第15話 戦鎚聖騎士、魔王封印の間から脱出する
魔王封印の間。そこで俺とミカエラは復活した魔王イレーネと向き合っている。
とはいえ、既にもう戦う雰囲気じゃない。ミカエラは少し乱れた服と髪を整え直してるし、イレーネも身体を伸ばして自分のものにした血肉を実感してるし、俺なんか兜を脱いで汗拭ってるしな。
「それで、僕は五体満足なんだけれど、どうするの?」
「そう言いますけど、大人しく再封印されてくれるんですか?」
「嫌だね。もしその気なら全力で抵抗させてもらうから」
魔王イレーネは舌を出して明確に拒絶してきた。実におちゃらけた仕草ではあったが、もし俺達がひと度そうしようと試みたが最後、次には魔王剣を一閃、俺とミカエラの首は胴体からおさらばすることだろう。そう思うと顔がひきつってしまう。
「現代に蘇った魔王として世界に混沌をもたらすつもりですか?」
「アレは魔物共が僕に便乗しただけだって。僕個人は強い奴と戦うことだけが望み。それは今も変わらないさ」
「成程。じゃあこれからも修羅の道を歩んでいく、と」
「それが僕だ。誰にも否定はさせない。勇者にも、聖女にもね」
ミカエラは権杖で軽く肩を叩くと、踵を返した。イレーネに背中をさらす完全に無防備な状態なんだが、全く気にする様子もなく、用事は済んだとばかりに門に向けて歩み始めた。僅かにためらったものの、俺も彼女の後を追った。ええい、ままよ。
「いいのかミカエラ。旧魔王を放置しても」
「多分問題無いでしょう。現役の魔王がいる現世で魔物が彼女に影響されるなら、人類の敵が二分されることになる。むしろ好都合でしょう」
「アイツが新たな魔王として魔の頂点に君臨したりは?」
「嫌ですねえ。余は彼女に負けませんよ。あふれる知性で返り討ちです」
ミカエラは自信満々に言い放つが、聖女としての彼女はどうあがいてもイレーネには太刀打ちできまい。とすれば、魔王を自称する彼女、俺の知らない別側面で彼女を上回ると計算してるのか。
引き返す俺達の前にはあの閉ざされた厳重な門が立ちはだかった。万が一魔王が復活しても外に出さない最終防衛策だけあって巨大で強固に見える。その威圧感だけで圧倒されてしまうし、良くこんな物作ったなと呆れてしまうな。
「それでニッコロさん。コレ壊せますか?」
「戦鎚はあるから日数かければ何とか? それより脇に隧道掘った方が早そうだ」
「んー。余も聖女の奇跡じゃあちょっとすぐには無理ですねぇ」
「しょうがねえ。覚悟決めて土木作業にでも明け暮れ――」
げんなりしてたやる気を何とか奮い立たせて扉をぶっ壊そうとしたその時だった。立て続けに耳をつんざく甲高い音が扉の方から響き渡った。
耳がキーンって擬音をたてて鳴ってる。ミカエラも流石にびっくりした様子で、両耳を塞いでいた。
すると、あんなにも物々しかった扉が崩れ落ちていった。
空間全体に反響する轟音。盛大に舞う粉塵。
前方には瓦礫と化した扉の残骸が山になっており、道が開けていた。
「みじん斬り、ってね」
振り返ると、すぐ後ろでイレーネが剣を鞘に収めていた。
すると何か、イレーネが魔王剣で扉をめった斬りにしたわけか。
岩同然の扉をも斬るその腕前。彼女が本気だったら俺も盾や鎧ごとやられてたかもしれない。
「ミカエラ、だったっけ? わざわざここまで出向いたのは何のためかな?」
「単に聖地巡礼ですよ。もっと言えば、余とニッコロさんの経験を積むためです」
「へえ、面白い。……うん、よし、決めた」
イレーネはしばしの間考え込むと、爽やかな笑顔と共に手を差し出してきた。
「僕をミカエラ達のパーティーに入れてほしい。どうかな?」
……は?
