佐伯とドーナツ

コインランドリーの帰り道、私はコンビニへと向かった。


ここで私を迎えに来てくれている人と待ち合わせしている。


「勉強教えるの上手いか〜」


耳の中で未木霊するあの優しい声、録音してたら目覚ましにしていたかもしれない。


映像があればホームビデオに10回くらい挿入していたかもしれない。


やるかどうかは置いといてそのくらい嬉しかった。


最近は何か嫌なことがあればコインランドリーのことを思い出すようになるほど、あの場所あの時間が好きな私がいる。


数ヶ月前じゃ考えられない事だ。


「あっ、お嬢!」


「磯義〜お迎えありがとう」


私は、いじめの影響で視野が狭かったんだ。


磯義といい、美園さんといい、私の周りには優しい人ばかりじゃないか。


……まぁ磯義に関してはヤクザだからヤクザにしては優しいという分類だけど。


「お嬢、なんだかご機嫌ですね」


そう言いながら車の後部座席の扉を開けて、どうぞ!と私に手を差し出すので、それを握り車へと乗り込んだ。


「そう!いい事あった!喜べ磯義ィ!」


運転席に座った磯義を見ながらそう言うと、フロントミラーから見えた磯義はニコッと笑ていた。

ヤクザにしてはいい笑顔だ。


「お嬢が嬉しいなら私も喜びの限りです!」


私は幸せ者だ、嬉しいことがあったら一緒に喜んでくれる人がいる。


勇気をだしていじめを無くそうとしてくれた人もいる。


少し前までいじめられてた人間とは思えない程

人生が楽しくて仕方ない。


「磯義!今日寄り道できるか?ドーナツが食べたい!」


「かしこまりました」


少し気がかりと言えば、最後の方はさすがに気まずかった。


まぁでも美園さんなら火曜会った時に、何事も無かったかのように笑って話し合えるはずだ。


「火曜……ね」


窓の外に映る煌びやかな夜の街、最近はこの光がキレイと感じるようになった。


美園さんと話すようになってから、世界が明るい。


けれど、引っかかるところもいくつかあるわけで、美園さんと話すようになったからって、私の悩みが全て消し飛びました。なんてハッピーな事はなかった。4割程度吹き飛んだのは事実だが。


それに新しく出来た悩みだってある。


「磯義、例え話なんだけど」


磯義は私の話を聞くために真剣な表情になった。


普段が優しい顔だから少しギャップがあって面白い。


「それなりに仲のいいアパートのお隣さんが商談相手になったら気まずいよね?」


そうですね、と不思議そうに磯義はいった。


きっと、なぜ私がそう聞くのか分からないからだろう。


私もこれが解決の糸口になるのかも、しっかり例え話になってるかも分からない。


「どうする?」


「どうする……ん〜どうするですか」


「それなりに仲のいい、誇張表現で友達の関係。そんな人が商談相手、普段よりやりずらいし、当然商談相手なんだから隣に人もいる訳よ。しかも、日常会話なんて普段の会話で使い切ってるからこういうタイミングでなかなか思いつかない。どうする?」


詳細な条件を入れると磯義はん〜とうなり始めた。


磯義は私と思考が似ている、多分だけど参考にはなるはずだ。


「私なら、その時の会話は商談に必要な物だけにして、あとでまたお疲れ様なんて言い合いたいです」


「……そうか、ありがとう磯義」


「お力になれたのかは分かりませんが、どういたしまして、さてちょうど着きましたよ」


「わーい!ドーナツ!」


……そうだね美園さんとは今はコインランドリーだけでいいか。


「買ってきましょうか?」


「馬鹿か磯義、あのトレーとトング持って何食べるか考えてる時間が楽しいんじゃないか」


「す、すみません……」


しょんぼりする磯義を横目に自動ドアをくぐった。


夜8時半の店内にはドーナツがからになったお盆を挟んで話す女子高生とゆるキャラのキーホルダーをカバンにつけたリーマンだけだった。


「磯義の食べたいのは?」


好きなドーナツを取りながら振り返って、後ろで見守る磯義に聞くと何も要らない、と言うので向き直ってチョコドーナツをお盆に置いた。


そのままレジへ行き、磯義の財布を抑えてしっかり自腹で買った。


「6個も買っちゃった〜後で白根に紅茶入れてもらお!」


いいですね〜だとか磯義は私の独り言に適当な返答を入れつつ、手際よく車のエンジンをかけた。


「にしても、お嬢ドーナツ好きですね」


「あたぼーよ!」


車に乗ったことで先程の考えが頭をよぎった。


コインランドリーだけの関係。


そうだ、私も今はこれでいいとは思う、ずっとこのままと言うのは嫌だけども。


問題なのは私の思考な気がする。


実を言うと最近の考え事はコインランドリーのこと、勉強、塾、ドーナツ。


その中でコインランドリーが5割だ。


そう、コインランドリーのことを考えすぎている。


たったの1時間、週に2回だけ同じ人とあう事が一日の考える事の5割。


かなりの問題だ、大問題だ。


勉強が捗らない!ただの友達なのにこの有様、もはや恋か!?恋なのか!?


まぁ、あいにく2人とも女だからその線は消えているが。


けれど、恋って言われた方が納得出来るレベルではある。


恋煩い見たいな、友達煩いと言えばいいのか、とにかく初恋のきゃわいい女の子みたいに毎日考えてしまうのが辛い。


次はこの話をしたいとか、今度トランプ持っていこうかなとか、そんなしょうもない事ばかりだけど。


でもまぁ、そんな関係の友達って新鮮だ。


大切にしなきゃな。そんな淡い決意をし、ドーナツを1つ袋から取り出してかじった。


「あぁ〜うま」


油っこさすら忘れる美味しさがこの関係が何なのかという思考はさっぱり消しさった。


今日も良い一日だ。

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