第20話 戦鎚聖騎士、敵の拠点に乗り込む

「ここがヴェロニカって奴の潜伏先、だったっけか?」

「グリセルダからの情報が正しければそうみたいですね」


 おたのしみして晴れ晴れとした気分になった俺。しかし一晩中くんずほぐれずするわけにもいかず、程々に切り上げることにした。元からその予定だったので、決してミカエラに魅力がなかったわけでは断じて無い。


 風呂入ってゆっくりくつろいでから店を後に。ちなみに料金は部屋代だけだった。それにしても下手な高級宿より高いんだが。しばらくは節制だな。ミカエラは後でグリセルダに文句言ってやるとかぼやいてたけど、部屋の清掃の手間とか考えたら対価を払うのは当然だろう。


 夜の店が並ぶ繁華街の一角、グリセルダの店とはまた別の華やかさに彩られた店がヴェロニカ率いる妖魔軍正統派の隠れ蓑らしい。多くの客が出入りしていて、どうやらまだヴェロニカ達は突入していないようだ。


「夜の店をはしごするって正直どうよと思うんだがなぁ」

「女の子に不誠実だー、とか言うつもりですか?」

「いんや別に。単にそこまで満喫する気力も体力も無いってだけ」

「物足りないんでしたらここでも部屋だけ借りちゃいましょうか」

「おい馬鹿止めろ。その話題は早くも終了だな」


 とりあえずミカエラが腕を絡ませた状態のままで入店。客人を迎えたのはグリセルダの店に負けず劣らず綺麗な娘達で、こちらはいかにも高級な娼婦といった化粧と服飾に身を包んでいた。一回用事を済ませてなかったら目が釘付けになること必至だっただろう。


 ちなみに、女連れの男客というのはさして珍しくないらしい。酒場のオッサン曰く、自分の女を交えた夜を楽しみたいとか伽を教えたいとか、まあ様々な理由があるんだとか。勿論、そんなの少数派らしいけれどな。


「……で、この中に魔物はいるのか?」


 まあ、今は鼻の下を伸ばしてる場合じゃない。俺はいちゃつくふりをしつつミカエラに小声で話しかけた。耳がくすぐったいとか言ってきたけど無視した。ミカエラは迎えの娼婦一同を見渡し、背伸びしつつ俺の腕を引いて口を俺の耳に近づける。


「いますね。ラミアが二人、スキュラが一人、スピンクスが一人ですか」


 出迎えの女の子は八人。ミカエラが見抜いた四人以外は人間ってことか。上手く人に化けて社会に溶け込んでるんだな。目を凝らしても本当に魔物が化けてるとか見分けがつかん。


「ミカエラに気付く可能性は?」

「ありません。そもそも余が聖女になってるって知ってるのもヴェロニカ達軍長相当職の数名だけですし」

「じゃあ妖魔軍正統派の頭らしいグリセルダって奴は?」

「余を見ても気付かないでしょうね。だって今の余は完璧に人でしょう? 凄いですよね、褒め称えなさい!」


 またそうやってねだる。反応が面白いので俺もついつい褒めてしまうのだが。


 受付を済ませてミカエラはスキュラの女の子を相手に選ぶ。スキュラの女の子は男の俺じゃなく女のミカエラが指名してきたことに驚いた様子だったが、すぐに仕事の顔に戻って指名したことに感謝を述べてきた。


 案内された個室はさすがに先ほどの最高級感には到底敵わないが、それでも不快に感じさせない清潔感と雰囲気があった。普通に宿として使うにも文句無しだろう。こらミカエラ、寝具の上でごろごろ転がるんじゃありません。


「本日のお相手を務めさせていただきます、わたしは――」

「余は口が軽い女の子がだーい好きなんです。てなわけでニッコロさん、事前の打ち合わせ通りに」

「あいよ」

「えっ!?」


 期待させて悪いが、というやつで俺はスキュラの女の子の背後に回り、羽交い締めした。乱暴な行為に及ぶのか、と女の子は身構えたが、すぐにそれより遥かに深刻で自身に危機が及んでいることに気付く。


 ミカエラは権杖を女の子の首筋に当てていた。そして女の子を見つめる眼差しは先程からは想像もつかないほど冷たく、感情がこもっていなかった。浮かべた微笑も活発的なものではなく、圧倒的強者たる絶対の自信がこもった不敵なものだった。


「妖魔軍長グリセルダは既に貴女達の動向を掴んでいますよ」

「!? 何故それを……!」

「妖魔軍副長ヴェロニカが何を目論んでいるかは知りませんが、このままだと直に粛清されます。これが最後の機会です。洗いざらい喋って、余と一緒にグリセルダに謝りましょうよ」

「……。既にお見通し、というわけね」


 女の子の身体から力が抜けた。俺はミカエラと目と目を合わせ、女の子の拘束を解いた。女の子は抵抗する様子を見せずに椅子に座る。俺は逃げないよう出口の前で立ちふさがり、ミカエラは再び寝具の上に寝転がった。


