第8話 聖女魔王、害鳥の巣を駆除する
ロックコカトリスが各々吐く石化ガスはミカエラがパーティー全員に施したマナシールドに阻まれて効かない。何匹かそれでも石化ガスを試す奴がいたが、その隙を突かれて冒険者達の攻撃の餌食になっていった。
すぐさま石化ガスが効果なしと悟った個体は接近戦へと切り替えたようで、縦横無尽に駆けずり回りながら体当たりや尻尾蹴りで攻撃を仕掛ける。あまりのすばしっこさに反応しきれない男重戦士は背後から嘴を刺されてしまった。
すると、嘴を起点に男重戦士が石化していくではないか。救いを求める悲鳴を上げるが、やがて肺や口が石になるとそれも収まり、最終的には新たな石像が一体出来上がってしまう。
「キュアストーン!」
しかしすぐさまミカエラが力ある言葉と共に淡い光を放ち、たちまちに男重戦士の石化が解けた。急に支えがなくなったからか、男重戦士は手と膝を付く。しきりに自分を触るのは本当に石化状態が解除されたのを確かめるためか?
「直接攻撃で毒を流し込まれたらセイントフィールドで防ぎきれません。どうにか近寄られすぎないで」
「す、すまねえ聖女様。助かった……!」
男重戦士は気を取り直して自分の剣を手にロックコカトリスへと突撃した。
さて、一方の俺はと言うと、しばらくロックコカトリスの様子を伺っていた。やみくもに武器をぶん回したところであの忙しなく動き回る蛇鶏に命中出来るとは到底思えないからな。
右、後ろ、左、前、左。
……そこだ!
「どっせいっ!」
俺が戦鎚を振り抜いた先にいたロックコカトリスが羽を撒き散らしながらぶっ飛んでいく。露出した岩肌に激突したソレはもはや原型をとどめておらず、さながらミンチ肉と言ったところか。
「よっし、次!」
喜ぶのも一瞬だけ。すぐさま次の個体へと戦鎚をふるった。重心を的確に捉えてやったのもあって、次の標的は肉をひしゃげさせ、骨を粉砕させ、物言わぬ肉塊へと成り果てる。
三匹目を処理しようと視線を向けたが、どうやら危機を察知したらしく、他の冒険者へと襲いかかるじゃないか。ムカついたので劣勢になってる冒険者に加勢すべく俺は突進していった。
手応えアリな感触と共に戦鎚で地面に叩きつけて潰したロックコカトリスがミンチになった。うへえ、まだ尻尾と頭が動いてるよ。気持ち悪いからさっさと昇天してくれや、っとな!
「ふう、大丈夫か?」
「あ、ああ。助かった。アンタ、強いんだな」
「これでも聖騎士なんでな。身分相応ってやつさ」
「そうか……。それより早く他の連中も助けてやらねえと……!」
味方がやられるより俺達が処理するペースの方が速いようで、次第に害鳥共は劣勢になっていく。一人一人での対処を余儀なくされた最初から二人、三人と段々と複数人で戦えるようになってきたからな。
「よし、このまま畳み掛けて……!?」
やがて、まだ生き残ってるロックコカトリス共はこれ以上は危ないとか察知したんだろうか。一目散に逃げ出しやがった。
俺がナイフの投擲をしても男弓使いが射ても当たらねえ。害鳥共がそのまま山肌の向こうへと姿を消そうとした、その時だった。
「ライトニングフューリー」
どこからともなく発せられた力ある言葉で、上空から突如として雷が降り注く。
轟音と衝撃に俺達一同は怯んでしまった。
天からの鉄槌は遥か向こう、逃亡していたコカトリス共に容赦なく襲いかかったらしい。目を凝らしたら黒焦げになった焼き鳥共が残らず斜面を転がり落ちていく。ロックコカトリスの鳴き声はもう聞こえない。
冒険者達は後列で援護してた女魔法使いが雷撃魔法を使ったんだと判断したようで褒め称えていた。彼女が自分じゃないとしきりに主張しても、こんな雲が少ない晴れ模様の中で雷を落とすほどの高位の魔法はそんじょそこらの奴には到底無理。
俺は思わずミカエラの方へ視線を向けた。彼女は既に石像にされていた犠牲者の治療にあたっていて、ロックコカトリスの群れの方はもう見ていなかった。俺の視線に気付いて顔を向けてきたが、こてんと首を傾げてきやがる。
「どうかしましたか?」
「ミカエラ、今の雷……いや、何でもない」
「山は天気が荒れやすいって本で読んだことがあります。その類じゃないですか?」
「そういうことにしとくか」
聖女が魔法を極めてる、だなんてどう説明すれば良いんだ。
こいつ、自分が魔王だなんて自称したのは俺にも秘密にさせたいからか?
