第18話 戦鎚聖騎士、聖女魔王と夜の店に行く

「夜のお楽しみに行くんですか?」

「……何故バレたし」


 男というのはどうしようもない生き物で、特に思春期を迎えると異性への興味が沸いてくる。そして若さを発散したいという欲求に駆られるわけだ。それは聖女の盾になる聖騎士とて変わりはない。煩悩を捨てろだなんて死ねと言ってるのと同義だろう。


 じゃあどうやってこのろくでもない欲望を満足させるかというと、まあ自分の妄想力を疾走させて爆発させるか、その手の店に行くぐらいだろう。お相手がいるんなら話は全く別だが、俺はあいにく募集中なんでね。


 何だか気の知れた同級生相手にしか出来ない下品な話になってしまった。とどのつまり、せっかく聖地ぐらいに栄えた都市にいるんだから、一人で寂しくなんてせず、お楽しみしたいわけだ。


 で、日が沈みかけた頃合いに出かけようとしてミカエラに見つかった。

 不潔だとか助平とか言われるのかと思ったら、意外なことにミカエラはいつもの元気な笑顔のままだった。止めてくれ、自分が汚れたような錯覚に陥るから。


「言っとくが自分の懐から金出すぞ。あと日付またぐ前には戻って来る予定だ」

「別に行くなとは言ってませんよ。男性の事情を知らないほど初心ではないですし」

「じゃあどうしてそんな気分悪そうにしてるんだ。まさか今晩は暇つぶしに付き合えとか言うつもりか?」

「ん? 余が欲しいんですか? ニッコロさんだったらいいですよ」


 真顔でなんてこと言うんだ。冗談なのか本気なのか判断つかないし、言われてぐらっと心が揺らいだ自分が情けない。こら、そこで面白がって俺の腕を取って自分の身体を押し付けるんじゃありません。


 ミカエラはちょっと待つように俺に述べ、自室に戻っていった。そして程なくして町娘風の服に着替えて戻って来る。権杖だけは布に包んで持ち歩くようだが、傍目からは目の前の女性が聖女とは思えないぐらい馴染んでいた。


「冗談はさておき、夜でしか分からない街の事情を把握したいんですよ。教会を訪ねられないで苦しみ続ける人達がいるかもしれません」

「いや、ミカエラが真面目に救済活動すると俺がお楽しみ出来なくなるんだが?」

「はい、ですから今日はお忍びですね。店に行ったら別行動でいいですよ」

「……行った先の状況を見てその時判断するか」


 てなわけで夜のお楽しみに行くのに何故か聖女を連れて出発。新手の罰だわコレ。


 まずは適当な店に入って夕食を取った。大教会に滞在する間は三食出るんだが、質素なんだよなぁ。騎士としてはもっと油滴る肉とかをガッツリ食べたいわけだ。ミカエラも遠慮なく肉を頬張って料理を堪能する。戒律?知ったこっちゃないね。


 日が沈んで街も暗くなったが、建物の中から漏れる明かりのお陰で道を進むのにそう苦労はしなかった。それに酒場が並ぶこの通りは人通りも多く、多くの店が賑わっているようだ。特に勇者の帰還もあって皆祝っているんだとか。


「さて、聞いた話だとこの辺りなんだが……」

「あれ、ニッコロさんってこの聖地来るの初めてですよね。どこでそんな夜の店の情報なんて仕入れたんですか?」

「大教会じゃあ酒類が出ないだろ。ちょっと外出て酒場で飲んだ時に仕入れた」

「すごく積極的ですね。そんなに溜まってましたか?」


 それは言わないお約束だ。何だか情けなくなるから。


 そしてようやく夜の店のある地域までやってきた。辺り一帯がそういう類の店で固まった、華の商店街ってやつだ。案の定道行く人々は男ばかりで、女は客引きが多い。中には女連れの男もいるが、女も客なのか同伴とやらなのかは分からんな。


 中には明らかにミカエラより幼い女の子も男を呼び込んでいたけれど、教国連合では貴族でもない一般庶民は十代半ばになれば大人扱い。若い女子は地方からの出稼ぎか、もしくは経済的に窮困してる層の娘か。まあ、想像でしかないが。


「むふふ」

「ニッコロさん、鼻の下伸びてますよ。絵画にして残したいぐらいだらしないです」

「残さんでいい。ミカエラには男のどうしようもなさは理解出来ないだろうしな」

「それ、胸張って言えることですか?」


 何とでも言え。とにかく俺は今日この男の欲望を解き放ちたいのだ。

 逸る気持ちを抑えて俺は華やかな外観をした店の扉に手をかけた。

 さあ、いざ行こう、この世の天国へ!


