第6話 戦鎚聖騎士、スケルトンロードを討伐する

「おお、聖女様! ようこそ我が屋敷へおいでくださいました!」

「はい。今日は誘っていただいてありがとうございます」

「そして妻を救っていただきたこと、感謝してもしきれません。再び妻の美しい顔を見ることが出来る日が来るとは……!」

「じゃあそのお礼として今晩は思いっきりもてなしてくださいね」


 婦人の顔を治療したその晩、俺達は領主の屋敷に招待された。一度は固辞したもののぜひと婦人に強く言われたので、お言葉に甘えさせてもらった。


 俺達を出迎えてくれたのは領主だと名乗った小太りな中年男性、彼の子供だろう成人したばかりそうな若い男、もうじき成人しそうな女性、それからまだ幼い妹だった。どうやら婦人は呪いにかかっていてもなお領主達家族に愛されていたらしいことがうかがえる。


 晩餐に参加するにあたり、ミカエラは祭服のままだからいいとして、さすがに俺は鎧を脱いで祭服に着替え直した。あと武具も置いてくる。ま、なんかあった時は徒手空拳で何とかするしかないだろう。そのための訓練は一応積んでるし。


「ほう、今年教会総本山の学院を卒業した、新米聖女なのですか」

「はい。今は聖地を回る旅の途中です。その途中で救える人々がいれば救えれば、と思っています」

「なんと立派なことだ。必要な物があれば遠慮なく仰ってください。出発前までに揃えさせますから」

「ありがとうございます。全部教会におんぶ抱っことはいきませんから、その申し出はとてもありがたいです」


 晩餐はとても賑やかに進んだ。領主や夫妻の子供達は母親が完治したことが大変嬉しいらしく、終始上機嫌な様子だった。明後日出発すると聞いてもっと歓迎したいとまで申し出てくれたが、ミカエラもさすがにそれは固辞した。


 メインディッシュが終わってデザートに移った頃だった。婦人……いや、夫人が真剣な面持ちでミカエラを見つめてきた。幸せそうに果物を口に運ぶミカエラは夫人の視線に気づき、口元を拭……いやちょっと待て、袖で拭おうとするんじゃない。


「聖女様。折り行って依頼したいことがあるのだが」

「はい、何でしょうか? まずは聞きます」

「夫が治めるのはこの町と周辺幾つかの村なのだが、その村の一つに明日足を運び、危機から救ってほしい」

「危機、ですか。災害ですか? 疫病ですか?」


 ミカエラにお願いしようとする夫人を領主は咎めようとするも、もはや聖女にすがる他ないと夫人は主張。領主も教会には依頼しているところだ、とは言うものの、聖女に頼らざるを得ないとは薄々察しているようで、最終的には黙った。


「死霊が彷徨うようになった、のだとか」

「死霊……アンデッド系の魔物が出没するようになったんですね」

「少なくともスケルトンやゾンビは確認出来た。冒険者や教会の除霊師にも依頼したのだが、解決には至っていない」

「それはちょっと深刻ですね。分かりました。引き受けましょう」


 除霊師とは。魔法と似た体系をした神聖術と呼ばれるものを行使する、教会お抱えの対アンデッド系魔物専門の退治屋のことだ。その専門家が返り討ちに遭ったってなら結構大事だな。


 夫人が言うには問題の村はこの町から雑用込みでも半日で往復出来る距離にあるらしい。ただし、アンデッド系の魔物は基本的に闇に支配された空間で出現するもの。明日朝から出発したら明後日の乗合馬車を乗り過ごしちまう。


「おいミカエラ。まさか……」

「ええ、そのまさかですよ、我が騎士」


 顔をひきつらせる俺に向けてミカエラは満面の笑みを浮かべてきやがった。


「今から出発すれば到着した頃もまだ夜でしょう。さ、行きますよ」

「なんてこったい」


 俺は額に手を当てて思わず天を仰ぐのだった。


 □□□


「さて、着きましたね」

「本当に着いたな……。信じられねえよ」


 月明かりだけが頼りな真夜中、それも町と村とを繋ぐ道を進むなんて自殺行為に等しい。いつ魔物に襲われるか分かったものじゃないし、道に迷ったら一巻の終わりだ。星座を読めば方角ぐらいは分かるんだが、気休めでしかないわな。


 なのにミカエラの強行に同行したのは、彼女が夜に強いからだ。何でだ、とずっと疑問だったんだが、これも自称魔王って辺りに要因があるのかね。夜目がよく効くとかさ。それとも逆に聖女の奇跡にそんなのもあるとかか?


