第14話 戦鎚聖騎士、聖女魔王と共に勇者魔王に立ち向かう
「いや無理だわ。アイツ強すぎ。貰ってる給料じゃあ割に合わないって」
「さすがは剣の腕だけで魔王に上り詰めただけありますね」
勇者の体を乗っ取った魔王イレーネ。彼女と戦って分かったけれど、俺はどうやら魔王退治をするには力不足らしい。少なくとも単独撃破なんざ夢のまた夢。もっと実戦経験を積んで、十年後にようやく手が届くかってぐらいか?
「やっぱ戦鎚なんか止めて剣にした方がもっと善戦できたんじゃないですか?」
「やなこった。コレ使うの俺のこだわりなの」
「それは『彼』への対抗心からですか? ニッコロさんが『彼』を気にする必要なんて無いのに」
「よせ。俺とアイツを比べるのもおこがましい」
アイツならきっと筆頭聖女と組めば目の前の魔王と引けを取らない戦いが出来ただろう。しかしこの場にいるのはアイツ等じゃなく俺とミカエラ。なら、俺とこの自称魔王な聖女と一緒になって鎧の魔王に立ち向かう他無い。
「じゃあやっぱ、二人がかりで倒すしかないですね」
「そういうことだな」
俺とミカエラは横並びでイレーネと相対する。
イレーネは正眼の構え。先ほどの激しい戦闘が嘘のように、さざ波一つ立っていない海のように静かに、俺達を見据えて離さない。生き物を蝕む瘴気の類、魔法を行使する源となる魔力は一切感じられない。
それでも押しつぶされそうだ。殺意に、威圧感に、闘志に。
気を緩ませるものならすぐさま両断してやる。そんな気迫が伝わってくる。
これが、魔王か。
「せっかく勇者イレーネを乗っ取ったんですから、彼女の技能だって使って良いんですよ。今の貴女にも光の刃とか放てるでしょう?」
「僕は剣士だ。『僕』の肉体を得ようと、その在り方は変わらない」
「こだわりが強いのは分かりました。二対一でも卑怯とは言いませんよね」
「当たり前だ。それもまた勝負ってものでしょう?」
イレーネはミカエラと会話する間も少しずつ間合いを詰めてくる。俺もまた少しずつ相手へとにじり寄った。
もし俺が剣を構えていたら互いの切っ先が触れ合うぐらいまで接近し、共に止まった。これ以上はもはや双方の攻撃が届くようになる。その隙を探り合い、そして相手の隙を作る、そんな駆け引きが始まった。
俺とイレーネが正面で向き合っている間にミカエラはイレーネを中心として円を描くように移動し、俺とは反対側まで進んだ。そんなミカエラをイレーネは目でも追わなかったものの警戒はしているようで、意識が少し向いているようだった。
「おおおっ!」
気合とともに俺は一歩踏み込んで戦鎚を振り下ろす。正面打ちはさすがにイレーネに簡単に対処され、受け止められた。すかさず前に飛び出た俺の手を切り落とそうと剣を翻して、とっさに真後ろから放たれた攻撃を弾き飛ばす。
手の平ぐらいの光の刃を放つ奇跡、確かエンジェリックフェザーだったっけか。ミカエラは投げナイフを次々と投げるように光の刃を放つ。その尽くが魔王剣に弾かれて相手までは届かない。
ミカエラが攻撃している間も俺は戦鎚を振って振って振りまくる。怒涛の攻撃ってやつだ。しかしこれもまたイレーネは弾き、受け止め、剣で絡めてそらし、決して当たりやしない。
俺達の同時攻撃を受けるイレーネの動きは洗練された剣舞だった。
動きがとてもしなやかで、しかし力強く、全ての動きが研ぎ澄まされていた。
見惚れると同時に戦慄する。この状況を作ってなおも勝負が拮抗していることに。
「ぐ……!」
「逃がしませんよ……!」
イレーネにとってもこの状況は芳しくなかったようだ。飛び退いて一旦仕切り直そうと試みる。挟み撃ちにしてようやく有利に持ち込めてるのに逃がしてたまるか。俺とミカエラは息を合わせて横移動し、再びイレーネを挟み込む。
そうこうしているに、段々とイレーネの調子が下がってきた。具体的には息があがり始め、汗が浮かび、焦りが見られるようになった。剣閃の鋭さも僅かながら鈍ってきているように感じる。
