第17話 戦鎚聖騎士、勇者魔王と買い物する

 枢機卿と助祭の殉職だが、当たり前だけど真実を暴露できるわけがない。聖女が行使した審判の奇跡によって裁かれたという事実のみを明かし、真相は調査していく。そんなごまかしに教会は終始した。


 で、そんな不信感を向けられた教会は勇者凱旋の式典を計画しようとしたらしい。聖地の市民にとって勇者イレーネは憧れの存在であり、復活した今となっては生きる伝説。そのお披露目をすべきだろう、と尤もらしい理由を並べてきた。


「凱旋式典? 嫌だよ。それより僕はやりたいことがあるんだ」


 ま、こんな感じに当の本人に一蹴されたんだがね。


「し、しかし、それでは市民が何と言うか……!」

「僕って仰々しくされるのあまり好きじゃないんだ。ごめんね」


 神官達が必死に説得しても梨の礫だった。


 じゃあ聖都市民の感情を差し置いてイレーネは何をしたかったか? まさか生きる武具としの本懐を果たすために誰かに決闘を挑むとか、まさか辻斬りとかやるつもりじゃないだろうな?


「失礼なこと考えるなぁ、ニッコロさんは」

「頼むから心の中を呼んでくるのはミカエラだけでいいって」

「コレ見てよコレ」

「ん? いや、何の変哲もない籠手にしか……ああ、成程。そういうことか」


 イレーネははめていた籠手を外して俺に見せびらかせてくる。今のイレーネにとっては肉体が操り人形で全身鎧が本体のハズだから、これって自分の腕をもいで渡してくるようなものだよなぁ、なんて馬鹿な考えが脳裏によぎった。そんな籠手を手にとってまじまじと見つめ、言わんとしていることを察する。


「手入れしたいのか。装備品全部」

「さっすが聖騎士。話が分かるぅ」


 強く背中を叩かれた。さすがに教会内では全身鎧を脱いでいたせいで背中は無防備。思いっきり咳き込んでしまう。


 俺達人間の感覚で言ったら風呂入りたいようなものか。そりゃあ長い間封印されてたんだからその気持ちは分からんでもない。魔王にまで上り詰めたリビングアーマーなら自己修復能力ぐらい持ってそうだがね。察するに気分的な問題か、もしくは娯楽の範疇なんだろう、と当たりをつける。


「ニッコロさんだって全身鎧装備でしょう。手入れ道具持ってる? 貸してよ」

「これから旅すること考えたら一通り自分用のを揃えた方がいいぞ」

「それもそうね。じゃあ今すぐ買い物に出かけよう」

「いや、いくら何でも目立つだろ。すぐに市民が集まって身動き取れなくなるぞ」

「ちょっと待ってて。身支度してくるから」

「なんで俺も行くこと前提になってるんですかねえ?」


 イレーネは一旦自分の部屋に戻って、程なく再び姿を見せた。なんとイレーネは全身鎧を外して代わりに軽装備に身を包んでいた。具体的にはサークレットに胸当てと肘当て、膝当てだけを装備した、どちらかというと冒険者を思わせる風貌だな。


「いや、本体はどこいった?」

「いるじゃん、ここに」


 俺の疑問に何言ってるんだとばかりにイレーネは自分の胸を叩く。

 もしかしてイレーネは本体を装備していなくても勇者の肉体を動かせる?

 ……いや、もしかして胸当てとか一式に変形したってことか?


「ほら、ニッコロさんも早く準備してきてよ」

「市街地出歩くだけだろ? なら今のままで充分だ」

「か弱い乙女の僕を守るための武器はー?」

「ほら、持ってるだろ。文句無いよな?」


 俺は腰にかけている練習用の木剣をイレーネに見せびらかせる。これでも聖騎士なんでね、暴漢に遭遇したってこれで鎮圧出来る自信はある。そもそも勇者にしろ魔王にしろどの口が言うんだか。しっかり魔王剣と聖王剣を両方とも背負ってるしさ。


 そんなわけで街へと出かけた俺達だったが、案の定勇者の到来で人々は大いに沸いた。すぐさま憧れのイレーネを取り囲んで皆口々に思いを告白する。イレーネは市民を決してぞんざいに扱わず、笑顔をふりまきながらも手際よく対応した。


「ゆうしゃさま、あたしもゆうしゃさまみたいになりたい! どうすればなれるの?」

「良く食べて良く寝て、お母さんの手伝いをしっかりするんだよ。そうすればきっと他の人達も助けられるぐらい強くなれるから」

「勇者様、今日の我らがいることは貴女様のおかげです。本当に感謝いたします」

「礼には及ばない。みんながこうして平穏に過ごせていることが何よりだから」


 とまあ、優等生を絵に書いたように立派だった。ミカエラもこう振る舞えなくもないんだが、アイツおだてたらすぐ調子に乗るからな。良く言えば純真だし悪く言えばまだ子供っぽいんだろう。


