第二章・焦熱魔王
第27話 戦鎚聖騎士、新たな聖地へ出発する
聖地を出発した俺、ミカエラ、イレーネの三人パーティーは次の目的地である新たな聖地に向けての旅を始めた。
勇者と聖女の旅立ちってことで聖地は大変賑わった。そりゃあもう前夜はお祭り騒ぎで盛り上がったものだ。大教会の連中の要望を断りきれなかったミカエラ達は聖都中を引っ張りだこになって市民に対応した。本当、お疲れ様だわ。
で、次の日の朝に出発には日の出直後にもかかわらず多くの市民が駆けつけ、勇者と聖女の旅立ちを見送った。大勢が名残惜しそうに涙を流し、しかし救済の旅を邪魔してはいけないと笑顔。俺達が見えなくなるまでずっと手を振っていた。
「んで、妖魔軍の工作員達はどうしたんだ?」
「グリセルダと直属の部下は撤収しましたよ。ヴェロニカを初めとして多くの妖魔軍幹部を失ったから、当分は事態の収拾に務めるそうです」
「それでもまだサキュバスは残って聖地の男共を絞り尽くすのか」
「ヴェロニカの追跡と人類圏への侵食は別の作戦ですからね」
ヴェロニカ討伐を受けて、ヴェロニカが潜伏先にしていた夜の店は当然ながら閉店になった。半分近くがヴェロニカの部下、つまり妖魔だったため、残りの従業員は今もなお事情聴取を受けているんだとか。
グリセルダの夜の店は今なお営業中である。今夜もまた男衆に甘い言葉を囁き、熟れた身体を密着させ、その欲望を開放してやる代わりに情報を集め、いずれは男衆を言うがままの奴隷にしてしまうんだろう。
それを見過ごして聖地を離れるのは聖騎士として如何なものか、と思わなくはないんだけどな。その辺りの浄化活動は聖地を守る騎士達の役目だろ。危なくなったら俺よりまともな聖騎士が聖女を伴って派遣されるさ。
「しかしまあ、楽だねえ」
「ご厚意に甘えちゃいましたねー」
で、俺達はなんと貴族様が乗るような造りの馬車に乗っている。乗り合いの幌馬車とか徒歩を考えてたんだが、大教会が「勇者や聖女の旅立ちに相応しい交通手段で!」とか言ってきたもので。
……なお、これだけの待遇を受けるのが実は勇者や聖女ではなく二人の魔王だと知った日にはどうなることやら。神に罪を告白して悔いるのか、絶望の淵に追いやられて心を壊すのか。ま、黙ったままの方がいいだろう。
「それで、次の聖地ってどんなところなの?」
ちなみに、勿体ないことにかごの中には誰も乗ってない。俺が御者として馬を操っていて、ミカエラは何故か俺の隣に座っている。イレーネに至っては馬車にも乗らずに馬を駆っていた。
イレーネ曰く、
「かごの中でじっとしてるのは性に合わないよ」
ミカエラ曰く、
「ニッコロさんの側にいたいんですよ。それに前方の景色を楽しみたいですし」
意味ねー、と思わずにはいられなかった。しかしこれも俺達らしいのか?
「あー、次の聖地かー。イレーネはエルフって知ってるか?」
「人間とは違った人類種で、森に生息。在り方は精霊に近くて長命、だったっけ。大したことないくせに排他的で偉そうにしてさ、僕は好きじゃないな」
「散々なこき下ろしようだなオイ。まあいい、とにかく、次の聖地はエルフも住む大森林の一角だな」
人類と人間は同義語ではない。森の民エルフ、大地の民ドワーフ、あとホビット等の人型の知的生命体を総称して人類とされている。この定義を認めるか否かは議論を巻き起こすので棚上げする。
多分生き物として最も優れているのはエルフだろう。寿命、知識、身体能力、全てが人間を超えている。しかしその思想は自然に近い立ち位置のため、文明を築き上げた人間の方が繁栄している。なのでたまに人間の中にはエルフやドワーフ達を総称してまがい物の人、つまり亜人などと蔑称する馬鹿が出るんだが、その話も割愛だな。
エルフやドワーフはこの教国連合内にも住んでいる。一応人類国家の一部にはなっているものの、実質的には自治区扱いだ。彼らは人間の文化文明に混ざることなく今なお独自性を保って生活を続けていた。
「どうしてそんな面倒そうな所が聖地なの?」
「焦熱の魔王を討ち果たした場所らしい」
しかし魔王軍からしたら人間だろうとエルフだろうと関係無い。歴史上幾度となく繰り返された侵略によってエルフの森は何度も焼かれた。特に地獄の火炎の化身ともされた焦熱の魔王は多くの森林を焼き払った、と記録されている。
焦熱の魔王を討伐したのはエルフの勇者だったそうな。今なおエルフの勇者の活躍はエルフの間で語り継がれ、エルフの誇りとされている。エルフの族長は勇者の末裔だそうで、今なおその影響は計り知れない。
「焦熱の魔王かー。僕の時代よりずっと前だなぁ」
「千年以上前だったっけか。それでもエルフ達にとっては親とか祖父母世代なんだよなぁ。数百年も寿命があるとか俺だったらやってらんねぇんだけど」
「ん? エルフは千年単位で生きるって聞いたことあるけれど?」
「そりゃあより高位にまで到達したハイエルフだな。確か精霊に近くなればなるほど寿命が伸びて、究極的には寿命が無くなるんだとか何とか」
「リビングアーマーの僕だって魔力が尽きたり朽ち果てたら死ぬのに……。魔物と比べてもエルフぐらい優れた種族って希少なんじゃないかな」
「ぱっと思いつくのがドラゴンとか純悪魔かぁ」
そんな焦熱の魔王終焉の聖地に俺達は向かおうとしているわけだ。
