第34話 聖女魔王、焦熱魔王と問答する
雨が振り続ける水の神殿の中、少しの間の休憩が終わったところで俺達は活動を再開した。いくら異変の元凶である汚泥共に退散してもらったところで、神殿内の被害は深刻だ。このまま放置するわけにもいくまい。
「で、汚泥共に寄生されてた神官達は無事なのか? まさか神官もろとも魔王城に帰ってもらったんじゃないだろうな?」
「さすがに人は置いていくように伝えてますよ。邪精霊達は手足にする肉体を現地調達して侵略しますから、撤退するなら要らなくなった中身は置いていくものです」
「不幸中の幸いってところか。で、生命力を吸いつくされた、とかも無いよな?」
「生きたままじゃないと肉体が腐って上手く動かせないじゃないですか」
遠目から見たとおり、神殿内には汚泥共から助かった神官達が至るところに横たわっていた。ほとんど生きてはいるものの衰弱が激しく、意識を失った者ばかりだった。神殿内の物は全て使い物にならなくなっていたため、その場の端に寄せて寝かせる以外なかった。
「ヒーリング」
「ヒールアザー」
ミカエラとイレーネが神官達に回復の奇跡をかけ、俺とティーナが神官達の容態を確認した後に姿勢を仰向けにする、といった作業を何度も繰り返す。中には体力が尽きて天に召された神官もおり、瞼を下ろして手を組ませた。
「なぁ、イレーネ」
「ん? どうかした?」
「この惨状を見てどう思った?」
黙々と作業していると気が滅入るからか、時折ティーナが口を開いた。ティーナは憤りをあらわにしており、イレーネは真剣な様子で奇跡の行使を続けている。二人の反応からこの先の会話の成り行きが何となく想像出来た。
「別に。魔王軍と人類との戦いだとよくある光景じゃないか」
「よくあることが異常だろ! 争いがある度にいつもこうやって弱い奴が理不尽な目に遭う。それを無くしたいとは思わないのか?」
「文句があるなら強くなればいい。僕はそうやって誰よりも強くなろうとした。宿敵の身体を奪ったのだってその一環だもの」
「そうだよなー。ティーナはやっぱそういう考えだよなー」
案の定二人が分かりあえるはずもなく、ティーナはミカエラへと視線を向けた。ミカエラは呻く神官達が命を落とさないよう懸命に声をかけながら奇跡を施していく。汗水流しながら奉仕する姿は立派な聖女そのものなのだが……。
「で、この惨劇の原因を作ったミカエラはどう思ってるんだ?」
「魔王としては反省してます。部下を上手く統率出来てなかったわけですから。組織の長としてきちっと改善を図っていくつもりです」
「で、聖女としては?」
「何も。ただひたすらに目の前の人達を救っていくだけです」
ミカエラは平然と言い放った。
土の邪精霊共に侵食されたのは単に運が無かったのだ、と。
元凶である魔王のミカエラは、罪の意識を微塵も感じていないのだ。
「聖女にあるまじき発言だとうちは思うんだけど?」
「んー、そもそもそこをまず理解してもらわないといけませんね。じゃあティーナはどうして余が人々を救いたいか分かりますか?」
「……分からない。人がある程度好きだからかー?」
「違います。究極的には自分のためです。余が起こした奇跡で人々が救われる。その結果に余が満足して、さらなる高みへの励みになる。この繰り返しですよ」
ティーナがミカエラへと詰め寄る。俺は咄嗟に彼女達の間に割り込もうとしたんだが、ミカエラに手で制されて止まらざるを得なかった。邪魔されなかったティーナはそのままミカエラの襟首を掴む。
「自分のため、と言ったか? そのためなら犠牲もやむ無しとでも?」
「質問の意図が分かりません。ティーナはどんな答えを望んでるんですか? 悔い改めて二度とこんな真似をさせないと神に誓わせたいんですか?」
「別に糾弾したいわけじゃない。邪精霊共を従えてる今の魔王の本音を聞きたい、ただそれだけさー」
「魔王だとか聖女だとか言ってますけれど、すっごく馬鹿馬鹿しいです」
ミカエラの襟首を掴んでいたティーナの手が跳ねた。彼女の慌てよう、まるで静電気が走ったような反応だったな。もしかしたら小規模な雷の魔法を唱えて彼女の手を振り払ったんだろうか?