「どうして、思うように身体が動かないの……!」
「人には筋力と体力って限界があるんだよ! 魔王に決戦を挑んだ当時ならまだしも、長い間の封印の果てまで保ててると思ってたのか?」
「!?」
「もし次の機会があるんならもっと身体を鍛え直すんだな!」
リビングアーマーだった元はどうだったか知らんが、今はイレーネの肉体を乗っ取った状態。激しい戦いで装備者の体力がごりごり減っていることだろう。疲れが出て隙が生じた時が勝負どころだ。
不利と悟ったイレーネは俺の攻撃を対処した直後、ミカエラに向かって飛びかかった。無防備になった彼女に容赦なく光の刃が突き刺さっていく。さすがの魔王鎧も無傷とはいかずに傷が入ったものの、破壊までには至らない。
「一文字斬り」
まずは一人、そんなイレーネの発言を聞いた気がした。
確かに理に適っている。本来は聖騎士が戦って聖女が援護するのが有るべき姿。聖騎士が離れた聖女は無防備になる。厄介な回復や補助要因を先に片付けようとするのは当然だ。俺だってそうする。
じゃあ何で俺がミカエラから離れたか? ミカエラがそれなりに戦えるから?
違う。根拠も無くそんな危険にさらすわけがない。
ミカエラなら相手にぎゃふんと言わせられる。そんな確信があったからだ。
全てを切り裂く魔王必殺の一閃は――。
「シャイニングセイバー!」
――ミカエラが杖から発した光の剣に受け止められる。
もちろんミカエラは剣に関して全くの素人。達人の攻撃を受け止められるわけがない。けれど強固な光の剣は壊されもしない。更にミカエラは光と闇の剣が衝突しても決して踏ん張らず、逆に足や身体から力を抜いた。
結果、ミカエラの身体は大きく弾き飛ばされた。
あわや壁に激突してミンチに、ってぐらいの速度だったが、その勢いは急に減衰していき、壁の間際まで来ると彼女の身体はむしろ浮いている程だった。え、と。確か浮遊とか飛翔の奇跡、セラフィックウィングだったか。
もちろん、ミカエラを斬りそこねて出来た隙を見逃す俺じゃない。
俺が踏み込んだのはイレーネがミカエラへと飛び込んだとほぼ同時、俺が戦鎚を振りかぶったのとイレーネが剣を一閃させたのがほぼ同時、そしてミカエラが弾き飛ばされたのと俺が戦鎚を振り下ろしたのがほぼ同時だった。
「ヘヴンズストライクッ!」
無防備になったイレーネの頭部に戦鎚が直撃。
当たり一面に血と肉と骨の華を咲かせたのだった。
□□□
砕かれた首元から血の噴水を吹き出したながら倒れ伏すイレーネの身体。魔王剣が彼女の手から離れて床に音を立てて転がる。首にあごひもでかけていた兜も転がり落ちていった。
念のため戦鎚の柄でイレーネを小突いてみたものの、ぴくりとも動かなかった。
「さすがは我が騎士! しっかりとやっつけてくれましたね!」
ミカエラが喜びをあらわにしながら俺へと駆け寄ってきた。必死の攻防に疲れ果てた俺は何とか手を上げて答える。
ミカエラは俺の側に寄って俺の頭を撫でてきやがった。抱きついてくるかと思って身構えてたんだが、不意打ちを食らった。
「いや、ミカエラだってコイツの攻撃をきちんと防げたじゃないか」
「横薙ぎしてくるのは分かってましたから。あとは機を読むだけです」
「聖女が出来るような真似じゃないんだよなぁ。どんな反応速度してるんだよ」
「凄いでしょう。もっと褒めても良いんですよ」
鼻高々にしつつ胸を張るミカエラに呆れながらも、楽しそうで俺も嬉しい。
さて、ひと時の勝利を喜ぶのはこの辺にしておこう。
「で、どうする?」
「この魔王イレーネをですか?」
ミカエラも分かっていたようで、俺が横たわる鎧をチラ見すると、彼女も脇目で視界に収めた。
「一時的に行動不能になってんのかもしれねえが、死んではいないんだろ?」
「もちろんです」
