第12話 戦鎚聖騎士、騙され閉じ込められる
「勇者が魔王を封じたのが事実だとして、魔王がこの世からいなくなったならめでたしめでたしで変わりないじゃないですか」
「永久に封印し続けられたなら聖女ミカエラの仰るとおりなのですが、そうもいかなかった。魔王があまりに強大すぎて、過去にも何度か封印が解けかかったのです」
今明かされた衝撃の真実。
悲報、魔王は単に封じられただけで倒されていなかった。
これ、聖地の市民ばかりか教国連合のどこにも絶対に伝えられないな。
「でも封印は解けてない。都度歴代の聖女が封印をかけ直していたから。それで合っていますか」
「そのとおりです。封印が破られる前に上掛けすることで処置してきました。そしてここ数年、急速な勢いで封印が解けかけていると分かったのです」
「成程。だから余に魔王の封印を解析して、改めて封印をかけ直してほしい、と」
「そのとおりです。聖女の出動を要請しようとしておりましたが、聖女ミカエラがいらっしゃった。これも神のお導きに違いありません」
枢機卿も助祭も神に感謝しているようだが、俺は運命とかは信じてもそれが神の采配だとは思っちゃいない。あくまで選択の積み重ねで起きた結果、それが俺の持論だ。ミカエラも同じらしく、わずかばかり枢機卿を見る目が冷たく感じられた。
「さて、どうしましょうか?」
「え、応じる以外の選択肢があるのか?」
「余達は断って正式に派遣される聖女に任せてもいいでしょう。余は興味があるので応じたいですが、ニッコロさんが嫌なら考えます」
「別に急ぎの旅じゃない。俺はミカエラがやりたいならやるべきだ、と答えとく」
小声で俺と相談したミカエラは枢機卿達に力強く頷いた。可愛らしくもあったが、とてつもなく格好良く、そして頼もしく見える。
「分かりました。不肖この聖女ミカエラ。務めを果たさせていただきます」
「おおっ。かたじけない!」
枢機卿はたいそう喜ぶ。隣の助祭も安心して胸を撫で下ろした。
そんな反応を他所にミカエラは色々と考え込んでいる。どうせどんな封印が施されているのか、封印された魔王がどうなっているか、を想像しているんだろうな。
そんなだからか、この後あんな目にあうなんて俺達は想像もしていなかった。
□□□
善は急げ、とミカエラが言い出したため、早速俺達は封印の地へと案内された。なんと大教会の地下深くに封印されているんだそうだ。俺達は隠し階段から地下へと降りていった。案内は助祭が買って出てくれたため、彼とそのお付の神官達数名と同行する形で向かう。
「どうして聖地の中心に魔王を封印したんですか? もっと人が誰もいない山奥とかにすれば良かったのに」
「逆なのです。元は勇者様と魔王の決戦の地は草一本生えないほど荒れ果てていました。教会が封印された魔王を隠すためにこの施設を、そしてその上に教会を立てたのです。やがてここは聖地となり、人々が集まってきたわけです」
「へぇ~。魔王は移動させられないからやむにやまれず、今に至るってわけですか」
「そのとおりです。なので絶対に魔王の封印を解かれてはならないのです」
助祭は決意がこもった強い口調で意思表示する。神官達も彼に同調して頷く。それに乗せられてこっちまで使命感にかられてしまいそうだ。俺はそこまで熱心な教徒でもないんだがな。
かなり階段を降りた俺達の前には重厚で巨大な扉が立ち塞がっていた。助祭曰く、これはからくり機械を用いて外側からしか開けられない厳重な作りになっていて、万が一封印が破られても物理的に出られなくしているんだとか何とか。
「私共はここまでです。聖女様方が中に入られたら一旦この扉は閉じます。再封印を施した後にお戻りください」
「分かりました。でも復活した魔王が騙してくるかもしれませんね。何か合図を決めませんか? そうですね、二回長く扉を叩いて、二回短く叩いて、もう一回長く叩く、とかどうですか?」
「仰るとおりですね。では合図がありましたら扉を開きましょう」
「よろしくお願いしますね」
神官達は総掛かりでからくり機械を操作、重々しく扉が開かれていく。石造りなのか金属の塊なのか、こんなに巨大な建物なんて破城槌でも持ってこないとぶっ壊せないだろうな。閉じ込められたら一巻の終わりだ。
まずは俺が、次にミカエラが中へと入っていく。
かなり古い作りのようだがところどころ朽ち果てているのが分かる。さすがに扉の内側まで手入れは出来ないか。
そんな風に辺りを伺いながら進むことほんの十歩程度、俺は突然ミカエラに手を取られた。
「何を――」
思わずミカエラ、つまり後ろを振り返って、ようやく気づく。神官共が慌てながらからくり機械を操作し、今にも扉が閉まろうとしていることに。
飛び出してももう遅かった。無慈悲にも扉が目の前で閉まってしまう。
「くそっ! どういうことだ!?」
「ご苦労でしたな聖女様、聖騎士殿! 貴女方には再封印の礎となっていただく!」
悪態をつくと向こうから物凄く小さな声でとんでもない返事があった。俺がその後いくら喚こうがそれ以上の反応は無い。
俺達は、魔王封印の地に閉じ込められた。
□□□
無性に腹がたった俺は戦鎚を振りかぶって扉に叩きつけようとして、ミカエラに制止された。
「ニッコロさんにしては随分迂闊でしたね。彼ら、初めから余達を騙す気満々でしたよ。丁重にもてなしてその気にさせ、ここまで連れて来る。それを過去に何度もやってきたんでしょうね」
