第25話 【過去話】戦鎚聖騎士、サイクロプスを討伐する

 村ではささやかながら夕食をごちそうになり、翌朝日が出る前に出発した。山間部への道を歩むのは俺達だけ。サイクロプスが出現する前は林業や狩猟でそれなりに往来があったそうな。


 天気は曇り。雲が白いから雨は降りそうにない。晴天だと暑くなるし雨だと最悪だから丁度いい。昨日かき集めた情報だと今日は天気が崩れる可能性は低いらしいので、魔物討伐に専念できる。


「そう言えば。ラファエラはどうして聖女になろうと思ったんだ?」


 俺は道中の退屈しのぎに質問を投げかけてみた。


 何せラファエラぐらい優秀だったらどこに行っても引く手数多だろうに。聖女としての名声や扱いと引き換えに過酷な奉仕や危険な場所への派遣などをこなさなければいけない。彼女ほどの能力があれば割に合わない、と考えていたからだ。


 俺の質問を聞いたヴィットーリオは僅かに表情を曇らせ、次には覚悟を決めた面持ちになる。爽やかな好青年って印象な彼にしては珍しい反応だった。どうやら重い事情があるらしい。


「最初に言ったでしょう。苦しむ人達を助けたいって」

「それは抱負であってきっかけじゃないな」

「ちなみにニッコロさんは格好いい聖騎士になりたいからなんですよ!」

「それ暴露する必要あるかぁ!? いや、まあ、俺のことは置いといて、将来の夢をはるかに超えて宿願にしてるように思えてね。何がラファエラを聖女に結びつけようとしてるのか、気になった」

「……そうね。丁度いい機会だからニッコロくんとミカエラさんには教えるわ」


 短くない沈黙の後、ラファエラは聖女見習いの祭服の袖を大胆にめくった。露出した腕は日々鍛えてる俺達より遥かに細く、華奢で白い。しかし、肉の付き具合とは肌の調子とかが全く気にならない要素が彼女の腕にはあった。


 ラファエラの腕には紋様が刻まれていた。幾何学的なそれは化粧ではなく傷跡に近い感じだろうか。それが手の平から腕を伝って肩、胴まで伸びていた。ぱっと見は魔法陣というより宗教画を思わせるそれは、まさか――。


「聖痕……」


 神により選ばれし、正真正銘の聖女の証だった。


 聖痕が現れた子供は聖者または聖女になる運命にある。教会は聖痕持ちの聖者や聖女が人々を救済する援助が目的で組織されたようなもの、と言い切ってもいいだろう。それぐらい人類にとっては重要な存在なのだ。


 奇跡を使える一般聖女はそれなりの数がいるが、聖痕持ちの聖女は一つの時代にただ一人。誕生したら必ずや人類に試練がもたらされる。例えば新たな魔王の出現、例えば天災級の邪竜の復活。聖痕持ちはそんな絶望と苦難から人々を救う希望となる。


 学院時代は魔王復活の兆候すらなく、先代の魔王が討伐されて久しかった。魔王軍に攻め滅ぼされた国も多くあったが、復興も進んで人々は平和に過ごしていた。新たな時代は再び転換期を迎えるってことか。


「こういうこと。私は聖女にならなきゃいけないし、みんなを救う使命があるのよ」


 ラファエラは決意が込められた引き締まった顔で述べた。己の宿命を受け入れ、それを果たそうとする覚悟に満ちていた。まだ聖女になっていなかったが、彼女からは既に並々ならぬ存在感と尊さを感じた。


 俺は思わずヴィットーリオに視線を移していた。彼は何も言わない代わりに強く頷くことで返事を示してきた。どうやら彼のラファエラ守る宣言はこの事情込みの話だったようだ。


「へぇ~成程ー。そうだったんですね!」


 ミカエラが憧れを表すようにはしゃぐ。自分こそが聖女にって日々足を引っ張り合う聖女候補者も聖痕持ちは敬う対象。ミカエラのこの反応は一介の聖女候補者としてはごく普通だったんだが、これには全く別の意味があったのだと今なら分かる。


 ミカエラにとってラファエラはこの時初めて興味を引く対象になったのだ。そして新たな聖痕持ち聖女の誕生を祝福した。決して仲間としてではない。ミカエラは、聖女が祓うべき魔王として彼女を歓迎していたのだ。


「水臭いですねー。なら余も聖女としてラファエラを支えますからね!」

「いいの? 私が聖痕を授かった意味、分かるでしょう?」

「関係ありませんねー。魔王だろうが邪神だろうがどんとこい!ですよ」

「ふふっ。頼もしいわね」


 見栄を張ったわけじゃないだろう。ミカエラだったら魔王や邪神が立ちはだかろうが跳ね除けるだろう、という謎の安心感があった。これはミカエラが魔王なのとは関係なく、不安を打ち払う彼女の気質によるものが大きい。


「そうかそうかー。ラファエラが真の聖女ならヴィットーリオは勇者か。大変だなー、ま、頑張れよ」

「勿論さ。ラファエラは俺が守る。そのためにも聖騎士にならなきゃな」


 勇者とは魔王が現れし時に登場する人類の希望。歴史を紐解けば神から啓示を受けた導かれし者だったり、聖女を守り続けた聖騎士だったり、様々な立場の者が過去に勇者と呼ばれている。ヴィットーリオが勇者になる可能性は零じゃない。


