第32話 戦鎚聖騎士、聖女魔王を守る戦いをする

 火属性魔法のファイヤーボルトとファイヤーボールは厳密には異なる。


 ファイヤーボルトは初心者用の魔法で、魔法を学ぶなら真っ先に覚えることになる。効果は火を発生させるもので、攻撃魔法としては火を投げ放つ様子を想像してもらえればだいたいあってる。期待できる効果としては火を敵の服や体毛に燃え移らせるもの。魔法の火自体で相手を焼き尽くすなら持続性のあるもう少し高度な魔法が必要だ。


 コレに対してファイヤーボールは中級者向けの魔法。火を投げ放つのはファイヤーボルトと一緒だが、命中した瞬間に爆発炎上するのが特徴だ。火力と熱量で敵を焼き尽くすには充分な殺傷力があり、魔法使いはこれを覚えて一人前だと言われるのだとか。


 学院の授業で学んだそんな基礎的な知識を思い返しながら、ティーナの射撃を改めて観察する。瞬く間に連射する矢の全てがファイヤーボールの効果を持っている。おかげで弾こうにも叩き切ろうにも盾や剣が接触した瞬間に爆発、勢いが殺されてしまう。


 結果、イレーネはティーナに対して攻めあぐねていた。


 ティーナは間合いを詰められまいと細かく動き回りつつ射撃を続行、時にはイレーネ本人ではなく足元を狙って体勢を崩そうとしたりと、攻撃を巧みに使い分けていた。これでエルフ本来の強み、風属性魔法を加えて矢の軌道を操ってきたら手に負えない。


 イレーネが攻撃の合間を縫って飛ぶ斬撃を放ってもティーナは爆発する矢で迎撃。両者の中間付近で爆発するばかり。剣士として戦うイレーネにとって射手として攻めるティーナとは相性が悪すぎた。


 一方の俺、役立たずなことに攻めるに攻められず。


「この、またかよ……!」


 何せティーナは時たまミカエラ向けて矢を射るものだから、俺が防御できる距離を保たないといけないのだ。イレーネと二人がかりで攻め込めばさすがに一太刀浴びせられるだろうが、その前にミカエラが撃ち抜かれる。


 結果、俺はあまり得意じゃない闘気術を用いた飛び道具に頼らざるを得ず、ティーナへの牽制になっていれば関の山な有り様。情けないのだが今の状況だとイレーネに任せるのが最善手だった。


「くそっ、ミカエラが自由に動けてたら……!」


 実にもどかしい。俺の後ろにミカエラがいてくれてたらもっと自由に動き回れたのに。つくづく補助、補佐としてのミカエラの有り難みを痛感するな。こんな泣き言口に出したらミカエラにドヤ顔でいじられそうだから絶対言わねえけれど。


 仕方がない。あまりいい戦法とは言えないのだけれど、このまま指を加えて待ってるなんざ性に合わない。何よりミカエラから格好悪かっただのと不満を投げつけられるのはまっぴらごめんだからな。


「コンセントレーション」


 まずは集中力向上の闘気術を自分に付与。


「アクセレレーション!」


 そして速度向上の闘気術を自分に重ねがけ。そのうえでティーナに向けて突撃する。ティーナがこちらに向けてファイヤーボールを付与した矢を放ってくるが、盾を装備した腕を振るって全部弾く。爆発の衝撃は盾で受け止めつついなす!


 ならばとティーナが駆け回れば俺もまた方向転換して回り込む。急に止まって逆方向に走り出せば俺もまた同じように逆走する。俺の意図に気付いたティーナが狙撃を試みても俺は盾、届かなければ戦鎚で全部の矢を撃ち落とした。


「戦いながら守るつもりか! あの魔王を!」

「そうでもしなきゃアイツに格好つけられないんでね!」


 何のことはない。ティーナが場所を移動する度に俺はアイツとミカエラの間に割り込むような立ち回りをしているだけだ。山なりに放物線を描く矢を放ったところで全部撃ち落として見せるさ。


 当然、距離を詰めれば詰めるだけ矢を撃ち落とす難易度は格段に上昇する。最初の半分近くまで近づいた時点で既に俺では対処しにくくなっている。ちょっとでも集中力を切らしたら必殺の一矢を素通りさせてしまうことだろう。


「だったらこうするまでさー!」


 ティーナはこれまでの高速射撃を止め、更にはその場に立ち止まった。そして矢をつがえた弓を思いっきり引き絞る。


 悪寒、恐怖。これまでとは一線を画す必殺の一撃が来る。

 俺は自分の勘と本能だけを頼りに戦鎚を振るった。


「インファーナルフレイム!」

「ヘヴンズフィストぉっ!」


 俺の戦鎚は刹那の間に襲いかかってきたティーナの矢に命中した。まさに神業、と自分を褒めてやりたいところだが、矢に付与された魔法はファイヤーボールを遥かに凌ぐもののはず。このまま闘気をありったけ込めて押し切る……!


 途端、火炎を伴った熱風が俺を襲った。


 戦鎚から闘気を放出させて火炎流を防いでいるものの、熱波のせいで着ている鎧兜が鍋みたいに熱いわ肌が焼けて痛いわで散々だ。それでも炭や干物になりたくない一心で腰に力を入れて、炎の奔流に押し切られないよう脚を踏ん張る。


「おおおっ!」


 咆哮。

 俺は煉獄の炎を伴った矢を地面に叩きつけた。

 魔法効果を失った矢は代償とばかりに芯も残さず灰となって散っていく。


 熱い。呼吸をする度に肺が焼けそうだ。

 それでも気を失わないように呼吸を整え、身体に活力を取り戻し、前を見据える。

 戦いはまだ終わっちゃいない。


「大丈夫ですかニッコロさん!?」

「……おう、何とかな」


 心配する声をあげてきたミカエラに向けて手を振ってやった。

 ミカエラったらまだ帰還魔法を発動出来ないか……あれ?