そんなティーナの顔を覗き込むように見上げた。身長差がかなりあるのだけれど、ずっと小さいミカエラの堂々とした有り様にティーナは気圧されているようだった。絶対の自信がこもった笑顔なのもそれに拍車をかけているかもな。
「ティーナは焦熱の魔王ですか? エルフですか?」
「は? いきなりなんだ?」
「イレーネも、魔王ですか? 勇者ですか? それとも大聖女ですか?」
「え? 僕?」
「じゃあニッコロさんは聖騎士ですか? それとも……」
「ミカエラも散々言ってるだろ。俺はミカエラの騎士だ」
「さすがは我が騎士! 実に完璧、一番欲しかった答えです!」
間髪入れずに即答してやったら何か大喜びしてきた。
ミカエラが嬉しければ俺も嬉しいので、実に何よりだな。
そしてこの問いこそがミカエラの本音なんだとティーナは気付いてくれたか?
「余は余です。魔王になったことも聖女になったことも、副次的なものに過ぎません。立場に伴う使命だとか知ったことじゃありません。そりゃあ人並みに悲しみますし怒りますけれど、それ以上を背負うつもりはありませんよ」
「そういうのを無責任って言うんじゃないのか?」
「そういった負い目を感じるよう育っていないもので。救えなかったことに無力さは感じますが、失敗を他人に批難される謂れはないですね」
その考えは身勝手でもあるし、同時に寂しいとも感じた。
だって立場なんて糞食らえで他人に口を挟まれたくないってことは、ミカエラはそれだけそれらに対して嫌な思いをしてきたってことだろ。そんな理不尽をねじ伏せて魔王や聖女にまで上り詰めた先に求めるのが自分が手をかけた実の妹、か。
「ティーナ、納得したか?」
「……ニッコロ。彼女は聖女なんかじゃない。それでも彼女を守るのか?」
「ミカエラはミカエラだから守りたいって俺は強く願ったんだ。これ以上ガタガタうるさく喚くなら相手になるぞ。いい加減俺も腹が立ってきたんでね」
「言っただろ。糾弾したいわけじゃない、てさ」
ティーナは一歩後退して両手を徐ろに上げた。それはまるで降参を表すようだった。そして彼女はこちらではなくどこか遠くを見つめるように視線を外した。思い起こすのはいつの時代のことだろうか。
「そうかーそうだよなー。うちはうちだよなー。うちだって人にとやかく言われたく無いもんなー。ごめんな!」
ティーナは手と手を合わせて、ミカエラに対して深く頭を下げて謝意を示した。彼女の癖のない長い髪が下へと流れる様子はまるで小川のせせらぎを思わせた。
あまりの変わりっぷりに俺もミカエラも目が点になった。反応に困っている間にティーナは顔を上げた。先ほどとは打って変わって清々しい表情を浮かべていた。
「いきなりこんな事言いだして迷惑だったよな。詫びに今度観光する時うちがお金全部出すからさ。あ、夕食をおごってもいいぞ。各地の美味い店は知ってるからなー」
「本当に責めないんですね。確かにこの一件はティーナの言うように余のせいでもあるのに」
「そんな正義を気取るにはうちは血塗られた道を歩みすぎたさー。でも無性に知りたくなったんだ。今の魔王をさ。ミカエラだったら安心出来る」
「邪精霊達の手綱を握れるから、ですか?」
「ま、そんなところさー。みみっちい憎悪からだし、しょうもないよなー」
笑いながらティーナは再び介抱の作業へと戻る。ミカエラは困ったように俺へと視線を送ってきたので、俺は大げさに肩をすくめてみせた。ミカエラは不満そうに頬を膨らませたものの、再び神官達に奇跡をかけ始めた。
結果だけを見るならティーナが勝手に怒って勝手に納得しただけなんだが、ティーナやミカエラという個人を更に知ることが出来た、と好意的に捉えよう。ティーナが付いてくると言ったのなら尚更、早いうちに分かりあえた方がいい。
……仲間が増えたところで俺はミカエラの騎士であり続けるつもりだがな。
ティーナやイレーネには悪いが、そこを譲るつもりはないので、あしからず。
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