第19話 戦鎚聖騎士、魔王軍の説明を受ける

 悲報、夜のお店で魔王軍幹部と遭遇する。

 どれもこれも全部ミカエラってやつのせいなんだ。

 俺のわくわくを返してくれー。


「で、その魔王軍幹部とやらがここで何してるんだ?」

「魔王様、お答えしてもよろしいでしょうか?」

「いいですよ。ニッコロさんは口が固いですし、まずい事があっても機転が利きますから、安心してください」

「人類圏侵略のためです」


 クィーンサキュバスと名乗ったグリセルダは悪びれもせずに言い放った。

 あのー、俺は一応聖騎士なんだけど? 魔物の宿敵なんだけど? ミカエラが信用するからってそう簡単に暴露しちゃって良いのか?


「物騒な話だな。夜の店で働くことがどう侵略と結びつくんだ?」

「分かってないですねー。仕方がないですねー。この優しくて賢いミカエラさんがニッコロさんに教えて差し上げましょう!」

「殴るぞぐーで。大体は予測出来るっての」

「じゃあ採点してあげますから答えをどうぞ」


 基本的に魔王軍は暴力による侵略で殺戮と破壊を行い、人々に絶望をもたらした。最終的には勇者や聖女が立ち上がって魔王が討伐されてめでたしめでたし。それが様式美のように繰り返されてきた。


 今回は権力者に取り入る形ではなく各々の都市にサキュバスを派遣し、夜の店で男衆をたらしこむ。いざ全面衝突の戦争になった際に兵士共の体力や士気が萎えていたら、魔王軍に成すすべ無く蹂躙されるのがオチだ。


「グリセルダは人類圏に出店したサキュバスが潜む夜の店を統括してる。これが俺の推理だけど、あってるか?」

「百点満点中八十点ってところですね。男の心を奪うのは確かに主目的ですけど、各国からの情報収集も兼ねてるんですよ」

「……酒と同じで、夜の営みだと男の口が軽くなるからか」

「いやー、この策を考えついた余って天才ですよね! 褒めていいですよ」


 おいおい、ミカエラったら真っ当に魔王やってるじゃんか。

 これまで片鱗も見せてなかったのは一体何だったんだ。

 そこまでミカエラは聖女になって知識欲を満たしたいのか? それとも……。


「ですが、グリセルダとここで会うのは予想外でした。現地視察ですか?」

「それもあるのですが……」


 グリセルダがこちらをちらっと見つめてきた。

 言い淀む様子も色々と唆るので、実に目の毒だ。


「ニッコロさんは我が騎士。打ち明けても問題ありません」

「魔王様がそう仰るのでしたら……」


 グリセルダは一回器の中の水を飲み、静かにこちらを見据える。


「実はこの聖地に叛徒が潜んでいることが分かりまして、その調査のためにわたくしはここに来ました」

「叛徒……ああー、確か正統派を自称してた暇な人達でしたっけ。どうしてここに? 戦略的価値なんて無いですよね」

「何を仰るんですか。いらっしゃるではありませんか。未だに討ち滅ぼされていない古の魔王が」

「ちょっと待ってくれ。情報過多すぎる。もっと詳しく説明してほしい」


 ミカエラ、頼むから「えー面倒くさいー」って顔をしてこっち見つめてこないでもらいたい。これは人間の一般常識に毛が生えた程度しかわからないんだぞ。魔王軍の内情を知ってる前提で話されても困るんだが。


「騎士殿は魔王がどのように誕生するかは知っていますか?」

「魔王になるべく生まれるか、実力でのし上がるか、単に偉いか、だったっけか?」

「魔王様はその魔力と叡智によって魔王となる宿命の者を倒し、今代の魔王となられました。しかし叛徒共は魔王様を新たな魔王と認めず、宿命の者こそが正統な魔王だと主張。正統派を名乗っているのです」

