第21話 戦鎚聖騎士、妖魔を仕留める

「お前達はここでグリセルダ達を抑えておけ! その間に私は本懐を成す! 何人かは私に続け!」

「「「お任せください、ヴェロニカ様」」」


 クィーンラミアの姿になったヴェロニカは店の奥へとその身体を滑り込ませた。逃がすまいとグリセルダ達が向かおうとするも、他のラミア達に阻まれて足を止めた。さすがに襲わないのはラミア達にとってグリセルダも一応上司だからか。


「貴女達。こんな騒動を起こしてただで済むと思っているのですか?」

「残念ですよ。軍長は魔王様と昔から親しかったですから、いつかはこうなると思っていました」

「つまり、退くつもりは無いのね?」

「くどい! 正統なる後継者こそが我々の主に相応しい! 何故軍長はそれが分からないのですか……!」


 グリセルダの呼びかけはおそらく最後通告か。しかしラミア達はヴェロニカと同じく今の魔王を魔王と認めないようだ。話は平行線、説得は無駄だと判断したグリセルダの目が据わった。


「そう、なら仕方がないわね。ここでわたくし共が――」

「あー駄目です駄目駄目! こんな町中で騒ぎ起こさないでくださいよ!」


 妖魔同士の戦いが始まろうとする間際、成り行きを見守っていたミカエラが大声を張り上げた。グリセルダは驚いた様子で慌てて頭を垂れ、ラミア共は完全に見くびった感じに鼻で笑ってきた。


「何だ人間。邪魔をするならお前から食らってやろうか?」

「いいですかグリセルダ。聖地で暴れた魔物は退治しなきゃいけません。絶対に正体は現しちゃ駄目ですからね」

「成程……畏まりました、我が主」


 侮るラミア達を完全に無視したミカエラの呼びかけに、グリセルダは慇懃に優雅に、そして上品にお辞儀をした。メイド達、多分グリセルダが従えた妖魔なんだろう、は困惑したようだが、グリセルダに続いてミカエラに頭を下げた。


「き、貴様、一体何者だ……!?」

「通りすがりの聖女です!」


 ただ事ならないと感じ取ったラミアが狼狽えながら発した問いかけに、ミカエラは待ってましたとばかりに言い放つ。


「フォトンアームド!」


 ミカエラは権杖を上へと掲げる。すると権杖から光の粒子が溢れ出てミカエラ、そして側にいた俺を包みこんでいく。俺達が来ていた市民服は光となって消え、代わりに聖女の祭服、聖騎士の全身鎧が形作られていった。


 無力な一般庶民として生活する勇者が暴力を行使する敵の前に立ちはだかって、光の武具を身に纏う変身、格好良く名乗りを上げる。そんな子供向けの芝居に感銘を受けたミカエラは武装の奇跡を頑張って習得した。


 それがフォトンアームド。別の場所にしまっていた武具と今来ている服を入れ替える効果があるらしい。街の中で面倒事に巻き込まれてもこれで対処できる、とミカエラは自慢気に説明してくれたっけ。


 おかげで万全の状態で戦える。


「聖女ミカエラ、参上ー!」

「その護衛聖騎士ニッコロ、推参!」


 だからってこの名乗りは必要ないんじゃないかなぁ、と思わなくもない。

 ふ、決まった。とドヤ顔なミカエラが可愛いから付き合ってるけれど。


 で、名乗り口上を終えてすぐに俺は敵に突撃する。完全に不意をついたからかラミアの反応は遅く、とっさに回避行動を取ろうとする頃には俺は大蛇になった下半身へ戦鎚を振り下ろしていた。


 肉を骨ごと粉砕する生々しい感触と共に鮮血が飛び散った。絶叫をあげるラミアにとどめを刺そうと戦鎚を振り上げようとするが、その前にラミアへと背後から次々に矢が突き刺さる。


「マジックアロー」


 それがグリセルダ達が放った魔法の矢だと気付いた頃にはラミアは息絶え、その巨体を床へと沈めていく。


 他のラミアやスキュラ、スピンクスといった妖魔達は仲間の敵討ちとばかりに殺意を漲らせて俺へと襲いかかってくる。ラミアが俺に巻き付こうと素早く動くがここは屋内。障害物を上手く使ってかいくぐる。直後にスピンクスが俺を蹴り殺そうと襲いかかるが、盾でいなしてラミアの方へ投げてやった。


 俺が妖魔共と正面から戦っている間もグリセルダ達が攻撃魔法を仕掛ける。魔法の矢を放つマジックアロー、氷の弾を放つフリーズブリット、風の刃を放つウィンドカッターなど。全てが初級魔法ながらも複数名が精度良く連射するならそれは弾幕と化す。次々と妖魔達は仕留められていった。


「おのれ、小癪な……!」


 ラミアの一体がミカエラへと飛びかかるが、そんなのさせるわけねえだろ!


