第10話 聖女魔王、水源汚染の問題解決を引き受ける

 害鳥共を始末して山道の通行禁止が解除になったので、俺達は山を超えた向こう側の町にやってきた。山間部に近いのもあって、大自然にあふれるゆっくりとした快適な生活環境を売りにして貴族の別荘もあるところなんだが……。


「何でこんな寂れてるんだ?」

「皆さん元気が無いですねぇ」


 町全体が重い空気に包まれていた。宿場町だから人の往来こそ多いものの、住民達は誰もが疲れた顔をしている。そして俺達……というより聖女ミカエラの姿を見るなり、救われたとばかりに顔を輝かせるのだ。


 次の町に行くにも日が遅いので宿を取る。女将が俺達を一目見るなり大歓迎状態になって過剰なぐらいのおもてなしを受けそうになった。あいにくそこまでされるとかえって疲れるので、他の客と同じように扱うようお願いしたんだがな。


「一体どうしたんですか? 差し支えなければ事情を教えて下さい」

「それがですね……。ここは水の町って呼ばれるぐらい水が豊富な小川沿いにあるんですが……その小川が使えなくなってしまったんです」

「川が枯れちゃったんですか?」

「汚染されてしまったんです。だから小川の水は使えませんし、井戸から組み上げる水も駄目で……。雨水を貯めたり遠くから運んできたりしなきゃいけなくなって……」


 それは確かに死活問題だ。だからって簡単に移住なんて出来やしないし、聖都に続く街道沿いにあるから国だって許しはしないだろう。町全体が今日飲む水にも苦労しているわけだ。


 町の教会で事情を聞くべく宿を後にした俺達は、通りすがりに店を覗いた。水が明らかにぼったくり価格になってる。山越えの道が通行解除されたのもあって交通量も多くなった反動か、店主が客に頭を下げまくっててかわいそうだった。


「こ、これは聖女様! ようこそおいでくださいました!」


 教会の神父からも歓迎された。聞けばこの危機的状況に冒険者ギルドにも依頼が出ていて、実際冒険者も小川の上流に調査へ向かったわけだが、結果、帰らず。よほどの原因が潜んでいるに違いない、ってぐらいしか分かっていないらしい。


 そんな時に偶然聖女がやってきたわけだから、救いが来たと思われてもしょうがないわな。神父からも是非この異変を解決してほしいと懇願されたし。何でも教会に対して聖女の出動要請もしようとまで思い詰めていたんだとか何とか。


「分かりました。余と我が騎士に任せてください。さっと行ってぱっと解決してきちゃいますから!」

「おお、神よ。このお導きに感謝を!」


 歓喜のあまりに泣き崩れた神父は少し時間をかけて気を取り直し、なけなしの備蓄を切り崩して俺達に支給してくれた。一度は辞退したんだが異変が解決するなら安いものだと言って聞かず、なら好意に甘えて受け取ることにした。


 夕食も覚悟してたんだが、これまた宿の女将が腕を振るってそれなりに豪華な食事を用意してくれた。他の客からやっかまれるとも危惧してたんだが、逆に期待を一身に集めたし、周りに住んでる町人も来るぐらいだった。


「聖女様、どうかこの町をお救いくださいませ」

「このままじゃあ明日も生きられねえ! 

「ああ、これでこの子も助かるわ……」


 そうまで希望を持たれるとやってやらなきゃって気分になってくるな。

 ま、とりあえずは微力を尽くすとしますか。


 □□□


 次の日、俺達は夜明け前、空が明るくなり始めた頃に出発した。

 向かうは小川の上流方向。脇の道を進むんだが、確かに小川の水は汚染されていた。具体的にはドブみたいに腐り、異臭を放っていた。鼻がひん曲がりそうだ。これ瘴気まで発生させてるんじゃないか?


