第11話 聖女魔王、最初の聖地に到着する

「とうとう着きましたよ。最初の聖地に!」

「あーはいはい。恥ずかしくなるから大声で叫ぶの止めような」


 それなりに長い旅を経て、俺達は目的としていた最初の聖地にやってきた。


 聖地に認定されたこともあってこの都市は大変栄えていて、ここを領土にする王国でも有数の総人口を誇っているんだとか何とか。商業も盛んだし多くの芸術家達も集い、まさに第二の都市に相応しい賑わいと言っていいだろう。


 で、そんな聖地に聖女がやってきて何も起こらないはずがない。というかミカエラがここを目指していることはいち早く伝わっていたらしく、歓迎する雰囲気がひしひしと伝わってくる。とはいえ、さすがに聖地ともあれば何度も聖女が来訪した過去もあるため、混乱する騒ぎにまではならなかった。


 聖地を管理する大教会には食事を取ってから行くことにし、適当な店を選んでおすすめを注文。舌鼓を打つ。しかしまあ、昔からミカエラはたくさん食べるよな。いっぱい食べて幸せそうだからこっちまで幸せな気分になる。不思議なものだ。


「そんなじーっと見つめてきてもあげませんからね」

「食いたかったら追加注文するっての。それより、ここってどんな聖地なんだ?」

「そんな基本知識は学院で学んだでしょう。授業中寝てたんですか?」

「言っとくが、そんな不真面目だったら聖騎士にはなってないからな」


 俺だって聖騎士になるために必死こいて勉強したんだ。さすがに全部の授業を残らず真面目に取り組んだ、とまでは言わないけれどな。ていうかミカエラも分かってて言ってるのは見え見えなので、反論も必死にはしない。


「冗談ですって。ニッコロさんの成績ぐらいちゃんと知ってますから」

「聖騎士候補と聖女って結構授業違ってただろ。違うように教えられてないか知りたいだけだ」

「ニッコロさんはしょうがないですねー。ではこの聖女ミカエラが教えましょう!」


 ちょろい、と思ったのは内緒だ。ミカエラは知識欲が人一倍あるのに加え、その知識をひけらかしたい欲求もかなりある。学院時代も勉強教えてと頼まれたら二つ返事で引き受けたりしたしな。


 こら、フォークをこっちに向けるのは止めなさい。指摘するとミカエラはムスッとしながら口に肉料理を放り込む。じっくりと咀嚼して、飲み込んで、ほうと一息付いて、ようやく満足して俺を見据えてきた。


「そもそも魔王というのは称号です。魔王と一口に言ってもその在り方は様々です。神に選ばれた宿命の子、誰よりも強かった者、単に偉かっただけの奴。中には一介の冒険者にあっさり退治された情けないのもいたらしいですよ」

「いきなり話が脱線したな。それがこことどう関係あるんだ?」

「この聖地はその中でも誰よりも強かったから魔王になった者の終焉の地です。勇者によって討伐されたらしいですよ」

「勇者、ねえ。魔王と倒すために神に選ばれた宿命の戦士、だったか」


 魔王が出現すれば勇者も誕生し、魔王が世界に混沌をもたらし、勇者は人々の希望を背負って戦い、最終的に勇者は魔王を討ち果たす。人類の歴史はそれの繰り返しだ。人類の存亡をかけた一大事には違いないが、さして珍しくもない。


 勇者もまたその在り様は様々だ。魔王を倒したから後に勇者と呼ばれるようになったり、神に選定された稀代の戦士もいたし、何なら聖女が勇者を兼任した時代もあったんだから驚きだ。


 そして、この聖地は、そんな聖女勇者が戦った地なのだ。


「神から与えられた才能、通称スキルのうち、剣聖のスキルを与えられた大聖女イレーネ。彼女が聖女を辞した後に勇者になって魔を打ち払い、攻めてきた魔王をここで討ち果たしたんだったか」

