第2話 聖女魔王、いざ聖都から出発する

「聖女の任務って教会総本山での内勤と外回りがあるんですよ。本当だったら新人聖女として教育を受けなきゃいけないんですけど、断りました」

「何で?」

「学院で基礎は学びましたから、あとは実践あるのみ! 外回りで経験を積んで腕を磨こうかと思います」

「だから救済の旅って表現したのか」


 学院を卒業してから数日後。俺とミカエラは数年間過ごしてきた学院の寮を引き払った。大半は処分したんだが、惜しかった私物はミカエルが聖女としてあてがわれた部屋の片隅に置かせてもらえることになったので、お言葉に甘えることにした。


 それから旅支度を整えた俺達はいよいよ出発する。学院のあった聖パラティヌス教国は超狭い一都市の国家だから、聖都を出ればもうそこはパラティヌス教国連合の別国家になるわけだな。


 残念ながら外回りによる人類救済は立派な職務。俺は新米聖騎士として支給された無駄に立派な武具に身を包んでるし、ミカエラもまた見れば聖女だと一発で分かる祭服に袖を通している。それもあって聖都の道を歩いてる時は目立ってしょうがないな。


「で、救済の旅だとか言ってたけどよ、あてもなく教国連合内をただ漫遊するのか?」

「いえ、教国連合内各地の聖地を巡礼しようと考えてます」

「聖地……面倒くせえなオイ」

「むー。面倒だからやりがいがあるんじゃないですか」


 聖地、それは場所によって様々な由来がある。


 例えば聖者の殉教の地とか、女教皇にまでなった大聖女生誕の地とか、魔王軍との死闘が繰り広げられた戦場後とか。中には古代から残ってる教会とか、中にはとある聖女が好きだった土地とか、しょうもないのもあったっけか。


 とは言え、ミカエラの奴がそんなありがたい所に行きたいと思ってるわけがねえわな。多分、昔に世界に混沌をもたらした邪悪なる存在が封印された場所、みたいな物騒な所まで連れて行かれそうな気がしてならねえや。


「さすがニッコロさん! 余の考えが読めるんですね」

「人の心の中を読むなよ! ……いや、本当に読んでねえよな?」

「もちろん魔法でも出来ますけど、やってませんよ。読心術は立派な技術です」

「性質が悪いなオイ」


 ミカエラは持参した教国連合を中心とした周辺国家群の地図を広げる。そこには四つの赤丸が書き込まれている。ミカエラが言うにはどれもこれも歴代魔王にゆかりがあるんだそうだ。


「とどのつまり、過去に魔王がぶっころ……退治されたいわく付きだろ。自称魔王としてどうなんだ?」

「知りませんよ。余からしたらただの他人なのです。お墓の前で「やーい、勇者と聖女に負けてやんの!」って馬鹿にしたいぐらいですね」

「うわ、性格悪っ! 誰だよ、こんなやつ聖女と魔王にしたの」

「そんな余と親しくするニッコロさんも大概だと思いますけど?」


 俺は良いんだよ。別に偉くもないんだから。それに楽しいし。


「ところで、聖女の聖地巡礼ともなれば大行事なわけだが、本当に俺達二人旅で良かったのか? 世話係の女神官とか雑用任せられる神官だって、旅費だってかなり融通利いただろ」

「騒がしいのは嫌いです。ニッコロさんがいなかったら別に余一人でもいいですし」

「だからって俺に世話係をさせようったってそうはいかねえからな」

「優しいニッコロさんはお願いすればやってくれてたじゃないですか」


 ぐっ、否定出来ない。結局学院時代は教科書とか筆記具忘れるのはザラで、試験対策の勉強も一緒にやったし、何なら野外授業で共に課題に取り組んだりもしたからな。すっかり板についちまった。


 止めだ止め。もう俺達も立派な大人だ。自分の世話ぐらい自分で出来ないとな。この先こいつにおねだりされたって絶対に引き受けてやるもんか。人に頼むからにはそれなりの対価と誠意が無いとなぁ?


「んじゃあ聖地まで歩いてくのか? 現地調達するにしても食材が足りないな」

「定期便の乗合馬車を使います。楽出来るところは楽しましょうよ」

「あー、その辺りは臨機応変にするのね」

「無駄に自分に試練を与えるなんて馬鹿げてるじゃないですか」


 聖女の口からそんな台詞は聞きたくねえ、って奴は少なからずいるだろうな。

 ミカエラらしいから俺からしたら逆に好ましいんだがね。


 さて、そんなわけで俺達は長距離乗合馬車の駅までやってきたわけだが、案の定聖女の到来で大騒ぎだった。俺は大衆をかき分けながら進み、その後ろでミカエラは愛想良く手を振っていた。


 切符は無事買えた。俺達で定員は丁度だったらしく、程なく出発するらしい。


「ほい、これミカエラの分な」

「ほへー。これが切符ですかぁ。初めて見ました」

「ん? 乗合馬車乗ったこと無いのか? 教国連合内ではそれなりに交通網が発達してた筈だぞ。ミカエラが育った福祉施設があったとこにも市内便があったろ」

「そんな遠出しませんでしたから。初体験なのでわくわくします!」


 はしゃぐ聖女様を連れて俺は指定された馬車へと向かった。出発が近かったのもあって他の乗客は乗り込んでいて、かなり賑やかだった。まあ、ミカエラの登場ですぐさま話題は切り替わったんだがな。