「既に魔物を呼び寄せているようですね。もっと汚染が進んだらここから魔物が発生してしまいかねません」

「そりゃ大変だ。何が原因なんだろうな?」

「水源に呪物を放り込む、魔法を施す、など、様々な要因が考えられます。要するに行ってみないと特定は難しいですね」

「せっかく山超えてきたのまた山登んなきゃいけないのはだるすぎる……」


 途中で枝分かれしてたんだが、汚染された水が流れてくるのは本流の方だった。道も途絶えたのでそこからは川に沿って進んでいく。俺はあまりの臭さに鼻に詰め物をした。ミカエラがなんで平然としてるのかが分からん。これも奇跡なのか?


 ちなみに途中襲ってきた魔物共は全員ぶちのめしてやった。別に特筆するような戦闘でもなかったがね。疲れるだけなんで個人的にはうんざりなんだが、俺が戦うと何故かミカエラが喜ぶから、まあいいか。


 完全に日が昇ってもしばらく進み、滝の麓までやってきた。勢いよく落ちてくる水は透き通って綺麗な透明。上方の木々とか水が流れ落ちる付近の岩、苔の具合を見ても、その上流は汚染されていないのは明らかだった。


 となれば、汚染の原因は目の前のコレか。


「魔物の死体、か?」

「ええ、そうでしょうね」


 滝の下側にソレはあった。でかいトカゲ、パイロレクスだったっけか、の魔物の死体が水辺の辺で倒れていた。死んでから随分立つのか、完全に腐敗している。それが水に浸かっているせいで小川の下流がまとめて汚染されているようだ。


 おかしい。野生の魔物は死んだら新鮮なうちに他の魔物共の餌になるのが自然の摂理。こうして瘴気の発生源になるまで放置されるなんて異常だろう。何かこのトカゲに近寄ってこない要因でもあるんだろうか?


「で、どうする? 水辺から引き剥がして弔うか?」

「面倒くさいですから、このまま汚物は消毒ですよ」


 ミカエラが権杖を一回転させ、その先をトカゲの死体に向ける。そして力ある言葉を発した。


「クリメイション!」


 火葬の奇跡。教会の教えでは終末の際に人々は蘇ることになっているので、基本的には土葬だ。よほどの大罪人とか疫病の犠牲者でもなきゃ死体は焼かれない。コレを習得してる酔狂な聖女はミカエラぐらいだろう。


 しかし、何も起こらなかった。


 しばしの沈黙が辺りを支配する。

 何をやってるんだ、と呆れたのも少しの間だけだった。


「火葬の奇跡って、魂の無い死骸にだけ効果があるんだったっけか?」

「ええ。生きているなら、もしくは魂が肉体に縛られていたら、不発になります」

「ってことは、あのトカゲの魂は天に召されてない、と」

「はい。出番ですよニッコロさん」


 ええい、なんてこったい。


 すると、なんと死んでいたはずの躯がうごめいたではないか。そして四本の足で立ち上がり、その白く濁った目で俺達を睨みつけてきやがる。明らかにこちらへ警戒心を抱いているようじゃないか。


 もちろん生きているわけがない。死んだまま奴は活動してる。

 つまり、奴はとっくの昔にゾンビ化していて、こうしてノコノコやってくる得物を待ち構えていたわけだ。


 俺が戦鎚を構えた直後、パイロレクスゾンビは何かを吐き出してきた。死ぬ前なら火炎放射してくる種なんだが、ゾンビ化したコイツはなんと瘴気のガスを吐いてきやがった。浴びたら最後、こっちまで生きる屍と化すだろう。


「セイントフィールド!」


 こっちに到達する前にミカエラが張った光の障壁が防ぐ。


「今です、我が騎士!」

「言われなくても!」


 放射ガスに勢いが無くなったと同時に俺は飛び上がり、水辺を挟んで向こうにいたトカゲの頭めがけて戦鎚を振り下ろした。さすがに反応され、しかし予想外にすばしっこく、トカゲは攻撃をかわしてきて、俺の戦鎚は水辺の砂利を砕くだけにおわる。


