そして水の精霊が戻る日も来るかもしれない。
町の方にも雨は降ったらしく、あっちも鎮火しているようだ。異変は完全に解決したと言っていいだろう。神官達は全員応急処置したし、後処理は地元に引き継げばいいだろう。
「じゃあ、帰りますか」
「ああ、そうだな」
ひとまずここでやることは終わった。
俺達はこの地を後にした。
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