この魔王の正体はリビングアーマー。肉体はあくまで勇者を乗っ取ったものであって、その頭を粉砕したからって討伐出来たわけじゃない。むしろ剣も鎧も兜もほぼ無傷の状態で残ってる以上、本来の姿としていつ動き出すか分かったものじゃない。
だったら何か仕掛けてくる前に封印するべきだな。今の実力じゃあ俺とミカエラの二人がかりでも勝つ見込みはほぼ無い。一時行動不能にすればそれなりの期間保つ封印は施せるだろうし、問題は後世に先送りしてやろう。それでやるべきことはやったってことにして、とっとと帰りたいんだがね。
ミカエラは少しの間倒れ伏す魔王を眺め……、
「勝負は終わりましたから、そろそろ蘇ってはどうですか?」
今日の天気を語るみたいに、そう普通に呼びかけた。
直後、それが合図だったようにイレーネの腕が動きだす。
失われた筈の頭部から輝くほどの光が放たれた。
光はやがて光の粒子となり、次第に頭部を形作っていく。
そして、鮮明になっていくと、元のイレーネの首、頭、髪、顔を復元していった。
「回復の奇跡……! リビングアーマーが死体を動かしてるのか……!?」
「何を驚いちゃってるんですか。聖女だったイレーネの身体を乗っ取ったんですから出来て当たり前でしょう」
「頭を粉砕したのにか?」
「あるでしょうよ。死による脱落を許さず、現世で救済を続けなければならない宿命を持つ聖女だからこそ授かる、至高の奇跡の一つが」
完全に頭部が治ったイレーネはゆっくりと起き上がり、剣と兜を拾った。付いた埃を手で払い、剣を鞘に収め、兜はあごひもで再び首にかけ直す。そして、戦う前に俺達と向き合った時のように、屈託のない笑みをこぼしてきた。
「復活の奇跡、リヴァイヴ……だったっけ?」
復活の奇跡リヴァイヴ。
生命活動を維持できないほどの重体に陥って落命した直後に発動し、肉体や精神を完全回復する奇跡。一説では古代の聖者はこの奇跡によって蘇ったのではないか、とされている。もはや聖女すら超え、神や救世主の領域まで達している離れ業だ。
リヴァイヴはミカエラも習得していない。大聖女だったイレーネだからこそ成し得たのだろう。
「いやぁ、やられたなぁ。まさか負けるとは思わなかったよ」
「蘇りたてだったからだろ。少し慣らしてたら到底敵わなかっただろうな」
「状況とか条件とか全部引っくるめての真剣勝負さ。文句は無いよ」
警戒して戦鎚を構えた俺だったが、彼女は隙だらけにも両手を軽く上げて無害であることを主張する。その状態でも魔王剣を抜剣して俺の首を叩き落とせる技量はあるだろうが、目の前の魔王から戦意が感じられないのは間違いなかった。
「戦い方にこだわっていなければ倒れていたのは余達の方でしたね」
「さっきも言ったけれど僕は剣士だ。君が聖女であるようにね」
「……ごめんなさい。愚問でしたね」
「あっははっ。これが敗北かぁ、思ったよりも気分がいいね」
ミカエラとイレーネの語り合いはまるで試合を終えた対戦相手と感想を述べ合うようだな。
いや、実際にイレーネはそのつもりなんだろう。
剣でのみ戦って俺に頭をかち割られたから負けを認めた。魔王としての本領を発揮していないどころか兜すら被らないまま決闘に望んだ。なめられたと言えばその通りなんだが、己の意地を通すことは決して悪くない。結果がどうだろうが己の矜持は最後まで捨てるべきじゃないだろう。
俺は警戒心を解いて盾と戦鎚を背負う。そして肩から力を抜いて思いっきり息を吐いた。
既にこの空間には張り詰めた空気は無い。もう戦いの時は過ぎ去った、と見なしていいだろう。
そんな俺をイレーネは見つめていた。
穏やかに、しかし決意を秘めた眼差しで。
魔王に乗っ取られた邪悪な存在とは思えないぐらい爽やかに、そして凛々しく笑みを浮かべて。
「次は負けない。また戦おう」
「……勘弁してくれ」
俺は降参とばかりに両手を上げるのが精一杯だった。
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