新人聖騎士、新米聖女と救済の旅に出る~聖女の正体が魔王だなんて聞いてない~
福留しゅん
第一章・勇者魔王
第1話 聖女魔王、正体を明かす
「実は余は魔王なのです」
「はい? 今何つった?」
「ですから、余は魔王なのです。聖女になりたかったから今ここにいます」
「聞き間違えじゃなかったのかよ……」
超悲報。俺、特大級の地雷女のお守りを任された件について。
落ち着け。とりあえず一旦冷静になるんだ。
こういう時に思考を停止したり現実逃避するのは馬鹿だからな。
すー、はー、すー、はー。
よし、一旦状況を整理しよう。
まずはこいつ、新たな聖女様との出会いからだな……。
□□□
パラティヌス教国連合。それは聖パラティヌス教国を中心にした連合のことだ。
聖パラティヌス教国では国王とか貴族なんざいない。何故なら教会と主の教えを絶対とする宗教国家だからだ。代わりに教国で頂点に君臨するのは教皇、または女教皇になり、同時に主の代行者ともなる。
主の教えははるか遠い国でも信仰されてるから、教国の影響力は計り知れない。例えば少し離れた王国で王様が白と言ったところで教国が黒と言えば黒になっちます。破門されればもう生きていけないってぐらいヤバい。なもので、国王が教国を恐れて教皇に跪いて頭を垂れる、なんざよくある話だ。
教会じゃあ聖女とかいう存在がとってもありがたがられてる。
なんでかって? そりゃあ神の奇跡を身に宿す、救済の代行者だからだな。
聖女の奇跡は人の傷を癒やしたり、災害を予言したり、瘴気を浄化したりと、凄いことばっか出来るみたいだ。記録を紐解いたら歴代の聖女は俺なんかが考えつかないとんでもないことをしでかしてるに違いないね。
聖女は一世代に複数人現れる。とは言え存命の聖女を合わせても両手の指で数えられなくなるぐらいまで増えた例はさすがに無いみたいだけどな。とにかく、教会はもうずっと昔からそんな救済者になるだろう少女を血眼になって探し回ってきたってわけだ。
聖女の素質がある奴が全員聖女になるわけじゃあない。厳しい教育と修行の果てに教会から認められることが条件だ。そんで偉大なる聖女として歴史に名を残すのはそん中でもほんの一握り。いやー、厳しい世界なものだ。
とは言え、聖女候補者を輩出したとなればとてつもなく名誉なことだ。教会から手厚い援助金が支払われるしね。だから一般庶民や貴族とか関係なく、あらゆる国、身分の少女が聖女候補者を育成する学院へとやってくることになるわけだ。
一方で、そんな聖女なんだが、人類にとっていなくてはならない存在だけあって、その守護者もまた特別な奴が担うわけだ。それが聖騎士と呼ばれる連中で、コイツ等はやっぱり同じ学院に通うことで聖女をお守りするに相応しいか試されるわけだ。
で、この聖騎士候補者なんだが、特に前提条件は無い。奴隷だろうが犯罪者だろうが一国の国王だろうが、誰でもなれる。その代わりそんな世俗の経歴や身分なんざ関係ねえとばかりに厳正にふるい落とされる。
なお、一応建前は、だけどな。このあたり振り返ってたらきりがないしな。
ここまでが前提条件。
俺、ニコロまたはニッコロは聖騎士を目指して教国にやってきた。
別に人類を救いたいだの聖女に剣を捧げたいだの、高尚な理由を掲げるつもりはねえよ。単に聖騎士になっちまえば莫大な給料が手に入るからだ。よしんば聖騎士になれなくなって聖騎士候補者として優秀な成績を修めてりゃあ騎士として引く手あまただからな。ま、安泰な就職先確保のためってわけさ。
まあそもそも俺って教国連合を構成するどこぞの国で貧乏貴族の三男ぐらいだったからな。一般庶民どもみたいに何としてでも成り上がりたいって根性もねえし、やんごとなき連中みたいに崇高な使命があるわけでもねえ。せいぜい生臭騎士として悠々自適な生活を送るべく、適当に頑張るとするわ。