 冗談交じりに言ったんだが、ヴィットーリオは自分の評価は二の次で、あくまでもラファエラを守ることを第一に考えているようだった。そうした我が身可愛さの無い姿勢はまるで殉教者を思わせ、正直苦手だったものだ。


「みんな、そろそろ雑談は慎みましょう」


 ラファエラの一言で各々が気を引き締め直し、進んでいく。既に村人がサイクロプスを目撃した地点を過ぎており、いつ遭遇してもおかしくない。ここからはちょっとの油断が命取りになるから、気構えないとな。


 盾と戦鎚装備の俺が戦闘、両手剣装備のヴィットーリオが斜め後ろ。攻撃出来る奇跡を使えるミカエラが三番手で、一番後ろが状況把握役も兼ねるラファエラだ。この組み合わせは今でも無駄がない最高のパーティーだと俺は思っている。


 やがて、縄張りに踏み込まれたとでも認識したのか、人間の二倍から三倍はあろうかという巨人が姿を見せた。局部を隠すよう動物の皮を巻いただけの裸体ははちきれんばかりの筋肉で覆われており、ちょっと手を振っただけで人は簡単にミンチになることだろう。手にした棍棒が圧倒的暴力に拍車をかけている。そして何より、人でいう目元全てを1つ目が占めていた。


 1つ目の巨人、サイクロプス。それが何体も侵入者である俺達を睨んでいた。


「いつもどおりニッコロくんが先陣を切って敵の攻勢を凌いで、その間にヴィットーリオが反撃。ミカエラさんが攻撃の奇跡で援護する。私は状況を見極めて役割を変えるわ」

「了解だ」


 ラファエラが飛ばした指示に従って俺達は動き出した。サイクロプス共は攻めてくる俺達めがけて殺到し、次々と棍棒を振り下ろそうとする。どうやら連携だとか戦術の類は無く、知能はそれほどでもないらしい。


 当然ながら何倍もの大きさもあるサイクロプスの攻撃をまともに受ければ俺は盾ごと押しつぶされた地面にシミを作ることになるだろう。しかし人類にはそんな生物措定圧倒的な差もある敵への対抗策を編み出してこれまで続いてきた。


「シールドバッシュ!」


 己の生命力、活力を爆発させて本来の何倍もの力を発揮する闘気術もその一つ。俺は一番最初に棍棒を振るってきたサイクロプスの攻撃を弾き返した。棍棒は明後日の方向へ振られていき、サイクロプスの体勢は大きく崩れる。


「ハードスラッシュ!」


 その隙を逃さないヴィットーリオではない。咆哮して斬りかかった彼の剣をまともにくらい、サイクロプスは肩から両断される。


 攻撃により無防備になったヴィットーリオの前に割り込んだ俺は戦鎚を振るってがら空きだったサイクロプスの腹部に直撃させる。内臓に大きく損傷を負ったサイクロプスは痛みを堪えきれずに膝をついたので、その頭目掛けて戦鎚を振り下ろした。


「エンジェリックフェザー!」

「セイクリッドエッジ!」


 サイクロプス共は一斉に俺達に襲いかかろうとしたが、俺達が囲まれて袋叩きにされないようミカエラとラファエラが光の刃を放って牽制する。サイクロプス共は目の前の俺達に意識が行ってたからか、面白いように当たっていた。


 こんな感じだったもので、始終俺達が有利に進んだ。一体、また一体とサイクロプス共を仕留めていく。自分達の不利を本能的に悟った残り二体ぐらいは俺達に恐怖し、ためらいなく撤退を選択した。


「ライトニングフューリー!」


 しかし、奴らが逃げ切ることはなかった。ラファエラが行使した天からの鉄槌、雷がサイクロプス共を逃さず黒焦げにした。仕留められたサイクロプスが地面に倒れ、戦闘終了となった。


「さすがよヴィットーリオ。この調子で頑張りなさい」

「ああ。もとよりそのつもりだ」 

「素晴らしい活躍でしたよ我が騎士! 余も鼻が高いですよ!」

「待て待て待て、まだお前に騎士になると決まったわけじゃないからな」


 ラファエラとミカエラは我がことのように俺達を褒め称えた。

 ヴィットーリオは素直に受け取り、俺は恥ずかしかったのもあって少し捻くれた返しをしたものだ。正直、内心ではミカエラに褒められて嬉しかったんだけどな。


 候補者時代だったこの頃でもサイクロプスぐらいなら敵じゃなかった。

 俺達四人だったらどんな相手でも立ち向かえるんじゃないか、と思ったぐらいだ。

 今でもそれは錯覚ではなく確信している。


 けれど、そうはならなかった。元より俺達は歩む道が違ったんだ。

 なので、学院を卒業したら離れるのも道理だったんだ。

 これが正しい選択だったか、今でも分からない。

 しかし、俺は奴らではなくミカエラを選んだ。それに関しては後悔は無い。


 ヴィットーリオがラファエラに対して誓ったように、俺もまたミカエラと共にあろうじゃないか。

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