 もしかしてアイツ――。


 火炎が止んだ向こうではイレーネが魔王剣を振り切っていた。ティーナは咄嗟に弓の弦を巧みに使って逸らしたものの、流石に鋭利な刃で傷ついたのか、弦が弾き切れてしまった。体勢が崩れて無防備になったティーナに容赦なく聖王剣が振り下ろされ――、


「かあっ!」

「!?」


 意外。ティーナの反撃は口から放たれた火球だった。


 いや、確かに魔法を手から出す必要は無い。卓越した魔法使いなら足裏や肘からだって放てるけれどさぁ。目、口、触覚から魔法を放つのはもう人類の在り方からかけ離れてるんだよなぁ。見た目が魔物や悪魔っぽいし。


 それでもイレーネの渾身の一撃を止められる程ではなく、爆発で吹っ飛んだのはティーナの方だった。しかしイレーネと間合いを離すことには成功しているので、おそらく始めからこうなると見越してたんだろう。


 仕切り直し。ティーナとイレーネが対峙する。イレーネが飛び込めばすぐさまティーナに斬り伏せられる距離で、イレーネが圧倒的優位に立っている。それが分かっているのか、ティーナの顔は若干引きつっていた。


「弦を張り直す時間を与えるつもりはない。ティーナの負けだ」

「ああっ、くそっ。インファーナルフレイムまで対処されるなんて凄いなー」

「白金級冒険者をこんなところで死なせたくはない。引き下がってほしい」

「それは騎士道精神ってやつかー? あいにく、ウチはそんな高潔じゃない!」


 ティーナが溜めの動作に入った。今度は弓矢を媒体とせず、純粋な火炎魔法を発動させるつもりか。させじとイレーネは大地を蹴り、敵へと肉薄、己の得物を幾重にも振り切り、ティーナをばらばらに引き裂く――。


「なっ……!?」


 驚愕の声を上げたのは俺か、イレーネか。

 どちらにせよ、イレーネの攻撃で決着とはならなかった。


 なんと、斬られた筈のティーナの身体は断面が炎と化したのだ。炎は直後にティーナを大きく包みこむように広がって激しく渦巻き、収まった頃にはティーナは何事もなかったようにその場に立っているではないか。


 イレーネの技で五体満足に済むはずがない。ティーナが肉片と化しかけたのは間違いなく、ティーナの傷口が炎になったと思ったら全身が燃え上がって、炎の中から彼女は無事生還してのけた。その様子はまるである伝説の存在を思い浮かばせた。


 不死鳥フェニックス。

 まさか、ティーナが自分にかけてたのはフェニックスの不死性を再現した火属性究極の魔法である……、


「復活魔法リヴァイヴ!?」

「ご明察! だけどもう遅いぞ!」


 しかしリヴァイヴは一度発動すれば効果が切れる。こんな戦闘中に片手間でかけ治せる程の集中力はもうあるまい。だからあと一撃でもティーナに食らわせれば俺達の勝ちなんだが、それを当の本人が許さない。


 ティーナが作り出したのは矢だった。弓は無いのに弓につがえて引き絞るように矢が作り出されている。そしてその矢はもはや炎どころではなく、真夏の太陽のように熱く眩く光り輝いていた。


 狙いは俺、ではなく後ろのミカエラや汚泥共。

 あくまでもティーナにとっての敵は邪精霊達なのか。


「シューティング・メガフレアぁっ!」


 全てを焼き尽くす一撃が放たれた。

 それは瞬く間に俺へと迫り、俺は成すすべもなく回避するしかなかった。


 俺の目の前を光が走っていった。

 光は流星のようにミカエラの方へと向かっていく。

 ティーナ渾身の一撃はミカエラの額めがけて飛んでいき……、


 そのままミカエラの頭部をすり抜けていった。


 矢はそのまま汚泥の沼の対岸にあった森林に着弾、大地を全て焼き払うのではと錯覚するほどの大規模な爆発と燃焼を巻き起こし、地獄へと変えていった。森林に住む生きとし生けるものはその業火で燃やし尽くされるだろう。


「どう、して……!?」


 仕留められずに呆然とするティーナ。イレーネが首筋に剣を当てても全く反応を示さない。このまま眺めてるのも一興なんだが、さすがに正気を取り戻して次の手を打たれても困るので、俺が先に踏み込んでやろう。


「いやー、引っかかってくれて助かったわー」

「っ! ウチの矢は確実にミカエラの脳天に命中したはずだぞ! ミカエラを起点に湖の汚泥を全部焼き払う筈だったのに……!」

「そうだな。ティーナはミカエラを狙ってたよな。俺がずっと後ろで守ってた聖女をさ。そういう立ち回りをしてたもんな」

「だったら……いや、まさか……!」


 ティーナははっと気付いて、次には悔しそうに歯噛みする。

 けれど今更気づいたってもう襲い。


 そう、聖騎士の俺が聖女のミカエラを守護し続ける、って先入観を利用させてもらったんだ。


 俺がティーナの狙撃を妨害し続ける間にミカエラはこっそりと移動、元に位置に幻影の魔法で自分を模した囮を作り出す。あとはミカエラ自身は隠蔽の魔法で隠れとけば、疑似餌にまんまと食いつく間抜けが釣れたわけだ。


 阿吽の呼吸、とか遠い東の国では言うんだったっけか。とにかく、ミカエラがティーナを騙そうとしてたのは分かったから俺は回避行動を取ったんであって、でなければ自分の全てをかけてでも食い止めてたぞ。


「タウンポータル!」


 そして、決着を知らせるミカエラの帰還魔法が発動された。

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