そんな感じで聖女および聖騎士候補者を教育する教育施設、通称学院に入ったのはいい。ここですぐさま足切りされそうなカス共や逆に明らかに今後凄いことやりそうな奴らとは距離を起きつつ、学院生活を送ろうとしたわけだが……。
「あ、隣いいですか? いいですよね?」
そんな時にこいつ、ミカエラと出会った。
□□□
聖女候補者ミカエラ。
こいつは孤児らしく、教会の福祉施設で育てられたんだと。なもので聖女に求められるような慈愛だとか貞淑さとかとはあんま縁が無かったな。天真爛漫って言えばいいのかな? 俺語彙力無いから分からねえや。
一学年の初っ端にこいつに声をかけられて腐れ縁が始まった。教室では席が自由なものだから、どういうわけかしょっちゅうこいつと隣の席になってな。共に学びあった仲って表現したら聞こえがいいんだが、別にそんなんじゃねえ。
「ニッコロさん、教科書忘れました。見せてください」
「はぁ? この前も忘れてきただろ。休み時間中に寮まで戻って取ってこいよ」
「余の足じゃあ遅くてとても間に合いませんって。ね、お願いですから」
「目を潤ませてお願いされたって聞かねえぞ」
「そんな……酷い……」
「……。ああもう、分かった。ほら、これでいいだろ?」
「わぁぁ! さすがニッコロさん! 優しいんですね!」
「近づくな! 密着されると暑い……!」
なーんかミカエラが俺に懐いちまったんだよな。特段好かれるようなことしたわけじゃあないんだがな。気がついたらミカエラと一緒にいることが普通になっちまった、みたいな?
「そんなことないですよ。入学式終わってからすぐ、ニッコロさんは余を助けてくれましたから」
「道塞いで邪魔だったゴミを片付けただけなんだがな。大げさだろ」
「ほらーまた謙遜しちゃって。余が感動したのは事実なんですから、それが余がニッコロさんと仲良くしたい理由です」
「ほーん。ちょろすぎるだろ。この先誰かに助けられたらいちいち同じ反応するのか?」
「酷い!? そんな軽い女じゃないですって!」
学院において男女比は1:9ぐらいか。そりゃあ選ばれし聖女候補者に対して聖騎士候補者は門が開かれてるからな。そんな中でミカエラと仲良くするわけだからくだらねえ嫉妬が俺に襲いかかった……わけでもなかった。
理由としてはミカエラが他の聖女候補者と比べても特段優れちゃいなかった点と出自が挙げられるな。途中で落第するのがせいぜい、とか思われてたかは知ったこっちゃねえが、過去を思い返しても予想より因縁つけられた回数は少なかったぞ。
学院で学んで、現場で試されて、まあ色々あったな。
俺もミカエラも何とか食らいついていった。
そんなこんなでミカエラは同世代で二人しかいない聖女に、俺も同級生の中で一桁しか選ばれなかった聖騎士になれた。なお、俺は他の連中と比べると、総合でほぼ最下位に近かったのは忘れていい情報だ。
聖騎士になった奴らは既に活動する聖女の護衛になるのが普通で、新たな聖女にはその聖女が選んだ新人聖騎士が指名される。
学院卒業時期にもなるとミカエラと俺は切っても切り離せない、と少なくとも俺は思う関係を築けただろう。男女間の恋愛とかじゃなく、親友でも言い表せない。相棒、とも言える存在にまで俺の中でミカエラはなっていた。
「じゃあ、余の聖騎士にはニッコロさんになってもらいます!」
なもので、ミカエラからの指名は当然だったわな。
まあ、満面の笑顔で俺の名が告げられた時は安堵したし、歓喜しただなんて絶対こいつには言わねえ。
これからもこの騒がしい娘と一緒に過ごせたら退屈しないだろう。
後は適当に任務をこなして稼ぎまくって、悠々自適な余生が送れれば良し、だ。
いやあ、この先の俺の人生薔薇色だな!
