第13話 戦鎚聖騎士、勇者魔王に勝負を挑まれる
「ボクっ娘とかあざといですねぇ。趣味ですか?」
「仕方がないよ。この身体の持ち主だった『僕』がこの口調だったんだ。リビングアーマーでしかなかった昔の僕は喋れなかったからね」
「成程。会話出来ているのは乗っ取った勇者イレーネの知識のおかげですか。で、当のイレーネ本人はどこ行ったんですか?」
「封印を破ろうとする僕と封印を保とうとする『僕』の死闘は今までずっと続いていたのさ。途中色々と横槍も入ったけれど、最終的に勝ったのは僕だったってこと」
後ろでミカエラが披露するうんちくをかいつまむと、リビングアーマーとその装備者は己の存在をかけて死闘を繰り広げるらしい。生きる鎧は肉体への痛みや快楽を与え、生きる兜は悪夢を見せたり音や臭いで惑わし、装備者を屈服させようとする。その攻めに耐えた装備者はリビングアーマーを屈服させ、以後は自分の武具として使いこなすようになる。逆に屈服させられると装備者はリビングアーマーに乗っ取られ、知識や技能など全てを奪われてしまうのだ。
なので、勇者は魔王に負けて分からされましたとさ、が結末だったらしい。
魔王が勇者のことを一人称で呼ぶのは完全に一体化したせいか。
イレーネを名乗るのも自分はもうイレーネなんですって自己紹介ってか?
何だよそのクソオチ。抗議ものだろ。
「多分余の前にも何人か閉じ込められた聖女が来たと思いますが、彼女達はどうしたんですか?」
「その時々で違うね。前々回の聖女はとっくに僕に影響されてた『僕』が封印のために犠牲になるのはやむを得ない、って唆して命をかけて封印の奇跡を施したっけ。前回は僕が復活するために食べちゃった」
舌を舐めるイレーネは聖女にあるまじき妖艶な雰囲気を放っていた。聖女をどう平らげたかはこの際疑問に思わない方が幸せだろう。どうせろくでもない最後を迎えたのに代わりはあるまい。
「それなら余達が来る前に完全復活を遂げていたんじゃないですか? ならどうしてこんな所に閉じこもりでいたっきりでいたんですか?」
「『僕』の身体を支配出来ても完全に馴染むのに時間がかかったんだ。自分のものになったのはつい最近。ならついでに次の聖女も頂いちゃおうかな、って思ったのさ」
「成程。じゃあイレーネは余を襲うつもりなんですね?」
「そう思ったんだけど、聖騎士を連れてきたなら話は別だ」
イレーネは魔王剣の切っ先を俺へと向けた。
イレーネの全身から迸るのは覇気。先程の魔の頂点に君臨する魔王としての在り方は完全に失せ、本物の強者のみの発する迫力だけが俺に襲いかかった。
「リビングアーマーは武具だ。戦うことでしか己を証明できない。聖騎士ニッコロ、僕と決闘しろ」
俺は危険を承知の上でミカエラの方をチラ見する。案の定、俺の聖女は期待を込めた眼差しを俺に向けてくるじゃないか。
「ミカエラ……初めからこの展開分かってて俺を連れてきやがったな……?」
「大丈夫です我が騎士! きっと魔王イレーネを成敗出来るでしょう!」
「どこからその根拠が出てくるのか分からんが、俺が魔王に勝てるとでも?」
「ニッコロさんはただ余を信じれば良いんです。我が騎士の勝利を確信する、この聖女ミカエラをね」
にっと笑ってきたミカエラに深くため息をつき、やれやれと思いながらもイレーネに向き直した。隙だらけだった俺に攻撃を仕掛けることもなく、彼女はただ静かに闘志を漲らせて構えたままだ。