 で、大教会で聞いたお勧めの武具屋に足を運ぶと、店はもう大歓迎状態。店主は感涙の涙を流しながらもてなしてくるわ、その弟子らしき若い衆は興味津々だわで、全く落ち着かなかった。


「それで勇者様、本日はどういったご要件でしょうか?」

「武具を手入れしたい。砥石や布といった道具一式を揃えたいんだけれど」

「我々に任せていただければ万全の状態になるよう手入れ致しますが」

「いや、自分の手でやりたい。用意してもらえる?」


 店主はかなりがっかりした様子だった。そりゃあ勇者に何かしらの武具を買ってもらったってだけでとてつもない宣伝になるだろうし。手入れもさせてもらえず、単に道具の購入となったらそこまでのご利益もあるまいて。


 ところがイレーネ、店主が持ってきた砥石を眺め、店の在庫を全部持ってくるよう要求。その一つ一つを自分の目で確かめ、選んだ一つだけを買い取った。それでもイレーネ曰く及第点でしかなかったそうだが。


 大教会に戻ったイレーネは早速武器と防具の手入れを開始した。俺も暇だったので自分の装備一式を再確認する。静かな部屋の中で黙々と作業する時間の使い方、なんて贅沢で心地よいことだろうか。


「ねえニッコロさん。ミカエラのことなんだけどさ」

「ん? 彼女がどうした?」

「彼女、魔族?」


 いきなり確信に踏み込んできたな。

 聖都を出発してから俺があまり触れてこなかったミカエラの事情に。


 魔族、それは魔物の上位種といったところか。悪魔や妖魔といった、より魔の要素が強い存在達を一括りにそう呼ぶ。過去に魔王と呼ばれた者達の半分以上がこの魔族だったと伝えられるほど、生命体として強者の分類に入る。


「どうしてそう思うんだ?」

「だってミカエラってさ、聖女の奇跡を行使する時、神に全く祈ってないじゃん」

「……それ、マジ?」

「教会の連中とか他の聖女は騙せても僕の目はごまかせないよ」


 聖女は神や聖霊の力を借りて奇跡を発動させている。決して聖女本人が神のような奇跡をもたらしているわけではない。そう言った点では己の叡智と技術の結晶である魔法とは決定的に異なるわけだ。


 そう言えば、聖都での学院時代でもミカエラは祈りが足りないと度々叱られてたっけか。多分、ミカエラの性格を踏まえるなら、奇跡を起こすのは自分であって神にはすがってない、って考えが根底にあるんだろう。納得できちまった。


「ミカエラは魔法と同じ感覚で発動してるんだろうね。それが悪いとは言わないけれど、聖女としては有り得ない。なら、正体は別にある、と考えるのが普通でしょう」

「……もうちょっと取り繕うように注意しとく」

「直したほうが良い、って言ってるんじゃない。彼女が何者か、それが知りたいだけさ。単に好奇心だって」

「知らん。ミカエラが言うにはアイツは魔王なんだとさ」


 へえ、と呟きながらミカエラは口角を釣り上げる。

 興味が湧いた、そんな感想を抱いたようだ。

 この様子だとそのうち決闘を挑みかねないなぁ、などと他人事のような感想を抱いた。


「魔王が聖女に? それはまたどうして?」

「直接本人に聞けばいいじゃんか。どうして俺が知ってると思うんだ?」

「だってミカエラはニッコロさんに心許してるじゃん。相当信頼してるよ」

「どうだか……。腹の中までは読めてないんでね」


 現に俺はミカエラが自分が魔王だとか告白してくるまで彼女を微塵も疑っちゃいなかった。ありのままを見ていた、って言えば聞こえは良いんだが、上辺だけ眺めてたと言われたらそれまでだ。


 唐突な告白の後でもミカエラが魔王だって感じさせる素振りは一切無い。超常的な身体能力だとか強大な魔法だとかはおろか、普段の立ち振舞とか見てもただの新米聖女にしか思えない。


 むしろ、あの魔王宣言の方が嘘、または夢だったんじゃないか、とまで思える。

 それぐらいアイツとは変わらず自然に付き合えたんだ。

 何を考え、何が目的で、どうして俺を旅の共にするのか。彼女にしか分からん。


「ま、ちょっと聞いてみるよ。俺も気になってたんでね」


 とはいえ、こうして意識してしまうと悶々としっぱなしになるな。

 こうして三人目がパーティーに入ったんだから、ちょうどいい機会だろう。

 一応俺は彼女に聞けるぐらいには関係を築けてる、と思いたいものだ。


 そう喋っている間にお互いに武具の手入れが終わった。後は天日干しするだけだ。魔王の鎧と聖騎士の鎧がばらばらになって庭に広がる光景はとても奇妙だった。木陰で座りながらまじまじと眺めてたら、


「もう、そんなじっとり僕を見つめないでよ」


 とかイレーネが冗談交じりに言ってきたので、


「裸体を拝むって感じじゃねえだろ。こりゃあバラバラ殺人事件の現場に遭遇したって言うんだ」


 と冗談を返しておく。

 昨日死闘を繰り広げたとは思えないぐらい穏やかな時間が流れていた。

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