「聖女を魔王の生贄に捧げてきたのか! なんて奴らだ……!」
「そうしないと封印が維持できないのか、それとも余個人がはめられたのか。それは今となってはどうでもいいです。取れる選択肢は三つありますけれど、ま、本来の目的を果たしに行きますか」
「……あー。そうだよな。どんな封印か見極めないとな」
ミカエラは閉じ込められても平然とした様子で先へと進んでいく。俺はどう扉をぶっ壊してアイツ等をぶちのめすかばかり考えてて忘れてた。元々は魔王の再封印のために俺達は来たんだったな。
奥に進むに連れ、段々と空気が重苦しくなってくる。一応は空気が循環してるのか、カビとホコリ臭いものの酸欠にはならずに済んでいる。けれど、そんな環境の問題じゃあ決してない。
最奥の開けた広間、その中央にその存在はいた。
全ての光を飲み込まんとする漆黒の鎧兜を身に纏う乙女が、広間の壁という壁から伸びる鎖でがんじがらめになっていた。その側には何やら長い物体が聖骸布らしき布でぐるぐる巻になって横倒しになっている。
「察するに、勇者はリビングアーマーの魔王を装備することで封印したわけか」
「封印が保っている間は老いないようですね。討伐した姿のままですか」
「分かるのか?」
「施された封印の術式を見れば分かります」
ミカエラ曰く、このがんじがらめの鎖は後世での後付のもの。本来は全身鎧の上から書き込むように封印の奇跡が施されたらしい。そして大聖女だった勇者が装備し、内側と外側の両方から魔王を封印した、という経緯なんだとか。
そんな封印が何らかの方法で解けかけていると判明し、大慌てで後世の聖女達がこの鎖を施したんだとしたら、かなり大掛かりな再封印だったんだろう。加えて、封印された魔王を中心として何重にも魔法陣が描かれている。これは別の時代の再封印だろうか?
「これは封印の奇跡もあれば封印の魔王もありますね。一個一個で時代も仕組みも違います。外側になるにつれて新しい時代で施されたみたいですね」
「へえ。ペンキが剥げかけた壁にペンキ上塗りしてるみたいだけどさ、効果はあるのか?」
「微妙ですね。その例えで言うならペンキを全部剥がした完全修復が必要じゃないかと。剥げたらまた上塗りすればいいや、みたいに問題を先送りしたんじゃないですか?」
「完全に手抜き工事じゃねえか。悪質商会もびっくりだな」
しかしそれは仕方がない面もある。過去俺達みたいに教会の連中にはめられて閉じ込められて、それでも孤独にも自分の使命を全うしようとしたら、上から更に封印するしか道は無いだろう。目の前の光景はそうした歴史の積み重ねの結果だ。
「つまり封印はまだ破られてないってことだろ。何だよあのハゲオヤジ共、ビビり過ぎじゃねえのか?」
「……」
「おい、ミカエラ? ちょっと……!」
呆れる俺を無視してミカエラは遠慮なく封印された魔王の方へと歩み寄っていく。途中、再封印を施したらしき魔法陣を踏み越えても特に何も起こらない。悠然と進む彼女に呆気にとられるのもつかの間、慌てて彼女の後を追い、抜き返した。
「近寄るならそう言え! とっさに守れねえじゃねえか……!」
「ニッコロさんを信用してますから、必ずこうしてくれると思ってましたよ」
「調子の良いこと言ってもごまかされねえぞ」
「とにかく、彼女の間合いに入らない距離まで近づきましょう」
彼女の言い回しに嫌な予感はしたものの、ひとまず不満は飲み込む。戦鎚を構えながら前進すること少しの間。もう飛び込めば魔王に一発打ち込めるぐらいの間合いまで詰める。ここまで来ると兜の隙間から相手の容姿まで確認できるようになるが、ミカエラの言った通りかなり若いまま、噴水広場で見た像そのままの状態を保っていた。
封印された鎧の魔王は微動だにしない。俺は唾を飲み込んで警戒心を集中させる。ミカエラは余裕そうに権杖で床を叩き……次々と床に施された封印の魔法陣を消していった。過去の聖女が決死の覚悟で施しただろう封印が、儚く散っていく。
「こんなものは芳香剤と同じですね。効き目が無くなったら片付けるに限ります」
次にミカエラは至るところから張られた鎖を権杖で軽く叩く。それを合図として甲高い嫌な音が広間全体に響き渡り、残らず腐り落ちていくではないか。これはミカエラがやったのではなく、有効期限はとうに過ぎていたんだろう。
そして、外付けの封印が全て無くなった中、ミカエラは礼儀正しく一礼する。
「始めまして。魔王イレーネ、と呼べばいいですか? 余は現代の聖女ミカエラ。そしてこちらは我が騎士のニッコロさんです」
「……なんだ、つまんない。最初から分かってたのか」
聖女の身体がゆっくりと動き出し、被っていた兜を脱いで頭部をあらわにした。像や肖像画に残された勇者イレーネそのままな彼女はおもむろに転がった長い物体に巻かれた布を引き裂き、中身を取り出す。
それは、全ての光を引き裂く暗黒の剣だった。生きとし生けるものに恐怖と絶望を与え、世界を闇に染め、聖女や天使を葬る、まさしく魔の象徴。それでいて吸い込まれそうなほど美しい造形をしていることが恐ろしい。
魔王剣。そんな単語が自然と頭に浮かんだ。
「始めまして。僕は魔王イレーネ。よろしくね」
イレーネを名乗る復活した魔王は一礼した。
それはまるで決闘の前に対戦相手へ敬意を込めて礼をするようだった。
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