 一気に踏み込んだ俺はラミアの背中を足場に上半身に向けて疾走、奴が振り落とそうと身体を震わせる直前に跳躍した。そして全身のバネを最大限活用して渾身の一撃をラミアの頭に叩き込んでやった。


「さすがです、我が騎士」

「ま、これぐらいなら騒ぐほどでもねえな」


 仕留めたラミアの飛び散る血肉を避けたミカエラは歯を見せて笑ってきた。俺も手を振って答え、次の獲物に向かっていった。


 □□□


 既に勝敗は決したも同然で、敵側は瞬く間に数を減らしていく。


 劣勢を悟った何体かが軽く悲鳴を上げて怯んだ。しかしまだ降伏する様子は無いので容赦無く追い打ちをかける。グリセルダ達も同じ認識のようで、攻撃の手は決して止めなかった。


「馬鹿な、我らは誇り高き妖魔だぞ! 人間や淫魔ごときに負けるなど、あってはならないぃぃ!」


 善戦してた、というか素早くて力も強い個体のラミアが雄叫びをあげながらグリセルダへと突撃する。距離的に俺では迎撃に間に合わない。メイド部隊が攻撃魔法を浴びせるも、そのラミアは致命傷を避けるよう腕で防御して凌いだ。


「この不届き者めぇぇ死ねぇぇ!!」

「マジックレイ・ストリーム!」


 そしてその巨体がグリセルダへとのしかかる間際だった。グリセルダの両手から発せられた魔力の奔流がラミアへ襲いかかった。それはさながら鉄砲水を受ける人や大木のように容赦なく敵を押し流す。


 ラミアは壁に激突しても押しやられる勢いはやまず、満天の星が覆う夜の空へと身体をあらぬ方向に曲げたり捻らせながら吹っ飛んでいった。アレが落ちた先から本当に小さく騒動が起こったような悲鳴が聞こえてくる。


 これによって正統派の妖魔は全滅。戦闘は終了となった。


「さすがですグリセルダ! いつ見ても素晴らしい光波熱線魔法ですね」

「お褒めに預かり恐縮です」


 拍手喝采で絶賛するミカエラに向けてグリセルダは礼を述べ、部屋の片隅で固唾を飲んでいたナーディア達数名を見据えた。何名かが青ざめた顔で怯えたが、ナーディアは気丈にも勇気を振り絞り、グリセルダの前に跪く。


「軍長、この度のお咎めはどうかわたしだけにしてください。他の者は上司から命令されて嫌々従っていたんです」

「でしたら帰ったら掃除当番を一週間ほどやってもらいましょうか」

「……え? その程度でいいんですか?」

「上司の不手際の責任を取る必要はありませんよ。よくぞ最後の一線で踏み止まりましたね」


 どうやらナーディア達離反組はかろうじて許してもらえそうだ。これでいいんですよね、とグリセルダがミカエラにウィンクをしてきたので、ミカエラは満足そうに頷いて返す。


「ナーディアはノエミと一緒にここで事態の収拾にあたりなさい。わたくしはこのままヴェロニカの後を追います」

「「畏まりました、グリセルダ様」」


 ノエミと呼ばれたメイドの一人とナーディアは恭しく一礼し、慌ただしく動き出した。ミカエラはその間に俺の手を引いて店を脱出、店の外で大騒ぎする観衆達の間を縫うように進んでいく。


 後方から「主様、お待ち下さいませ~!」とのグリセルダの声が聞こえてくるので、多分彼女やメイド風の部下数名も俺達に続いているんだろう。とは言え俺は魔王軍の一員じゃないので待ってやる道理は無いので、無視して走り続ける。


「で、その妖魔軍副長のヴェロニカって強いのか?」

「強いですよ。六本腕にそれぞれ曲刀を持つ、魔王軍有数の武芸者です。他にも炎属性の魔王にも秀でてましたっけ。ニッコロさんだったら……余とグリセルダ達の援護があってようやく五分ってぐらいですか」

「援護ありとはいえ俺一人で戦えるなら、大教会に残ってる騎士を総動員すれば何とか退治できそうだな」

「うーん、彼らの出番ってありますかね?」


 そうなんだよなぁ。一応急いで駆けつけてるけれど、正直俺の出番はもう無い気がしてたまらない。

 だって、なあ。大教会には彼女がいるしなぁ。


 そんなわけで混乱する聖地の街の中を走破した俺達は大教会まで戻ってきた。そして目の当たりにした光景は、大教会を守ろうと懸命に戦って命を落とした騎士達、街を守ろうと戦って重傷を負った冒険者達、仕留められた妖魔が数体、そして……、


「ふんっ、ようやくお出ましか」


 六本の曲刀を装備して、その巨体を活かして上方から見下ろしてくるヴェロニカ。

 対するは喉元を守る首輪だけ装備した寝間着姿のイレーネ。

 どうやら状況としては前哨戦が終わった段階で、これからが本番なようだ。


 イレーネは何やら口上を並べるヴェロニカを完全に無視し、静かに手を上にかざした。すると、彼女の手の平から光、そして闇の粒子がこぼれ落ちてくる。イレーネが力ある言葉を吠えるように発したために。


「フォトンアームド!」


 寝間着が光となって消え、イレーネの身体を光と闇が包み込み、瞬く間に魔王の鎧に完全武装された。そして地面に突き刺さった二振りの剣を鞘から抜き、威勢よく構えを取る。


「勇者イレーネ、見参!」


 いや、お前も名乗るのかよ。

 しかしこの場においては誰よりも頼もしく、そして格好良かった。

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