……そんなふうに思っていた時期が、俺にもありました。
□□□
「ほー、そうか。魔王かー」
「そうです! 凄いでしょう? 崇め奉ってもいいんですよ?」
「で、どこで何を拾い食いしたんだ? 駄目じゃねえか」
「余はそんな意地汚くありません!」
で、今に至る。
は? 何? ミカエラが魔王? 何の冗談だ?
今だってムスッとしながらこっち睨んでくるけど、何の凄みも無えぞ。
「じゃあ昨日遅くまで小説でも読んでたか。今度読むから貸してくれ」
「創作物に影響されたわけでもないです! 本当なんです、信じてください!」
「信じてって言われてもなぁ」
学院を卒業していよいよ一人前の聖女ないしは聖騎士として歩み出そうって瞬間、ミカエラがとんでもないことを言い出しやがった。
冗談じゃねえのは何となくだが伝わってくる。周りに人がいねえところで告白してきたのも俺にだけ知らせたかったんだろうな。……まあ、愛の告白でもしてくんのか、とか少しでも想像した自分は後でぶちのめすとしよう。
「まあ、百歩譲って本当だったとして、だ。人間にしか見えねえぞ。教国でこれまでバレなかったってのは無理あるだろ」
「余の変身魔法と隠蔽魔法は完璧ですからね。そんじょそこらの人間には見破れませんよ。例え現役の聖女でもね」
「じゃあ育ったって福祉施設は何だったんだ? 俺お前の里帰りに何度か付き合わされただろ」
「それは事実ですよ。学院に入学するための下準備期間をあそこで過ごしたので」
「そこまで偽装して聖女になろうとした理由は何だ? 内側から教国とか教会を蝕んで堕落させるつもりか?」
「余個人が聖女になりたいのは本当ですよ。ただし、人類の救済とかにはまーったく興味がありません」
俺はミカエラと正面から向き合って会話する。目や口は言葉以上に物を言う、が俺の持論だからな。とはいえ俺の目ん玉がガラス玉って可能性も無きにしもあらず。どう観察してもミカエラが嘘言ってるようには感じられねえからな。
ミカエラが聖女になりたいとの思いは本物。彼女が怪我人を治療した時に弱い人を助けたいと語ったのも嘘じゃない。そして救済行為を誇らず、あくまでも神の思し召しだと謙遜する姿は紛うこと無き聖女だろう。
けれど、こいつは他の聖女とは決定的に違う点がある。
そして、それは俺にしか分からないだろう。
「余は、聖女の奇跡を極めるために聖女になりたいんです」
あくまでも彼女にとって救済とは自己研磨なのだ。
人のためじゃなくて自分のため。自分の知識を、技能を、より深めるための、な。
ミカエラはこっちに手を差し伸べてきた。
出会った当初のように、何の邪心もない純真なままで、眩しいぐらいの笑顔で。
「さあ、我が騎士ニッコロ。共に余のための救済の旅に出ましょう!」
この手を取るべきか否か。
究極の選択とも言えるだろうな、これ。
こいつが本当に魔王なのか、それから魔王を名乗った理由は何か、更には俺に目をつけたのは何故か。色々と聞きたいことは山ほどあったし、この先俺に何が待ち受けているのかはもはや想像も出来ねえ。
ま、俺の答えなんざ最初から決まってるがな!
「あまりこき使うんじゃねえぞ? 新米聖女様よ」
「よろしい。ニッコロさんなら絶対余を拒まないと信じてましたよ」
俺はためらうことなくミカエラの手を取った。
そして俺とミカエラの手は固く結ばれた。
俺はミカエラと一緒に歩む。
決断とか決意とかよりはるか以前に、それが当然なんだよ。
さあて、自称魔王の聖女ミカエラ。
賑やかな旅の始まりだ、ってな。
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