第16話 聖女魔王、悪党聖職者を成敗する

 勇者の帰還、それは聖地を大変揺るがした。


 そりゃあまあそうだろうな。勇者イレーネが魔王を討伐していたと教わっていたのに実は今の今まで封印していて、それが今になってとうとう魔王が滅んだから戻ってきた、なんて信じられないわな。


 で、封印を維持するために俺達を騙して犠牲にしようとした教会上層部は何とか俺達……というよりミカエラのご機嫌を取ろうと、気持ち悪いぐらいにごますりしてきた。当然ながらミカエラは見透かしていたのだが、意外にも彼女はその者達を許した。


「ええ。魔王の封印が解かれれば世界は闇に包まれていたことでしょう。それを危惧するあまりに過度な手を打ったこと、罪だとは断じきれません」

「おお……聖女様の寛大なお心に感謝いたします」

「その代わり、神の前でこれまで犯した罪を告白してください」

「勿論ですとも。告白いたします、我々の罪を……」


 慈悲深い微笑みを浮かべたミカエラに助祭を初めとしてこの件に関わった神官共は跪いた。そして彼らは懺悔の間で洗いざらいゲロった。俺達だけじゃなくこれまで何名か聖女を同じように魔王封印の間に閉じ込めたことを。そして助祭は前任者からやむを得ないことだと教わったことを。


 反吐がでそうだ。人柱になった聖女達はそれでも己の使命を果たしていた。きっとそのように強要しなくても短くない期間破られない封印を施せただろうに。この大教会の者達は我が身が可愛かったから犠牲を押し付けてきたんだ。


「聖女が命を捧げれば封印はより強固になる。確かに事実ですけれど……」

「これまで先人達がやってきたんだ、平和のために仕方がないことだ、いつの間にかそんな考えに捕らわれていたんです」

「苦悩の末の決断だったことでしょう。余は貴方達の罪を許します」

「おお……ありがとうございます。我ら一同、これより悔い改めて――」


 そう、一見するとミカエラは彼らを許した。ただ、俺には分かる。ミカエラがただで済ますわけがない。何故なら、彼女の好奇心を満たす絶好の機会が訪れたことへの喜び、それを彼女が彼らへ獲物を見るような眼差しを向けているためだ。


「ええ、余は許します。ですが……神が許すでしょうか?」

「……へ?」

「審判を神に委ねますね。これで罪が有るか無いか、はっきりしますよ」

「……!」


 ミカエラは彼らへと権杖の先を向け、力ある言葉を放つ。


「ディヴァインジャッジメント」


 その途端、跪きながら手を組んで許しを請うていた助祭の身体が激しく燃え上がる。


「ぐあああぁぁっ!!?」


 絶叫をあげてもがき苦しむ助祭。その度に彼を襲う炎が飛び散り、神官共の祭服に燃え移った。まさに阿鼻叫喚。周囲の神官達は助かろうと遠ざかり、逃げ惑う。しかし毛布や水で消火しようとは誰もしなかった。何故なら、これは自然発火ではないのだから。


 審判の奇跡ディヴァインジャッジメント。罪人の処遇を神に委ねることで適切な罰を与える裁き。

 この奇跡は神の采配により結果がもたらされるため、地上に生きる人々の思惑どおりにならない場合も多い。時には疑問しか湧かないほど軽い罰や、苛烈なほどむごい罰となる。

 そして、この奇跡は使い所を選ばなければいけない。罪を犯さず生きる人などこの世にはいないのだから。無用に神罰を加え続ければ、明日裁かれるのは聖女自身になるだろう。


「汝に罪有り、でしたね」


 こうして助祭は骨と炭だけと化してその罪を償った。加担した神官共も深いやけどを負った。審判の奇跡による傷害は奇跡では治せないから、生涯その傷と向き合って苦しみ続けるとになった。


 それまでミカエラを聖女として憧れ、敬っていた神官達は一斉に深く頭を垂れた。中には震えて顔面蒼白になった女神官もいた。ミカエラが部屋から出ようとすると神官達は思いっきり後ずさって道を開ける。部屋の外で成り行きを伺っていたらしき聖職者達は悲鳴を上げ、女神官は腰を抜かして粗相までする始末だった。


 彼らの目には聖女が畏れ敬うと同時に恐れる対象だと映ったに違いない。


「思っていた以上に神は厳しいんですね。まさかあんな結果になるなんて」


 実験を終わらせたミカエラは、表情一つ変えずに感想を呟いたのだった。


 さて、あいにくミカエラの暴走……もとい、独壇場はこれで終わらない。俺を引き連れた彼女が次に向かったのはすぐ近くの部屋、即ち枢機卿の執務室だった。要するに、これまで犠牲を強いてきた方針を枢機卿も認めていたかもしれない、と疑っているんだろう。