「ほーん。じゃあ今の魔王軍は内部抗争で忙しいわけか」


 そりゃあ人類にとっては好都合だ。争え―争えー。むしろ共倒れしてほしいと願うばかりだね。


 とは言え、楽観視ばかりはしていられない。クィーンサキュバスのグリセルダが目の前にいるように、既に魔王軍の尖兵は人間社会に潜んでいるようだ。魔王軍そのものが襲ってこなくても侵略は始まっている、と警戒すべきだろう。


 で、グリセルダは自称正統派に与する輩を追ってここに来ている。彼女の口ぶりからするに、勇者によって封印されていた魔王が目的か。封印を解けば宿命の者とやらにとってこれ以上無い力になるんじゃないかな。


「この聖地で敗れた魔王はとっくに死んでるでしょう。亡骸をアンデッド化して使役するんですか?」

「いいえ、既に大教会で務める聖職者を何名かわたくし共の虜にしております。そしてとっくに聞き出しています。リビングアーマーの魔王は封印された状態だ、とね」


 夜の店に足を運んだ俺が言うなって話だが、聖職者がサキュバスの誘惑に負けて秘密を洗いざらい喋るとはね。とは言え、ここの大教会が厳格な修道院だったとしても本気出したサキュバスの毒牙から逃れられるとは考えにくいが。


「んー。昔の魔王を蘇らせたとして、正統派の言う事聞いてくれるんですかね?」

「さあ? 愚か者共の考えなどわたくしには想像も出来ませんわ」


 どうやらグリセルダは正統派の動きは掴んでいるものの、じゃあ連中が何をしようと企んでいるのか、は知らないらしい。ただ、軍長の立場は想像するに魔王軍のかなり上。そんな彼女本人が動いたのだから、よほどの大物が関わってるんだろう。


 ま、今となっちゃあイレーネが帰還したんだから、全部パーなんだけどな!

 いやあ、無駄な努力ご苦労さまだな。どんだけの帰還と手間を費やして潜入と工作してたのか知らんけど。俺がその立場だったらぱーっと遊んで憂さ晴らしするわ。


「それで、誰がこの聖都に潜んでいるかは調べが付いてるんですか?」

「それが……身内の恥を晒すようで申し訳ございませんが、どうやら妖魔族の者が関わっているようでして」

「じゃあグリセルダは尻拭いに来たってわけですか。それで、首謀者は?」

「ヴェロニカです」


 グリセルダから告げられた名前を聞いたミカエラは大して驚く様子を見せず、テーブルの上に並べられた菓子に手を付けた。そして水差しから器に水を移し、一気飲みして、ぷはーとかいった感じに息を吐く。


 ヴェロニカとは、ミカエラの説明によれば妖魔軍でグリセルダの副官を務めるクィーンラミアらしい。半人半蛇の妖魔だったっけか。目の前のグリセルダが妖艶な美女ならヴェロニカは凛々しい美女なんだとか。


「驚かれないのですね」

「え? だってヴェロニカは余が魔王になる前からあの子の崇拝者でしょう。納得しないままなのは全然不思議じゃありませんよ」

「わたくしは魔王となられたミカエラ様に忠誠を誓うよう再三申していましたが、聞き入れてもらえませんでした」

「あー、別に余はヴェロニカに認められようがいまいが構いませんし」


 ミカエラは手をパタパタ振ってその話題を強制終了させる。

 この様子だとミカエラはそこまで魔王軍とやらを締め付けて自分の意のままにしようという気が無いように見受けられるな。そもそも出奔して聖女になってる時点でアレだが。


「リビングアーマーの魔王を復活させようと企んでいたのは分かりましたけれど、つい先日勇者イレーネが蘇りましたよね。この作戦はもう失敗しちゃってますよ」

「いえ。確かに勇者は帰還したようでしたが、魔王の鎧は装備したままでした。なら、少しでも均衡を崩せば今度は鎧の魔王が勇者イレーネを乗っ取って蘇るかもしれません。まだ諦めるには早いかと」