□□□
その後も一応警戒したものの、追加でロックコカトリスが襲ってくることはなかった。ミカエラは手際よく石像達を救っていく。砕けたり折れた石像は俺達が準備していた棺桶へと入れていく。
「これで討伐完了か?」
「いや、もしかしたら奥で巣を作っているかもしれないぜ。付近を捜索すべきだ」
「でもさ、救出した人々をこのままにはしてないよ。一旦引き返すべきね」
「……二手に別れればいいんじゃねえかな。アレだけ始末したんだし、残っててもあと少しだろ」
相談の結果、何人かが生存者を麓の町まで連れて帰ることになり、残った者達で生き残りがいないか周囲を探ることになった。ひとかたまりだと効率が悪いからと班を分け、俺とミカエラは林の中を進んでいく。
さすがに山の中で高度が高いだけあって木と木の感覚が広い。まだ日が沈んでないのもあって周囲は明るいままだ。それでも道も無いし地面は斜めってるしで大変進みづらいな。
「なあ、さっきの雷はミカエラが放ったのか?」
「はい。ロックコカトリスは一度逃げ出すと結構な距離を移動しちゃいますから。厄介な魔物は駆除あるのみです」
「雷撃魔法も使えたんだな」
「いえ、あれは雷による天罰の奇跡ですよ。魔法じゃありません」
……聖女の奇跡に攻撃手段がある、とは一応学んではいる。けどよ、あくまで対アンデッドだったりと使い方が限定されてたよな。アレだと雷撃魔法と何も変わらないじゃねえか。
聖女が害する側に回ってはいけない、それは教会の基本方針だった筈。
どうやらミカエラはそんな慣習は全く気にしちゃいないらしい。
魔法……いや、息を吐くのと同じ感覚で奇跡を使っているとしたら……。
「で、林の中を迷わずに突き進んでるのは?」
「魔物の放つ瘴気を探知する奇跡、サーチミアズマを使ってるからですね」
「おいおい、奇跡と銘打っときゃ何やっても良いわけじゃねえぞ」
「ふふん、万能でしょう。もっと褒めても良いんですよ」
本来の聖女の在り方からは逸脱してる。
魔王、と自称したのにはその辺りの方針も加味されてるのかもしれない。
冒険者達から分かれてからそう立たないうちに、露出した岩肌にぽっかりと空いた穴を見つけた。地面には何かを引きずった跡が残ってる。松明に火を灯して中を覗き込んだものの、相当深いようで奥は見えなかった。
「ここがロックコカトリスの巣か」
「先ほどの群れが餌を取りに行ったんだとしたら、中にはまだそれなりの数が残っていそうですね」
「げー、面倒くせえ」
洞窟は坑道なんかと違って人間がまともに探索出来る構造になっちゃいねえ。狭い隙間を這って抜けたり、地底湖に沈んだ中を潜水で泳いでいかにゃいけなかったり、命綱付けて下まで降りなきゃいけなかったりで、正気なら入るべきじゃねえな。
だがそうした洞窟の奥には希少な魔物が生息してたり珍しい鉱物を発見出来たりするんで、行く価値はある。魔物の駆除なんざ冒険者の副業みたいなもんで、未知への探求を本来するべきだろう。
ま、騎士になった俺にゃあ関係無い話だがね。
「で、どうする? ロックコカトリスの図体ならそう入り組んだところまでは行けねえだろ。中入って虱潰しにするか?」
「そんなことしてては日が暮れてしまいます。もう楽してもいいでしょう」
腕を回した俺を手で制したミカエラは、権杖をくるりと一回転させてから地面につきたて、先を洞窟の奥へと向けた。
静かに目を閉じ、呼吸を整え、再び目を開き、鋭く見据える。
「セラフィックブレス!」
ミカエラが唱えた瞬間だった。ミカエラの権杖から光の粒子が溢れ出し、それは小川のように洞窟の奥へと流れ込んでいく。とめどなく、隅々まで行き渡るように広がっていく。
奥の方からか、何だか耳障りな鳴き声が聞こえてきた。絶叫、とでも言える類のものだろう。それから衝撃音が複数聞こえてきた。巨大な何かが倒れたような轟音が外まで響いてきたのか。
「これで中に潜んでた魔物は残らず駆除できました」
「……初めて見るけど、魔物を浄化する奇跡か?」
「はい。瘴気の影響で誕生した魔物には効果抜群です」
「凄いな。あらゆる魔物を問答無用で払えるなんて、他の聖女が喉から手が出るぐらい会得したいんじゃないか?」
「そこまで万能じゃないですよ。強い個体には効きませんから」
はー、やれやれ、やっと終わった。これで帰れるな。
とか一息ついてたら、ミカエラは迷わず洞窟へと突入していくじゃないか。
おいどういうことだ、と呼び止めたら、何を言ってるんだと言わんばかりに顔をしかめてきやがった。
「巣に連れ込まれた犠牲者達を救わないといけません」
「マジかよ……」
結局、洞窟内をくまなく探して生存者を連れ出す頃には空が茜色に染まっていた。
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