いや、ちょっと待て。
目の前のコイツは勇者イレーネの体を乗っ取って復活を遂げた正真正銘の魔王。いつ俺達に刃が向けられないか分かったものじゃないんだが。そんな気が休まらない旅なんてまっぴらごめんだ。
一方のミカエラ、俺と違って危機感からじゃなく単純に不満そうで、むすっと顔をしかめた。迫力がなくてやっぱ可愛い。
「えぇ~? 嫌です。せっかくのニッコロさんとの二人旅なのに」
「そこをどうにかさ。ほら、僕って勇者だし魔王だし、強いよ」
「我が騎士はニッコロさんだけで間に合ってます。断ったらどうしますか?」
「少し距離置いて後ろをついていくだけだけど?」
「どうしてそこまで余達に付いてこようと?」
「だって面白そうじゃん、君達の旅ってさ。きっと僕も楽しめると思うんだ」
イレーネの欲求を満たすとか、強敵達と遭遇するってことだろ。
勘弁してほしいんだけど。
ミカエラは俺をちらっとだけ見つめ、そしてイレーネに視線を戻す。
「しょうがないですねぇ。迷惑をかけずに邪魔しないならいいですよ」
「やりぃ! それじゃあミカエラにニッコロ、これからよろしくね!」
「ほら、ニッコロさん。握手に応じてあげないと」
「俺ぇ!?」
言いたいことは飲み込んで、イレーネと握手を交わした。
互いに籠手を付けた状態ではあったが、それでも身体の作り、軸心の一切のぶれなささ、といったイレーネの在り方に強者という印象を覚えた。逆にイレーネも俺のことを感じ取ったはず。さて、どう評価してもらえたのやら。
「それで、地上に戻ったらまず何する?」
「そんなの決まってるじゃないですか」
一応念のためにミカエラに質問したんだが、愚問だとばかりに鼻で笑ってきた。
やっぱやるのか。俺もその気だったから完全に同意なんだがね。
そう、こんな状況になった落とし前は付けないとなぁ。
「悪党は成敗しませんと」
助祭を初めとした教会の連中め、今叩きのめしに行ってやんよ。
□□□
大教会の地上階に戻ってきた俺達を神官一同が出迎えてくる。
「お勤めお疲れ様です」
「さすがは聖女様! 魔王の再封印をもう終えたのですね」
皆調子良くそんなこと言ってきた。俺は思わずミカエラと顔を見合わせる。
「……どういうことだ?」
「もしかしたら、大半の神官達は助祭達の悪巧みを知らないみたいですね」
「俺達には未遂に終わってても、過去同じことをやらかしてたかもしれないのにか?」
「現場に罪が無いことは稀によくあることですよ」
俺達はミカエラを先頭にして大教会の建物の中をゆうゆうと歩く。俺の隣に漆黒の全身鎧を着た女子がいても特に気に留めていない様子だった。どうも聖女ミカエラに仕える俺とは別の聖騎士だとみなされているらしい。あんな漆黒の鎧装備で見るからに怪しいのに、それでいいのか?
