第7話 聖女魔王、ロックコカトリス討伐を引き受ける
二便目の乗合馬車で次の町までやってきた。
ところが、着いた先の乗合馬車駅がどうも騒がしかった。
受付前では何名もの冒険者が受付とやり取りしてるし、馬車だって結構な数が広場で待機しているようだった。馬車の側では大荷物を抱えた商人がため息をもらしているし、待合室では母娘連れが困っている様子だった。
「もしもし。どうかしたのですか?」
「ん? あ、アンタ……いや、貴女はまさか、聖女様!?」
「余達は到着したばかりで、何かあったんですか?」
「そ、それがですよ……」
どうもここから次の町までを結ぶ山道で危険な魔物が出没したため、現在封鎖されているんだそうだ。現時点では冒険者ギルドがその危険な魔物を退治する依頼の参加者を募っている段階なんだとか。
山間部に生息する魔物は鳥類や爬虫類系、岩石系が多い。都市部周辺と比べても遥かに強力な個体ばかりだ。なので山間部を突き抜ける街道の周囲は念入りに魔物の駆除が行われていて、森林の街道よりむしろ安全な場合もあるんだが……。
「で、何が出たって?」
「それがよ、ロックコカトリスが出たって話なんだ」
「ロックコカトリスが!?」
コカトリスは鶏と蛇の特徴を併せ持った魔物だ。厄介なのはその魔物は強力な毒を持っていること。口から毒の息を吐いたり嘴で突かれりゃあたちまち身体に毒が回り、中には視線だけで獲物を殺す強力な個体もいるんだとか。
で、厄介なのはロックコカトリスっつー毒の代わりに石化の状態異常を起こす種類もいるってことだな。睨まれたら人形の石像の出来上がり、なんて聞いただけでもぞっとするぜ。
「石化耐性が付与された防具なんて結構貴重だぞ。討伐部隊が結成される見込みがあるのか?」
「近隣の町だけじゃなくて王都にまで要請してるらしいんだが、返事は芳しくないみたいだぜ」
「この山道を使わずに迂回するとなるとどれぐらい余計に日数かかるんだ?」
「およそ十日ぐらいだ。そんなんじゃあ商売になりゃしねえよ!」
「十日。そりゃあ話にならんな」
石化耐性を防具が望めないってなると、魔法の類を頼るしかないわな。土属性攻撃を軽減する防御魔法のレジストアースを習得してりゃあ望みがあるか? けれど石化異常って呪いと同じぐらい厄介だから、国に重宝されるぐらい熟練の魔法使いを連れてこなきゃ駄目だろう。
とまで基本知識を思い浮かべていたら、冒険者一同……いや、その場にいた全員の視線が一点に集中していた。それもありったけの希望が込められて。そう、神から奇跡を授かった、聖女であるミカエラへと。
「聖女様、何とかなりませんかね?」
「何とか、とはどういったものでしょうか? コカトリスの退治でしたら畑違いですので他を当たってください」
「せめて一時的に組んだパーティメンバー全員に石化耐性を付与したりとかですよ。石化と毒に気をつけりゃあ大したこと無いですから」
「それでしたら問題ありません」
「「「本当ですか!?」」」
待ちぼうけを食らっている一同が口を揃えてミカエラに詰め寄るので、俺は奴らと彼女の間に割り込んだ。睨まれはしたものの俺が聖騎士だと分かったのか、大人しく引き下がった。
「我々の進路も件の山道です。協力して厄介な魔物を倒しましょう」
「こりゃ良いことを聞いた!」
「聖女様がいりゃあ百人力だぜ!」
「くそ、ギルドが依頼を締め切らないうちに受注しねえと……!」
冒険者連中は一目散に駆け出した。どうやら成り行きを見守るばかりで勝算が高まってからじゃないとコカトリスを退治する気は無かったらしい。あんな連中を頭数に入れてまともに戦えるのかは不安でしかねぇな。
「さて、ニッコロさん。もう日中の半分が過ぎてますから、今から出発しては夜が更けてしまいます。我々は一度教会に挨拶して一泊しましょう」
「そうだな。害鳥退治は旅の疲れを落としてからだな」
俺達は少し静かになった乗合馬車の駅を後にした。
□□□
結局、昨日駅にいた冒険者共は半分ぐらいコカトリス討伐部隊に加われなかったらしい。聖女がやってきた時点で勝機を嗅ぎ取った奴がいち早く依頼を受けたからだ。こういった美味しい匂いを嗅ぎ取る嗅覚は中々馬鹿に出来ないものだ。
俺達二人を含めた討伐部隊は全部で十二名。これ以上は幌馬車を増やさなきゃいかんらしい。狭い山道で幌馬車が隊列を組むのはかなり危険だ。俺達もコカトリスの出現位置近くで降りてから自分の足で現地に向かう予定だ。
「へえ、聖地巡礼の旅にねぇ。聖女様も大変だな」
「いえ、それが使命ですので」
道中は他の冒険者達と他愛ない話で盛り上がる。即席のパーティーを組む場合、こうしてすぐに交流を深めて連携を取れるようにしとかないとな。いざとなったときに危機を回避できやしねえ。
木々も少なくなってきた辺りで馬車から降り、山道を進む。馬車も通れるように蛇みたいに曲がった道なりなもので、思ったよりも進めていない。いくら冒険者と言えども山道はやはり辛いようで、何人か息を上げていた。
「で、どの辺りでロックコカトリスは目撃されたんだ?」
「もうちょい先らしいんだが……」
一回休憩を挟む。持参した水筒に入った水で喉を潤す。パーティー内で一番小柄なミカエラが一番元気そうで、呑気そうに壮大な景色を眺めていた。アレか、魔王とやらは人間と体の作りでも違うのかね?