「当時の魔王は動く全身鎧、リビングアーマーだったそうです。魔法は一切使わなかったそうですが、剣の腕前は誰も敵わなかったんだと記録が残ってますね。剣を一振りしたら山を裂き、海を割り、空を切ったんだとか。そんな強い魔王を倒したんだから、勇者って凄いですよね」

「そう言えばちょっと向こうの噴水広場の中央に勇者像があるらしいな。ちょっとした観光名所になってるんだったか」

「資料館もあるみたいですね。食事が終わったら行ってみますか」


 どうやらミカエラが教わった内容と俺の知識は同じだったらしい。とは言え、それを正直に信じるのは危険か。何せ魔王だとか暴露してきやがったことだし、自称魔王としての知識を喋ってない可能性があるからな。


 □□□


 程よく腹が膨らんだところで出発。俺達は噴水広場に向かった。そこは市民憩いの場になっていた。子供達がはしゃぎ、カップルがいちゃいちゃして、老人夫婦がそんな皆のひと時を眺める。実にのどかな時間が流れていた。


「へえ、これが勇者イレーネですか……」


 その中央に勇者の像があった。


 勇者イレーネはまるで今を生きる市民をも守らんと剣を高々と掲げていた。年は俺達と同じか少し上ぐらい。もしこの見た目通りだったら随分と若くに戦ったんだな。中々に凛々しく、それでいて可愛らしいとはっきり言える容姿をしている。


 勇者の像は細部まできっちりと作り込まれていて、今にも動き出しそうなぐらいいきいきとしている。イレーネの勇姿と偉業を必ず後世まで伝えよう、という彫刻家の強い意志を感じた。


 □□□


「じゃあ次は資料館に行きましょうか」


 資料館、というより博物館か。行ってみたらかなりの大規模な施設で、イレーネが生まれてから魔王を討伐するまでどんな人生を歩んできたか、の資料が展示されていた。友人への手紙とか幼少期の私物の展示とか、俺だったら嫌だけどなぁ。


 そんな中、来場者が一際集まる展示物があった。あまりにも人が多くて通り過ぎようかとも頭によぎったんだが、なんと聖女がやってきたと分かると皆俺達に道を開けてくれた。折角なのでお言葉に甘えるとしよう。


「これは……勇者が使った剣か」

「当時の魔王が振るった剣、通称魔王剣に対抗するために名付けられたそうですね。聖王剣、と」


 それは光の剣、とでも呼べば良いんだろうか?


 俺にも分かるぐらいその剣は神聖で、尊く、まばゆかった。これが魔王を含めた全ての魔物、闇を打ち払う、と言われると納得するしかない。聖都にも数多くの聖遺物はあったけれど、これほど勇者の剣として相応しい逸品は無いだろう。


「これ、ニッコロさんにも使えますかね?」

「冗談言うな。俺が神に愛されるわけないだろ。ミカエラこそ聖女なんだから、一度ぐらい手にしてみたらどうだ?」

「余はナイフより重い刃物を持ったことはありませんね。この権杖で充分ですよ」

「勿体ないなぁ。飾られるぐらいなら誰か使って魔物をぶった切ればいいのに」

「こういった聖剣はまるで意思を持ったかのように担い手を選ぶそうですよ。現にイレーネ以降の勇者って呼ばれる者達も拒まれたそうですから。頑固者は朽ち果てるまでこうして展示されるのがお似合いです」

「辛辣だなオイ。ま、使われない武器はそう言われても仕方がねえか」


 罰当たりなぐらい冗談を言い合いながら俺達はその場を離れる。ちなみに聖王剣とやらが怒って光りだすなんて奇怪な現象を起こすことはなかった。剣に意思があるとか、俺だったらそんな得物はゴメンだね。


 出口付近にお土産屋もあったんだが、旅の途中で私物が増えても邪魔なだけ。イレーネちゃん人形に心惹かれたミカエラを引きずって博物館を後にする。観光も済んだことだし、いよいよ大教会へと向かうことにした。


 □□□


「ようこそ聖女ミカエラ。我々一同、貴女方を歓迎いたします」


 大教会に着くと、何故か盛大なお迎えを受けた。


 確かに来ることは前から分かってたんだろうが、だからって大げさすぎないか?