「逆ですよニッコロさん。教会に属しているからこそイレーネを疑わないんです」
「は? どういうこっちゃ?」
「教会に属する者は魔物や悪魔と戦えるよう多かれ少なかれ訓練を受けます。神官になれるほどの人なら魔物や悪魔が発する瘴気や魔力には敏感なんです」
「あー成程。イレーネは剣士を自称してる。魔力を極力抑え込んでて感づかれないのか」
ミカエラの見立てではイレーネは本来魔王と呼ばれるに相応しい膨大な魔力を持っているらしい。それこそ近くにいるだけで気絶するほどの存在感と威圧感を放つほどの。それを表に出さないようにしているせいで、見た目がこんなでも変わった鎧を装備している騎士だ、と納得するしかないわけか。
こんな魔王が堂々と闊歩してるのに誰も警戒しない状況。呑気なものだねぇ。
「それにしても、俺何も言ってなかったよな。勝手に心を読まないでくれよ」
「ぶっぶー。今回も読心術です。顔に出ないようにしないとモロ分かりですね」
見回りの警備騎士が俺達に道を譲って敬礼したのを通り過ぎ、俺達は枢機卿の事務室まで戻ってきた。ミカエラが俺に促してきたので、ドアノブを捻って扉を開けた。鍵がかかってたかもしれないけど、ばぎゃっと気持ちの良い音して壊れたぞ。
まさか俺達が生還してくるとは思っていなかったのか、中にいた枢機卿と助祭は目が飛び出てきそうなぐらい驚いてきた。慌てふためくものだから机の上に山積みされてた書類が手に当たって散らばり、無様に床にひっくり返った。
「ど、どど、どうして……!?」
「依頼された魔王の復活が解けかかってた問題、解決してきましたよ」
「馬鹿な! あの扉の内側からどうやって出てきた!?」
「どうって、経年劣化で壊れたんじゃないですか?」
とぼけたこと言い放つミカエラだが、実際に破壊して脱出してきましたと説明したところで目の前のジジイ共は信じまいだろうな。
なおも現実が受け入れられないのか、助祭は目に見えてうろたえるばかり。枢機卿は……この世の終わりを迎えたみたいに顔面蒼白? その視線はミカエラと隣のイレーネを行き来する。
枢機卿は魔王として復活したイレーネを震えた指で差し、歯をカチカチ鳴らして震わせる。
「聖女ミカエラ、その者は、まさか……」
「そう、そうです! こちらにおわすお方をどなたと心得てるんですか!」
え、何か始まった?
ミカエラは誇らしげに少し横にずれて、イレーネが中心になるように位置取りした。
「恐れ多くも先の大聖女、イレーネ様であらせられますよ!」
決まった、とばかりにドヤ顔になるミカエラ。ご満悦な様子で何よりです。
あー、そう言えばこんな感じの芝居が聖都でやってたなぁ。
確か何だったか。聖女がお忍びで諸国を旅して回り、行く先々で悪巧みや悪事を見つけ出し、全てを暴いたうえで悪党の目の前で正体を明かす、という勧善懲悪もの。今の流れは一番盛り上がる場面の再現なんだろう。よくもまあうってつけの条件が整ったもんだ、と関心する。
一方、それを聞いたこの部屋の一同は芝居の再現だとは受け止められない。大きくどよめいたので、どうやら実際にイレーネを見たことがあった人は誰もいないらしい。しかしイレーネの名を、姿を、この聖地で知らぬ者などいない。
なので、絵画や像で伝えられた姿そのもので、魔王の封印の間に赴いた聖女に連れられた女性。彼女こそが勇者であり、聖女が彼女を救ったんだ、となったらその反応は仕方がない。
「一同、大聖女様の御前です。頭が高いですよ!」
「「「は、ははぁぁっ!」」」
書記官や神官達が深く頭を垂れる。
俺達を陥れた助祭すら跪き、二人の聖女に対して許しを請う。
「勇者イレーネ様が復活なさっただと……? 何を馬鹿な……」
ただ一人、枢機卿だけが大きく顔を振って鋭く睨んできた。
「勇者様なものか! 騙されるでない、此奴は魔王だ! 魔王め、恐れ多くも勇者様の姿に化けてくるとは、断じて許しがたい……! 未熟な聖女を唆し、我々に復讐しに戻ってきたのだろう!」
「へえ、枢機卿猊下は彼女を魔王だってみなすんですね」
「当然だろう! その全ての光を喰らい尽くす漆黒の鎧、正しく魔王の武具! この目で見たことがある魔王装備に違いあるまい! 勇者様が命をかけて施した封印を破り、魔王を復活させるとは……! 神罰が下るぞ!」
「何を言ってるんですか。勇者イレーネが魔王の鎧を克服したとは考えられないんですか?」
枢機卿はイレーネを完全に魔王と決めつけてくる。ミカエラがいくら反論しても聞く耳を持たず、唾を吐きながら罰当たりだとか罪深いだとか散々にのたまう。
ううむ、いい加減ぶん殴って黙らせるか?
