第28話 聖女魔王、新たな異変に浮かない顔をする
「うちはティーナって言うんだ。よろしくなー!」
「俺はニッコロ。こっちの二人は右からミカエラ、イレーネ。見てくれりゃあ分かると思うんだが……」
「聖女ご一行か! 遭遇するのむちゃくちゃ久しぶりだなぁ。何か教会から無理難題でもふっかけられたのかー?」
「いんや、聖地巡礼の旅の途中だ」
ティーナと名乗ったエルフの射手がヘルコンドルの死体を解体する作業を眺めながら俺達は雑談に明け暮れた。ティーナがこっち来た時点で俺達はこの場を離れても良かったんだが、彼女の弓の腕前に興味惹かれたのが俺達を思い留まらせた。
皮を剥ぎ、内臓を取り、肉を包む。一連の作業は手際が良く、何度も同じことを繰り返して身体に覚え込ませたのが窺えた。遠くに落下したヘルコンドルの死体は俺とイレーネがこの場まで持ってきておいた。
「エルフは弓の名手だとは聞いてたが……誰も彼もあんな超遠距離から射抜けるほど凄いのか?」
「まさか! うちぐらいの腕前の名手はここ最近会ってないぞ。多分うちが最強なんじゃないかー?」
「それにしても、ここからエルフの森って結構遠いだろ。狩りの範囲って思ったより広いのか?」
「違うなー。うちが森を出て人間社会に溶け込んでるだけだって。これでも白金級冒険者なんだぞ」
「そりゃ凄い!」
白金級冒険者にもなれば冒険者ギルドはおろか国からも重宝されるほどの一流。単独でも災害級の魔物を討伐出来るほどの実力を持つ者もいるとされる。もはや英雄と呼んでも差し支えない傑物だろう。
ちなみに最上位である金剛級冒険者は勇者や聖女に並ぶほどの偉大なる存在だ。ただ魔物を討伐するばかりでなく未知の解明や未開の地の探索など、歴史に残る多くの功績を残して初めて認定される。ほぼ名誉職に近い扱いとも言える。
つまり、ティーネは実質的に冒険者の頂点とも言える存在だろう。
「白金級ほどの地位にいるなら、こんな害鳥退治をしてる暇なんか無いんじゃないか? 国やギルドからの公式な依頼で引っ張りだこだろ」
「冒険者ギルドに認めさせてるからいいんだ。白金級の認定だって本当なら辞退したかったのに、ギルド本部のお偉いさんに泣いて頭下げられたから渋々受け入れたぐらいだからなー」
「それだけの我儘が許されてるってことか」
「ま、一応それなりに働いてるから見逃されてるのもあるんだろうなー」
ティーナはヘルコンドルの解体作業を終えて荷物を背負った。解体したヘルコンドルは組み立て式の荷車に乗せる。聞けば依頼達成の証拠として提出する部位以外は最寄りの町まで持ち帰って売り払う算段なんだとか。
俺達も今日宿泊予定の町まで行くとしよう、ってことで道まで戻って馬車を出発させようとしたんだが、それを見たティーナが「あ~っ!」とか大声を上げてこっちを指差してきた。
「ずるいぞずるい~! そんな便利なのがあるんだったらうちも乗せてってよ!」
「何を言ってるんですか。これは余達のために教会が用意してくれたものですよ」
「金か? 金ならこのヘルコンドルの肉と皮を売った金でどうだ?」
「お金の問題じゃなくてですねぇ」
ティーナのお願いにミカエラが難色を示したのは、これ以上大所帯になって自分と俺の二人旅を邪魔されたくないからだろう。ただでさえイレーネが加わって賑やかになったのに、ほんの一時的にでも増えてほしくないみたいだ。
「……どうします?」
「どうせかごの中は誰も乗ってないんだから、町までならいいんじゃないか? 勿論乗車賃はしっかり貰うとしてさ」
「ですよねぇ。ニッコロさんだったらそう言いますよねぇ」
「いや、ミカエラが嫌なら断るけど?」
「別に嫌だってほどじゃないから困るんですってば」
一応イレーネにも意見を聞いてみたけれど、彼女はティーナなら道中の邪魔にならないから構わないと答えてきた。拒絶する理由も無いので問題ないことをティーナに伝える。するとティーナは明るい笑顔で感謝を告げた。
「ヘルコンドルの肉とかはかごの後ろにある荷物入れに入れさせてもらうな」
「そうしてくれ。かごの中が血生臭くなったらかなわないからな」
「じゃ、短い間だけよろしくな!」
「えっ!?」
ティーナはなんと馬車のかごの中に入らず、屋根の上に降り立つ。御者席から目を丸くして見上げる俺達に向けてティーナは軽く手を振った。
「振り落とされないからこのまま出発してくれなー。進行の邪魔になる魔物が出てきたら全部うちが片付けるからさー」
「うーん。まあ、ティーナがそれでいいなら」