「な、何だよこれ……!?」
そして現場へと到着した俺達が目撃したのは、異様な光景だった。
それはさながら悪趣味な美術館と言ったところか。
逃げ惑う旅人が恐怖に彩られた表情のまま石化していた。男ばかりか女子供も容赦無く石像と化している。中には倒れてその場で割れた石像もあった。道から落ちて下で砕けたのもある。馬車も馬ごと石にされている。
男戦士が声を上げたのをかわきりに次々と冒険者達が驚きおののく。軽率な男弓兵が恐る恐る中年男の石像を指で触ると、なんともろく崩れたじゃないか。男弓兵は悲鳴を上げて後退り、仲間と思われし男武闘家に頭を殴られる。
「な、なあ聖女様。こいつ等、治せますか?」
「治せますよ」
男重戦士がおっかなびっくりミカエラに聞き、ミカエラはあっさりと答える。あまりにもあっさりだったものだから初めは聞き間違えだと錯覚したようで呆けていたが、希望がもたらされたと悟ると喜びを顕にした。
「本当か!?」
「敵の排除を目的とする石化攻撃は即死攻撃ですが、ロックコカトリスのは違います。脳も心臓も肺も石になっていながら生きている、ゴーレムのような存在になるわけですね。だから石化を解除すれば治せます」
「そうか……助けられるのか……」
「いえ、ちょっと待って。どうしてそんな手間なことをするの?」
あー、それ聞く? 聞いちゃう?
女戦士の疑問はごもっともなんだが、聞かない方がいいと思うなぁ。
「そりゃあ巣作りのためですよ」
「……巣作り?」
「生きた石像に卵を産み付けるんです。卵の時はそれで温められて、孵化した雛がそれを餌にするために」
「おいおい……。じゃあ、まさか彼らにも……!」
冒険者一同は顔をひきつらせながら石像から飛び退く。今にも打ち壊しそうな剣幕だった彼らをミカエラが静止させ、石像へと歩み寄った。それから頭のてっぺんから足の爪先までじっくりと観察する。
「生命反応は一つ。まだ卵を産み付けられてませんね」
「そ、そうか……間に合ったってわけか……」
「いえ、あいにく間に合わなかった者も何名かいます」
そう、卵を産み付けられていないからと、転倒して胴体真っ二つになった石像や、落ちて粉々になった石像はもう助かるまい。念の為真っ二つの石像をミカエラが調べたが、既に魂は天に召されているようだ。
「石化を解除するにもまずは安全を確保してからです。石像がまだこの場所にあったということは、ロックコカトリスの縄張りなわけですから」
「……!」
冒険者一同は気を引き締め直し、各々の得物を構えて周囲を警戒する。辺り一帯は既に密度もスカスカな針葉樹林があるばかりで、それなりに視界が開けている。コカトリスが物陰に潜んでいようものならすぐさま分かる筈なんだが……。
――そんな俺達をあざ笑うように、突然ロックコカトリスが俺達に襲いかかった。
なんと露出した岩肌に擬態する能力まで兼ね備えていたらしく、最初から石像の周りにいる俺達の隙を伺っていたのだ。
そして更に、ロックコカトリスの群れは一斉に石化ガスを吐き出した。
俺達が反応する間も無く、第二の犠牲者を作らんとそれが降り注ぎ……、
「セイントフィールド!」
ミカエラが作り出した光の壁に阻まれた。
全体防壁の奇跡。あらゆる攻撃を全て弾く、魔法使いなら初心者から上級者まで重宝する使い勝手の良い障壁魔法マナシールドと同じ使い方が出来る防御策だ。その強度は術者の力量に比例するんだが、ミカエラのはちょっとやそっとじゃあ壊れやしない。
「余が皆さんを援護しますので、その間にロックコカトリスを退治してください!」
「よっしゃぁ! お前ら、やるぞ!」
聖女がいれば百人力だ、とか昨日言ってた男戦士が真っ先に気合を入れた。それに呼応して皆がやる気を奮い立たせ、迫りくるロックコカトリスへと立ち向かっていった。
俺は一度ミカエラの方を見て、ミカエラは笑みをこぼしながら頷いてきた。それを受けた俺は戦鎚を握りしめ、ロックコカトリスへと突撃する。
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