「なら、僕が勇者だって証明すれば良いんだよね」
そんな中、イレーネはあっさりと言い放つと、悠然と退室していった。
俺とミカエラは顔を合わせ、とにかく彼女の後を追うことにする。後ろの方で枢機卿が怒鳴り声を上げてイレーネを追うよう命令を飛ばすのが聞こえた。
大教会を抜け、イレーネは聖地の町を進む。途中で市民があの噴水広場に飾られた勇者の像と瓜二つな女が通り過ぎるのを見て、最初のうちは身内同士のひそひそ話、次第に人々は一つの可能性に気づき、大騒ぎになった。
すなわち、ついに封印された魔王に勇者が打ち勝ったのだ、と。
誰もがイレーネの周りに集おうとするが、けれどイレーネの進行方向は決して阻まない。むしろイレーネの行く先を誰もが避けていく。
子供達が無垢にも「勇者様なの?」と声を掛けると、イレーネは笑顔で「ああ、そうだよ」とその子供を担いだ。そして「今見えてる人達を守る勇者に、今度は君がなるんだよ」と語りかける。その姿は勇者に相応しいものだった。
「俺達が昨日来た資料館……?」
イレーネは迷わずに資料館へと入っていき、来場客の人だかりを抜けて、とうとうお目当ての物の前にやってくる。
イレーネの眼前に、今もなお光り輝く聖王剣が展示されていた。
彼女は聖王剣の硝子で出来た保護箱に手を添え、蝶番を魔王剣の一閃で解体する。そしてあらわになった勇者の剣に手を伸ばした。
「お前も剣なら、僕を担い手として認めろ――!」
イレーネは聖王剣を手に取り、高く掲げる。
認められていない者へと下る神罰、拒絶反応の類は一切起こらない。
つまり、イレーネを担い手として認めたことに他ならない……!
イレーネ自身にも変化が現れた。聖王剣を持つ手を起点にして、漆黒だった鎧が徐々に真っ白に染まっていくではないか。光の侵食、とも言える現象はやがて鎧の左半分ほどで収まる。丁度左右で漆黒と純白が分かれ、中心付近では光と闇が調和して綺麗に入り混じっていた。
「わ……儂は、なんという罪深いことを……」
それを目撃した枢機卿、跪き、泣いて許しを請うた。
「お……おおおっ! 復活だ、勇者イレーネ様が現世に復活なされた……!」
「聖王剣が主として認めた! やっぱりあの方は勇者イレーネ様に違いない!」
「神よ、イレーネ様をお救いくださり、感謝いたします……!」
周囲の人々もひれ伏し、聖所の復活に歓喜し、祈りを捧げた。
普通に観察するのはこの場ではミカエラと俺だけだ。
「光と闇が備わり最強になりましたね、彼女」
「魔王剣だけかつ起き上がりの状態であんな苦戦したのに? もう充分だろ……」
「でも、聖王剣が魔王に屈服した、って様子じゃあないですね。本当に今のイレーネを受け入れて認めたように見えます」
「そうなのか? ……確かにそうかもな」
イレーネが手にする聖王剣の輝きは失われず、そして色褪せない。
そんな聖王剣を見つめ、笑みを浮かべながらイレーネは語りかける。
まるで長年の相棒と再会したかのように。それとも……好敵手と表現すべきか?
「また会ったね。今度は共に戦おう」
こうして大聖女の復活だと認められ、イレーネは世に解き放たれることになった。
それが吉と出るか凶と出るか。それは現時点で誰も分からない。
ただ一つ、俺が言えることは……以下の通りだ。
「こりゃあ、旅が更に賑やかになるな」
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