「さて、じゃあアンデッド系の魔物を探すとするか」

「え? 何でですか?」

「は? 何言ってんだ? 浄化するなり叩き伏せるなり、まず見つけないと話にならねえだろ」

「そんな面倒なことする必要はありませんよ。村に出没するのは分かってるんですから、奇跡を行使する範囲を広げればいいだけです」


 戦鎚を構えて村に入ろうとする俺を止めたミカエラは、聖女の権杖を器用に一回転させ、地面に突き立てる。そして、力ある言葉を発する。


「ターンアンデッド!」


 死霊浄化の奇跡。


 ミカエラが放った奇跡はたちまちに村とその周囲一帯に広がっていき、昼間なんじゃないかと錯覚するぐらいに明るくなった。直後、所々で何かが崩れ落ちる音が聞こえてくる。麻袋のように重かったり枝のように軽かったり、複数の音源がある。


 ミカエラが権杖を担ぐと光は収まり、辺り一帯は再び闇夜に包まれる。彼女は俺に付いてくるよう促して村へと踏み込んでいく。俺も戦鎚を担ぎながら松明片手に彼女の後を追った。


 村のところどころに転がるのは白骨。どうやら先程のミカエラの浄化でアンデッド系魔物のスケルトンが退治された跡のようだ。あと腐った肉がまだ残る死体も倒れていたから、徘徊してたゾンビもまた浄化されたらしい。


「粗方の雑魚はアレで倒せた筈ですけれど……」

「もうちょっと念入りに奇跡を施しときゃ全部駆除出来るんじゃねえのか?」

「え? そんな、勿体ない。ニッコロさんの良いところが見たいんですけど?」

「えー? 超面倒くせぇんだけど」


 さほど大きな村ではなかったようで、あまり時間も要らずに一周出来た。仕留めそこねた魔物は残っていなかった。あとは家屋の密集地から外れた畑と村外れの墓場だけだろう。畑はざっと見異常は見られず。墓場は……、


「……厄介な」

「丁度いい出番ですよ、ニッコロさん」


 スケルトンやゾンビは残っちゃいなかった。けれど墓場のど真ん中に巨大な白骨、スケルトンロードと呼ばれる魔物が残ってるじゃねえか。しかも面倒なことにきっちり剣と盾を装備してやがる。


「あの程度なら余の援護は必要ありませんよね。頑張ってください」

「へーへー。せいぜい頑張らせてもらいますわ」


 深くため息を付いて俺は戦鎚を構える。


 ゆっくりと進んで間合いを詰めると、スケルトンロードもようやく俺に気付いたらしい。こちらへと身体を向けると、いきなり飛びかかってきた。俺は奴の剣の一閃を盾で弾き飛ばし、逆に戦鎚をくれてやる。けれど骨を砕くには至らず、俺の攻撃も敵の盾に阻まれた。


 敵の切り上げ。盾で弾く。

 俺の回し打ち。盾で阻む。

 敵の腹部を狙った突き。盾でそらす。

 俺の頭部を狙った突き。身を反らしてかわされた。


 基本、達人同士だったら相手の隙を伺ったりとやりとりが発生するもんだが、魔物連中は本能で襲ってくるからな。特にアンデッド系はとにかく攻撃あるのみ。単純だがその分苛烈。短い時間の攻防であっという間に体力を消耗していく。


 一見すると一進一退。だが盾をどう使うかで勝負は明暗を分けた。

 俺の戦鎚を防御したスケルトンロードの盾がとうとう割れた。そして敵が立て直す前にそのまま戦鎚を脳天めがけて振り下ろしてやる。


 盾以外の防具が無かったスケルトンロードの頭蓋骨が粉砕された。

 ついでに剣を持った手も動かないよう折っておく。


「はあっ、はあっ、ど、どうだ?」

「お見事です我が騎士!」


 どうやらミカエラも満足してくれたようで、拍手で絶賛してくれた。

 やれやれだな、うちの聖女様はよ。


 スケルトンロードが蘇らないか警戒したものの、どうやらもう活動する気配はなかった。一応墓場を見て回ったもののこれ以上死体が蠢くことはなさそうで、アンデッド出現の異変は解決出来たようだった。


 さすがにスケルトンロードとの戦闘音がやかましかったためか、村人が農具を手に確認しに来た。ミカエラがアンデッド軍団を全滅させたと報告すると村人達はたちまちにミカエラへと感謝を述べた。


「一泊する寝床と朝食を用意してくださいね。お礼はそれで充分です」


 ちゃっかり報酬を要求し、一連の騒動は幕を下ろした。

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