俺は徐ろに後ろへと下がっていく。イレーネはそれを見て顔をしかめたものの、すぐに俺の意図に気づいたようで、逆に喜びのあまりに犬歯を見せながら笑顔を浮かべた。下がること数歩、だいたいこれぐらいの距離か。
「そうだったね! 聖騎士の決闘はこの距離から開始だった……今も試合の決まりは変わってないのか!」
「俺じゃあ物足りないかもしれねえが、とりあえずお相手仕る」
「へえ、心地いい気合だね。実に僕好みだ。善戦できたら僕の練習相手として下僕にしてあげるよ」
「それはごめんだね。俺を振り回す奴は、一人で充分だ!」
雄叫びを上げながら俺は飛び込んだ。ほぼ同時にイレーネも飛び込んでくる。俺は戦鎚を、イレーネは魔王剣を振るい、丁度中間付近で互いの得物が交わった。本来なら鉄の塊で出来た俺の戦鎚の方が重量があるし、体重や装備をひっくるめたら俺の方が押し勝てる筈なんだが……、
結果、弾かれた。俺の戦鎚が大きく後ろへと跳ね返ってしまう。
イレーネは勢いをそのままに俺の首を掻き切ろう剣を振るい……まんまと俺の策に引っかかりやがった、馬鹿め。完全に不意をつく形で俺の攻撃が敵の腹部にめり込んでくれた。それに力を込めて思いっきり振り抜くことで、相手の身体が大きく跳ばされる。
何をしたか? テコの原理だ。
俺は戦鎚を柄の中央付近で持ってる。なので戦鎚の槌側が跳ね飛ばされた反動で柄の逆側が勢いよく前に押し出されたわけだ。それだけイレーネの攻撃が激しかった証拠なんだがね。
「ぐ……猪口才な……!」
「一発限りの不意打ちだ。教官も初っ端に引っかかってくれたよ。素直で助かった」
「……挑発しようったってそうはいかないよ。今のはれっきとした技だ。まともに受けた僕が悪かっただけだ」
「そう言ってくれると嬉しいね」
とは言え、戦鎚を両手持ちしても押し負けたんだから、盾を装備した戦鎚片手持ちだとまず勝てないわな。イレーネは魔王剣を両手持ちで構えてるし、盾で防御しながら反撃の隙を伺うのはさすがに無謀すぎる。
仕方がない。コレやると疲れて明日ろくに動けなくなるんだが、命をかけた勝負なんだし贅沢は言ってられないか。
俺は呼吸を整え、己の身体に流れる生命力を活性化させる。あえて例えるなら、自分の身体の隅々まで行き渡る血液の流れを早くする、かな。そのうえで沸騰させる。すると感覚が研ぎ澄まされていき、筋肉や神経の一つ一つが元気付く……いや、俺って比喩あまり上手くないな。
とにかく、俺は生命力を練って、練って、練りまくって、一気に爆発させた。
「ウィンドアーマー!」
これこそ凶悪で強力な魔物に対抗するために長年人々に培われた技術。自分の命そのものを武器にし、魔法や奇跡と似た現象を起こす人類の英知の結晶。
人は呼ぶ。それを闘気術と。
「バトルマイトぉ!」
一回目が風の鎧を纏う防御の闘気術で、二回目が身体強化の闘気術。これで自分より遥かに大きい魔物にも押し負けない強靭な身体能力を得ることが出来る。
何より、より聖女を守れる盾になれるのだ。
「闘気術……!? 僕の時代にはそんなものは無かった……!」
「じゃあじっくりと味わわせてやるよ。その後の人類の歴史ってやつの重みをよ!」
俺は背負っていた盾を装備。盾を前に出して相手へと突進した。当然イレーネも魔王剣を振りかぶり、俺を盾ごと両断しようと渾身の一撃を放つ。
剣と盾がぶつかり合い、互いの勢いが止まった。無事防御できて安心する俺と、受け止められて驚愕するイレーネ。その隙を逃すまいと俺は戦鎚を相手の腹めがけて横薙ぎする――!