「え、聖女様? その、本物ですか?」

「はい! なったばかりですが聖女です」

「そうかい! 聖女様と一緒に旅が出来るなんて光栄だねぇ」


 ミカエラがちやほやされる一方で注目は俺にも集まってくる。


「それじゃあそっちの騎士様は聖女様の聖騎士様でいらっしゃるので?」

「はい! 我が騎士ニッコロさんです! いやー凄いですねー憧れちゃいますねー」

「おいやめろ馬鹿。恥ずかしいこと言うな」


 やっぱ今からでもいいから鎧とか脱いでいいか? 目立つの好きじゃねえんだが。


 乗客の顔ぶれは様々で、出稼ぎのオヤジとか逆に出稼ぎの家族に会いに来た母娘とか、あと商人もいるな。聖都周りは治安が良いから旅行客もいるようだ。こんだけ客が多いなら定期便になるのは納得だわな。


 準備が整ったので出発。長距離乗合馬車の駅は聖都の端にあるから、すぐに聖都を抜けた。つまり教国からの出国でもあり、俺達が数年間に渡って学んできた思い出の場所からの旅立ちでもある。


「ニッコロさんニッコロさん! ほら後ろ! もう聖都があんなに遠くに!」

「おー、あんなに広くてデカかったトコも遠くからだとちっぽけに見えるな」

「いかに世界が広いんだって思い知りますよね!」

「あー、確かにそういう感想が無いわけでもないわな」


 さて、教国連合では基本的に人は村、町、都市に集まって生活している。山奥とか川岸に一人暮らし、なんてする酔狂な奴はほぼいない。と、言うのも、単に治安が悪かったり過酷な環境が原因じゃない。


 この世には聖女も魔王もいる。

 つまり、アレがいるわけだ。

 それを不安がってか、乗客の一人が身震いしてた。


「途中、魔物が現れたりしませんかね……?」


 そう、人々の生活を脅かす厄介な存在、魔物が。


 魔物がいつ地上に現れだしたかは知らねえ。教会の教えによれば預言者が神の教えを説く頃には既にいたらしいがね。野生動物の延長線上にいる可愛い奴もいれば悪魔の化身とか厄災そのものもいたり、危険度はピンからキリだ。


 どうやって生まれるのか。自然繁殖? 瘴気から誕生? 魔王が創造? まあとにかく始末しても撃破してもすぐに増えだすんだからうざったいよな。かと言って放置してると強くなって討伐しづらくなるしよ。人類史とは魔物退治の歴史でもあるわけだ。


 聖都やその近隣地域は定期的に駆除が行われてるし、何なら冒険者とか呼ばれる連中がちょっと日帰りで狩猟もしてるしな。おかげで今見晴らす平原はそんなに危なくねえ初心者向けの魔物ばっかの生息域になってる。


「心配すんなって嬢ちゃん! そのために俺達は高い金払ってコレ乗ってるんだからよ」


 がははと笑いながらヒゲ生やしたオッサンが馬車の外を指し示す。馬車を囲って同行してるのは三人の冒険者達。こうして都市と地方の町を結ぶ乗合馬車には護衛がつくことで、戦えないお年寄りや女子供も安心して移動できるんだよな。


 ちなみに、乗車賃をケチったらボロい馬車かつ護衛無しの棺桶まっしぐらな旅も堪能出来るぞ。使うのはあくまで自己責任な。俺だったら少しでも快適な旅を楽しみたいから高い金払うか、もしくは割り切って自分の足使うね。


 人の往来が激しい街道沿いは人間の生息域だと分かっているのか、少し知性のある魔物なら普通は寄ってこない。襲ってくるとしたら襲撃に自信があるぐらい強力だったり、逆に群れを追い出されて後が無い個体ぐらいか。


「むう、残念ですね。せっかくニッコロさんの格好いい活躍が見れると思ったのに」

「魔物駆除とか面倒くせえ。とは言っても馬車の中でぐーたらするだけだと退屈なんだよなぁ。贅沢な悩みだな」

「では今度魔物が襲ってきたらニッコロさんも戦ってくださいよ」

「冒険者の出番と仕事は奪いたくねえんだけど? ま、その時の状況次第だな」


 とまあ、こんな感じでのんびりとした旅を楽しんだわけよ。

 ところが聖都からだいぶ離れた森を貫く道で、ミカエラの願いは叶ったわけだ。

 まさかミカエラが呼び寄せたんじゃねえだろうな?


 最初に気付いたのは哨戒してた中年の男冒険者で、馬車の近くにいた弓使いの女冒険者に合図を送ってきた。女冒険者はすぐさま馬車の乗客と御者に外に出ないように警告し、警戒にあたる。


 不安がる他の乗客達を尻目にミカエラは目を輝かせてきやがる。

 身体をのけぞらせてもミカエラの視線は俺から外れねえし。

 はあ、仕方がねえ。俺も暇だし、ミカエラの期待に答えるとしようか。


「頼みますよ我が騎士。この者達をどうか守ってください」

「出番無しで終わるかもしれねえからな。そこだけは頭に入れててくれよ」


 俺は立てかけてた盾と戦鎚を手に馬車から降りる。

 さあて、狩りの時間だ。

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