「だからわたしは反対だったのよ。魔王様や軍長に逆らって古の魔王を蘇らせようとしたって、すぐにバレるって……」


 観念したスキュラの女の子は悲痛な面持ちで語り始めた。その嘆きは後悔やら不満やらが入り混じっていて、組織に属することへの理不尽さが滲み出ていた。社会への苦悩は学院を巣立って間もない俺は味わっていないが、一生無縁でありたいな。


「グリセルダの話だと妖魔軍の相当数が正統派に組みしてるらしいですけれど?」

「上司に逆らえないで嫌々従わされてる者も結構いるわ。逆に魔王派を公言する軍長の配下だって相当今の魔王様に不満を持ってるようだし、お互い様ね」

「じゃあ後の面倒はグリセルダが見てくれますから、早く離脱した方がいいですね。ナーディアも勇者の帰還は見たでしょう?」

「……! どうしてわたしの名前を……」


 ミカエラが呼んだ彼女の名は名札に記された親しみやすい源氏名ではなく、本名だったようだ。ナーディアは驚いた様子でミカエラを見つめ、ミカエラはご満悦な様子で自分の記憶力の良さを誇るように胸を張った。


「末端まではさすがに把握してませんが、魔王軍でそれなりの地位にいる者は大体把握してますよ。ナーディアはスキュラ部隊の部隊長で、ヴェロニカの腹心でしたね」

「貴女……何者?」

「それは後でグリセルダに聞いて下さい。それで、勇者イレーネが鎧の魔王を抑え込んで帰還した現状、ヴェロニカは何をするつもりなんですか?」


 ナーディアはしばらくの間沈黙してミカエラを見つめる。それから辺りの様子を伺い、深くため息を漏らした。まるで自分の中に渦巻くわだかまりを全てはきださんとする


「それが、副長は古の魔王を呼び起こす術があるとしか明かしてくれないのよ。他の副長直属の参謀達は意地でも止めないつもりだし……」

「でも夜の店に潜伏してる時期じゃないですよね。次にどう動くつもりですか?」

「今夜早くに店じまいして、聖地全体が寝静まってから大教会を強襲。勇者の隙をついて鎧の魔王を呼び覚ます予定よ」


 思ってた以上に大惨事直行だった。いくら真夜中だからって聖地で魔王を封印し続けてきた大教会は夜間警備体制を敷いている。だから魔王軍の精鋭と全面衝突する形になるのは必至。街に被害が及びかねない。


「ヴェロニカはグリセルダに任せて、ナーディアは正統派の考えに納得してない子を連れて早く離脱を――」


 その時、にわかに俺の後方、つまり扉の向こうが騒がしくなってきた。扉を閉めたまま聞き耳を立てると、どうも店で騒動が由々しき事態が起こったらしい。従業員らしい女性が焦った様子でやりとりして部屋の前を横切っていく。


 俺とミカエラは顔を見合わせ、互いに頷いた。ミカエラはナーディアに妖魔軍の潜入者達を呼び集めるよう指示を送り、廊下に出た俺の後ろに続く。あられもない格好をした客や娼婦の間を抜けて正面玄関まで向かうと、そこでは……、


「見つけましたよヴェロニカ」

「グリセルダ……!」


 数名のメイドを引き連れて店に押し入っていたのは家政婦長を思わせる貞淑な使用人服に身を包んだグリセルダ。対するは大胆に胸元と脚を露出させた上質なドレスを纏った女性。察するに彼女がヴェロニカか。


 真剣な面持ちで相手を見据えるグリセルダに対してヴェロニカは憎悪に歪んだ目で睨みつける。この対峙だけでもこの二人……いや、魔王派と正統派の関係性が何となく見えてくるな。


「あのお方は寛大ですので今ならまだ貴女達を許すでしょう。大人しくなさい」

「誰があんな忌々しい小娘なんかに頭を下げるか……! 我らが主と認めるお方は唯一人だ!」

「その者は継承争いであのお方に敗れたでしょう。納得していなくても現実を受け入れて前を見据えねばならない時が来たのですよ」

「あと一歩なんだ、お前なんかに邪魔はさせない……!」


 ヴェロニカが身体を震わせた。ヴェロニカの側にいた娼婦達も同じように吠えながら力みだす。対するメイド達も何かをしようとしたが、グリセルダが手で制した。その代わりに身構えて臨戦態勢を取る。


 ヴェロニカ達の身体が歪み、肉体がはち切れて煽情的なドレスが千切れ落ちる。主に下半身が人ならざる姿へと変貌を遂げているが、上半身も美しい女性の面影を残したまま肌の色が変わったり鱗が生える。


 クィーンラミア、そして部下のラミア達。

 妖魔達がその正体を現した。

 聖地という街のど真ん中で。

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