「おおおっ!」
咆哮を上げたのはイレーネ。すると彼女は引きも防御もせず、そのまま俺へと突撃したじゃないか。押し切られて詰め寄られたせいで間合いがつまりすぎ、威力のこもった槌の部分じゃなく柄で相手を打ち付けてしまう。
剣に力を込めてそのまま押し切ろうとするイレーネ。それを何とか押し返そうとする俺、の構図を狙ってるんだろうけど、付き合ってられるか。
俺は脱力しつつ後方に仰向けになる形に転がった。受け止めた側を失ったイレーネはそのままつられて前方に突っ込み気味になる。そんな彼女の股ぐらに足を入れ、足と盾で相手の体を後ろへと投げてやった。
「今の騎士は投げ技だって教わるんだぜ。覚えときな……!」
剣であり鎧であり兜であるリビングアーマーだったイレーネが徒手空拳の戦い方なんで知る由もないだろ。それに聖女出身の勇者がこんな泥臭い戦いをしてたとも思えないしな。
イレーネは背中を打ち付けたとは言え、そこまでこたえてはいないようだ。すぐさま起き上がって構え直す。どうやらイレーネの本気度を高める結果に終わったようで、更に闘志を湧かせていた。
「嬉しいね! いっぱい学べる、僕はまだまだ強くなれる……!」
歓喜で目をギラつかせたイレーネはすぐさま飛び込んできて、剣を振るう、振るう、振るう! 俺は盾で何とかいなし、そらし、どうしようもなければ受け止める。あまりに速くて中々反撃の隙を掴めない……!
なら、今度はコレでどうだ!
「シールドバッシュ!」
「……!」
闘気と共に盾を突き出し、近接の相手を吹っ飛ばす闘気術。盾を武器に使うので結構不意打ち気味に決まることが多いのだが……イレーネにも綺麗に決まってくれたようで、大きく間合いが離れた。
そして俺は戦鎚を横薙ぎした。今度は闘気を思いっきり込めたセイントスマッシュという闘気術。直撃すれば大型の魔物も一撃で粉砕出来るぐらいの威力を誇る。いかに頑丈な鎧だからってへしゃげたりはするだろう。
そんな俺は気付くのが遅かった。
体勢を崩してからの追撃だったから絶対にこれで勝負が決まるかと思ってた。
けれど、攻撃の際に盾をずらして相手を確認すると、なんと既に立ち直っていて、しかも剣を脇に構えている……!
「十文字斬り」
一閃。それもとてつもなく速い。目で追うのがやっとなぐらいな。
まず水平方向の一撃が俺が勢いを乗せた戦鎚をそらす。戦鎚を刃で正面から叩たんじゃなく、腹の部分で巧みに受け流して。
大きくぐらついた俺の身体に、今度は垂直方向に剣が振り下ろされた。
無防備になった俺の身体は肩から大きく引き裂かれ――。
「なっ……!」
驚いたのはイレーネだったか俺だったか。
いや、多分どっちもだろう。
だって、決闘に夢中で頭の中から抜け落ちていた。
「よそ見は禁物ですよ」
そう、俺にはミカエラがいるのだから。
イレーネの剣は受け止められていた。俺の後ろにいたミカエラが放った巨大な矢じりの形をした光の刃によって。俺の肩から指何本分かの距離でイレーネの攻撃は防がれたわけだ。
イレーネは大きく後退しつつ剣を振って光の刃を砕き、俺から間合いを離す。俺は再び構えを取り、その横にミカエラが駆け寄る。今度はいかにも観衆ですみたいな無防備なものではなく、重心を少し下げて権杖を持つ、戦う者の姿勢だった。
「闇を切り裂く光の刃、セイクリッドエッジか!」
「ご明察。勇者イレーネの得意技でしたっけね」
「一対一の決闘に横槍入れるなんて、今の聖女は礼儀がなっちゃいないね」
「何を言ってるんですか。決闘だってのは貴女とニッコロさんの認識でしょう」
それでもミカエラは堂々と、そして絶対の自信を込めた笑みで、こう言い放った。
「聖女が聖騎士と共に魔王に立ち向かうのはもはや常識です!」
魔王だと自称したお前が言うな、と言うのは野暮だろう。
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