それにしても、教国連合内にも魔王ゆかりの聖地は幾つもある。ミカエラが目的地にしてる四箇所以外にも魔王が討伐された地は少なからずある。中には少し寄り道すれば行けるような場所もあった。
「なあミカエラ。何で行こうとしてる聖地はこの四箇所なんだ?」
俺は出発頃にミカエラが赤丸を書き込んだ地図を荷物から引っ張り出した。で、隣でおやつをもぐもぐしてたミカエラへと差し出す。ミカエラは片手でおやつを持ちながらもう一方の手で地図を受け取る。
「そうですね。打ち明けますと、記録が怪しいからです」
「記録が怪しい……? つまり、歴史上の出来事として俺達が教わってる伝承が間違ってるかもしれない、って言いたいのか?」
「現にイレーネについても教会の嘘八百だったじゃないですか」
「ぐうの音も出ねえ事実を突きつけてきたな」
ミカエラは片手で器用に地図を畳んで荷物にしまい直した。彼女はこぼれたおやつのカスを手で払い、手についたのは舐め落として、濡れた指を袖で拭おうとするんじゃない! ちょっと油断するとすぐこれだ。ほれ、手拭き。
「真実を暴いてどうするんだ?」
「別に。余の知識欲が疼くだけなので、社会を混乱させたり古の魔王をどうこうするつもりはこれっぽっちもありません」
「本当かよ……またイレーネの時みたいになるのはごめんだぞ」
「ニッコロさんは心配性ですねー。実は魔王はまだ生きてましたー、なんてことがそう何度もあるわけないじゃないですか」
おい馬鹿止めろ。はるか東方には言霊って概念があってだな。言葉にしてしまうと力を持って自称に影響を及ぼす、的な考えだったか。特にミカエラみたいな存在がぽろっと喋ったら最後、本当にそれが真実として表沙汰になってしまうかも……。
「二人共、お喋りはここまでなようだよ」
本気で悩む瀬戸際まで来た辺りでイレーネの指摘に我に返った。
イレーネは僅かに顔を上げて空を見つめていたので俺もそちらを向いた。すると雲が漂う青空の中、何やら飛翔体がこちらへと向かっているのが分かった。最初は唯の鳥かと思ったが、それにしては図体が大きい。おそらくは魔物だろう。
「アレは……ヘルコンドルですかね?」
「少し向こうに森があるから、狩りに出かけた野生の個体かな?」
「どうやら余達を獲物だと定めて襲ってきそうですね」
「この距離だと斬撃を飛ばしてもかわされちゃうなぁ。もうちょっと近寄らせよう」
高速で飛翔する魔物は人間には対処しにくい。地上だと左右と前後さえ気を配ってたまに上方向に注意すればいいだけだけど、空中だと常に上下を考えないといけないからな。魔法でも飛び道具でも回避されやすいのだ。
なので一般的に連中の討伐方法は、ある程度近寄らせてから攻撃に転じるか、奴らが逃げられないぐらいの広範囲に渡る大規模魔法をぶっ放すか、だ。無論、魔法使いのいない俺達のパーティーは自ずと前者を選択する。
さあ来い、と待ち構える俺達。地上を這う獲物に狙いを定めて狩りの準備に入る魔物共。それぞれが攻撃の機を窺い……均衡を崩したのはそのどちらでもなかった。
どこからともなく飛んできた矢がヘルコンドルの頭に突き刺さる。
あっけなく命を落とした個体はそのまま吸い込まれるように大地へと墜落する。
甲高い鳴き声を発して最大限の警戒を顕にする魔鳥共だったが、飛び交う奴らに容赦なく矢が襲いかかった。そのどれもが見事なまでにヘルコンドル共と一発で仕留めていくではないか。
「凄い……当たって当然みたいな……」
「一体どこから射てるんだ……?」
周囲を見渡し、最後の一羽を仕留める矢がかろうじて視界に映る遠くの森から放たれたことが分かった。目測でしかないが、明らかに当てられるような距離じゃない。もしかして魔法か何かで当たるよう補助していたか?
「いえ、その兆候は見られませんでした……。アレは完全に射手の技量です」
さすがのとんでもなさにはミカエラも戦慄しているようだった。
イレーネは警戒心をあらわにしつつ馬を駆ってヘルコンドルが落下した地点まで向かう。俺達も馬車を一旦置き去りにして馬だけを走らせて後を追った。
イレーネが見下ろす絶命したヘルコンドルは見事なまでに頭部を射抜かれていた。突き刺さった矢を観察したものの、特に魔術的な要素も見られず、何の変哲もない代物だった。ミカエラが驚いたように本当にただの技術によるものだとしたら、とんでもない化け物……もとい、達人だな。
「どうする? 射手を見つけるべきかな?」
「いや、このまま待とう。冒険者だったら討伐達成の証拠確保のためにこっちに向かってくるはずだ」
魔物の死体は仕留めた者のもの。これはもはや一般常識だ。横取りしようものなら泥棒として扱われ、冒険者ギルドから討伐指令が出る場合すらある。放置された死骸だろうとよほどの事情が無ければ捨て置くのが普通なのだ。
思い思いの感想を述べて暇を潰すこと少しの間、やがて森の方角から人影が見えてきた。金の長い髪を揺らして駆けつける美女。高身長かつ恰幅が良く、腿や腕の太さや胸当てをしていても隠しきれない豊満な胸部もさることながら、広葉を思わせる耳が特徴的で目に入った。
「やーやーやー、驚かせちゃったかな? 悪いね!」
それでありながら美女と美少女の中間とも言える幼さが残った若々しい顔つきはとても不均衡だと思った。
エルフの射手。俺達の前に現れた彼女は正にソレだった。
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