 ドン引きな俺をよそに、ミカエラは一同に向けて恭しく一礼した。


「この度新たに聖女に任命されましたミカエラです。皆さん、短い間ですがお世話になります。よろしくお願いします」


 俺もミカエラに続いて頭を下げた。相手の方もそれぞれ歓迎の意を表して頭を垂れる。挨拶もそこそこに俺達は向き合い、年老いた男性がミカエラへと笑みをこぼす。一方のミカエラは少し不満そうだ。


「枢機卿猊下。余は公式に訪れたわけじゃありません。そんな仰々しく出迎えられても困っちゃいますよ」

「はははっ。公式であったならもっと丁重にお出迎えしましたぞ。それにしても聖女に任命されてすぐに聖地巡礼の旅に出るとは。とても信仰深いのですな」

「聖都に引きこもっていては見えない世界もありますからね。いい機会です」

「既に幾つもの厄介な異変を解決したと報告を受けています。我々はおろか、民としてもありがたいことです」


 他愛ない会話をしながら枢機卿は大教会の中を案内する。非公式の訪問ではあったんだが、皆聖女がやってきたことに驚きと興奮、そして何より敬いの心を隠しきれていないようだった。大げさな、とのミカエラのつぶやきは絶対本音が混ざってるな。


 そして数日間滞在する部屋に通される。質素ながらも最低限の内装は整っていて、何より寝具がとてもいい。これならぐっすりと熟睡出来そうだ。トイレと浴室は共同らしい。なんとここは風呂まである。さすが大教会は格が違った。


 荷物を置いた俺達は来賓室に通された。中では助祭を名乗る男性が待っており、俺達が来ると立って出迎えた。俺達を自ら案内した枢機卿は助祭の隣、向かい側の席に向かう。ミカエラは枢機卿と面を向き合う席に、俺はその隣の席に座る。


「それで、聖女ミカエラ。具体的にこの地にはどれほど留まっていただけるので?」

「予定としては三日ほどお邪魔してから出発するつもりですけど……随分と引っかかる言い回しですね。まるで余達にずっと滞在してほしいように聞こえます」

「はは、ごまかしても仕方がないので正直に申し上げます。その通り、聖女ミカエラにはしばらくここにいていただきたい」

「ここには優秀な神官が揃っている筈ですが、聖女がいなければいけない事情が?」


 用意された茶には目もくれず、ミカエラは言葉を放つ。教会という組織において聖女と枢機卿は同格として扱われる。なのでミカエラと枢機卿は対等なわけだが、それにしても遠慮が無いな。


 枢機卿は笑みを消し、深刻な面持ちで頭を抱えながらうつむいた。しかしやがて意を決した面持ちでミカエラを見据えてきた。自然とミカエラも顔を引き締めて枢機卿を見つめる。


「勇者イレーネの資料館に行ったそうですな」

「ええ。賑わっていましたよ。我が騎士がケチだったのでおみやげは買えませんでしたけれど」

「はは、気に入ったのがあったなら後で準備させましょう。そこを含めて勇者イレーネの偉業はこう記録されていますね。勇者は魔王を討ち滅ぼした、と」

「ええ。人々に平和が戻ったのが何よりの証じゃあありませんか」

「いえ、事実は違います。勇者は魔王を倒しておりません」

「え?」


 一瞬、沈黙が辺りを支配した。

 それほど枢機卿の語ったことは衝撃的だった。


「勇者イレーネは魔王を倒せなかったのです」

「倒せなかったなら世界は滅んでいたはずですよね。どうなったんですか?」

「勇者は魔王を封印することで平和を取り戻したのです。人柱になることで」


 なんてこったい。

 これ、聞きたくなかったなぁ。

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