「「「お帰りなさいませ、御主人様」」」


 酒場で出会ったオヤジ曰く、ここは高貴な家に務める使用人達という方向性に従った女性が揃えられているそうな。その身分に相応しい気品のある女性が男を持て成し、時には楽しく語り合い、時には激しく乱れるのだとか何とか。


 俺達を整列して出迎えたのもそういった使用人を彷彿とさせる服飾に身を包んだ落ち着いた女性ばかりだった。慇懃に頭を垂れて中へと案内する。俺とミカエラ両方の外套を脱がせて受付まで案内してくれた。


「お帰りなさいませ、御主人様。当店は――」


 で、絶世の美女といって差し支えない、胸元はおろか手先や首元まで貞淑に着込んだ上品な女性が丁寧に挨拶を告げ……何故か固まった。冷や汗すら流れるんじゃないかってぐらいの焦り具合で見つめる先は……ミカエラ?


 ミカエラが口を開こうとした途端、その女性は他の従業員達に慌てて指示を送り、俺達を一室へと案内する。それは都市部でもめったにお目にかかれないほど豪華な内装をした、所謂やんごとなき身分の客を相手する際の来賓室というやつか。


 女性は不思議に思う従業員達を押しのけて、部屋に俺達三人だけにした。そのうえで彼女はミカエラに座るように促し、彼女が座ってから腰を落ち着けた。俺はついいつものくせでミカエラの後方に位置取る、警備体制に入ってしまう。


「どうして貴女様がこちらに? 確か聖パラティヌス教国で聖女の奇跡を習得するために修業に出る、と仰っていましたが……」

「あれ、連絡してましたよね。余はめでたく聖女になったので、あとは実践あるのみです。凄いでしょうー、褒めなさい」

「まさか本当に有言実行なさるとは……。やはりわたくしの目に狂いはございませんでした。やはり貴女様こそが相応しい」

「肝心の目的は果たせてませんから、帰還はまだ無理です。そう伝えなさい」


 美女がミカエラを敬い、ミカエラはそれを当然のように受け止める。その構図はミカエラが聖女であることを踏まえてもありえない。そう、それはミカエラが聖女とは別の立場を持っていて、それに従って美女が頭と垂れているとしか……。


 仲間外れ状態だった俺にようやく気付いたミカエラは女性を指し示す。女性もまた丁寧のこちらへお辞儀をするので、俺も頭を下げる。女性の動作は洗練されていて美しく、しかし男の欲をそそる艶かしさも兼ね備えていた。


「ニッコロさん、紹介しますね。彼女の名はグリゼルダと言って、種族はクィーンサキュバス。魔王軍の幹部を務めてます」

「魔王様の騎士殿、始めまして。妖魔軍長を任されていますグリセルダと申します」


 ……。ちょっと待ってくれ。


「クィーンサキュバス?」

「え? ニッコロさん、サキュバスも知らないんですか?」

「さすがに馬鹿にしすぎだろ。基本知識ぐらいなら分かるっての」


 サキュバス。見目麗しい女性の姿で夢の中で現れ、男を誑かして精を吸い尽くす魔物。別名女夢魔とか女淫魔とか。男の姿で女をかどわかすのはインキュバスという別種族らしいが、今は関係ないので割愛。


 クィーンサキュバスは人類の歴史上度々登場してくる。下僕と共に全ての男を魅了して一国を滅ぼしただの、国王の寵愛を受けて国を好き放題しただの、クィーンサキュバスが表舞台に姿を表すとたいていろくな目にあっていない。


 そして、魔王が率いる魔に属する者達の軍勢、通称魔王軍の一角を担う存在として、今なお国や教会から再出現を警戒されている。そんな厄介な存在だ。当然、こんな場所で遭遇するような相手じゃないのは間違いない。


「魔王軍の幹部?」

「はい、そうですよ。グリセルダを初めとして皆さんとっても優秀で真面目で、すごく頼りになるんです!」

「お褒めに預かり恐縮ですわ」

「いや待て待て待て」


 え、と。魔王軍は確か種族ごとに軍団長が率いていて、人類史上では過去に最大六つの軍団が攻めてきたんだったな。現在、魔王は復活したと予測されているものの魔王軍はまだ人類圏に襲ってきていない。だから魔王軍が今幾つあるかも人類は掴めていないわけだが……。


 にこにこ顔なミカエラ。あらあらうふふな感じのグリセルダ。

 とてつもなく頭が痛くなってきた。

 欲求不満を解消しに夜の街に繰り出してきたのに、どうしてこうなった?

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