 ドアノブを捻って……鍵かかってるな。力いっぱい捻ったら破砕音が鳴り響いて扉が開く。その拍子にドアノブが取れちまったが、きっと経年劣化で寿命が来ていたんだろう。後で教会の経費で直してくれや。


 中に入った俺達が目の当たりにした光景は、完全武装状態のイレーネが仕事机に肘をついて頭を抱える枢機卿を見下ろす構図だった。


「ニッコロさん、悪いけれど扉を閉めてくれない?」


 俺の呼び方に思うところがなかったわけではないが、ここは素直にイレーネの言うことに従っておこう。他には既に人払いが済んでいたのか、部屋の中には秘書官達はいない。ここは四人だけの空間になっていた。


 枢機卿の様子は尋常じゃなかった。顔面蒼白で目を大きく見開き、歯を震わせて頭をかきむしってる。そしてしきりに「儂は悪くない」だの「仕方がなかったんだ」と言い訳をつぶやく。


「どうも先にイレーネが枢機卿を問い質してるみたいですね」

「割り込むか?」

「いえ、しばらく様子を見ましょう。悪いことをした人が叱られない、そんな理不尽さが解消されるなら余は別に構いませんから」


 そんな憔悴しきった枢機卿にイレーネが向ける眼差しには怒りがにじみ出ていた。相手が気絶しないよう殺意は極力抑え、しかし勘違いされない程度に自分の意思は表す、絶妙なさじ加減だった。


「封印の効きが悪くなって張り直す期間が短くなっていった。だから聖女に生命をとして封印させた。世の中の安寧のためだから仕方がない。それ、犠牲になった聖女の墓の前でも胸張って言えるの?」

「そ、それは……」

「封印されている間も見ていたよ。裏切られた絶望の中でもなお使命を果たそうと再封印を施した後輩達の立派な姿を。そう、嫌でも見せつけられたね。聖女達にそうさせてしまう自分の無力さを嘆き悲しみ、絶望するには充分だったよ」

「し、しかし、大聖女様は今このように魔王をも屈服させて復活を遂げられたではありませんか! 我々は正しいことを続けてきたまでで――!」


 声を張り上げて自分の政党雨声を訴えた枢機卿だったが、ちょっとイレーネが威圧すると言葉が出なくなり、腰を抜かして再び椅子に崩れ落ちた。がたがた震えながら後ろに下がって彼女から遠ざかろうとするものの、すぐに壁に激突する。


「自分が守ってきた人々の愚かさを目の当たりにした『僕』が僕に負けてしまうのは当然だったんだ。僕は、そんな寂しい最後を遂げた『僕』の無念を汲み取りたいと思って、今ここにいる」

「……!? あ、ああ、あああっ……!!」


 枢機卿もようやく気づいた。気づいてしまった。

 勇者が帰還したのではなく、魔王が復活してしまったのだ、と。

 そして、その原因が他でもない、自分達にあることも。


「ディヴァインジャッジメント」


 そんな大罪人に向けてイレーネが放ったのは審判の奇跡だった。二振りの剣で滅多斬りにしなかったのは勇者イレーネへの手向けだろうか。


「か、神よ! お許しを……!」


 途端に枢機卿の身体は床から伸びてきた鎖でがんじがらめにされる。そして沼に引きずり込まれるみたいに床へと沈んでいった。駆け寄って仕事机の裏に回ると、丁度底なしの暗い穴が閉じようとしている所を見た。


 鎖で拘束される罪人、まるでつい先日まで封印されてたイレーネみたいだな。そんな感想が頭に浮かんだ。もしかしたら神は彼に勇者と同じ目に合わせようとしているのかもしれないな。


「ミカエラ、そっちは終わったみたいだね」

「あいにく、見て見ぬふりしてた下っ端の粛清はやってませんよ。後は内部監査に任せましょう」

「それでいい。『僕』は過度な厳罰まで求めてなかったから。これ以上犠牲者が増えなければ構わないよ」

「それが望まれた形だったかはさておき、ですけどね」


 こうして後始末を含めて魔王を封印し続ける使命は終わった。

 これからどうなっていくか、そんなもんは目の前で談笑する二人の魔王にしか分からない。

 俺はそんな二人に向けて「なんてこったい」とぼやくのがせいぜいさ。

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