 だが、俺の攻撃はこれで終わらねえ。それぐらい想定済みだ。


 反動を利用して俺は今度は戦鎚を上方向に振り抜いた。回避行動を取ってたトカゲの後ろ足を少しかするだけに終わったが、それでも奴の体勢を崩すぐらいは出来たようだ。向こう岸に上手く着地できず、背中から身体を打ち付けた。


「セイクリッドエッジ!」


 すかさずミカエラが放った光の刃がトカゲに襲いかかる。着地地点を見極めた上での回避不能の攻撃。これでパイロレクスが生きた状態だったら空中で火を噴いて方向転換してたんだろうが、ゾンビになってそんな知性は残ってやしなかった。


 光の刃は容赦なくトカゲの胴体を両断する。痛みを感じないのかトカゲはそのまま前へ飛び退こうとして下半身を千切れ落とした。そして牙と爪を剥いてミカエラへと飛びかかった。


「させるわけねえだろ、ボケ」


 盾で腐れトカゲに顔面パンチをお見舞いしてやった。うへえ、腐った肉がこびりついた。こりゃあ町戻ったらきれいに洗わないと。臭いが移ったら大変だ。


 頭部の肉も大半が吹っ飛んで下半身を失ったトカゲはぶっ飛ばされた先で鈍重にうごめいたわけだが、再起する機会はもう無い。そこまで隙を見せたら後はもう聖女の独壇場だ。


「ターンアンデッド」


 聖なる光がパイロレクスゾンビを包み込み、浄化していく。

 やがて天に召されたトカゲの死体は骨だけになって、バラバラになって地面に転がった。


「ふう。何とかなったな」

「お疲れさまでした、我が騎士」

「別にお安い御用だ。大した敵じゃあななかったからな」


 これは虚勢なんかじゃない。アンデッド系の魔物の天敵とも言える聖女と一緒のパーティーだったら普通の冒険者にだって処理できる程度の強さだろう。戦闘が短時間で終わったのもその証だ。


「それより……」

「ええ。それより……」

「後始末が大変だな。気が重い」

「ですよねー。教会の正式な任務だったら女神官達と一緒に人海戦術でいけますけれど、それは出来ませんし」


 問題なのは、汚染源を処理したからって汚染された小川がすぐに浄化されるわけじゃないってことか。このまま自然に任せてたら何百年もかけることになる。浄化は下流にも施さなきゃいけないのだ。


 ただし、俺達が受けた依頼はあくまで小川の汚染の解決。事後処理までは含まれていない。最悪これで一件落着ってことで旅立ってもいいわけだ。さすがにそれだと目覚めが悪いので、こう気が滅入ってるんだがね。


「日が沈む前までに町に戻れればいいな……」

「言わないでくださいよ! げんなりしてきますからぁ」


 愚痴を言いながら俺達は下流へと向かう。道中の魔物処理は俺が、浄化はミカエラがこなし、太陽が山へと沈みかけた辺りでようやく町が見えてきた。何か、町人総出で俺達を出迎えててるように見えるんだが?


「聖女様が帰ってきたぞ!」

「聖女様ぁー! おかえりなさいませ!」

「おかげでわたし達は救われました! 本当にありがとうございます!」


 まだ遠くで浄化作業を続けていると分かったのか、声を張り上げて感謝を述べてくる。中には俺達の方へと駆けつける元気いい町人もいた。是非町でゆっくりしてください、という提案をミカエラは一旦固辞した。


「もう少し下流まで浄化します。残りは教会に依頼してください」

「そうしていただけると大変ありがたいです。聖女様、感謝いたします」

「礼には及びません。余は余のためにしたまでですから」


 神父なんて感涙の涙を流して祈りを捧げるほどだった。


 どうやらあのトカゲを退治した時点で汚染度合いが改善してきたらしく、聖女が解決してくれたとすぐに気づいたらしい。で、戻る頃合いに救いの主を出迎えようって話になって今に至る、と。


 何にせよ、こうして歓迎されるのは気持ちがいいものだなぁ。

 自分のためだと豪語するミカエラもまんざらではない様子だった。

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