釈然としなかったものの、本人がそう言うのなら、と馬車を走らせる。
□□□
町までは特に何事もなく平和だった、と言うと嘘になる。魔物は見かけたもののこちらを襲ってくる様子じゃなかったから見逃したのもあるし、障害となりそうな魔物は本当にティーナが事前に射抜いて終わった。
予定としては明日は一日中町の奉仕活動に従事し、明後日に次の宿場町に向けて出発する。聖女が素泊まりだけしていては町で救える人々が救えないからだ。まあ、とどのつまりミカエラの経験値稼ぎのためだったりする。
「ありがとうな! ヘルコンドルの部位が売れたら宿泊先までお金届けるからな」
「ああ、期待してるからな。路銀もそこそこ稼ぎたいんでね」
「夕食一緒にどうだ? うちは美味い店知ってるぞー」
「それはいい提案ですね! ご馳走は大好物です!」
食事の話になってミカエラの目の色が変わった。現金な奴だ。
ティーナは冒険者ギルドに報告しに行き、俺達は町の教会に足を運ぶ。聖女として聖地巡礼をする以上、立ち寄る町の教会で現地の状況を知り、救済をするのは半ば義務であり使命だ。さぼるわけにもいかない。
そんなわけで教会にやってきたわけだが、諸手を上げての大歓迎状態だった。
嫌な予感しかしない。こういう過度にもてなしを受ける場合、反動が凄い。
ミカエラは……目を輝かせて満面の笑みをこぼしてる。災難ばっちこいってか。
「聖女様! よくぞお越し下さりました!」
「おお神よ、この巡り合わせに感謝いたします!」
「ささ、どうぞ中へお入り下さいませ」
悲鳴が漏れそうになるのを堪えて中に通された俺達。神父と神官達は今にも倒れそうなぐらい顔色が悪く、目に見えて疲れが溢れ出ていた。なのにミカエラという希望を見い出して表情を輝かせるものだから、不気味この上ない。
神父達はまず当たり障りのない雑談から入った。この地域の近状、国の情勢、魔王軍復活についてなど、段々と話が確信へと移っていく。その間ミカエラは真摯に聞き入った……わけではなく、用意された間食を美味しそうに口に運んでいた。
「ここ最近、異変が発生したのです。おそらくは魔王軍の仕業に違いありません」
「憶測で語るのは誰でも出来ます。何が起こったのか説明してくれませんか?」
「仰るとおりですな。異変は隣町で起こりました。あそこは水の町として有名なほどに水が豊富でして。教会の信仰とは別に水の精霊を古の時代より祀っていました」
「教国学院の授業でも学びました。教会に信仰が許されるぐらい精霊の強い地域なんだそうですね」
回りくどかったり私情が混ざってたりしたので説明をかいつまむと、以下らしい。
水の町では水の精霊を祀っていて、近くの湖には実際に水の精霊ウンディーネが住んでいるらしい。なので湖の畔には水の神殿が建てられている程で、神殿の神官達が日々崇め奉っているんだとか何とか。
しかし、ある日を境に状況は一変した。
なんと、精霊が住み着くほどに美しかった湖が汚泥の沼と化したのだ。
以降、汚泥からは泥の魔物が出現するようになり、町を脅かすようになった。
「神殿は魔物の巣窟になり、神官達の安否すら不明……。冒険者達が討伐に乗り出すも尽く失敗し、帰還しない者も後を絶ちません」
「それだけ深刻な異変でしたら正式に聖女の派遣を要請するべきでしょう。大規模な討伐部隊が組織されるはずです」
「はい。しかし教会総本山は新たな魔王誕生をうけて対策を講じている最中。こちらに聖女を派遣していただけるのはいつになることやら……」
「魔王軍がどこを攻めてくるか分からない以上、迂闊に聖女は動かせない、ですか」
ミカエラは思い詰めた表情で眉間を手で揉んだ。
神父達は固唾を飲んでミカエラの返事を待つ。
俺は一方でミカエラの様子に違和感を覚える。
やがてミカエラは深く息を吐き、真剣な面持ちで神秘達を見据えた。
「分かりました。まずは現地を調査して、余で対処出来るか確認しましょう」
「おおっ、ありがとうございます! 聖女様に神のご加護があらんことを」
神父達はもう救われたと思わんばかりに歓喜した。
神官や女神官は手を取り合って「良かった」「これで救われる」と感謝した。
神父が語るように本当に魔王軍の仕業なのだろうか? だとしたら魔王のミカエラはどこまで関わっているのか? ミカエラが気乗りしていないのは何故か?
答えは分からないまま俺達は水の町へと向かうことになった。
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