「ソレ、あの勇者イレーネが許してくれますかね? 聖王剣で一刀両断される未来しか思い浮かびませんけれど」

「さあ? 何か策があるので作戦は中止していないようですが」


 グリセルダが聖地にやってきたのはつい数日前で、勇者の帰還で大騒ぎになったせいでヴェロニカ側の動きを掴みきれなかったのだとか。それでもようやくヴェロニカの潜伏先が判明したため、今日にでも動くつもりだったようだ。


 それにしても、グリセルダはちょっと主君に対しての態度とは思えないぐらいミカエラに馴れ馴れしく接してるな。ミカエラもそれを当然のように受け止めてるようだが、彼女達の関係だけが特別なのか、それとも魔王としてのミカエラがそれほど恐れられてないのか。


「ヴェロニカはこのわたくしが責任を持って粛清いたしますので、魔王様はどうぞご安心くださいませ」

「分かりました。頑張ってくださいね」


 グリセルダが恭しく一礼、ミカエラがそれをねぎらう。


 いやいやいや、そもそもイレーネは魔王に乗っ取られて復活したんだが? 正統派とやらが何するのか知らんが、前提から覆ってるのに。しかしミカエラはそれをグリセルダに知らせるつもりが無いようだし、俺も黙っておくか。


 さて、と呟きながらグリセルダは立ち上がった。そして艶かしく俺の方へと歩み寄ってその腕を取ろうとして、ミカエラが間に割り込んで彼女を押しのけた。目を丸くするグリセルダをミカエラがむすっとしながら睨んだ。


「余はグリセルダに頑張ってって言いましたよね。仕事に戻ってくださいよ」

「あらあら。わたくしのお仕事は人間の男に良い気持ちになってもらい、思い通りにさせることもあるのですが。騎士殿は溜まった欲求不満を解消するために来店したのでしょう?」

「い、い、か、ら。さっさと出て行って下さいっ」

「はいはーい。それじゃあ魔王様も騎士殿も、どうぞごゆっくり」


 グリセルダは気品あるお辞儀をして部屋を後にした。豪華な部屋に残されたのは俺とミカエラだけ。ムフフな時間を過ごす空間にミカエラと二人っきり……。俺はどう受け止めれば良いんだ?


「……とりあえず、さすが来賓室だけあって浴室に風呂あるみたいだな。それ入ったら帰るか」

「あれ、男の欲望を満たす為に来たんじゃなかったんですか?」

「ミカエラがあの美女追い出しちまったじゃねえか。今から受付行って女の子呼んでこいってか?」

「要らないでしょう。余がいるんですから」


 そうだな。まだ女の子はミカエラが残ってるもんな。

 だったら問題な……い……? ん? んん~?


「すまん、何て言った?」

「魔王は全ての魔物、闇の住人を従える王者です。魔力と叡智で出来た魔王が布か裸装備のサキュバスに遅れを取るはずがありません!」

「お前は一体何を言っているんだ?」

「さ、余の溢れ出る知性を堪能させてあげましょう!」


 自信満々にとんでもないことを言い放つ目の前の聖女。こんな時でも彼女は元気いっぱいで、明らかにこれから起こることを全く連想させないほど純真だった。

 ドン引きした俺は頭を抑えて天を仰いだ。どうしてこうなった、と。


 ……まあ、悪い気がしない俺も俺なんだがな。

 むしろ俺はそんな汚れ知らずのミカエラを以下自主規制。


 結論から言うと、凄かった。さすが豪語するだけあった。


 ドヤ顔で「満足したでしょう? もっと撫でなさい!」と仰るので、思いっきり撫でてやった。顔をほころばせて喜んでくれたので俺も嬉しかった。

 んで、これから自制が効かなくなりそうだし気を引き締めないと、と思った次第。

 そんな煩悩を戒める俺の頭をミカエラが撫でてきやがった。あと可愛い言うな。

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